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4 初めての研修のためにお世話になってます。 ~ナナオ~
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この古い社はいつからここにあるのか、神様がどんな生き方・・・と言ったら変だけど、まあそんな感じのものを過ごしてきたのか。
古くから、それはそれは気が遠くなるくらいの昔からここに『在る』場所らしい。
『きづねの森』謂われについてほとんど知らない。
何かの祭りや祭事があるわけでもない。
なんの御利益があるのかも知らないから来る人もいないだろうし、実際小さいころに探検ごっこで石段をのぼったくらいだ。
森全体が土地神様みたいで、そしてこの場所にきっと神様が暮らしてるんだと思うけど。
古くからの謂れはもうはっきりとは残ってないのだろうか?
きっとどこかにあるはずなのに、それをすべて記憶してる人間がいないのだろう。
中学の課題で周りのことについて調べることになったから、この場所を、神様を選んだ。
そんな思いが伝わってきた。
覚えていてくれたことに、思い出してくれたことに、選んでくれたことに感謝すべきだろう。
あの時小さくて、寂しそうに千早の車を見ていた男の子。
当たり前だが、千早だけじゃなくて、その子も随分大きくなったらしい。
課題に選んだはいいが何も書き物が見つけられなくて困ってると言った思いも伝わって来た。
どうしたらいいんだろうというつぶやきが何度も聞こえてきた。
その日、『御殿の神様』についてなにか説明がないか調べるべく、チョロチョロと御殿を怪しく周りじっくり見てる。
「もしもし~誰かいますか~?」
ここで返事をしたら驚くだろう。
他のみんなも思ったらしくちょっとニンマリしていた。
「なんかありがたい謂われはないのかなぁ。ビックリするような伝説とかさあ。」
「名前も何だか適当な呼び名だし、神様の名前も分からないし、説明看板なんてないし。」
「じいちゃんたちに聞くか。」
「写真だけとりあえずは撮るか。」
バカみたいに自分たちを褒めながら写真撮影。
「いいね~、クールだねえ。欠けた顔が何とも想像をかきたてるね~、どんな顔なのかなあ?緑のコケが似合うって滅多にいないよね。おしゃれって個性だよね~。」
独り言にしては大きいし、こいつは大丈夫か?
それは皆が思っただろう。
それでも写真を撮られる事なんて滅多にないことだから、みんなちょっと緊張していた。
ひとしきり終わり隣の石に座った。
そこは、千早の席だ!
ちょっとだけ狭い心でそう思った。
あれから誰も座ることのなかった隣の石。
今でも鳥たちに頼んで時々ほこりを払ってもらったりしていた。
そこに何の断りもなく座りながら、やはり千早と同じように頭を撫でてきた。
「あの子ここに来てた?」
「時々こっちから帰ってきてたんだけど。」
「もう来ないよなぁ。親父が違う母親役を連れてくるってどんな気分なんだろう?仲良くやれてるのかなぁ。あの子だけでも、たまにはじいさんばあさんに会いに来ればいいのに。」
ブツブツと独り言。
もしかしてあの千早のことなのか?いや、そうだろう。絶対そうだろう。
「あ~あ。」
そう言って背伸びして、階段を下りていった。
追いかけたい。
そう思ってるのに風が吹かない。
ケン、一声鳴いて身体を震わせるようにしたつもり。
しばらくしたら戒めがとけたように自由になった体がよろっと一歩踏み出した。
当然さっきの背中を追いかけた。
階段を勢いよくおりた後、のんびり歩いてる背中が見えるところまで来た。
距離を取り、気づかれないようにして、ついていった。
何度も通った家に声をかけて、あの二人に挨拶して、裏の家に入ったのを確認した。
分かってたけど、やっぱりそうだった。
あの頃一緒に遊んだんだろう。
同じくらいの年だと思う。
だから思い出してたんだろう。
そうか。
新しい母親・・・・。それはテレビの映像で分かってた。
笑顔だったから、良かったと二人も言ってたし。
きっと千早にはいい事だったんだろう。
自分を見つけた二人が外に出てきて声をかけてくれた。
すっかり子犬と思われてるのだ。
それは孫の千早からしてそうだった。
尻尾と耳と口が違うと思うのに、他にもいろいろと。
それでも便利な思い違いを利用して、時々廊下に上がり込んで一緒に過ごしていた。
餌はもらわないようにしてたら、そのうち出されなくなった。
粗相もしないし、ウロチョロとしないし、いたずらなんてもっとしない、だから行儀がいいと褒められた。
別に必要ないだけだ。
廊下で二人と太陽を浴びてのんびり寛いで過ごした。
部屋にはたくさんの写真が飾られていたし、時々はテレビに動く千早の姿も映し出されていた。
だから成長した姿もずっと見てきたのだ。
ここにいた頃の小さい懐かしい映像も見たはずだ。
その中にさっきの男の子もいたのだろうか?
いつものようにそこでしばらく過ごして、いるべき場所に戻った。
最初の頃は何を報告するべきかもわからなくて、何か叱られるかと思ったから姿勢を正して御殿の前に座ったのに、いつまでたっても風は吹かなかった。
先輩のクスクス笑いも聞こえてきて、自分の本来の場所に戻った。
確かに千早も大きくなっている。
泣きそうな顔で、何かを我慢してる寂しい目をした子供の顔は本当に面影で少しあるくらいだった。
ある日、いつものように神様の気配を感じて、体が自由になった後、研修を言い渡された。
風に押されて御殿の前に座らされた。
初めて自分に声が聞こえたのだ。
ここから離れて、人間に混じって暮らすことだという。
それが誰で、どこで、何をするか、詳しく言われなくても分かった。
まず千早の住んでる場所に行って、部屋の前で待っていた。
やっぱり、あれから何年も経っているのに子犬としか認識されなかった。
とりあえず動物らしく小さくワンと鳴いたつもりだった。
ちょっと屈辱的な気がしないではないけど、おじいおばあの家でも犬のふりをしていたんだ。
そこはプライドをねじ伏せた。
そんなことはたいした問題ではない。
久しぶりともつい言ってしまったけど気がつかれなかったらしい。
一度部屋の中に入れてもらい、大人しくどう対応してくれるのかを見ていた。
独り言のように、それはあの頃と変わりなく撫でながらもブツブツと言っていた。
自慢だが子犬としか見えなくても立派に可愛い見た目をしてるはずだ。
撫でてくれてる手は優しい。
そこで我慢できずに話しかけた。
それは自分ではずっと言葉にしてきたつもりだったけど、さすがに千早の目が大きくなった。
ちゃんと口も動いていたとは思うのに、最高の笑顔もつけたのに、まったく気のせいだと思ったのか?
不審な動きとつぶやきと・・・・。
いつも誰かの声が聞こえるのか?
そんなに千早は病んでるのかと、心配になるくらい黙殺された。
説明はしてみた。
聞いてはくれた。
ただ、そのあとあっさりと外に出された。
正確には『つまみ出された』というのだろうか?
思いっきり首の肉をつかまれてぶら下げられた。
危うく息が止まりそうなくらい。
お尻を支えるとかしてくれなくて、ブラブラとした体の重さが首にかかる。
本当に息がつまったうめき声しか出ないくらいだった。
そして閉まった大きな玄関のドア。
見上げてしばらく待ったけど開くこともなく。
でも足音はしてないからドアの向こうにいることはわかってる。
悲しげな声を出し、ドアをどんどんと手で叩いてみた。
小さな手はたいした音を立てなかったけど、気になったらしくしばらくしてドアが開いた。
左右を見て誰もいないのを確かめてもう一度中に入れてくれた。
さっきまでの捨て犬に対する迷いもなく。
はっきりと偉そうに対峙してくる。
話はお互いに引きつ責めつ、条件を出し合い譲歩して、何とか同居・・・犬として認められた。
やっと狐だと、正体もばらしたのに、ほぼ犬扱い。
名前もついでにつけてもらった。
「ナナオ」
あんまり拘らないつもりだったが、なんとなくしっくりきた気がして気分はいい。
何でかと聞いた。
尻尾をフサフサと増やしてみた。
九つになるはずなのに、何故か足りなくて・・・・・。
何度数えても一本足りなくて。
未熟者・・・・・。
明らかに千早の視線がそう言っていた。
しょうがない、確かに研修中だ。
この度、初めて神様に貰った課題をクリアして、さらに一歩神様に近づくのだ。
最後に車の中の顔を見てから随分季節が巡った。
千早も成長したらしく、すっかりおじいさんたちの手元に届く情報も映像よりも葉書の近況報告だけで、ごく稀に送られてくる写真だけだった。
遊びに行ったら壁に飾られたそれを見る。
滅多に増えることのない写真。
自分は子犬サイズのままで、その事にはそんなものだと納得してくれてる二人。
二人も大分小さくなった。自分は変わってないのに、何となくそう思えた。
本当に昔の出来事だったのに。
いろいろを思い返したのは本当についこの間のことだった。
足音がして、大人の影がまた階段を上がってきた。
本当にあの時の少年も随分大人になっていた。
前に来たのはそんなに前じゃないけど、また大きくなってる気がした。
声は二人の家にいる時に聞いた気がするけど、姿を見たのは久しぶりだった。
それでもはっきりと、それとわかるくらいには少年の頃の面影がある。
その時も御殿の前で形だけ手を合わせて、こっちに来た。
軽く見上げたつもりだけど気づいてはないだろう。
隣の石に座って頭を撫でられた。
座った石が随分小さくなったと思えるくらい、男の子は大きくなっていたんだ。
「相変わらず小さいなぁ、弟犬さん。」
そう言われた。
それは、人の成長スピードとは違う。
「今度就職だから、ここを離れるんだ。帰ってくることもないだろうなぁ。やっぱり田舎だからさ。」
「年に数回かな。きっとその時もここは変わらないんだろうなぁ。」
頭を撫でていた手は動きを止めて、ぼんやりとこっちを見てる。
鼻がひくひくと動く。
なんだろう? 何かの予感。
「なぁ、知ってるなら本当に力を貸してくれない?偶然だったけど、少しも気が付かれなかった。名前を聞いてもなんの反応もなし。」
「はぁ~、しょうがないか、小さかったし、大勢の中の一人で特別でもなかったし。」
「でも、その偶然はすごいことだと思う。なんとか・・・・・。」
そう言ってこっちをまた見た。
千早に会ったと言っていた前回。
今回は、何だ?
「可愛くなってたよ、千早ちゃん。ホントに知らない?」
千早、やっぱり千早!だから何だって言うんだ!!
唸り声が出そうになったくらいだ、イライラするぞ!
「一緒の会社で働くんだ。」
なんと!!やっと話が見えてきた。
こいつもなかなか一途なのか、久しぶりに見た千早が思った以上の成長ぶりだったのか。
あぁ、そう言われたら会いたくなる、見たくなる。
「なんとか頑張るつもりだけど。」
そう言って頭を叩かれた。
かつてないくらいに優しく、ポンポンと。
「5月には帰ってくるけど、せめてその時には友達になったと報告がしたいな。」
そう言って立ち上がった。
やはり大きくなっていた。
あの頃より大人の顔になっていた。
千早はどのくらい大きくなったんだろう。
会いたい。
会いたいとは思っても遠くにいるんだと知ってる。
まったくじいさんたちに会いに来ることもないくらい遠い所に。
さっきのやつも言ってた。
めったに帰ってこないだろうと。
千早は遠い所に帰って行ったんだから。
顔を上げる。
そのまま横を見ると小さいときに名前をつけて呼んでくれていた先輩達もみんなそのままいる。
ここはずっと自分たちがいる場所で、時々気まぐれに誰かが訪れるのを待ち、受け入れ、去るのを見るところだ。
そんな場所で、いつかは自分も耳が欠けて鼻が削がれて行くんだろうか?
そんなことになったら気がついてもらえないかもしれない。
そんな悲しい未来、ずっと先の未来を想像していた。
風が吹いた。
優しく、背中を押された。
するっといつものように体が軽くなり、数歩進んだ。
御殿から光が溢れてきた。
その光の中に座った。
頭の中に声がした。
そしてここに来た。
4月1日が入社式。
仕事は来月からだということでのんびりと買い物をしたり、食事をしたり、友達に会ったり、
ダラダラとしたり。残りの数日はのんびりと過ごす千早。
外出するときは一緒に連れて行ってもらえることになっている。
バッグに小さな飾りとしてぶら下がって、一緒に出かけた。
大きいままでも問題ないのに。
体重なんて感じさせることはない。
もとより千早以外で見えるやつはあんまりいないだろう。
いたとしても、ああ、子犬・・・・・ペットをつれてるんだなあとか思ってくれるかもしれない。
時々本物の・・・・犬に吠えられることがあった。
最初の頃重力を無くしてちょこんと肩に乗って買い物をしたりしていたら明らかにこっちを見上げて吠えてくる根性の悪いやつがいたのだ。
「ごめんなさい、いつもは吠えないのに。」
飼い主に謝られる千早。
そのうち千早が動物に出くわす前に道を逸れてくれるようになった。
確かに飼い主からしたら若い女の子に吠えてると思われるし、千早が嫌がった。
「何だか私が悪いみたいじゃない。不審者みたいじゃない。もう誰のせいよ。」
そういいながら吠えられない方法を選んでくれてる。
「あいつは根性が悪いんだよ。」
俺が毒づくと、そういうナナオも同じくらいね。
そう言われた。
何~!!
まったく人の心知らずに生意気を言う。
何のために一緒にいると思ってるんだ。
そう言いたいがぐっと抑えた。
研修の目的を明かすことは認められてない。
あくまでもサポートだ。そしてどうなるか、それは自分には分からない。
仕事が始まらないうちは何も動かない。
後数日はのんびりと一人と一匹で過ごせる。
「会社にもついて行くから。」
自分としては当たり前のことを言ったつもりなのに。
すぐに却下された。
「遊びじゃないの。仕事なの。相手をしてる暇なんてないし。」
「だって千早、新しいところでドキドキするし、道に迷ったり、困ったり、いろいろあるよ。そんなときに俺が近くに居たら何かと助かると思うよ。」
「だって何が出来るっていうの?」
「道案内も出来るし、変なヤツが近寄ってこないようにも出来るし、仕事だって色んな手伝いが出来るかもしれないし、出来ないかもしれないし。なぁ、一緒にいるだけでもすごく心強くない?だって知ってるヤツいるのか?」
「それはいない。事前研修で一度だけみんなと顔を合わせたときに少しだけ話をした女の人がいるだけ。また会えるねって、楽しみだねって言ったけど。」
「ほら、心細いだろう。俺がついてるから大丈夫だって。」
「何が大丈夫なのか分からない。」
「それは行って見ないとなんとも言えないけど。いないよりは絶対役に立つから。」
そう言い切って最初の数日様子を見て一緒に通勤する許可をもらった。
「男の人もいるの?」
「もちろん同じ数くらいいたよ。」
「そっちは誰かと話をした?」
「男の人と?してないよ。」
あいつは話しかけられなかったらしい。
やっぱり思い出せてもいないらしい。
まだまだゼロといってもいいくらいだ。
果たして自分が介入してどうにかなるんだろうか?
いや、どうにかしないといけないんだ。
それが『研修課題』だし。
古くから、それはそれは気が遠くなるくらいの昔からここに『在る』場所らしい。
『きづねの森』謂われについてほとんど知らない。
何かの祭りや祭事があるわけでもない。
なんの御利益があるのかも知らないから来る人もいないだろうし、実際小さいころに探検ごっこで石段をのぼったくらいだ。
森全体が土地神様みたいで、そしてこの場所にきっと神様が暮らしてるんだと思うけど。
古くからの謂れはもうはっきりとは残ってないのだろうか?
きっとどこかにあるはずなのに、それをすべて記憶してる人間がいないのだろう。
中学の課題で周りのことについて調べることになったから、この場所を、神様を選んだ。
そんな思いが伝わってきた。
覚えていてくれたことに、思い出してくれたことに、選んでくれたことに感謝すべきだろう。
あの時小さくて、寂しそうに千早の車を見ていた男の子。
当たり前だが、千早だけじゃなくて、その子も随分大きくなったらしい。
課題に選んだはいいが何も書き物が見つけられなくて困ってると言った思いも伝わって来た。
どうしたらいいんだろうというつぶやきが何度も聞こえてきた。
その日、『御殿の神様』についてなにか説明がないか調べるべく、チョロチョロと御殿を怪しく周りじっくり見てる。
「もしもし~誰かいますか~?」
ここで返事をしたら驚くだろう。
他のみんなも思ったらしくちょっとニンマリしていた。
「なんかありがたい謂われはないのかなぁ。ビックリするような伝説とかさあ。」
「名前も何だか適当な呼び名だし、神様の名前も分からないし、説明看板なんてないし。」
「じいちゃんたちに聞くか。」
「写真だけとりあえずは撮るか。」
バカみたいに自分たちを褒めながら写真撮影。
「いいね~、クールだねえ。欠けた顔が何とも想像をかきたてるね~、どんな顔なのかなあ?緑のコケが似合うって滅多にいないよね。おしゃれって個性だよね~。」
独り言にしては大きいし、こいつは大丈夫か?
それは皆が思っただろう。
それでも写真を撮られる事なんて滅多にないことだから、みんなちょっと緊張していた。
ひとしきり終わり隣の石に座った。
そこは、千早の席だ!
ちょっとだけ狭い心でそう思った。
あれから誰も座ることのなかった隣の石。
今でも鳥たちに頼んで時々ほこりを払ってもらったりしていた。
そこに何の断りもなく座りながら、やはり千早と同じように頭を撫でてきた。
「あの子ここに来てた?」
「時々こっちから帰ってきてたんだけど。」
「もう来ないよなぁ。親父が違う母親役を連れてくるってどんな気分なんだろう?仲良くやれてるのかなぁ。あの子だけでも、たまにはじいさんばあさんに会いに来ればいいのに。」
ブツブツと独り言。
もしかしてあの千早のことなのか?いや、そうだろう。絶対そうだろう。
「あ~あ。」
そう言って背伸びして、階段を下りていった。
追いかけたい。
そう思ってるのに風が吹かない。
ケン、一声鳴いて身体を震わせるようにしたつもり。
しばらくしたら戒めがとけたように自由になった体がよろっと一歩踏み出した。
当然さっきの背中を追いかけた。
階段を勢いよくおりた後、のんびり歩いてる背中が見えるところまで来た。
距離を取り、気づかれないようにして、ついていった。
何度も通った家に声をかけて、あの二人に挨拶して、裏の家に入ったのを確認した。
分かってたけど、やっぱりそうだった。
あの頃一緒に遊んだんだろう。
同じくらいの年だと思う。
だから思い出してたんだろう。
そうか。
新しい母親・・・・。それはテレビの映像で分かってた。
笑顔だったから、良かったと二人も言ってたし。
きっと千早にはいい事だったんだろう。
自分を見つけた二人が外に出てきて声をかけてくれた。
すっかり子犬と思われてるのだ。
それは孫の千早からしてそうだった。
尻尾と耳と口が違うと思うのに、他にもいろいろと。
それでも便利な思い違いを利用して、時々廊下に上がり込んで一緒に過ごしていた。
餌はもらわないようにしてたら、そのうち出されなくなった。
粗相もしないし、ウロチョロとしないし、いたずらなんてもっとしない、だから行儀がいいと褒められた。
別に必要ないだけだ。
廊下で二人と太陽を浴びてのんびり寛いで過ごした。
部屋にはたくさんの写真が飾られていたし、時々はテレビに動く千早の姿も映し出されていた。
だから成長した姿もずっと見てきたのだ。
ここにいた頃の小さい懐かしい映像も見たはずだ。
その中にさっきの男の子もいたのだろうか?
いつものようにそこでしばらく過ごして、いるべき場所に戻った。
最初の頃は何を報告するべきかもわからなくて、何か叱られるかと思ったから姿勢を正して御殿の前に座ったのに、いつまでたっても風は吹かなかった。
先輩のクスクス笑いも聞こえてきて、自分の本来の場所に戻った。
確かに千早も大きくなっている。
泣きそうな顔で、何かを我慢してる寂しい目をした子供の顔は本当に面影で少しあるくらいだった。
ある日、いつものように神様の気配を感じて、体が自由になった後、研修を言い渡された。
風に押されて御殿の前に座らされた。
初めて自分に声が聞こえたのだ。
ここから離れて、人間に混じって暮らすことだという。
それが誰で、どこで、何をするか、詳しく言われなくても分かった。
まず千早の住んでる場所に行って、部屋の前で待っていた。
やっぱり、あれから何年も経っているのに子犬としか認識されなかった。
とりあえず動物らしく小さくワンと鳴いたつもりだった。
ちょっと屈辱的な気がしないではないけど、おじいおばあの家でも犬のふりをしていたんだ。
そこはプライドをねじ伏せた。
そんなことはたいした問題ではない。
久しぶりともつい言ってしまったけど気がつかれなかったらしい。
一度部屋の中に入れてもらい、大人しくどう対応してくれるのかを見ていた。
独り言のように、それはあの頃と変わりなく撫でながらもブツブツと言っていた。
自慢だが子犬としか見えなくても立派に可愛い見た目をしてるはずだ。
撫でてくれてる手は優しい。
そこで我慢できずに話しかけた。
それは自分ではずっと言葉にしてきたつもりだったけど、さすがに千早の目が大きくなった。
ちゃんと口も動いていたとは思うのに、最高の笑顔もつけたのに、まったく気のせいだと思ったのか?
不審な動きとつぶやきと・・・・。
いつも誰かの声が聞こえるのか?
そんなに千早は病んでるのかと、心配になるくらい黙殺された。
説明はしてみた。
聞いてはくれた。
ただ、そのあとあっさりと外に出された。
正確には『つまみ出された』というのだろうか?
思いっきり首の肉をつかまれてぶら下げられた。
危うく息が止まりそうなくらい。
お尻を支えるとかしてくれなくて、ブラブラとした体の重さが首にかかる。
本当に息がつまったうめき声しか出ないくらいだった。
そして閉まった大きな玄関のドア。
見上げてしばらく待ったけど開くこともなく。
でも足音はしてないからドアの向こうにいることはわかってる。
悲しげな声を出し、ドアをどんどんと手で叩いてみた。
小さな手はたいした音を立てなかったけど、気になったらしくしばらくしてドアが開いた。
左右を見て誰もいないのを確かめてもう一度中に入れてくれた。
さっきまでの捨て犬に対する迷いもなく。
はっきりと偉そうに対峙してくる。
話はお互いに引きつ責めつ、条件を出し合い譲歩して、何とか同居・・・犬として認められた。
やっと狐だと、正体もばらしたのに、ほぼ犬扱い。
名前もついでにつけてもらった。
「ナナオ」
あんまり拘らないつもりだったが、なんとなくしっくりきた気がして気分はいい。
何でかと聞いた。
尻尾をフサフサと増やしてみた。
九つになるはずなのに、何故か足りなくて・・・・・。
何度数えても一本足りなくて。
未熟者・・・・・。
明らかに千早の視線がそう言っていた。
しょうがない、確かに研修中だ。
この度、初めて神様に貰った課題をクリアして、さらに一歩神様に近づくのだ。
最後に車の中の顔を見てから随分季節が巡った。
千早も成長したらしく、すっかりおじいさんたちの手元に届く情報も映像よりも葉書の近況報告だけで、ごく稀に送られてくる写真だけだった。
遊びに行ったら壁に飾られたそれを見る。
滅多に増えることのない写真。
自分は子犬サイズのままで、その事にはそんなものだと納得してくれてる二人。
二人も大分小さくなった。自分は変わってないのに、何となくそう思えた。
本当に昔の出来事だったのに。
いろいろを思い返したのは本当についこの間のことだった。
足音がして、大人の影がまた階段を上がってきた。
本当にあの時の少年も随分大人になっていた。
前に来たのはそんなに前じゃないけど、また大きくなってる気がした。
声は二人の家にいる時に聞いた気がするけど、姿を見たのは久しぶりだった。
それでもはっきりと、それとわかるくらいには少年の頃の面影がある。
その時も御殿の前で形だけ手を合わせて、こっちに来た。
軽く見上げたつもりだけど気づいてはないだろう。
隣の石に座って頭を撫でられた。
座った石が随分小さくなったと思えるくらい、男の子は大きくなっていたんだ。
「相変わらず小さいなぁ、弟犬さん。」
そう言われた。
それは、人の成長スピードとは違う。
「今度就職だから、ここを離れるんだ。帰ってくることもないだろうなぁ。やっぱり田舎だからさ。」
「年に数回かな。きっとその時もここは変わらないんだろうなぁ。」
頭を撫でていた手は動きを止めて、ぼんやりとこっちを見てる。
鼻がひくひくと動く。
なんだろう? 何かの予感。
「なぁ、知ってるなら本当に力を貸してくれない?偶然だったけど、少しも気が付かれなかった。名前を聞いてもなんの反応もなし。」
「はぁ~、しょうがないか、小さかったし、大勢の中の一人で特別でもなかったし。」
「でも、その偶然はすごいことだと思う。なんとか・・・・・。」
そう言ってこっちをまた見た。
千早に会ったと言っていた前回。
今回は、何だ?
「可愛くなってたよ、千早ちゃん。ホントに知らない?」
千早、やっぱり千早!だから何だって言うんだ!!
唸り声が出そうになったくらいだ、イライラするぞ!
「一緒の会社で働くんだ。」
なんと!!やっと話が見えてきた。
こいつもなかなか一途なのか、久しぶりに見た千早が思った以上の成長ぶりだったのか。
あぁ、そう言われたら会いたくなる、見たくなる。
「なんとか頑張るつもりだけど。」
そう言って頭を叩かれた。
かつてないくらいに優しく、ポンポンと。
「5月には帰ってくるけど、せめてその時には友達になったと報告がしたいな。」
そう言って立ち上がった。
やはり大きくなっていた。
あの頃より大人の顔になっていた。
千早はどのくらい大きくなったんだろう。
会いたい。
会いたいとは思っても遠くにいるんだと知ってる。
まったくじいさんたちに会いに来ることもないくらい遠い所に。
さっきのやつも言ってた。
めったに帰ってこないだろうと。
千早は遠い所に帰って行ったんだから。
顔を上げる。
そのまま横を見ると小さいときに名前をつけて呼んでくれていた先輩達もみんなそのままいる。
ここはずっと自分たちがいる場所で、時々気まぐれに誰かが訪れるのを待ち、受け入れ、去るのを見るところだ。
そんな場所で、いつかは自分も耳が欠けて鼻が削がれて行くんだろうか?
そんなことになったら気がついてもらえないかもしれない。
そんな悲しい未来、ずっと先の未来を想像していた。
風が吹いた。
優しく、背中を押された。
するっといつものように体が軽くなり、数歩進んだ。
御殿から光が溢れてきた。
その光の中に座った。
頭の中に声がした。
そしてここに来た。
4月1日が入社式。
仕事は来月からだということでのんびりと買い物をしたり、食事をしたり、友達に会ったり、
ダラダラとしたり。残りの数日はのんびりと過ごす千早。
外出するときは一緒に連れて行ってもらえることになっている。
バッグに小さな飾りとしてぶら下がって、一緒に出かけた。
大きいままでも問題ないのに。
体重なんて感じさせることはない。
もとより千早以外で見えるやつはあんまりいないだろう。
いたとしても、ああ、子犬・・・・・ペットをつれてるんだなあとか思ってくれるかもしれない。
時々本物の・・・・犬に吠えられることがあった。
最初の頃重力を無くしてちょこんと肩に乗って買い物をしたりしていたら明らかにこっちを見上げて吠えてくる根性の悪いやつがいたのだ。
「ごめんなさい、いつもは吠えないのに。」
飼い主に謝られる千早。
そのうち千早が動物に出くわす前に道を逸れてくれるようになった。
確かに飼い主からしたら若い女の子に吠えてると思われるし、千早が嫌がった。
「何だか私が悪いみたいじゃない。不審者みたいじゃない。もう誰のせいよ。」
そういいながら吠えられない方法を選んでくれてる。
「あいつは根性が悪いんだよ。」
俺が毒づくと、そういうナナオも同じくらいね。
そう言われた。
何~!!
まったく人の心知らずに生意気を言う。
何のために一緒にいると思ってるんだ。
そう言いたいがぐっと抑えた。
研修の目的を明かすことは認められてない。
あくまでもサポートだ。そしてどうなるか、それは自分には分からない。
仕事が始まらないうちは何も動かない。
後数日はのんびりと一人と一匹で過ごせる。
「会社にもついて行くから。」
自分としては当たり前のことを言ったつもりなのに。
すぐに却下された。
「遊びじゃないの。仕事なの。相手をしてる暇なんてないし。」
「だって千早、新しいところでドキドキするし、道に迷ったり、困ったり、いろいろあるよ。そんなときに俺が近くに居たら何かと助かると思うよ。」
「だって何が出来るっていうの?」
「道案内も出来るし、変なヤツが近寄ってこないようにも出来るし、仕事だって色んな手伝いが出来るかもしれないし、出来ないかもしれないし。なぁ、一緒にいるだけでもすごく心強くない?だって知ってるヤツいるのか?」
「それはいない。事前研修で一度だけみんなと顔を合わせたときに少しだけ話をした女の人がいるだけ。また会えるねって、楽しみだねって言ったけど。」
「ほら、心細いだろう。俺がついてるから大丈夫だって。」
「何が大丈夫なのか分からない。」
「それは行って見ないとなんとも言えないけど。いないよりは絶対役に立つから。」
そう言い切って最初の数日様子を見て一緒に通勤する許可をもらった。
「男の人もいるの?」
「もちろん同じ数くらいいたよ。」
「そっちは誰かと話をした?」
「男の人と?してないよ。」
あいつは話しかけられなかったらしい。
やっぱり思い出せてもいないらしい。
まだまだゼロといってもいいくらいだ。
果たして自分が介入してどうにかなるんだろうか?
いや、どうにかしないといけないんだ。
それが『研修課題』だし。
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