ホッケ定食を頼んだら彼女が出来ました。

羽月☆

文字の大きさ
29 / 34

29 ぎこちなさの中にいるはずなのに。

しおりを挟む
一緒に会社に行くのも途中までで、電車を降りてからは前後して歩く。
自分の席についてくるりと後ろを向いても彼女はいなかった。

途中コンビニにでも寄ったのだろうか?
安心して前を行き、まったく消えた気配を感じなかった。
うかつすぎた。

いつもの朝の様に次々に繰り返される挨拶。
ギリギリの時間に席に着いた鈴木さん。挨拶も小声だった。
それはまるで『ちょっと遅くなっちゃった・・・・。」みたいな感じで自然で。
でもいつも元気に向けてくれる笑顔はなく。
気のせいじゃなくやはり視線が合うことがない。
でも自分も避けている。
鈴木さんだけじゃなく、出来るだけ彼女の方も見ないようにしている。
それでも微かに気配を感じることはできるもので。
ただそれだけで満足して昼を待つ。

12時のチャイムに席を立つメンバー。
いつものことながら数人は外回りでいない。
携帯と財布を持ち席を立つ。
トイレにも寄らずにコンビニに行く。
タイミングのせいか誘われることもなく外に出ることができた。

コンビニで画像を選び写真を現像した。
さすがにここで実家での写真を選ぶ勇気もなくページに表示させることなく子猫の写真数枚を現像して袋に入れた。
とりあえず今日の言い訳の分の用事は終了。

そのまま急いであのおじいさんマスターのいるお店に向かう。
近道もすっかりマスターしてる。
彼女が先に来ていた。
ドアベルにマスターと彼女の視線がこっちを向いた。
マスターに頭を下げて笑顔で迎えられて、彼女の席へ。

「麻美さん、もう注文したの?」

「はい。どうせ一緒に食べるかと思って。」

「何にした?」

「いつもの卵サンドです。」

「じゃあ、懐かしのミートソースにしてみていい?」

「はい。食べたことないです。」

「そうなの?」

「はい。たいていサンドイッチなので。パスタはうちでも作ることが多いし。」

「あ、そうか。」

マスターに注文してコーヒーもお願いする。

「ねえ、今日、どう?変な感じしてない?」

焦点を外すような質問でも分かったようだ。

「やっぱり・・・、私は見れなくて。」

「僕もそうかも。意識的に二人を見ないようにしてる。」

「・・・・・・・本当に・・・。」

「しょうがないから。今週は様子みよう。多分大丈夫だよ。来週からきっと元に戻れるって言ってた。」

それでも悲しそうな目で見上げられた。

「ごめんね。」

「謝らないでください。もし恨まれるとしても私です。」

「大丈夫、そんな人じゃないと思うよ。」

「じゃあ、もし私だったら?私なら恨むと思いますか?」

「・・・・・おも・・・・わない、し、・・・そんな事は仮定の事としても、あり得ないから。」

無言で見てくる。

「ない。」

もう一度はっきり断言する。

「それはちょっと立場が違うかも。私は最後には感謝します。いい思い出もたくさんあります。笑って過ごせた時間がたくさん。ちょっと違う気がします。」

「ねえ、そんなに思うほどじゃないかもしれないよ。大丈夫だから。もうこの話はおしまいにしよう。勝手に考えても悪いし、せっかくここにいるんだし。」

タイミングよくメニューが運ばれてきた。
半分づつ食べる。そのあと時間を置いてパスタと取り皿が。

「ありがとうございます。わざわざ。」

二人でお礼を言って彼女に食べたい分を取ってもらって一緒に食べ始める。

「懐かしい。外ではめったに食べないなあ。」

「ソースが飛び跳ねないように気を付けてくださいね。」

「うん。」

さっきの話題から一転、笑顔で時間を過ごす。

「お腹空いてたなあ、昨日からなんだかハードだったよね。麻美さん。」

「・・・・・・」

「朝さあ、今日もいい日になる気がしてたんだ。うれしい始まりで。」

「・・・・・。」

「ねえ、ひとりで喜んでるとバカみたいじゃない?」

「・・・・・・お昼ご飯に集中したいです。」

「ふ~ん。・・・・ねえ、写真現像したんだ。でも実家で撮ったのはあそこのコンビニじゃあ無理だった。地元で帰りにやるから。麻美さんの分もする?壁に追加ではってくれる?」

「・・・・・おねがいします。」

「お願いされました。」

「あの日さあ、やっぱり母親も浮かれてたと思うんだ。あんなに小さい頃の話を聞いたことなかったし。父親は余所行きだし。自分の親ながら見てて面白かった。」

「お母さんはいつもあんな感じじゃないんですか?」

「う~んん、もっと、あの時の90パーセントくらいには大人しい。」

「あんまり変わりません。」

「でも、うれしかったんだと思うよ。冗談ばっかりだったけど。だって話題にしたのはもちろん、紹介したのも初めてだったし。」

「いる、いないの話もしたことがなかったんですか?」

「多分ない。気が付いてなければ、ない。自分から白状したことないし。」

「その辺信じられませんが。イベントの時とか年末年始とか自宅で過ごした方じゃないですよね。」

「うん、友達と出かけてたからほとんどいなかったよ。バイトか遊び。でもやっぱり違うって思ってたんじゃない。格好とか、何だろう、ソワソワ感。だからこの間はすぐばれたし。」

「ソワソワしてましたか?」

「逆にバレないようにするのが不自然だったんじゃない。」

今みたいに・・・・。
そう言いそうになったのを飲み込む。
ふと時計を見る。結構時間がたった。

「楽しい時間はあっという間だね。」

お会計をしてもらいお店を出る。

「ねえ、少し太った?」

「えっ?」

顔に手を当て、次にウエストを見る彼女。

「なんだか今朝思ったんだけど、ちょっと柔らかくなったかなあって。」

「なぁっ、・・・・変わりません。」

「そうか、気のせいか?おねだり体質に変化したせいかな?」

「そんなこと真面目な顔で言わないでください。」

「そう?真面目だよ。やっぱり、雰囲気も変わったと思う。そのうち皆も気が付くよ。」

「・・・いいです。仮面の女で。」

「脱いで脱いで、そんなの。」

小声にして言った。
誤解を招くから、余計恥ずかしがらせたかもしれないけど。

能天気な昼を過ごしていた。
午後ものんびりと。
でも相変わらず視線をあげることが少なくて。
ただパソコンを見ていた。

「ちょっといいかな?」

そんなに静かだったわけじゃない、耳を澄ませてたわけじゃないのに聞こえた鈴木さんの声。
方向が、顔をあげなくてもその声の方向は見当がついた。
連れ立つ二人。
気になっても顔をあげることなく、ただ少し心拍が上がった。

気になる。
でも信じてる。そんな恨み節をぶつける人じゃないって。
少しして顔をあげると何人かが廊下の方へ顔を向けていた。
やっぱりその二人が不在。

どうなってるだろう?
気になっても続いて席を立つわけにもいかない。
ただパソコンを見ていた。

しばらくして帰ってきた二人が何事もなかったかのように仕事を再開した。
心配したと思われたくもないだろう。
それは2人ともに悪い気がして。
メッセージを送ることもできない。

そのまま気になったことは未解決のまま、終業となった。
明日は今日キャンセルになった営業先の一つに直行する。
明日の分の資料を持ちバッグに詰める。
パソコンのメールをチェックして特に問題ないことを確認して閉じる。

トイレに立ち、メッセージを送り席に戻り会社を出た。
結局今日は鈴木さんと一度も視線が合うことがなく。
これが今週いっぱい続くのだろうか。
自分も見てないからしょうがないとはいえ、かなり気が重い。

駅に着くころ彼女から返事があった。
いつものようにホームで電車を何本も見送った。
しばらくして声を掛けられた。

「お疲れ様です。町野さん。」

「お疲れ様、小路さん。」

珍しく横に立たれた。
今の彼女はとても自然な笑顔で。
嫌なことはなかったと思いたい。

一緒に電車に乗り、一緒に降りる。
いつものように手をつないで歩きながら聞く。

「どうする?」

「行っていいですか?写真もらう約束です。」

「ああ、コンビニに寄ろう。忘れてた。」

「え~、もう、私は楽しみにしてるんですから、がっかりさせないでください。」

・・・気になる。
そのまま食材も買わずにコンビニで現像だけして帰った。

玄関に入り、そのまま抱きつく。

「ごめん、確認だけしたい。嫌な思いしてないよね。」

「当たり前です。」

腕を離して彼女を見る。
我慢も気遣いもないようで、ホッとした。

「心配してたんですか?」

「うん、だって・・・・やっぱり。」

「お昼にはあんなこと言ったのに。恨みに思うような人じゃないって。」

「そう信じても、でも、もしって思ったよ。」

「あ~、じゃあ、私ももしかして恨むかなって思ってるでしょう?」

「ない。そんな事にはならないって。」

「・・・許します。」

見慣れた笑顔になる。

「でも気になるから話せるところは話してほしい。」

「はい。夕方までは教えない約束でした。」

「え?誰と。」

「もちろん、鈴木さんです。」

「なんで?」

「ちょっとした憂さ晴らしみたいな感じって言ってました。意地悪とも。」

なんなんだ。俺が何をした?
ただただ知らないで、気が付かないでいただけなのに。

しかもそれを嬉しそうに言う彼女。
今の表情を見るに『確かにそうですよね。必要なお仕置きですね。』みたいな顔して同意したような顔。心配してたのに。
リビングに来てもお茶を入れることもせずに、座ることもせずに。
彼女を見る。

「一応事実確認されました。優しいかと聞かれて『優しい。』と。俺様かと聞かれたので『そうでもない』と。エロいかと聞かれて『時々より頻繁に。』と。甘えるかと聞かれて『はい。』と。なんだか面白そうに、ずっと笑って聞かれてしまいました。昨日あれから落ち込んで悲しくて泣いたけど、来週を待たずに気持ちの切り替えが出来そうだと。それまではちょっと居心地悪いかもしれないけど我慢して欲しいと言われました。」

「念のために聞くけど、それはどこで繰り広げられた会話?」

「休憩室です。誰もいなくて良かったです。途中も誰も来ませんでしたよ。」

それでも小声で話したんだと信じたい。

昨日ストレートに聞かれたけど、何でさらに掘り下げて聞かれたんだ?
そんな話別に口止めしなくても会社では知りたくはない。

ふらりとよろけるようにソファに沈む。

「麻美さん、何で正直に答えたの?そんなガールズトーク、鈴木さんとはほとんど話したことないでしょう?」

「はい。2人では初めてです。2人じゃなくても初めてなくらい。でもごまかしたりしたら失礼かなって思って。ちゃんと答えました。少しは無理してると思います。」

手を伸ばす。
彼女が近寄ってソファに座ってもたれてきた。

「分からない、鈴木さんの気持ちが。そんなことに興味があるの?」

「興味じゃないです。はっきりさせて自分でも諦めるきっかけにしたいとか、そういう感じだと思ったんです。」

「・・・・・そう・・・なのかな?」

「多分。」

首にかかる息がくすぐったい。
安心したら何だかおなかも空いた。

「ありがとう。」

「いいえ。」

美味しい唇を食べて心の渇きを潤す。

「今日は帰ります。」

「・・・・・うん。」

「でももっと遅くなってからにします。ちゃんと送ってくださいね。」

「分かった。」




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...