小さな鈴を見つけた日 

羽月☆

文字の大きさ
6 / 32

6 呼んだのはちいさな鈴の名前です

しおりを挟む
ひたすらパソコンと向き合う毎日。
愛用の眼鏡で画面を流れる言語を追う。

時々やりがいのある仕事が舞い込む。
他の奴が手こずった問題こそ、やる気が出るというものだ。

うっかり簡単に片づくと舌打ちが出そうになる。

つまらない。

もっと悩ませてくれる複雑な問題はないのか。

たいていはシステムチェックとセキュリティーの更新と社員の端末のフォローアップ。

時々いろんな部署に出向いてよそ様の席で端末をいじる。
新人が配属されると前後はその仕事が増える。
個人支給のパソコンを他の奴と手分けしながらセットアップをする。

会話も必要ない。
『お邪魔します。』『お借りします。』『終わりました。』『解決しました。』
それでたいていは事足りる。
時々くだらない理由でおかしな具合にした社員にはチクリと嫌味を言う。


会社では風変り・・・・・はっきり変人枠に入ってるらしい。
普通のつもりなんだが。
気の抜けた格好のせいか?
別にどんな格好でいいもいいと言われてる。
楽なのが一番、効率重視だ。
それとも無口だからか?
そこは個性というものだ。
平均して上か下か、そう言うものには興味がない。
それで変人枠に入れられるなら、それ以外が普通じゃないと言うことではないのか?
俺から見るとそうとも言えるんだが、さすがにそれは言い過ぎだろうか。

まあ、いい。
仕事をして対価を得る。
社会人として問題はないはずだ。


「すず先輩、今週末予定空いてますか?」

「もちろん。何?」

「飲みに行きましょう。」

「いいよ。」

「すずちゃん、食べ過ぎないでね。永遠に小鈴ちゃんに戻れないよ。」

「戻してください。勝手に『小さい』を取り上げたくせに。」

「先輩、痩せてください。いえ、せめて・・・・元に戻ってください。」

「沙良ちゃん、何で言い直したの?酷くない?」

「事実です。周知、否定できない事実です。」

「じゃあ、なんで誘うのよ。」

「人が足りないんです。多い方が一人頭の割り勘が抑えられるんです。」

「すずちゃん、来月の試食当番代わってあげようか?」

「いいです。自分で頑張ります。」

シーン。

「頑張るつもりです。」

「先輩、あと少ししたら体重計来ますので。それまでに驚かない数字にしてくださいね。」

「こっそり乗るからいいの。」

「すず先輩、今度ハイスペックなものにしたんです。先輩のためです、凄くやる気が出ますよ。」

「なんで、いらないよ、そんなの。」

「今度は個人識別ができるようになってます。すず先輩が登録ナンバー0001です。一番に乗りましょうね。」

「嫌だ、何で私の番号だけ公表するの?」

「やる気、やせる気、モチベーションアップということです。皆で暖かく見守ります。」


パソコンを見ながら勝手に手を動かす。
楽しそうな会話が繰り広げられる。
話の趣旨は丸わかり。
『すず』と呼ばれた女性を見たくて、さり気なく見ていた。
太ったらしいので周りに痩せろと言われてる。
すこしは知ってるのだが、まあ、少しは・・・・か?
でも、普通だと思うが。
立ち上がったらビックリなのか?脱いだら凄いのか?
一番舌鋒鋭く諭していた後輩は細すぎる。
ここでは基準がかなり厳しいらしい。

それでもさすがに専門だろう。
栄養学の資格を持つ者たちのはずだが。
体型なんてインとアウトのバランスでどうとでもなる。
分かりやすい足し算と引き算の世界だ。単純明快。
どう見ても健康的そうだからホルモンバランスや、病気のせいでの体重増加とは思えない。
単純に足し算引き算が出来ないか、食欲をコントロールする術を知らないかだ。



「終わりました。」

「ありがとうございます。原因は何だったんでしょう?」

「メールに添付された文書の一部が既存のものと合わなかったんでしょう。それでは。」

ぽかんとした顔をしてる相手をそのままに、席を離れた。
自分でどうにもできないなら、さっさと呼んでもらった方が早く対処できる。
大したウィルスも発見されてない。
悪意があってのものじゃなければよくある事だ。

背後から、またにぎやかになった会話が追いかけてきそうになるが、シャットアウトして自分の席を目指した。


今週末は鈴を遊園地に連れていく約束をさせられた。
しかも鈴の友達も一緒にだ。同級生と中学生の姉らしい。

嫌じゃないぞ、別に。
連れていくだけなら、写真だって喜んで撮ってあげよう。
ただ、子供だけでは乗れない乗り物に乗りたがる。
鈴の保護者は自分一人。
カラフルな乗り物に乗せられる自分。

世のお父さんは笑顔で乗っている。

偉い・・・・・。


それでも鈴が楽しそうにしてると、自分も笑顔になる。
時々鈴が首に下げた自分の携帯で、自分の写真を撮って見せてくる。
笑ってる自分にもようやく慣れた。

自分はずっと一人っ子だった。
まさか大学生になる頃に一人っ子じゃなくなるなんて・・・・。

自分が鈴と遊んでる間、両親は夫婦で楽しんでるんだから、まあいい。

どうせ暇な週末。どちらか一日は鈴と遊んでやることにしている。
いつもはゲームの相手をしたり、近くに散歩に行ったり、バドミントンの相手をする。
勿論勉強も見てあげている。
小さい時からちゃんと兄役を務めているから、すっかり慣れている。
勿論、両親にも感謝されているのだ。



ある週末、一緒に川べりを散歩していた。
広い芝の上で子供に囲まれた大きなレトリーバーがいた。

「鈴も遊びたい。」

満面の笑みで誘われた。
飼い主は若い青年で優しそうではある。
一緒に近寄ろうと歩いていたが、青年がリードを首に着けて犬を連れて歩き出した。
こっちとは反対の方へ。

鈴が走り出した。

「鈴!」

犬を追いかけて走って行く。
どうやら彼女が待ってるところ、自販機のところに向かっているらしい。
立ち止まった犬に追いついた鈴。
少し手前で立ち止まってこっちを向いたが、自分がゆっくり歩いて来てるのに気が付いてまた犬の方を向いた。
飼い主の彼女の方が気が付いてくれたらしい。
飼い主と犬が振り向いた。

走って鈴のところに寄って行った。

「鈴。」

名前を呼んだら振りむいた鈴。うれしそうな顔をしているが、違うところから返事も聞こえた?

「はい。」

返事のした方を見る。

ん?

「あっ。」

知ってる、偶然だが、まさかの遭遇。
小鈴さん。名前も知ってる。会社では『すず』と呼ばれていることも。

向こうは気が付かないらしいので視線をそらそうとしたら、ギリギリで気が付かれた。

お互いびっくりだ。
だが、顔をうっすら知ってるくらい。後は最近太ったんだよね、という会話しかできない自分。さすがにそれは失礼だ。
他人のふりでいいだろう。

鈴が犬の飼い主に話しかける。

「お名前なんて言うの?」

「トニーって言うんだ。二歳の男の子だよ。」

飼い主は優しい人のようだ。
小さな女の子の相手も丁寧にしてくれる。
さっきまで小学生が群がってたのもなるほどだ。
鈴も満足そうに撫でている。

小さな手が大きな犬の毛をなぞる。
大人しく撫でられている犬。
自分も触りたいが、ちょっと視線が気になり大人しく後ろに控えていた。
時々鈴が犬に話しかけて、飼い主が答えてくれている。

となりの彼氏が気にしないんなら無理して痩せなくていいんじゃないか?
余計なお世話で口にはしないが、そう思った。


「鈴、行こうか?」

ある程度撫でて満足しただろう。
鈴が飼い主にお礼を言って自分も同じようにお礼を言って、立ち去った。

最後までもう一人の方は見れなかった。

「可愛かった。おりこうさんだね。」

「そうだな。」

「また会えるかな?」

「どうかな?聞けばよかったな。」

「うん。また来よう!」

「・・・・・そうだな。」

どうかな・・・・。

ゆっくり振り返ると二人と一匹は仲良く並んで向こうに歩いて行くところだった。
まあ、さほど太ってもいないけど。
ふたりはいいバランスだし。

小さく見える後姿を見て、そんな関係ない事を思ったりした。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

結婚したくない腐女子が結婚しました

折原さゆみ
恋愛
倉敷紗々(30歳)、独身。両親に結婚をせがまれて、嫌気がさしていた。 仕方なく、結婚相談所で登録を行うことにした。 本当は、結婚なんてしたくない、子供なんてもってのほか、どうしたものかと考えた彼女が出した結論とは? ※BL(ボーイズラブ)という表現が出てきますが、BL好きには物足りないかもしれません。  主人公の独断と偏見がかなり多いです。そこのところを考慮に入れてお読みください。 ※番外編に入り、百合についても語り始めました。  こちらも独断と偏見が多々あるかもしれないのでご注意ください。 ※この作品はフィクションです。実際の人物、団体などとは関係ありません。 ※番外編を随時更新中。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

処理中です...