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18 いつも通りに働いてるつもりの月曜日ですが、何か?
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「ね、これは普通?」
しおりの手に驚いて腰を引いた。
さっきから自分でも距離感が測れずにいた。
食事をするときはそれなりに、近すぎずにいればいい。
片づけをしたこの後はどうしようかと思いながらも、シャワーを浴びて。
いつものようにパジャマを羽織っただけで外に出て、視線を受けた。
すっかり忘れていたというか考える余裕もなく、ついいつものように出てきてしまった。急いでボタンをしたが。
しおりに呼ばれて段違いのボタンを直された。
子供役の様な自分だが、母親役にドキドキはしないだろう、普通。
さっきしおりが思い出していたという家族ごっこでも、こんなシーンはなかったと思う。
最初脱がされるのかとびっくりしたが、違うことに安心したのか、がっかりしたのか。
平静を装えただろうか疑問だが、コーヒーを持ってテーブルのところに行く。
花火の話をした。
あれから誰とも言ってない花火の話を。
今年はとても楽しみにしてくれてると言う。
本を捲って見ていたけど、傍らに置いて、少しだけ空いた距離を詰めてきたしおり。
腰に手を回されてすぐに言われた、聞かれた。
・・・言わされた。
時々、わざとなのかと思ってしまう。
昔からそんなところがあった。
しおりは気がついてないのだろうか?
しおりの質問にドキドキするのは自分で、何と答えていいのかうろたえるのもいつも自分で。
それでもあきらめてくれない。
じっとこっちを見て返事を待つ。
困った顔をしてしまう。
「ちょっと普通じゃない、ちょっとだけ。」まだ。
正直に答えたのに「いつから?」とは。
自分が距離を測ってる間にしおりはもっと近くにいたいと思ってくれて。
だったら離れてる理由もないし、むしろこの部屋にいる理由もないのでは?
寝室に行って服を脱いでくっつく。
「全然普通じゃないよ。」
しおりが言う。
くっついて、確信したらしい。
当たり前じゃないか、もう。
明日は仕事で、長かったような充実した週末も終わる。
いろいろあった。
しおりは先輩に気付かれたという。
あいにく自分はそんなことはないと思う。
1人でせっせと営業先に行き、新商品のカタログを置いてくる。
法人相手の売込みとは違い、いろんな店舗の中にあったり商店街にある文房具店に出向いて商品展開を提案し、納品手続きをする。
時々イベントを開催したりする。
子供用のお絵描きのセットを販売するときは子供向けに体験のイベントを仕掛けたり、アート作家さんに画材を提供して実際に描いてたり、作ったりするところを見せてもらったり、参加型にして一緒に描いてもらったり。
このイベントが大好きだった。
多くの人が足を止めてくれるし、作家さんだとファンの人も喜んでくれてるのを遠巻きに見ている。
頭に思ったイメージの通りに目の前に再現できる才能がうらやましい。
自分にはまったくその方面の才能はなかった。
文房具もとても進化している。
ちょっとした工夫をしてメーカーはいろいろと出してくる。
なるほど、と思うこともしばしば。
自分のそんな新鮮な意見で現場でも売り込んでいく。
売り場に立っている時は実際にお客様に聞かれたりすることもある。
実際に自分の鞄から新製品を出して、使ってみてもらうこともあるし、見本を見せて説明することもある。
普段は接客がない分、直接売り込むことも楽しくて。
ついついやり過ぎることも。
売り場担当者さんに褒められて、呆れられる。
そう言いながらも売り場の人も文房具が大好きだったり、実際に絵を描いたり、商品を愛用してくれていたりする。
名札を見ればイチ押しが分かる。文字をカラフルにするタイプか、シールなどの盛り込みのタイプか。
他の売り場にない名札を付けている。
全部が全部楽しい現場とは言えないけど、自分でも楽しめるところが多いのはラッキーだ。
しおりがネクタイをプレゼントしたいと言ってくれた。
僕はお返しに高級なペンをプレゼントしたい。
伝票にサインをしたりすることもあるだろう。
可愛い訳ではないがしっくりと手に馴染み、ペン先が軽く使いやすいのだ。
やはりいいものはいいのだ。
最近外国人観光客にも人気がある文具。
自分でもそんな観光客の視線を引き付けられるように、売り場を提案しているところもある。一応上司の許可はとっている。
そして、今日はいつもに増してご機嫌に売り場にいた。
少し遠巻きにしてお客さんの流れを見る。
夏に向けて宿題課題で画材は売れる時期、それに休みが多くなると予定表に書き込みが多くなる時期。手帳のページ用品、画材をメインに。
あとはご挨拶シーズンに夏用のはがきもたくさん入ってくる。
そんな時にはジェル系の文具を、いろいろなタイプで揃えて。
同僚の女の子で芸術方面に強い子がいる。
なんと芸大出身だからすごいレベルだ。
実際に手帳を見せてもらった。
凄いの一言。
面接のエントリーシートにもたくさんの作品を添付したと言っていた。
ポップの提案を一緒に考えてもらう。見本みたいなものだ。
同期は5人いて、今一人いないので4人。
みんな仲がいいので相談をして、一緒に営業先に提案しようと言っている。
ふたりで一組となりいつもの倍、相手の営業先も回る。
荷物持ちを兼ねて、売込みの口を増やし。
「こんにちは。」
「ああ、播野君。あれ?二人?」
「はい、同期の友永です。」
「どうも。何?どうしたの?」
「今日はこの間の提案をしに来ました。」
前回同意をもらった見本を展示する案。
説明するより実際に見てもらった。
「ほう。」
「凄くないですか?かなりオリジナルの物が作れますと言う提案です。」
「いいじゃない。これならどれを使ったかよくわかるし、人がいなくても勝手に探して見つけてくれそうだし。」
おおむね好評。
他のところでも同じ反応。見本を置いて、是非展示して欲しいと預けてきた。
二倍回って疲れたけど、楽しかった。
いつもは1人だけど、たまには2人もいい。
「楽しかった。やっぱりあれ、いいね。うまいんだよ、友永さんが。」
「ありがとう。楽しかったよ、作るの。」
「今度教えてもらいたい。ダメ? 自分でもできる様になれば、いろんな季節とか行事とかに対応できるよね。売り上げが上がればうれしいし。」
「凄いね。最初に提案したの播野君でしょう。」
「最初はそうだけど、自分だけじゃ形にならなかったから、やっぱり友永さんのあれはすごい。普段も絵を描いたりとか芸術的な事してるの?」
「そうだね。造形が好きなの。粘土とか、シルバーとか。平面に絵を描いて色を塗るのも好きだけど、形を作るのも好きなの。」
「そう言えば自己紹介の時に言ってたもんね、作品の写真ないの?」
「・・・・携帯に・・・。」
「見たいなあ。ダメ?」
「じゃあ、本当に恥ずかしいんだけど。」
携帯を出して写真を見せられた。すごい。想像を超えてた。
「ねえ、プロ?」
「まさか。これくらい出来る人は素人さんでも結構います。」
「だって・・・・・なんだか独創的で、可愛い世界だね。」
乾くと固くなる粘土のようなもので動物を作っていた。衣装や小道具の組み合わせが可愛い。
「たくさん部屋に並んでるんだよね。すごく可愛い。サイトで売ったりしてるの?」
「・・・・内緒です。たまに売れます。」
たまになんて言ってるけど、気に入る人は多いと思う。
値段次第だけど自分のペットとか作ってもらったら絶対欲しいもん。
「ペットのオーダーとかは?」
「はい、希望する人がいて二人程・・・・・。」
「そうだよね、今欲しいって思ったもん。自分が動物飼ってたら欲しいって。」
「あの、内緒にしてもらってもいい?」
「うん、売ってる事?作ってること?」
「売ってる事。副業みたいに思われたらちょっと。」
「ああ、分かった。でも今度粘土でも作ってみて写真を飾りたい。売り場が可愛くなると思うよ。ダメ?」
「大丈夫かな・・・・、頑張ってみる。」
「やった~、今度担当者さんと話をしてくる。お月見あたりに目標を置いてうさぎと月と薄と団子とか。かわいくない?そのあとクリスマスとかもできるし。」
「本当に仕事熱心だね。」
「なんだかそうやってできる人がうらやましいんだよ。まったくその才能ないんだよね。」
「そのかわり営業上手だよね。アイデアもすごいし、行動力も。」
「そうかな?ありがとう。」
いえ・・・・小さく言われて赤くなった友永さん。
こんな才能、皆知ったら驚くのになあ。
それぞれが営業先を回り反応を持ち寄る。
おおむね好評。良かった。
その流れで打ち上げと言う名の飲み会になった。
居酒屋に行って4人で乾杯する。
「あのさ、やめるらしい。相野。」
「何?連絡あったの?」
「うん、いろいろと話を聞いてたんだけど、やっぱり続けられないって。」
「そう。残念だね。」
もう一人の同期入社だった。体調が悪いと聞いてたけど。何だったんだろう。
「ごめんって言われた。皆に心配かけて申し訳ないって。」
「うん、心配だけど、体調は?」
「割と深刻らしい・・・かな?」
「そんな・・・・。」
「元気になったら会おうって言ってるから、それまで忘れないでおこう。」
「ああ、よろしく伝えて。」
あんまり深くは聞けなかった。精神的じゃなくて、本当に身体的な問題だったらしい。僕たちは若いぞ。何でだ?
その後は今日の営業の報告の続き。
粘土の案を含めてまた考えると、自分がまた言いだした。
次は月見の頃までのキャンペーンを考えてますと。
「播野って仕事楽しんでるよな?」
「うん、結構楽しんでるよ。」
「播野のおかげでなんだか楽しくなって来たよ。」
「本当?うれしいなあ。」
「お前、人たらしだな。」
「ん?なにそれ。」
「結構うまいことスルッと人に気に入られるタイプだよなあって。」
堺が言う。
堺は細い顔立ちにきりりとした目で、同期の中でも人気があると思う。
男らしいシャープな感じがうらやましいくらいだ。
そんな堺に言われた自分の長所?
確かに堺とは全く逆のタイプの自分。
弟キャラと言われたことのある草食系大人しめ。
「そんな、僕大人しいと言われるけど。」
「まあ、グイグイイプじゃないけど。でもかわいがられるタイプだよ。」
「う~ん、僕は男の色気がある堺の方がいい、うらやましい。」
「ない物ねだりだな。」
否定しない堺、自覚たっぷりって事だろう。
「確かに播野君って安心な羊君タイプ。堺君は反対に遊ばれるって危機感を持たせるタイプかも。」
冷静にがっかりなコメントをくれたのはもう一人の女子、横田さん。
「ね、友永、どう思う?」
「え?どうって?何が?」ちょっとびっくりしてる。
「聞いてた?」
「聞いてたけど、確かに播野君は安心、堺君は危険。わかり易く分類するとそうなるかも。」
「本当に見た目で損するのは俺だよな。冷たそうとか、きつそうとか言われる。その点いいよなあ、播野はオールマイティー、安心安全。」
「堺はもてただろう?何だか目に浮かぶ。」
「そうでもない。見た目で寄ってくる奴なんて信じない。」
「寄ってきたんだ、たくさん。」うらやましい。
「播野君は?」
「もてなかった。まったく。」
「いいんじゃないのか?忘れられなかった幼馴染と結局ハッピーになれたんだから。」
あっ。女子二人の視線を浴びる。
バラしたな、内緒とは言わなかったけど、悩みを聞いてもらってたから、つい報告したのに。
それ以上喋ったら・・・・。睨んだ。
「何何?幼馴染?」
「それが隣の家の子で、ほぼ家族のような存在の女の子にずぅぅぅぅぅぅっと片思いしてたんだよ。信じられるか?普通もっと早く言うよな。なんで20年も片思いが出来るんだ?」
本当に全部ばらしてしまった。
「マジ、20年。本当に片思いってわけじゃなくて、それが・・・・。」
堺の口にお絞りを入れた。
喋り過ぎだ。
20年にはならない。さすがにそんな小さい頃は意識してない。
せめて中学くらいからにしておいて欲しい。
「すごいね。播野君。一途なんだ。で、うまくいったんだ。」
「・・・おめでとう。」
2人に言われてぺこりとお辞儀をするしかない。
「しゃべり過ぎだよ。何でだよ。」
「いいじゃん。同期の情報は共有財産。」
「播野君ファンががっかりするよ。」
「いないよ、そんなの。」
「知らないだけ、いるよ。2人は知ってる。」
「マジ?」
モテ期ってやつですか、彼女が出来た途端に?
でもしおりには誰も敵わないから。
「いやらしい、いま彼女の事考えただろう。」
思わず赤面する。何でバレた?
「分かりやすっ。大体朝からテンション高いんだよ。絶対いい週末を過ごしたって思うじゃん。見てるほうが恥ずかしい。」
嘘だろう、そんなに変だったかな?
いつも通りだったつもりなのに。
堺が鋭いんだよ、それに教えたから気がついただけで。
でも確かに教える前に、なんかいいことあったかって聞かれた、だから言ったんだし。
じゃあ、やっぱり隠せてなかったって事か?
恥ずかしい。
「まあ良かったよ。おめでとう。」
「ありがとう。」堺にお礼を言う。
「じゃあ、播野の大人の階段一歩目に乾杯。」
残りのふたりと一緒に乾杯する堺。
何だ大人の一歩目って、さりげなくばらしてないか?
その後、堺が元カノに言われた罵倒言葉ランキングを聞いて盛り上がった。
どんな付き合い方をすれば、そこまで彼女になじられるんだろう?
むしろしおりの無言の攻めなんて可愛い方じゃないか。
だって自分はそんなひどいこと言ったりしたりしてない。
あの三年の夏以来。
お開きになった後、トイレにいった堺を待ってるときに友永さんに言われた。
「ねえ、でも今日みたいに『ダメ?』みたいな連発、女の人誤解するからやめた方がいいよ。」
「え?」
何のことか分からなかった。
「結構今日言われたけど。お願いするときに。『ダメ?』って。」
そうだったかな?
「甘えてるみたいだし。」
「あ、ごめん。」
「ううん、別に。こっちこそ感じ悪い言い方になったかも。そんなつもりないから。」
「うん。」
友永さんはうつ向いて。横田さんがそっと肩を撫でて。
そんな時に堺が帰ってきて。
「どうした?」
「ううん、別に何でもない。」横田さんが答えた。
「じゃあ、ここで別れよう。バイバイ。」
横田さんが友永さんの肩を抱いたまま向きをかえさせて反対に歩いていく。
最後まで顔を上げることはなかった友永さん。
「なんだ?どうした?」
「ちょっと甘えてたかも。友永さんがほら、見本上手だから。次の見本もお願いしたいと思って。『ダメ?』って何度か僕は聞いたらしい。友永さんに『連発してると女の人が誤解するからやめた方がいい。』って言われた。そんなつもりなかったんだけど、反応がよくて気に入ってもらえたから、友永さんもうれしいかなって思って。」
「ははぁ、大体わかったけど、そうか。悪い、俺のせいかも。」
「何で。」
「まあ、いろいろ。」
「気にするな。横田がちゃんと言ってくれるし。俺もそれとなく言っておく。ただお前が気にすると彼女が気にするから、今後絶対この話は蒸し返さないように。なっ。」
「うん。分かった。」
「じゃあ、帰ろう。」
「今日彼女は?」
「今度は水曜日の夜に会う予定。」
「一人の夜は寂しいだろう。ざまあみやがれ!」
肩を思いっきり叩かれた。
人たらしめっ、そう言われて。
確かに一人だと寂しい。
早く次のしおりの休みが来ないかなあ。
水曜日の夜が待ち遠しい。
しおりの手に驚いて腰を引いた。
さっきから自分でも距離感が測れずにいた。
食事をするときはそれなりに、近すぎずにいればいい。
片づけをしたこの後はどうしようかと思いながらも、シャワーを浴びて。
いつものようにパジャマを羽織っただけで外に出て、視線を受けた。
すっかり忘れていたというか考える余裕もなく、ついいつものように出てきてしまった。急いでボタンをしたが。
しおりに呼ばれて段違いのボタンを直された。
子供役の様な自分だが、母親役にドキドキはしないだろう、普通。
さっきしおりが思い出していたという家族ごっこでも、こんなシーンはなかったと思う。
最初脱がされるのかとびっくりしたが、違うことに安心したのか、がっかりしたのか。
平静を装えただろうか疑問だが、コーヒーを持ってテーブルのところに行く。
花火の話をした。
あれから誰とも言ってない花火の話を。
今年はとても楽しみにしてくれてると言う。
本を捲って見ていたけど、傍らに置いて、少しだけ空いた距離を詰めてきたしおり。
腰に手を回されてすぐに言われた、聞かれた。
・・・言わされた。
時々、わざとなのかと思ってしまう。
昔からそんなところがあった。
しおりは気がついてないのだろうか?
しおりの質問にドキドキするのは自分で、何と答えていいのかうろたえるのもいつも自分で。
それでもあきらめてくれない。
じっとこっちを見て返事を待つ。
困った顔をしてしまう。
「ちょっと普通じゃない、ちょっとだけ。」まだ。
正直に答えたのに「いつから?」とは。
自分が距離を測ってる間にしおりはもっと近くにいたいと思ってくれて。
だったら離れてる理由もないし、むしろこの部屋にいる理由もないのでは?
寝室に行って服を脱いでくっつく。
「全然普通じゃないよ。」
しおりが言う。
くっついて、確信したらしい。
当たり前じゃないか、もう。
明日は仕事で、長かったような充実した週末も終わる。
いろいろあった。
しおりは先輩に気付かれたという。
あいにく自分はそんなことはないと思う。
1人でせっせと営業先に行き、新商品のカタログを置いてくる。
法人相手の売込みとは違い、いろんな店舗の中にあったり商店街にある文房具店に出向いて商品展開を提案し、納品手続きをする。
時々イベントを開催したりする。
子供用のお絵描きのセットを販売するときは子供向けに体験のイベントを仕掛けたり、アート作家さんに画材を提供して実際に描いてたり、作ったりするところを見せてもらったり、参加型にして一緒に描いてもらったり。
このイベントが大好きだった。
多くの人が足を止めてくれるし、作家さんだとファンの人も喜んでくれてるのを遠巻きに見ている。
頭に思ったイメージの通りに目の前に再現できる才能がうらやましい。
自分にはまったくその方面の才能はなかった。
文房具もとても進化している。
ちょっとした工夫をしてメーカーはいろいろと出してくる。
なるほど、と思うこともしばしば。
自分のそんな新鮮な意見で現場でも売り込んでいく。
売り場に立っている時は実際にお客様に聞かれたりすることもある。
実際に自分の鞄から新製品を出して、使ってみてもらうこともあるし、見本を見せて説明することもある。
普段は接客がない分、直接売り込むことも楽しくて。
ついついやり過ぎることも。
売り場担当者さんに褒められて、呆れられる。
そう言いながらも売り場の人も文房具が大好きだったり、実際に絵を描いたり、商品を愛用してくれていたりする。
名札を見ればイチ押しが分かる。文字をカラフルにするタイプか、シールなどの盛り込みのタイプか。
他の売り場にない名札を付けている。
全部が全部楽しい現場とは言えないけど、自分でも楽しめるところが多いのはラッキーだ。
しおりがネクタイをプレゼントしたいと言ってくれた。
僕はお返しに高級なペンをプレゼントしたい。
伝票にサインをしたりすることもあるだろう。
可愛い訳ではないがしっくりと手に馴染み、ペン先が軽く使いやすいのだ。
やはりいいものはいいのだ。
最近外国人観光客にも人気がある文具。
自分でもそんな観光客の視線を引き付けられるように、売り場を提案しているところもある。一応上司の許可はとっている。
そして、今日はいつもに増してご機嫌に売り場にいた。
少し遠巻きにしてお客さんの流れを見る。
夏に向けて宿題課題で画材は売れる時期、それに休みが多くなると予定表に書き込みが多くなる時期。手帳のページ用品、画材をメインに。
あとはご挨拶シーズンに夏用のはがきもたくさん入ってくる。
そんな時にはジェル系の文具を、いろいろなタイプで揃えて。
同僚の女の子で芸術方面に強い子がいる。
なんと芸大出身だからすごいレベルだ。
実際に手帳を見せてもらった。
凄いの一言。
面接のエントリーシートにもたくさんの作品を添付したと言っていた。
ポップの提案を一緒に考えてもらう。見本みたいなものだ。
同期は5人いて、今一人いないので4人。
みんな仲がいいので相談をして、一緒に営業先に提案しようと言っている。
ふたりで一組となりいつもの倍、相手の営業先も回る。
荷物持ちを兼ねて、売込みの口を増やし。
「こんにちは。」
「ああ、播野君。あれ?二人?」
「はい、同期の友永です。」
「どうも。何?どうしたの?」
「今日はこの間の提案をしに来ました。」
前回同意をもらった見本を展示する案。
説明するより実際に見てもらった。
「ほう。」
「凄くないですか?かなりオリジナルの物が作れますと言う提案です。」
「いいじゃない。これならどれを使ったかよくわかるし、人がいなくても勝手に探して見つけてくれそうだし。」
おおむね好評。
他のところでも同じ反応。見本を置いて、是非展示して欲しいと預けてきた。
二倍回って疲れたけど、楽しかった。
いつもは1人だけど、たまには2人もいい。
「楽しかった。やっぱりあれ、いいね。うまいんだよ、友永さんが。」
「ありがとう。楽しかったよ、作るの。」
「今度教えてもらいたい。ダメ? 自分でもできる様になれば、いろんな季節とか行事とかに対応できるよね。売り上げが上がればうれしいし。」
「凄いね。最初に提案したの播野君でしょう。」
「最初はそうだけど、自分だけじゃ形にならなかったから、やっぱり友永さんのあれはすごい。普段も絵を描いたりとか芸術的な事してるの?」
「そうだね。造形が好きなの。粘土とか、シルバーとか。平面に絵を描いて色を塗るのも好きだけど、形を作るのも好きなの。」
「そう言えば自己紹介の時に言ってたもんね、作品の写真ないの?」
「・・・・携帯に・・・。」
「見たいなあ。ダメ?」
「じゃあ、本当に恥ずかしいんだけど。」
携帯を出して写真を見せられた。すごい。想像を超えてた。
「ねえ、プロ?」
「まさか。これくらい出来る人は素人さんでも結構います。」
「だって・・・・・なんだか独創的で、可愛い世界だね。」
乾くと固くなる粘土のようなもので動物を作っていた。衣装や小道具の組み合わせが可愛い。
「たくさん部屋に並んでるんだよね。すごく可愛い。サイトで売ったりしてるの?」
「・・・・内緒です。たまに売れます。」
たまになんて言ってるけど、気に入る人は多いと思う。
値段次第だけど自分のペットとか作ってもらったら絶対欲しいもん。
「ペットのオーダーとかは?」
「はい、希望する人がいて二人程・・・・・。」
「そうだよね、今欲しいって思ったもん。自分が動物飼ってたら欲しいって。」
「あの、内緒にしてもらってもいい?」
「うん、売ってる事?作ってること?」
「売ってる事。副業みたいに思われたらちょっと。」
「ああ、分かった。でも今度粘土でも作ってみて写真を飾りたい。売り場が可愛くなると思うよ。ダメ?」
「大丈夫かな・・・・、頑張ってみる。」
「やった~、今度担当者さんと話をしてくる。お月見あたりに目標を置いてうさぎと月と薄と団子とか。かわいくない?そのあとクリスマスとかもできるし。」
「本当に仕事熱心だね。」
「なんだかそうやってできる人がうらやましいんだよ。まったくその才能ないんだよね。」
「そのかわり営業上手だよね。アイデアもすごいし、行動力も。」
「そうかな?ありがとう。」
いえ・・・・小さく言われて赤くなった友永さん。
こんな才能、皆知ったら驚くのになあ。
それぞれが営業先を回り反応を持ち寄る。
おおむね好評。良かった。
その流れで打ち上げと言う名の飲み会になった。
居酒屋に行って4人で乾杯する。
「あのさ、やめるらしい。相野。」
「何?連絡あったの?」
「うん、いろいろと話を聞いてたんだけど、やっぱり続けられないって。」
「そう。残念だね。」
もう一人の同期入社だった。体調が悪いと聞いてたけど。何だったんだろう。
「ごめんって言われた。皆に心配かけて申し訳ないって。」
「うん、心配だけど、体調は?」
「割と深刻らしい・・・かな?」
「そんな・・・・。」
「元気になったら会おうって言ってるから、それまで忘れないでおこう。」
「ああ、よろしく伝えて。」
あんまり深くは聞けなかった。精神的じゃなくて、本当に身体的な問題だったらしい。僕たちは若いぞ。何でだ?
その後は今日の営業の報告の続き。
粘土の案を含めてまた考えると、自分がまた言いだした。
次は月見の頃までのキャンペーンを考えてますと。
「播野って仕事楽しんでるよな?」
「うん、結構楽しんでるよ。」
「播野のおかげでなんだか楽しくなって来たよ。」
「本当?うれしいなあ。」
「お前、人たらしだな。」
「ん?なにそれ。」
「結構うまいことスルッと人に気に入られるタイプだよなあって。」
堺が言う。
堺は細い顔立ちにきりりとした目で、同期の中でも人気があると思う。
男らしいシャープな感じがうらやましいくらいだ。
そんな堺に言われた自分の長所?
確かに堺とは全く逆のタイプの自分。
弟キャラと言われたことのある草食系大人しめ。
「そんな、僕大人しいと言われるけど。」
「まあ、グイグイイプじゃないけど。でもかわいがられるタイプだよ。」
「う~ん、僕は男の色気がある堺の方がいい、うらやましい。」
「ない物ねだりだな。」
否定しない堺、自覚たっぷりって事だろう。
「確かに播野君って安心な羊君タイプ。堺君は反対に遊ばれるって危機感を持たせるタイプかも。」
冷静にがっかりなコメントをくれたのはもう一人の女子、横田さん。
「ね、友永、どう思う?」
「え?どうって?何が?」ちょっとびっくりしてる。
「聞いてた?」
「聞いてたけど、確かに播野君は安心、堺君は危険。わかり易く分類するとそうなるかも。」
「本当に見た目で損するのは俺だよな。冷たそうとか、きつそうとか言われる。その点いいよなあ、播野はオールマイティー、安心安全。」
「堺はもてただろう?何だか目に浮かぶ。」
「そうでもない。見た目で寄ってくる奴なんて信じない。」
「寄ってきたんだ、たくさん。」うらやましい。
「播野君は?」
「もてなかった。まったく。」
「いいんじゃないのか?忘れられなかった幼馴染と結局ハッピーになれたんだから。」
あっ。女子二人の視線を浴びる。
バラしたな、内緒とは言わなかったけど、悩みを聞いてもらってたから、つい報告したのに。
それ以上喋ったら・・・・。睨んだ。
「何何?幼馴染?」
「それが隣の家の子で、ほぼ家族のような存在の女の子にずぅぅぅぅぅぅっと片思いしてたんだよ。信じられるか?普通もっと早く言うよな。なんで20年も片思いが出来るんだ?」
本当に全部ばらしてしまった。
「マジ、20年。本当に片思いってわけじゃなくて、それが・・・・。」
堺の口にお絞りを入れた。
喋り過ぎだ。
20年にはならない。さすがにそんな小さい頃は意識してない。
せめて中学くらいからにしておいて欲しい。
「すごいね。播野君。一途なんだ。で、うまくいったんだ。」
「・・・おめでとう。」
2人に言われてぺこりとお辞儀をするしかない。
「しゃべり過ぎだよ。何でだよ。」
「いいじゃん。同期の情報は共有財産。」
「播野君ファンががっかりするよ。」
「いないよ、そんなの。」
「知らないだけ、いるよ。2人は知ってる。」
「マジ?」
モテ期ってやつですか、彼女が出来た途端に?
でもしおりには誰も敵わないから。
「いやらしい、いま彼女の事考えただろう。」
思わず赤面する。何でバレた?
「分かりやすっ。大体朝からテンション高いんだよ。絶対いい週末を過ごしたって思うじゃん。見てるほうが恥ずかしい。」
嘘だろう、そんなに変だったかな?
いつも通りだったつもりなのに。
堺が鋭いんだよ、それに教えたから気がついただけで。
でも確かに教える前に、なんかいいことあったかって聞かれた、だから言ったんだし。
じゃあ、やっぱり隠せてなかったって事か?
恥ずかしい。
「まあ良かったよ。おめでとう。」
「ありがとう。」堺にお礼を言う。
「じゃあ、播野の大人の階段一歩目に乾杯。」
残りのふたりと一緒に乾杯する堺。
何だ大人の一歩目って、さりげなくばらしてないか?
その後、堺が元カノに言われた罵倒言葉ランキングを聞いて盛り上がった。
どんな付き合い方をすれば、そこまで彼女になじられるんだろう?
むしろしおりの無言の攻めなんて可愛い方じゃないか。
だって自分はそんなひどいこと言ったりしたりしてない。
あの三年の夏以来。
お開きになった後、トイレにいった堺を待ってるときに友永さんに言われた。
「ねえ、でも今日みたいに『ダメ?』みたいな連発、女の人誤解するからやめた方がいいよ。」
「え?」
何のことか分からなかった。
「結構今日言われたけど。お願いするときに。『ダメ?』って。」
そうだったかな?
「甘えてるみたいだし。」
「あ、ごめん。」
「ううん、別に。こっちこそ感じ悪い言い方になったかも。そんなつもりないから。」
「うん。」
友永さんはうつ向いて。横田さんがそっと肩を撫でて。
そんな時に堺が帰ってきて。
「どうした?」
「ううん、別に何でもない。」横田さんが答えた。
「じゃあ、ここで別れよう。バイバイ。」
横田さんが友永さんの肩を抱いたまま向きをかえさせて反対に歩いていく。
最後まで顔を上げることはなかった友永さん。
「なんだ?どうした?」
「ちょっと甘えてたかも。友永さんがほら、見本上手だから。次の見本もお願いしたいと思って。『ダメ?』って何度か僕は聞いたらしい。友永さんに『連発してると女の人が誤解するからやめた方がいい。』って言われた。そんなつもりなかったんだけど、反応がよくて気に入ってもらえたから、友永さんもうれしいかなって思って。」
「ははぁ、大体わかったけど、そうか。悪い、俺のせいかも。」
「何で。」
「まあ、いろいろ。」
「気にするな。横田がちゃんと言ってくれるし。俺もそれとなく言っておく。ただお前が気にすると彼女が気にするから、今後絶対この話は蒸し返さないように。なっ。」
「うん。分かった。」
「じゃあ、帰ろう。」
「今日彼女は?」
「今度は水曜日の夜に会う予定。」
「一人の夜は寂しいだろう。ざまあみやがれ!」
肩を思いっきり叩かれた。
人たらしめっ、そう言われて。
確かに一人だと寂しい。
早く次のしおりの休みが来ないかなあ。
水曜日の夜が待ち遠しい。
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