関係者の皆様、私が立派な大人になれるその日まで、あと少しだけお待ちください。

羽月☆

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2 ガラス越しに見つめる男は己の虚ろを覆い隠してなんとか立っている。

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自分が何者か。

そこそこ立派な部屋に住んで、窓から見えるのは『遠くまで一望できる』というような景色。
都会の姿を正面にも、はるか下の地上にも見れる。

夜、そのガラスにぼんやり映る自分の姿を見ると、無表情に見つめ返してる自分がいる。
こんな透明に見える自分でも成功したと言われるだろう。
自分の会社を興し、毎年利益を計上できるくらいには業績も伸び、安定と成長中の中間あたりにいる会社の社長。

小さいころ、大きくなることも将来の自分を見ることもほとんどなかった。
そんな事を考える余裕がなくて、自分の周りのスペースを確保することに一生懸命だった。
落ち着ける場所を探して、邪魔されない自分の場所を確保して。
ただ、当たり前の日々に感謝するようになった。
同じ境遇の子もいたし、もっと悲惨な境遇の子供もいた。
あの中では自分の不幸なんて珍しくもなかったのだ。


そして、少しづつ押し付けられるようにして馴染まされた環境にも、感謝できるようになった。


自分が育ったのは東京の郊外にある児童養護施設だった。
何らかの事情で保護者を失った子供が多かった。
もしくは一緒にいられないと、いろんな大人が判断した子供たち。

自分は両親の事故で一気に居場所を失ったのだ。

少なからずいたはずの係累は、存在も遠すぎて、自分の価値もアピールできずにいた自分は結局一人になった。
まだ五歳、でも、もう五歳だった。

もっと小さかったら何とかなったかもしれない、と手を差し伸べてくれた大人たちが話をしてるのを聞いた。
まだまだ一人では何もできない小さい子供なのに?
そう思った。
きっと年齢は関係なかったのだろう。
その時は分からなかったが、今は十分理解できる。
子どもを一人育て上げるのにどれだけの覚悟が必要か。
自分の中でそう思い、折り合いをつけることにした。



夜中、何度も悪い夢に飛び起きて、叫び声をあげて、目を覚まして震えた。
実際には両親の事故がどんな事故だったのか、病院にいた自分は両親のその姿さえ見ていない。
悲惨だった・・・・・そう聞いた。
耳にした断片から自分で作り上げた映像に自分が苦しめられた。
最初の頃は施設の人が抱きしめてくれた。
泣き止むまでそばにいてくれた。
震える体を温めるように。

ただ、そういう症状が珍しいところではなかったのだ。

目の離せない子はたくさんいた。
自傷癖のある子は特に目が離せない。
それ以外に仲間同士で喧嘩したり、見えないバリアに包まれたままの子供もいる。

時々新しい子供が増える。

そのたびに落ち着いた子供まで引きづられるように調子を崩したりするのだから。
最初の頃の自分も同じように周りを巻き込んでいたらしい。

子どもの心はバリアを高くしてても、いろいろなものが浸み込んでしまうらしい。
そんなとても繊細な存在だ。

大人には感じられないアンテナをお互いに共有してるかのように、いろんな感情は伝染する。


あの施設はまだある。
自分の家とも言える場所と、親とも言える人が、そこにまだあり、いるのだ。

20年以上経とうとしているが、施設長は引き継がれ、必要とされているらしく、たくさんの子供がいる。
出来るだけ恩返しがしたい。
そう思って自分に出来ることはしてるつもりだ。
今自分があるのは多くの大人のお陰でもあるが、特にそこへの思い入れは大きい。
そしてそう思ってるのは自分だけじゃない。

目を閉じて、何不自由なく両親のもとで育った自分も想像してみたことも、数えきれないくらいある。
今とは全く違う自分だっただろう、もうそれは何もかもが。

大人になって、当時の事故についても詳しく知ることが出来た。
その時でもその衝撃は大きくて、思わずよろめいて支えられるくらいだった。
はっきりと教えずに隠してくれた大人たちに感謝すべきかもしれない。


人は儚い。
大地にしっかり足をつけてるつもりでも、一瞬で無にされる。
悲しいけどこの世の中に絶対に信じられるような強いものなんてないと思う。


それは人とのつながりも同じで。
今まで仲間だと信じた相手に、何度か裏切られた経験もある。

全てわかっていたつもりでも何も分かってなかった。
自分の知ってると思えるものなんて小さなものだ。

今自分が全力を注いでいる仕事も、会社も、何もかも、ある瞬間、無くなって、消えてしまうかもしれない。


今は立場上、社員に責任を持たなければいけない。
だから簡単には消えないようにしたいとは思ってる。
そして今はその会社が自分自身の姿でもある。
自分が作り上げた形あるもの。
世の中に自分の分身として披露できるもの。



夕方、会社に電話がかかってきた。
数ヶ月に一度くらい顔を見せている母校の先生だった。


大学生の頃、ゼミ生でもなく、授業もとってなかったのに、近くにいる機会があり、初めて自分の生きてきた日々を打ち明けた。
どういう話でそうなったのか。
お酒も入ってなかったはずなのに。

ただ優しい目に見つめられるまま、そう打ち明けて、ただそれだけだった。
ほとんど人には話してこなかった話を、その先生にした。
何と言われたのか、反応はあまり覚えてない。
励まされたり、共感したりとか、そんな事は言われなかったんだと思う。

ただ、しばらくして一人の男を紹介された。
それが郡司朝陽だった。年も同じ。

『なんとなく、合うんじゃないかと思って。』

たったそれだけ言われた。


先生の目は確かだったんだろう。
残りの学生時代、近くにいて一緒に過ごした。

社会人となって数年後、思い切って声をかけて、一緒に会社を立ち上げた。
今も、ずっと陰になって支えてくれている。
少なくない裏切りに、もう誰も信頼する気はないと思った時期があったが、その時でも例外の一人だった。

秘書として常に行動を共にしている。
自分があいつにしてあげれるのは給料という形のお金だけかもしれない。
自分はいつも頼りにしてるのに、逆にあいつの役に立ってると思ったことはない。


同じような境遇だということはしばらくして分かった。
それが先生の紹介してくれた理由でもあったんだろう。
だが、今となっては、それだけではない気もする。


社長室にかかってくる電話を自分がとることはない。
必ず先に朝陽がとる。


相手が先生だとはすぐに分かった。
二人が少し話をした後に代わった。

「狭間教授です。『図々しいお願いだけど、人を一人紹介したい。』そう言われてます。」

電話をとり、話を聞く。

『この間は有名なお店のシュークリームありがとう。朝陽君のチョイスかな?女子生徒が喜んでたよ。もちろん自分も美味しくいただきました。』

「いえ、仲良く食べてくれる子がいて良かったです。数は足りたんでしょうか?」

『勿論、人の出入りは読めないからね。その子がすごく喜んでたから、お土産に持たせたよ。それでね、忙しいだろうから用件に入るね。本当に心苦しいんだけど、一人女子生徒と会ってもらえないかな?本当に成績もよくて、やる気もあるし、お勧めの子なんだけど、何故か未だに内定をとれずにいるんだ。本当にお勧めなんだよ。実務も多方面で問題ないと思うんだけど。少し人員の余裕はあるかな?』

「先生の推薦枠は朝陽以来で久しぶりです。是非、力にはなりたいですが、やはり自分と、後は相棒の意見も聞きたいので無条件にとはいかないのはご了承ください。」

『勿論、受け入れてくれる余裕があるなら、面接をしてもらって、双方気に入ればと思ってるよ。』

「先生が安請け合いするとは思えませんし、いつどちらへ伺いましょうか?」

『近日ならいつ時間がとれるかな?』

既に朝陽がタブレットを持ってきていて、明日の予定を表示してくれていた。

「とりあえず明日でしたら午後2時頃から5時ころまで時間があります。」

『じゃあ、そこで。多分大丈夫だと思うけど、その子に連絡とってみるよ。』

「はい。返事をお待ちしてます。」

『無理言って悪いね。じゃあ、また後で。』


電話を切った。


「明日面接になった。先生お勧めの女子大生一人。先生は高評価だけど、今まで決まらなかったらしいから、いくら先生の推薦でもどうかと思うけど。どこか春の時点で欠員あったか?」

「ないでしょう。今のところどこからもそのような報告はないです。一応聞いてみますが。後、補充希望のところも。」

その辺は任せてる。
人事に問い合わせれば春時点の欠員予定や補充を欲しがってる部署もわかるだろう。
確かに今のところそんな報告はないが。
だとすると、どこに押し込むか。

いつどうなるか分からない若い企業だが、雇用条件はいい方だと思う。
いざという時に見合う保証が出来るとは限らない。
そのあたりは雇用時にも話をしている。
今のところ順調で、離職も少ない。
当然女性ならではの休職についても臨機応変に対応できるようにしているし、男性に対しても実績と条件が合えば自宅勤務も週の中の数日は認めるようにしている。
それなりに社員にとっては働きやすい会社だと思いたい。

ただ、まっさらの新人をいれることはあまりない。
ほとんどが即戦力で、社員の紹介だ。
一から教育して成長するまで、その間足並みがそろわないと他の社員への迷惑にもなる。


さて、どうするべきか。

先生には世話になっている、とは言えだ。


電話を終わった朝陽の顔を見ればわかる。

「今のところ春の欠員予定はないし、補充を願い出てる部署もないようです。むしろ一人産休に入っても補充はいらない部署一つ、補充なしでやって来て、復職する育休明けの部署が一つ。どうも、どこにも入り込むスペースはないようですが。」

だろうな。

「新しい大きな事業もしばらくないだろうが・・・・どうすればいい?」

「会ってから考えましょう。とりあえず本人に話は行ってます。何が出来るか聞いてみて、採用しても決してマイナスにはならないでしょうし。」

悩んみてもどうにもできない。必要な理由はないが、受け入れられないわけではない。

「この後電話があると思いますが、どうしましょうか?私が残りますか?それとも先に先生に電話をしておきますか?」

「じゃあ、先に先生にこちらの都合をいくつか伝えてくれ。空いてる時間、3時間以上あるところならいい。あとは履歴書持参と、軽く実務能力をチェックする旨本人に伝えてくれるように。」

席に戻った朝陽が先生と話をするのを聞きながら、次の仕事の準備をする。


今日のアポは知り合いというか、同じ施設育ちの仲間の一人だ。
不動産勤務だと言っていたのを思い出して連絡を取ってみた。
そんな事を繰り返してると、それなりの仕事につながる。
既に不動産は一ケ所とつながりがある。

たいていの子どもたちは高校を卒業したら施設を出て、同時に働くことにもなる。
まれに大学まで行ける子もいるが、急に就職と一人暮らしの一人立ちが要求される子がほとんどだ。
どうにか力になれないかと考えてた。
1人で丸ごと面倒を見ることはできなくても、紹介すること、その後フォローすることはできるんじゃないかと思った。

独り立ちをするにしても、手続きや保証人や、いろんなあれこれが、意外に施設出身者にはハードルが高いのだ。
そこにも手を差し伸べてあげることが出来れば・・・・。


話をする相手として、今は無理でも、将来何かお互いに役に立つことがあるかもしれない。


・・・・ああ、不動産関係かあ、もしや欠員があるのでは・・・・・。
さすがに預かった人を無責任に回すことはできないが。


この年の瀬に、頼みにしてるだろう教授からの紹介で断られた女学生の顔を思い浮かべると、会うまでもなく断る気はなくなる。
そこまでは冷たくなれない。

せめて、受け入れても何とかなるだろうと考えられる余裕が自分にある事を喜ぼう。


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