同居始めた修行中の狐犬に振り回されています。

羽月☆

文字の大きさ
19 / 20

22 馴染み過ぎた小さな存在が消えた空っぽな部屋。

しおりを挟む
それでもやっぱり別れの日は来る。
出会いの日はほとんど、そんな別れの日に続いてるから。


いつものように仕事の準備をして、転がる変化姿のナナオをポケットに入れて出かける。
そう、いつものように。

いつか終ると分かっていたのに。

それでもいつもと同じように今日も変化を待った。


「ナナオ、準備できたよ。」

「千早、俺はもう行かないでもいいよな。」

「何?留守番するの?研修?」

「研修は終った。だからもう千早とここにいるのは今朝で最後になる。」







「・・・・なんで?」



何とか言葉にしてそう聞いた。
理由は分かってる、教えてもらったから。
今も言った、最初からそういう約束だった。ナナオの『研修』が終わった。

でもそんなに突然じゃなくてもいいよね。


昨日だって二人ともさっさと寝てしまったじゃない。
そんな話もしなかったじゃない。


「千早、楽しかった。エンヤもいるし、大丈夫だろう?」


動けない。

いくら待ってもナナオが変化することはない。
そろそろ出かけたほうがいいのに。


「しばらくはあそこに戻って、おじいさんとおばあさんと過ごすから。」

「じゃあ、本当に楽しかった。ありがとう。元気で。また遊びに来たら会えるし。」


そう言いながらなんでもない風に笑いながら、そわっとした風が部屋に吹いてナナオがいなくなった。

ずっと見てたのに、ほんとにいなくなった。


「ナナオ?」


しばらくそこをじっと見つめた。
それでも全然見えない、いない、消えた、もう戻ってきてくれない。


ナナオ・・・・・・。


すっかり荷物も持って、後は部屋を出るだけ。

仕事に行かなきゃいけない。


くるりと向きを変えて部屋を出た。
空っぽな部屋に背を向けて歩いた。
ポケットには手を入れない。
いるか、いないか、気にしなかったら、いるかもしれない。


冗談でしたって、ヘラッと笑ってそこにいるかもしれないから。



でも、仕事中、つい、いつものようにポケットに手をやる。
ずっとそこにいてくれたのに。
スーツの付属品みたいに、ずっといてくれたのに。
最近ちょっとだけ離れてることがあったけど、いつもそこにいてくれたのに。

やっぱり信じられなくて、冗談だと思いたくて、空っぽなポケットをざざっと手で探る。

やっぱりいない。


いつものように会社では時間が過ぎる。

「千早ちゃん、どうしたの?具合悪い?」


リリカちゃんも変に思うくらい。
だって今すごく寂しい。

会社で話をすることなんてほとんどなかったし、最近は仕事に集中してポケットの中の存在すら忘れることがほとんどだったたのに。
今はそこにいないことを少しも忘れられない。

「大丈夫?」


「うん。」

それだけ返事して自分の席に座る。


仕事をしなくちゃ。

午前中は資料整理の続きだった。

一人でモクモクと資料を取り込んでファイルして、見出しをつけて、フォルダにまとめる。
空っぽな心でも何とかできることだった。

食欲がないからとランチもとらず、もくもくとやっていた。

午後続きをやってると先輩に呼ばれた。

一緒に営業担当と打ち合わせと言われて、カンファレンスルームに入る。

そこに高森君がいて、手を上げて笑顔を向けられた。

それを見てぼんやりした私はとても表情を動かすことが出来ず。
それに気がついて心配そうな顔になった高森君。


誰も気がつかない、ナナオの不在。

もうおじいちゃんのところに着いたかな?

仕事のあと、おじいちゃん家に電話をした。
会社を出てすぐに。

おばあちゃんが出てくれた。ビックリしただろう。

「おばあちゃん、ナナオ来た?」

『ええ、来たわよ。よく分かったわね。しばらくぶりだったけど元気そうだったから心配ないんじゃない?』

そう聞いて安心した。
ここからでもあっという間にあそこに帰れたらしい。
じゃあ時々こっちに遊びに来てくれてもいいんじゃないの?
そう思った。


『そんなに心配だったの?今度来たら写真撮って送ろうか?安心できる?』

「大丈夫。ただ、会いたいなあって思っただけ。」

『いつでも帰ってきて。毎日来てくれるかは分からないけど、きっと千早ちゃんが来れば来てくれると思うわよ。』


あそこに行ったら会える。
おじいちゃんよりおばあちゃんより、ナナオに会いに行くみたいじゃあだめなのに。

「二人とも元気なんだよね?」

『もちろん元気よ。千早ちゃんも元気出して。心配になるじゃない。』

「大丈夫。元気だよ。」

すごく寂しいけど、きっとその内に慣れるから。

歩きながら駅に向かった。

これからナナオのいない部屋に戻る。
やっぱりまだまだ慣れない一人の部屋。


「千早ちゃん。」

改札の前で声をかけられた。

「高森君、お疲れ様。もう終わったの?」

「うん。」

そっと表情をうかがわれてる。
気がつかないふりをする。

「一緒にご飯食べる?」

そう誘われて、直ぐに寂しい自分の部屋が思い浮かんだ。

「うん。ありがとう。」

改札に入り、会社の駅からは移動する。

大きな駅で降りて、適当なビルの中のお店に入った。


「ねえ、元気ない?どうかした?」

「うん、なんだか少し、元気が出ない。美味しいもの食べればいい、きっと元気出るから、心配しないで。」

仕事で一緒にいた時よりは笑顔になれたと思う。
やっぱりあそこに戻っていて、おじいちゃんとおばあちゃんのところに行ったと分かって。


食事を一緒に分け合いながら、無理に笑うような話をしてくれるわけじゃないけど、一緒にいてホッとする。あの場所で育った高森君だから、あの場所の雰囲気をそのまま持っているから。どこか懐かしい。
寂しい心の隙間を懐かしさで埋めてくれるかもしれないって思う。
そんなの普通逆なのに。
高森君の方が先に出会ってるのに。

食事が終わって手をつないでお店を出た。



「ねえ、千早ちゃん、やっぱり今日は一緒にいたいんだけど。ちょっと心配なんだ。僕が一緒にいたら邪魔?一人でいたい?」

本当に心配そうに聞いてくれる。

首を振る。

「千早ちゃんの方に行きたいって言ったら、ダメかな?」

「いいの?」

「うん、着替えを買って行けばいい。シャツと下着。」

明日も仕事だから。

一緒の電車に乗って私の駅の方へ行く。

「パジャマどうしよう?」

手にある下着とシャツだけじゃ、寒い。
私は大きい服を借りれるけど、逆は無理だ。

「じゃあ買う。一緒に買って、置いててもいい?」

「うん、全部一緒に洗うからいいよ。」


「ありがとう。」


男の人は楽だから。
これでいつでも遊びに行けるね、そう言われた。

部屋はやっぱり暗くて、静かで、寂しい空っぽのままだった。
玄関の前でポケットを探ってもいなかった。
そして部屋にもいない。リビングと寝室にはいない。


いつも寝ていたクッションはふんわりして、そこにあった。
また遊びに来てくれるかもしれない。
しばらくはそのままにしておこう。

「千早ちゃん。」

ぼんやりと部屋に立ち、隅っこのクッションを見ている私を心配したみたいで。

「あ、ごめんね。適当にして。」


買ってきた飲み物と朝ごはんを仕舞い込み、お風呂の準備をする。


「高森君、先にどうぞ。」



案内するほど広くはない。
お互いの服をハンガーにかけて、自分のお風呂の準備もして。

カレンダーを見る。
月曜日が休みの日、それはしばらくない。
土曜日から日曜日にかけて、遊びに行くしかない。
じゃあ、いつでも一緒。
今週でも、もう少し先でも。
おばあちゃんはいつでもおいでって言ってくれたし。


高森君がすっかりくつろいだ格好で出て来てたみたいで。
カレンダーを見ていて気がつかなくて。

「ねえ、本当にどうしたの?何か、僕には言えない事?やっぱり変だよ、元気ない。」

後ろからゆっくり近寄られて。
振り向いた体を遠慮がちに抱きしめてくれる。


「誰にも言ってないけど、言えるのは高森君しかいない。でも今じゃないの。来週まで待って。多分、来週には元気になると思うから。」

「無理はしないで。教えてくれるのを待つけど、必要だったら、何でも言って欲しい。」

「うん、ありがとう。」


顔をあげた。

「じゃあ、私もお風呂に入ってくる。」

笑顔で言って、ゆるく巻き付いた腕から抜けた。


いつものようにいろいろとして、バスルームを出たらテレビを見てる高森君がいた。
すごく寛いでるみたい。

お水とグラスがテーブルにあった。

もう一つグラスを持って横に座った。


「週末どこかに出かようか?」


「う・・・・ん、今週はちょっと無理かもしれない。用事があるんだ。」

「そうか、残念。」

じっと顔を見られた。
さっき言ったことを合わせて考えてるかもしれない。
一人であそこに行ったって知られたら、がっかりするだろうか?


ゆっくりナナオと喋りたいと思った。
あんまり突然だったし、本当に目の前から消えて、文句も言いたいし、お礼も言いたいし、会いに来てって約束もしたい。


時々はお兄さん犬にお願いして、ナナオはこっちに来ればいい。


それでいいじゃない。
いいよね?

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

男爵令嬢なのにくじ引きで王子のいる生徒会の役員になりました!

らな
恋愛
男爵令嬢のリアはアルノー王国の貴族の子女が通う王立学院の1年生だ。 高位貴族しか入れない生徒会に、なぜかくじ引きで役員になることになってしまい、慌てふためいた。今年の生徒会にはアルノーの第2王子クリスだけではなく、大国リンドブルムの第2王子ジークフェルドまで在籍しているのだ。 冷徹な公爵令息のルーファスと、リアと同じくくじ引きで選ばれた優しい子爵令息のヘンドリックの5人の生徒会メンバーで繰り広げる学園ラブコメ開演! リアには本人の知らない大きな秘密があります。 リアを取り巻く男性陣のやり取りや友情も楽しんでいただけたら嬉しいです。 ひみつの姫君からタイトルを変更しました。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

処理中です...