同居始めた修行中の狐犬に振り回されています。

羽月☆

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5 修行の第一歩、アプローチの第一歩、見事に千早に無視された。~ナナオ~

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さて、首に緩く巻きついてもいいけど、もし視える誰かがいたらたちまち千早が犬連れ・・・・か狐つき・・・とか言われる。

しょうがないのでとりあえずは小さな置物になってバッグの中に入れてもらい、
仕事中はペンケースの横に置いてもらうことにした。

「最初からペンケースに入ればいいのに・・・・。」

もちろんそう言われて入ったらファスナーを締めるときに思いっきり俺の毛を挟みそうになったんだ。
実際はない事だし、痛くもないけどそこに縫い付けられたような気分にはなる、動けない気分になる、どうにも気分が悪くなりそうで。

「もしかして暗くて狭いところが駄目とか?あんな大きな森の中にいたから狭いところは怖いとか?」

そういわれた。
ニマニマしながらそう言って、俺の毛も気遣わずにファスナーを閉めたことは謝りもしなかった。
覚えてろ・・・・。


ただ狭いところは苦手だった。
もっと小さくなればいいのに、そう言われたがそういう問題じゃない。

穴の開いた奥からたくさんの目玉がのぞくボールペン、ファスナーで完全に闇になるまでその目玉と向き合った。
ある意味恐怖だった。

闇の中でもじっと見られてるんだろうかと。

想像力が無駄に働いて毛が少々逆立った気がした、だからファスナーに挟まれた気がしたのだ。

とりあえずバッグのポケットに入れてもらい、仕事中は机の上においてもらうよう念押しした。

「移動の時にも置き忘れるなよ。」

そう言ったらシラッとした顔で見られた。

別に寂しいからじゃない、研修中だから、いつ何時自分の活躍のチャンスがあるか分からないじゃないか。


「そうなっても、一人で帰ってこれるよね。間違っても保健所に連れて行かれたりはしないだろうし。」

「それはそうだが・・・・・。」

説明をした、自分の存在意義を、正直には自分からは言えないから、研修中は心配だし一緒にいたいと素直になったふりで言った。

「何だ、やっぱり寂しいんじゃない。」

ぐりぐりと頭を撫でようとする。
その手は気持ちいいと分かってる。
そんな時はその手を感じられるようにする。

ただ思いっきり乱暴だった、こんな女だったのか?
アイツはそんな事言ってなかったぞ。


いよいよの四月の晴れの日。

「やっぱり緊張するね。」

「だから一緒にいるって言ってるだろう。」

「そうだね、じゃあ、行こうか。」

割と素直に答えてくれた。
くるっと飛び上がり小さな置物に変化した。

そのままバッグのポケットに入れてもらった。


「電車混むからファスナー閉めるね。」

そう言ってジジジとファスナーが閉まり、やっぱり暗闇の中に居ることになった。
どこからも見られてない、穴の奥の目玉もない、そう思いながら目を閉じた。

人間の朝は大変らしい。
バッグの中でもつぶされそうな圧を感じた。

時々千早の悲鳴も聞こえるくらいに。


目的の駅に着いたらしく、ようやくファスナーを開けてのぞかれたときは自分も悪酔いしそうだった。
千早も既に顔がうんざりしてる。

「明日はもっと早く起きる。」

「そうか、大変だな。」

いたわりの言葉をかけたのにじっと見つめて鼻をはじかれた。
手の動きに優しさはなかった・・・殴ったか?

「じゃあ、行こう。」

そういって歩き出した。
あの頃とはまた違った不安そうな表情を一瞬見た気がした。

そんなもんだろう。
こんな日にあいつが声をかけると千早もずいぶん心強く思えるだろうに。


会社の受付で声をかけて書類をもらい、一つの部屋に集められた新人。

見えない・・・・・・お~い!!出してくれ~。

まさか一人で這い出るところを見られるわけには行かないんだから。

椅子に座ってバッグを背中に置いている。
開けられたファスナーからは天井しか見えない。

そう思ったのにちらりとあいつの顔が過ぎった気がした。

そばを通ったんだろう。
だが声をかけることはなかったらしい。

ただ、気配で後ろの席に座ったと分かった。


・・・・・・おい。

しばらく待ってもそれだけだった。


駄目だこりゃ。


千早は隣に来た女の子と話し出した。

自己紹介をお互いにして住んでるところも披露してる。

きっと後ろの席に座っているなら喜んでその情報を記憶してることだろう。


色んな雑談が聞こえるようになり、にぎやかになって来た。

その場が一斉に静かになって会社の人の説明が始まったとわかった。
その時になってやっと気がついたらしく、ペンケースと一緒にバッグのポケットから出してもらえた。

深呼吸する。

まったく・・・・・・。愚痴は言いたいが我慢して、大人しく机の上に置かれた。


千早が隣の子のほうに寄った時にちらりと見えた。
やっぱりヤツは後ろの席に座ったらしい。

早く自己紹介をしてくれないと名前も分からない。


ちゃんと説明を聞けてるんだろうか?
千早の背中が気になるだろうに。

千早はもちろんまったく気がついてないだろう。

さてさて・・・・・。




まったく聞いてなかったが話が退屈だったということは千早と隣の女の子の顔を見て分かった。
隣の女の子も可愛いじゃないか。

いったん話が終って、場がまた賑わいを取り戻した。

「千早ちゃん、お昼買って来た?」

「ううん、全然思いつかなかった。愛瑠ちゃんは?」

「私も買ってないの。一緒に食べていい?外に行くか、何か買って来るか。」

「うん、もちろん。良かった~、一人じゃ寂しいし。」


そんな話をしていたら前にいた女の子も振り向いた。

「あの、私も一緒に混ぜてもらってもいい?」

「うん、勿論。」

二人の笑顔が広がる。多分話しかけてきた子も笑顔だろう。

もっと柔らかいものに変化しないとうっかり振り向けない。

どんな子だろう?可愛い子だといいなあ、素直な子だといいなあ。

自己紹介をし合ってる三人。


後ろではあいつも隣の男と話をしていた。

何とか名前を聞きとろうとしたけど駄目だった。
しょうがない、今日のところはまだ名無しのままのあいつ呼ばわりだ。


その後来た会社の人の話も神妙なふりをして聞いて、お昼になったらしい。

千早がちゃんと気がついて自分をポケットに入れてくれた。

やはり暗くて狭い気はしたが我慢した。


もう一人はカナミちゃんというらしい。
声や話し方からはこの上なくいい子のようにも思える。

千早、まずまずの初日なんじゃないのか?


ランチの時間が終わり、忘れずに机の上に置かれた。

「ねえ、その可愛い犬の置物はお守り?」

可愛いと褒められた。愛瑠ちゃん、いい子じゃないか、見る目ある!!

「うん、そんな感じ。なんとなく一緒に持ち歩くことが多いかな・・・・。」

「へえ、ご利益あるのかな。」

「うん、あるらしいけど、どうだろう。」


「買ったの?」

「ううん、貰ったの。」

「そうなんだ。大切にしてるんだ。すごく大切な人から貰ったんだったりして?」

「ううん、そういうわけじゃないよ。」


大切な神様からの贈り物にそんなことを言うなんて。ありがたい存在なのに・・・・。
ただ後ろで耳を済ませてるだろうあいつのことを考えると、その答えもまあまあ正解だとしておこう。


そんな感じで一日目は後ろから何のアプローチもなく終った。
まあ、そんなものか。

帰りも同じようにバッグに入って自宅にたどり着いたとたん、元の姿に戻って背伸びをした。


「ナナオ、ついてきて面白いことあった?」

「ああ、あったよ。今日の二人は可愛いじゃないか。いいなあ、愛瑠ちゃんと奏美ちゃん。素直そうだし、優しそうだし。」

「そうだね、二人とも気が合いそう。良かった。」






退屈だったりする。
ハッキリ退屈だ。

真面目な顔をして研修を受けてる千早をからかうのも一日で十分だった。

後の楽しみは千早と出来立ての友達が繰り広げる色んな話を聞くことだった。
ランチのときにさりげなくポケットに入れてもらい、数人の女の子の人生を聞く。
当然自分の知らない千早の話も聞けた。

小さい頃に母親を亡くしたことはわざわざ言ってない。
それでも可愛い妹がいるらしいことは語られていた。
あとは高校と大学の学生生活、当然彼氏のこと、あとは部活やサークル活動と趣味の辺りの話。

まだまだ居候同居して日が浅いから情報は新鮮で初耳なことばかり。


三日も同じメンバーと食事をしてると新人仲間の評価も始まる。
可愛い女の子がいるらしい。
そこは全員がうなずくくらいの可愛さらしい。
知らないので今後楽しみにしたいところだ。
他にちらりと知らない名前が出たが、その後男子の話になった。


残念だ、今のところまったく誰にも存在を特別視されてないあいつ。
ようやく苑也と言う名前だとは分かっていた。
友達が呼ぶ以外その名前を聞いてない。
安心していい、千早のライバルはいないのかもしれない。
安心しろ、苑也のライバルもいないかもしれないから。
なんて思って。

相変わらず近くにいるのにまったくすれ違ってる二人。

退屈な時間を無駄にせず、とりあえず偶然を作るしかないと行動を開始した。

最近はバッグから取り出した後ペンケースに無造作に突っ込んでくれて、最初の頃のお守り感もない。
しかもたまに向き合うあの目玉たち。

こっそり、ゆっくり体を動かす。
せめてペンケースの外に顔を向けて欲しい。

夜に部屋で抗議をした。

そう言ったら首だけ出されて首の脇ギリギリのところでファスナーを閉められた。

席を移動するときだったからと後で言い訳を聞いた。
首がチリチリするような恐怖を覚えるんだ!

その席替えは何かのグループワークと言うもので、席をバラバラにして知らない仲間と顔を合わせることになった。
噂の可愛い子はいなかったのが残念だった。
いまだにどの子かきちんと見れてない。

まあ、それはいい。

なんとその時に隣になったのが苑也だった。
とりあえず研修にかこつけて何度か話をしてる。
ただ他の仲間とも同じくらい話してたから特別感なんてないだろう。

精一杯緊張してるのが分かったのに、千早のほうはまったくだった。
気がついてるなんてことはない、まったくない。

休憩時間、緩んだファスナーから飛び出して、ゴロゴロと自分の体を隣の苑也のほうへ転がしてみた。
その手元にちょうど止まった。計算通り!
二人の視線を浴びて目を閉じた。

どうぞ、あとは勝手にやってくれ。

「あの、日疋さん。これ、かわいいね。」

「ありがとう。お守りみたいなものなの。」

「そうなんだ・・・・・・何だか・・・・弟犬・・・・みたい。」


それは初めての苑也からの合図だろう。
千早があの頃そう呼んでくれていた。
きっとそのことを友達の中の一人だった苑也にも教えたのだろう。
今はナナオと呼ばれてすっかりその呼び名も懐かしいくらいだが。
さすがに千早もあれって思ったらしい。

ふと見つめあったような二人・・・・の気配。

実際は見てないから想像だ。願望だ。


「・・・弟犬・・・・・って・・・・。」

よし、今こそ話をするべきだろう。
時間がない、とりあえず急げ!!

そんなタイミングはあっさりとつぶされてしまった。
まさかの千早の友達に。

「千早ちゃん~。」

愛瑠ちゃんに名前を呼ばれ、千早はそっちを振り向いただろう。

「千早ちゃん、明日の金曜日、研修終ったら飲みに行こうって。石井君が誘ってくれたの。」

ああ・・・ライバルはいなくても、邪魔してくる子はいたらしい。
罪はない、友達からのお誘いだし。

「あのね・・・」

千早の耳元で小さく囁いた愛瑠ちゃん。

「多分千早ちゃんと飲みに行きたいんじゃないかな?」

そう言うとにっこりと笑った愛瑠ちゃん。

可愛い笑顔だった、自分が誰かのために動いてると満足するような、そんな笑顔だ。
その声は苑也にも聞こえたんだろうか?

すっと席を立ったらしい。


ああ・・・・千載一遇のチャンスを。
だいたい自分で放棄してどうする・・・・。


盛大にため息をついてしまった。

千早はもはや古い思い出のことなんてすっかり忘れただろう。
うれしそうに返事をしてこっちを見た。


何でそんなうれしそうな顔をする?

だいたい、誰だ、そいつは・・・・。




やはりせっかくのチャンスはそのまま活かされることなく、あえなく消え果てた。


時間になり隣に座った苑也の顔の寂しそうなこと。
見てるこっちの胸が痛い。


その夜、千早からも何も聞かれなかった。
あの時の会話も苑也の存在ごと、本当に忘れてるんだと思う。


クローゼットからブラウスを選んで、アクセサリーを選んで、鼻歌を歌うように楽しそうに明日の準備をしている。


「ねえ、これって変かな?」

「耳にあるそんな小さいものに変も何もない。大体見えないじゃないか。」

つい、不機嫌にそう答えた。

「何ムスッとしてるの?何が気に入らないのよ。ファスナー閉めたのだって謝ったのに。うっかり落とされて、誰かに踏みつけられるよりいいでしょう?」

分からないのか千早。もっと考えたほうがいい事、あっただろう?
思い出せ!
何でそんなにきれいに忘れてるんだ!!

まさか自分が言うべきじゃないよな。
苑也に直接聞いて欲しい、話をして欲しい。


「あ~あ、せめてナナオが女の子だったらいろいろと可愛い話ができるのに・・・・・・って男の子でいいんだよね?」

そう聞かれてもそんな区別は今までされてない。
先輩たちもなんとなく全員・・・・メス狐っていたか?

「あ?分からないの?」

そう言って抱き上げておなかをのぞかれた。

「あれれ・・・・・・。」

「だからそんな区別はないんだって。」

「そう・・・なの?」

「じゃあ、ナナオはどうやって生まれたの?神様が生んだの?」

「分からない。気がついたらあそこにいたから。」

「そうなんだ・・・・。でもなんとなく男っぽいからオス狐でいいよ。」

勝手に決められた。
それは別にどうでもいい。


「なあ、今日はどんな日だった?」

「今日は、普通。明日はお疲れ様飲み会がある日。楽しみっ。」

  
自分の機転も苑也の勇気も普通の日の一コマに紛れこんだ。

駄目だこりゃ。

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