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33 ホッケ定食を頼んだら彼女が出来ました。
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2週間ちょい後の誕生日の予定は。
週末早めの祝いの食事の席でプロポーズ。
指輪は当日会社帰り。
そう決めていた。
夕方から夜へ、あわただしくふたりで残りの時間を過ごす。
すっかり馴染んだ体に遠慮もない。
お互いの心地い所を心得てタイミングを合わせてのぼりつめる。
それでもいろいろと考えてたらついつい支配欲と独占欲が顔を出して彼女を執拗に攻めたかもしれない。
「麻美さん、来週末、誕生日には少し早いけどおしゃれなレストラン予約したいんだけど。どう?」
「うれしいです。」
疲れは見えるがさほど変には思ってないから自分は普通だったか、ちょっとくらい普通じゃなかったとしても許容範囲だったか。
「じゃあ、土曜日の昼夜、日曜日の昼夜、いつにしようか?」
「夜がいいです。たまには夜にしませんか?」
「うん、どうする、どこがいい?」
「任せます。当日の楽しみでいいです。」
「分かった。探すから。どこにしようかなあ、でも、とりあえず・・・・。」
「う・・ん。」
絶対言う。ちゃんと言うからね。ちゃんと考えて答えて欲しい。いい返事を待ってる。信じてる。
「麻美・・・・、愛してる・・・・答えて。」
「・・・・ちゃんと・・・・こたえてる・・・・。」
「うん・・・・。」
今じゃないよ、麻美さん。
遅くなった時間、彼女を送って行った。
「じゃあ、いい所見つけたらすぐに連絡する。返事をもらって予約するから。」
決めた、土曜日の夜、海辺のホテルに一泊食事つき。
出来たら部屋で食事をしたい。
前より大分食べるようになったけどやっぱり小食で。
コースを食べるなら部屋で、分け合いながら食べられるようにしたい。
調べてみる。
普通の週末。
いいプランがあった。
決定。
彼女に送る。
『泊まろう、せっかくだから。夜景きれいだよ。部屋でご飯にしよう。どう?』
すぐに返事はきた。
『楽しみです。初めての外泊。おしゃれして行きます。』
早速予約。やった~。
半分ミッション終了した気分。
いい部屋とれたし、夜景を楽しもう。多分、朝も。
食事も、お酒も。そして一番の目的も。気合を入れて決めたい。
当日。
いろいろと考えて、考え過ぎて、緊張してきた。
一緒に手をつないでゆっくり歩く。
今日はかかとの高い靴を履いている彼女。
「本当に珍しい・・・大人の雰囲気だね。きれいすぎてドキドキする。」
「ありがとうございます。」
ちょっとだけ無表情になりそうだったけど嬉しそうな顔になってくれた。
ゆっくり近くを歩きながら。
ショッピングモールを回る。
「欲しいものあったら買おう。」
「いいです、もうたくさんもらってます。」
彼女が袋を持って見せてくる。
少しだけ小物を買った。ちょっとした物。
ゆっくり暗くなっていくのを楽しんで。
「誕生日が週末だったら良かったよね。」
「そんなのあと数年ないですよ。」
「知ってるの?」
「はい、見たことあります。」
「じゃあ、次に週末になった年にここに来よう。」
口を少し開けたまま、ちょっと固まる彼女。
それがいつか自分は知らないけど、先の先の未来。
「そうですね。」
ただこうやって何気なく約束する。
そこから掘り下げることはなかった。今まではそのままだった。
でも。今日は。
部屋に入る。高層階で半分海を見渡せる部屋。
残り半分は地上のシンボルがいくつも見える。
料理が運ばれてくる。
お酒も一緒に頼んだ。
ゆっくり始める食事。
食事は美味しい。多分。
話をしながら食べてるつもり、いつもと変わらないつもり。
でも本当は味わえてない気がする。
「町野さん、あの、ちょっと変です。」
「バレてる?」
「はい、この間実家から帰ってきてから。」
「そこからバレてた?」
「はい。」
「じゃあ、分かってるの?」
「私は今年、初めて誕生日を一緒に過ごす人が出来てうれしいです。」
「僕は来年も、再来年も、ずっと毎年一緒に祝いたい。」
「形が変わらないものはないですから。」
「どういうこと?・・・・まだ信じられないっ?時間が必要とか、違う相手がいるかも・・・とか?」
本当は思ってもなかった。想定外の返事があるなんて。
「そこまでは言ってないです。ちょっと抵抗したんです。もっとちゃんと言ってください。ちゃんとわかりやすい返事をします。」
落ち着いた表情にちょっと言いたいことがあったけど、それでも・・・。
「麻美さんと結婚したい。結婚しよう。町野の家族になってほしい。僕とあの変なふたりとホッケと。」
「すごい飛躍してますけど、・・・・・・よろしくお願いします。」
「本当?いいの?僕とあの2人だよ。」
「そうですよ、大好きです、みんなまとめて。」
「親父も?」
「はい、この間いろいろ話しました、2人が二階に行ってる間。すっごい早口でたくさんの事を聞きました。ちょっと面白かったです。」
「親父、何を言った?」
「それは・・・、今度教えます。」
本当に何を言った?父親込みであの仕掛けだったのだろうか?
いや、親父には何も期待してないだろう。残念ながら。
多分母親の言動を聞いていて思うところがあり、自分でも何か後押しをと爪痕を残したか。
うまいこと成功したようだよ親父。
とりあえず今日の最大のミッション完了。
無事成功。ホッとして残りの食事を続ける。
「美味しいですね。」
「そうだね。初めての観光外泊だっけ?」
「そうです。」
「それは男性と、と言うこと?」
「当たり前です。でも修学旅行以外女子とも初めてです。」
「・・・・光栄です。」
食事が終わりソファに並んで座り外を眺める。
「じゃあ、せっかくだから何かしたいことある?」
「したいこと?」
「うん、明日お昼までにチェックアウトすればいいからゆっくり時間はあるよ。」
「一緒にいてもらえれば。」
「他には?」
「たくさん愛してください。」
「もちろん。他には?」
真面目に眉間にしわを寄せて考えた後聞かれた。
「普通後何をするんですか?」
「さあ。」
笑って抱きしめた。
「ありがとう。」いろいろと。
「いえ、こちらこそ。」
「・・・・ねえ、この服の下も特別バージョン?」
「・・・そうです。」
「楽しみにしていい?」
「・・・・後で。今は・・・そろそろデザートを。」
「うん。」
お酒を残してワゴンを廊下に出す。
連絡を入れて回収してもらい、デザートをお願いした。
「部屋で食べるのもいいね。」
「そうですね。ゆっくりマイペースで。」
「途中席を立ってもいいしね。」
窓側の小さなソファに座れば窓一面に夜景が見える。
部屋の照明を落とせば部屋が夜景の一部になる。
ソファで腰を抱きながらアルコールの匂いを感じる。
「上の階にはラウンジもあるし、スポーツジムもあるし、外にも行けるよ。ここにいる?」
「いいです、ここにいます。」
「そう。」
手を重ねて指を触る。
「誕生日の日に指輪買いに行こうね。予算言おうか?」
「いいです。足りなかったら言ってください、自分でも出します。」
「そんなカップルいる?」
「ここに。」
「本当に?ものすごい高いの欲しがるの?記者会見で見るような奴?」
「もちろん冗談です。ホッケの病院代もかかりますしね。」
「その内、親父に行かせたいんだけど。」
「引き継がれるのを待ってたりして。」
「そんな事言ってた?」
「いいえ。残念ながら。」
「また麻美さんの実家に行きたいんだけど。」
「はい、都合を聞いておきます。」
「ホッケの病院の日以外ならいつでもいいよ。」
「喜びます。」
「そうだと嬉しい。本当に常識的なご両親で安心してる。」
「きっとうちの両親も会ったらびっくりしますよ。」
「退屈はしないだろうけど、呆れられるかも。」
「面白いって報告済みです。」
広いお風呂を楽しんで、広くてふかふかのベッドも楽しんで、夜景も楽しんで。
夜を惜しむように眠らずに時間を過ごした。
それでもいつのまにか朝が来て。
手を伸ばしても何も触れない隣に焦って目を覚ました。
1人で半分うつ伏せのように寝ていた。
布団の上にかぶさっていたローブを羽織りながら彼女を探すと窓辺にいた。
お揃いのローブ姿で。膝を抱えて外を見ている。
「麻美さん、おはよう。よく眠れた?」
「はい。目が覚めたら何だか寝てるのがもったいなくて。」
横に座って朝の早い外の景色を見る。
手を握ると随分冷たくて。
「寒くないの?」
「そう言えば、少し。暖かいですね。」
くっつくようにして朝を過ごす。
「たまにはいいよね、こういうの。」
「すごくいい部屋ですね。」
「誕生日が週末になるのは何年後?」
「3年はなかったです。」
「もし・・・2人だったらまた来よう。ここじゃなくてもいいけど。本当に来年も、再来年も。ずっと先も。」
「形が変わるものもあるけど、変わらないものもあるかもしれませんね。いい形に変わることもありますし。」
「そうだね。」
「自分の誕生日がもっと楽しみになります。」
「誕生日と言えば、残念なことに母親は毎年アピールしてくるから。クリスマスに近いくせに一緒にするとねちねちと言われるから、面倒なんだ。本当に大人げないよね。」
「今年から一緒に選びます。」
「お願いします。」
「お父さんの分は?」
「そういう習慣はなかったから始めないようにしようね。最初が肝心だから。」
体が冷えてきたからとベッドで暖まって、触れ合って、一休みしたらすっかり外は明るくなった。
「お腹空いた。きっとモーニングも美味しいよ。」
「お腹空きました。」
「町野さん、素敵な誕生日プレゼントありがとうございます。」
「喜んでもらえたら嬉しい。全部、丸ごと。」
「喜んでます。そう見えませんか?」
「見えた。いつもよりすごく色っぽくて。早く指輪をはめたい。そうしたらもっと実感できるのに。」
薬指にキスをする。
あと数日事後には確実にここに自分の印をつけられる。
ずっと一緒にいるという証の輪で彼女に巻き付いて自分の横にとどめておきたい。
どこまでも貪欲になれるものだ。
実家には報告をした。
彼女のご両親に挨拶へ行く日も決まった。
ただ会社では相変わらずで。
前よりは週に数回大勢でランチを取るようになったくらい。
そして偶然本田君と資料室で鉢合わせて2人になる時間があった。
嬉しそうに近寄ってきて話しかけられた。
「知りませんでした、最近まで。なんだか灯台下暗しみたいな。」
誰かがはっきり言っただろうか?
「僕も知らなかったよ、数年にわたりスパイ活動してたなんて。」
「そうでしょう?だって全然そっち方面には当たりはなさそうで。」
「だからといってゲイ疑惑とか・・・・本気にされたらどうしてくれた?」
「でも役に立ったんですよ。褒めてください。」
「内容はともかく、ご苦労だったね。」
「本当に。でも彼女が出来たという内容の報告だけが心苦しかったです。知らないふりしてたんですよ、これでも。」
「そう?」
「だって嫌じゃないですか、誰かががっかりしたりするの。まさか当の本人が・・・・・、びっくりです。」
「一応言うけど、彼女はスパイの存在を知らなかったよ、異動して数ヶ月しても。友達が情報元は教えなかったし、彼女も気にしてなかったから。友達が勝手に仕込んだらしいし。」
「どうでもいいです。まさかの結末でしたが、すごく幸せそうな二人を見て満足です。」
「もっといろんな表現で伝えられてたようだけど、許す。」
「もうスパイは引退してます。後はご自由にどうぞ。」
「どうも。」
そう言って別れた。
誕生日、約束したように指輪を買いに行った。
内側にイニシャルを加工してもらって、出来上がり。
やっとその指にはめることが出来た。
その次の日、休憩室にいたら後ろから近づいてきた鈴木さん。
「指輪してたよ。」
さすが、目ざとい。
「張り込んだね。特別なものだよね。はめてる指がそうだったし。」
それはそうだろう。
その指につけるジャストサイズを選んだんだから。
鈴木さんが一番に気が付くだろうと思ってた。
それでもしてほしいとお願いした。
「うん、ちょうど誕生日だったから。」
「それに合わせて言ったの?」
「うん。・・・・そうだね。」
「いいなあ、・・・・あ、一般論。誕生日にそれって最高のプレゼント。」
何と答えればいいか。
枝野から紹介された男の人はどうだったんだろうか?
うまくいったらと勝手に期待してるんだけど。
枝野はいい感じだったと言っていた。
「まあ、私にもその内いい事あるかな?」
「あるよ、きっと。」
「その時になっても満面の笑みでおめでとうって言うんだろうね。」
「勿論祝福するよ。」
「ちょっとは残念だったって思ってもらいたいのに、無理か。相変わらず甘えてるみたいだし。頻繁にエロいみたいだし。」
笑顔で言われた。
文句なしのカラッとした笑顔。
「ええっ、何を聞いた?麻美さんが・・・そんな風に言ったの?」
「・・・・・内緒。じゃあね。」
先に休憩室を出て行った。
言うかな? いや言わない。
でも聞かれたら正直に言いそう。
鈴木さんに対してだけは。
前例もあるし。・・・・確かめよう。
どうか鈴木さんのおふざけでありますように。
でも焦った自分の反応でバレてしまった気がする。
そりゃあ、年下だけど甘えてるし、時々は真面目だけど大体はエロいし。
それは自分だけの責任じゃない。お互いの合意の上で。
自分たちは普通だと思う。
きっとその辺に石を投げればそんなカップルに当たる。
ありふれたカップル。
ありふれたカップルでもお互いはそれぞれの特別の存在だから。
『ホッケ定食を頼んだら彼女が出来ました。』
ちょっといろいろあった始まり。
でも結局は普通のカップルになれた。
お互いがお互いを一番に思える、普通のカップルに。
週末早めの祝いの食事の席でプロポーズ。
指輪は当日会社帰り。
そう決めていた。
夕方から夜へ、あわただしくふたりで残りの時間を過ごす。
すっかり馴染んだ体に遠慮もない。
お互いの心地い所を心得てタイミングを合わせてのぼりつめる。
それでもいろいろと考えてたらついつい支配欲と独占欲が顔を出して彼女を執拗に攻めたかもしれない。
「麻美さん、来週末、誕生日には少し早いけどおしゃれなレストラン予約したいんだけど。どう?」
「うれしいです。」
疲れは見えるがさほど変には思ってないから自分は普通だったか、ちょっとくらい普通じゃなかったとしても許容範囲だったか。
「じゃあ、土曜日の昼夜、日曜日の昼夜、いつにしようか?」
「夜がいいです。たまには夜にしませんか?」
「うん、どうする、どこがいい?」
「任せます。当日の楽しみでいいです。」
「分かった。探すから。どこにしようかなあ、でも、とりあえず・・・・。」
「う・・ん。」
絶対言う。ちゃんと言うからね。ちゃんと考えて答えて欲しい。いい返事を待ってる。信じてる。
「麻美・・・・、愛してる・・・・答えて。」
「・・・・ちゃんと・・・・こたえてる・・・・。」
「うん・・・・。」
今じゃないよ、麻美さん。
遅くなった時間、彼女を送って行った。
「じゃあ、いい所見つけたらすぐに連絡する。返事をもらって予約するから。」
決めた、土曜日の夜、海辺のホテルに一泊食事つき。
出来たら部屋で食事をしたい。
前より大分食べるようになったけどやっぱり小食で。
コースを食べるなら部屋で、分け合いながら食べられるようにしたい。
調べてみる。
普通の週末。
いいプランがあった。
決定。
彼女に送る。
『泊まろう、せっかくだから。夜景きれいだよ。部屋でご飯にしよう。どう?』
すぐに返事はきた。
『楽しみです。初めての外泊。おしゃれして行きます。』
早速予約。やった~。
半分ミッション終了した気分。
いい部屋とれたし、夜景を楽しもう。多分、朝も。
食事も、お酒も。そして一番の目的も。気合を入れて決めたい。
当日。
いろいろと考えて、考え過ぎて、緊張してきた。
一緒に手をつないでゆっくり歩く。
今日はかかとの高い靴を履いている彼女。
「本当に珍しい・・・大人の雰囲気だね。きれいすぎてドキドキする。」
「ありがとうございます。」
ちょっとだけ無表情になりそうだったけど嬉しそうな顔になってくれた。
ゆっくり近くを歩きながら。
ショッピングモールを回る。
「欲しいものあったら買おう。」
「いいです、もうたくさんもらってます。」
彼女が袋を持って見せてくる。
少しだけ小物を買った。ちょっとした物。
ゆっくり暗くなっていくのを楽しんで。
「誕生日が週末だったら良かったよね。」
「そんなのあと数年ないですよ。」
「知ってるの?」
「はい、見たことあります。」
「じゃあ、次に週末になった年にここに来よう。」
口を少し開けたまま、ちょっと固まる彼女。
それがいつか自分は知らないけど、先の先の未来。
「そうですね。」
ただこうやって何気なく約束する。
そこから掘り下げることはなかった。今まではそのままだった。
でも。今日は。
部屋に入る。高層階で半分海を見渡せる部屋。
残り半分は地上のシンボルがいくつも見える。
料理が運ばれてくる。
お酒も一緒に頼んだ。
ゆっくり始める食事。
食事は美味しい。多分。
話をしながら食べてるつもり、いつもと変わらないつもり。
でも本当は味わえてない気がする。
「町野さん、あの、ちょっと変です。」
「バレてる?」
「はい、この間実家から帰ってきてから。」
「そこからバレてた?」
「はい。」
「じゃあ、分かってるの?」
「私は今年、初めて誕生日を一緒に過ごす人が出来てうれしいです。」
「僕は来年も、再来年も、ずっと毎年一緒に祝いたい。」
「形が変わらないものはないですから。」
「どういうこと?・・・・まだ信じられないっ?時間が必要とか、違う相手がいるかも・・・とか?」
本当は思ってもなかった。想定外の返事があるなんて。
「そこまでは言ってないです。ちょっと抵抗したんです。もっとちゃんと言ってください。ちゃんとわかりやすい返事をします。」
落ち着いた表情にちょっと言いたいことがあったけど、それでも・・・。
「麻美さんと結婚したい。結婚しよう。町野の家族になってほしい。僕とあの変なふたりとホッケと。」
「すごい飛躍してますけど、・・・・・・よろしくお願いします。」
「本当?いいの?僕とあの2人だよ。」
「そうですよ、大好きです、みんなまとめて。」
「親父も?」
「はい、この間いろいろ話しました、2人が二階に行ってる間。すっごい早口でたくさんの事を聞きました。ちょっと面白かったです。」
「親父、何を言った?」
「それは・・・、今度教えます。」
本当に何を言った?父親込みであの仕掛けだったのだろうか?
いや、親父には何も期待してないだろう。残念ながら。
多分母親の言動を聞いていて思うところがあり、自分でも何か後押しをと爪痕を残したか。
うまいこと成功したようだよ親父。
とりあえず今日の最大のミッション完了。
無事成功。ホッとして残りの食事を続ける。
「美味しいですね。」
「そうだね。初めての観光外泊だっけ?」
「そうです。」
「それは男性と、と言うこと?」
「当たり前です。でも修学旅行以外女子とも初めてです。」
「・・・・光栄です。」
食事が終わりソファに並んで座り外を眺める。
「じゃあ、せっかくだから何かしたいことある?」
「したいこと?」
「うん、明日お昼までにチェックアウトすればいいからゆっくり時間はあるよ。」
「一緒にいてもらえれば。」
「他には?」
「たくさん愛してください。」
「もちろん。他には?」
真面目に眉間にしわを寄せて考えた後聞かれた。
「普通後何をするんですか?」
「さあ。」
笑って抱きしめた。
「ありがとう。」いろいろと。
「いえ、こちらこそ。」
「・・・・ねえ、この服の下も特別バージョン?」
「・・・そうです。」
「楽しみにしていい?」
「・・・・後で。今は・・・そろそろデザートを。」
「うん。」
お酒を残してワゴンを廊下に出す。
連絡を入れて回収してもらい、デザートをお願いした。
「部屋で食べるのもいいね。」
「そうですね。ゆっくりマイペースで。」
「途中席を立ってもいいしね。」
窓側の小さなソファに座れば窓一面に夜景が見える。
部屋の照明を落とせば部屋が夜景の一部になる。
ソファで腰を抱きながらアルコールの匂いを感じる。
「上の階にはラウンジもあるし、スポーツジムもあるし、外にも行けるよ。ここにいる?」
「いいです、ここにいます。」
「そう。」
手を重ねて指を触る。
「誕生日の日に指輪買いに行こうね。予算言おうか?」
「いいです。足りなかったら言ってください、自分でも出します。」
「そんなカップルいる?」
「ここに。」
「本当に?ものすごい高いの欲しがるの?記者会見で見るような奴?」
「もちろん冗談です。ホッケの病院代もかかりますしね。」
「その内、親父に行かせたいんだけど。」
「引き継がれるのを待ってたりして。」
「そんな事言ってた?」
「いいえ。残念ながら。」
「また麻美さんの実家に行きたいんだけど。」
「はい、都合を聞いておきます。」
「ホッケの病院の日以外ならいつでもいいよ。」
「喜びます。」
「そうだと嬉しい。本当に常識的なご両親で安心してる。」
「きっとうちの両親も会ったらびっくりしますよ。」
「退屈はしないだろうけど、呆れられるかも。」
「面白いって報告済みです。」
広いお風呂を楽しんで、広くてふかふかのベッドも楽しんで、夜景も楽しんで。
夜を惜しむように眠らずに時間を過ごした。
それでもいつのまにか朝が来て。
手を伸ばしても何も触れない隣に焦って目を覚ました。
1人で半分うつ伏せのように寝ていた。
布団の上にかぶさっていたローブを羽織りながら彼女を探すと窓辺にいた。
お揃いのローブ姿で。膝を抱えて外を見ている。
「麻美さん、おはよう。よく眠れた?」
「はい。目が覚めたら何だか寝てるのがもったいなくて。」
横に座って朝の早い外の景色を見る。
手を握ると随分冷たくて。
「寒くないの?」
「そう言えば、少し。暖かいですね。」
くっつくようにして朝を過ごす。
「たまにはいいよね、こういうの。」
「すごくいい部屋ですね。」
「誕生日が週末になるのは何年後?」
「3年はなかったです。」
「もし・・・2人だったらまた来よう。ここじゃなくてもいいけど。本当に来年も、再来年も。ずっと先も。」
「形が変わるものもあるけど、変わらないものもあるかもしれませんね。いい形に変わることもありますし。」
「そうだね。」
「自分の誕生日がもっと楽しみになります。」
「誕生日と言えば、残念なことに母親は毎年アピールしてくるから。クリスマスに近いくせに一緒にするとねちねちと言われるから、面倒なんだ。本当に大人げないよね。」
「今年から一緒に選びます。」
「お願いします。」
「お父さんの分は?」
「そういう習慣はなかったから始めないようにしようね。最初が肝心だから。」
体が冷えてきたからとベッドで暖まって、触れ合って、一休みしたらすっかり外は明るくなった。
「お腹空いた。きっとモーニングも美味しいよ。」
「お腹空きました。」
「町野さん、素敵な誕生日プレゼントありがとうございます。」
「喜んでもらえたら嬉しい。全部、丸ごと。」
「喜んでます。そう見えませんか?」
「見えた。いつもよりすごく色っぽくて。早く指輪をはめたい。そうしたらもっと実感できるのに。」
薬指にキスをする。
あと数日事後には確実にここに自分の印をつけられる。
ずっと一緒にいるという証の輪で彼女に巻き付いて自分の横にとどめておきたい。
どこまでも貪欲になれるものだ。
実家には報告をした。
彼女のご両親に挨拶へ行く日も決まった。
ただ会社では相変わらずで。
前よりは週に数回大勢でランチを取るようになったくらい。
そして偶然本田君と資料室で鉢合わせて2人になる時間があった。
嬉しそうに近寄ってきて話しかけられた。
「知りませんでした、最近まで。なんだか灯台下暗しみたいな。」
誰かがはっきり言っただろうか?
「僕も知らなかったよ、数年にわたりスパイ活動してたなんて。」
「そうでしょう?だって全然そっち方面には当たりはなさそうで。」
「だからといってゲイ疑惑とか・・・・本気にされたらどうしてくれた?」
「でも役に立ったんですよ。褒めてください。」
「内容はともかく、ご苦労だったね。」
「本当に。でも彼女が出来たという内容の報告だけが心苦しかったです。知らないふりしてたんですよ、これでも。」
「そう?」
「だって嫌じゃないですか、誰かががっかりしたりするの。まさか当の本人が・・・・・、びっくりです。」
「一応言うけど、彼女はスパイの存在を知らなかったよ、異動して数ヶ月しても。友達が情報元は教えなかったし、彼女も気にしてなかったから。友達が勝手に仕込んだらしいし。」
「どうでもいいです。まさかの結末でしたが、すごく幸せそうな二人を見て満足です。」
「もっといろんな表現で伝えられてたようだけど、許す。」
「もうスパイは引退してます。後はご自由にどうぞ。」
「どうも。」
そう言って別れた。
誕生日、約束したように指輪を買いに行った。
内側にイニシャルを加工してもらって、出来上がり。
やっとその指にはめることが出来た。
その次の日、休憩室にいたら後ろから近づいてきた鈴木さん。
「指輪してたよ。」
さすが、目ざとい。
「張り込んだね。特別なものだよね。はめてる指がそうだったし。」
それはそうだろう。
その指につけるジャストサイズを選んだんだから。
鈴木さんが一番に気が付くだろうと思ってた。
それでもしてほしいとお願いした。
「うん、ちょうど誕生日だったから。」
「それに合わせて言ったの?」
「うん。・・・・そうだね。」
「いいなあ、・・・・あ、一般論。誕生日にそれって最高のプレゼント。」
何と答えればいいか。
枝野から紹介された男の人はどうだったんだろうか?
うまくいったらと勝手に期待してるんだけど。
枝野はいい感じだったと言っていた。
「まあ、私にもその内いい事あるかな?」
「あるよ、きっと。」
「その時になっても満面の笑みでおめでとうって言うんだろうね。」
「勿論祝福するよ。」
「ちょっとは残念だったって思ってもらいたいのに、無理か。相変わらず甘えてるみたいだし。頻繁にエロいみたいだし。」
笑顔で言われた。
文句なしのカラッとした笑顔。
「ええっ、何を聞いた?麻美さんが・・・そんな風に言ったの?」
「・・・・・内緒。じゃあね。」
先に休憩室を出て行った。
言うかな? いや言わない。
でも聞かれたら正直に言いそう。
鈴木さんに対してだけは。
前例もあるし。・・・・確かめよう。
どうか鈴木さんのおふざけでありますように。
でも焦った自分の反応でバレてしまった気がする。
そりゃあ、年下だけど甘えてるし、時々は真面目だけど大体はエロいし。
それは自分だけの責任じゃない。お互いの合意の上で。
自分たちは普通だと思う。
きっとその辺に石を投げればそんなカップルに当たる。
ありふれたカップル。
ありふれたカップルでもお互いはそれぞれの特別の存在だから。
『ホッケ定食を頼んだら彼女が出来ました。』
ちょっといろいろあった始まり。
でも結局は普通のカップルになれた。
お互いがお互いを一番に思える、普通のカップルに。
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