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7 春、初めてがいっぱいの緊張の日が始まる。
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昨日きちんとメールを送った。
『明日からお世話になります。よろしくお願いします。』と。
『会社の場所は大丈夫ですか。9時少し過ぎて、10分くらいに会社に着いたら名刺の携帯番号へどうぞ。迎えに降りて行きます。』
前日は緊張した。
お母さんも心配して二人でいろいろ話をした。
最後にはお父さんにも緊張がうつってしまった。
3人で大きくため息をついて、大きく吸って。
頑張ろうと言い合った。
目の前に会社はある。
中に入り、携帯を取り出して名刺の番号を押す。
2コールで優しい声が聞こえた。
「おはようございます。 大曲 芽衣です。今会社へ到着しました。」
『おはようございます。ちょっと待っててください、降りて行きますので。』
そう言ってしばらくすると、エレベーターから覚えのある人、郡司さんが歩いて来てくれた。
駆け寄って挨拶を繰り返した。
一緒にエレベーターに乗る。
会社はこのビルの2フロアを借りているらしい。
上の階へそのまま行って奥の社長室と書かれた部屋に入った。
ビックリするほど広かった。
デスクは3つ。
窓側に社長の春日さんがいた。
二人で社長の前に歩いて行った。
「社長、本日より秘書課配属の大曲さんがいらっしゃいました。」
秘書課・・・・?
「おはようございます。本日よりよろしくお願いいたします。」
深くお辞儀をした。
「よろしく。あとは朝陽について、いろいろ教えてもらって。」
「はい。」
返事は元気が良かった・・・けど。
「私は秘書課に配属になったんでしょうか?」
郡司さんに聞いた。
「そうなんだよね。結局あのまま欠員も出なくてね。しばらくは研修も兼ねて僕の下で働いてもらうけど、いいかな?」
「はい、よろしくお願いします。」
「じゃあ、そっちが大曲さんのデスクだから。」
そう言って指さされた。
パソコンが一台あった。
その周りには社員証や書類、分厚いファイルなどがあった。
「じゃあ、さっそく他の部署にあいさつ回りに行くから、社員証を首にかけて。じゃあ、社長行ってきます。」
「ああ、よろしく。」
無感動なセリフで見送られて郡司さんの後ろを歩く。
やっぱり社長の印象は変わらない。
クール・・・不愛想なくらい。
誰の前でも変わらなそう。
自分と人のつながりで会社を大きくしてきたと聞いたのに、ちょっと信じられないくらい。
各部署の場所と仕事内容を教えられた。
メモをとろうとしたけど、大丈夫と言われてすぐにやめた。
偉い人の名刺だけが手に集まる。
私はまだ持ってない。
貰うだけだった。
最後に総務に行きついた。
この後事務手続きをしてくれると言うことで、一緒に上の階に戻った。
上の階には社長室と面談室、大きめの会議室と給湯室があるだけだった。
面談室を大きく開けて、事務手続きをしてもらう。
荷物が必要でバッグごと持ってきた。
いろんな説明を受けて、多くの書類にサインして。
あんなにたくさんサインしたのに、本当にたくさんある。
最後に名刺をもらった。
薄い色のケースに入ったそれを見て感動した。
早く誰かに渡したい!
その後は席でパソコンの設定をしてもらい。
あっという間にお昼になった。
「大曲さん、ランチは持ってきてる?」
「いいえ。買いに行こうと思ってました。」
「良かった。じゃあ、一緒に行こうか?」
社長が顔をあげたのが分かった。
驚いてるけど。
私の視線を受けて郡司さんが社長を誘う。
「社長、たまにはいいじゃないですか?」
正直に、そうは思わないがという顔をした社長を強引に誘い、一緒に外に出ることになった・・・・気がする。
二人の後ろについて行く。
エレベーターで下の階から乗ってきた人に改めて注目された。
「お疲れ様です。」
皆が社長と郡司さんに言う。
そしてチラリと私が見られる。
目礼して下を向く。
そのまま降下。
郡司さんが近くのビルの高層階にあるレストランを指す。
個室に案内されて着席。
「春日さん、朝陽さん、お疲れ様です。いつもありがとうございます。今日は女性も一緒なんですね。」
「秋葉君、新しく秘書課で研修をしている大曲さんです。よろしくね。」
そう自己紹介されて自分で名前を言ってお辞儀をする。
・・・・誰?
「秋葉君、どう?困ったことはない?」
「はい、おかげさまで、厳しく教育されてます。ありがとうございます。」
「それは良かった。」
郡司さんじゃなくて春日社長がそう言った。
ビックリした。
あまり驚くと失礼と思ったのでちょっと俯いてしまったが、全然違う感じだった。
初めて普通に話をしているのを見た感じだ。
「いつものコースでいいですか?」
「飲み物は・・・仕事中ですしね。」
じゃあ、しばらくお待ちください。
そう言って下がって行った。
「大曲さん、今日は初出社記念にご馳走します。ここはなかなか美味しいんです。楽しみにしててください。」
「はい。ありがとうございます。」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。疲れるから。まだ月曜日だしね。午後からはちょっとトレーニングのようなことをしてもらうから。そっちの方がマイペースに出来ていいと思うよ。」
「はい。」
そう返事するしかない。
「社長から何かありませんか?」
「先生から、年賀のあいさつの事を聞いたけど。余計な気遣いは無用だから。」
そう言われた。
教授に新年のあいさつに行った時に、郡司さんにメールすべきかどうか、軽く聞いてみた。
教授から伝えてくれると言うことだったけど、ちゃんと伝えてくれたらしい。
数日前も訪ねて少しだけ挨拶したけど、すっかり忘れていた。
教授も何も言ってなくて、多分忘れてたんだと思う。
社長はそのことを覚えてくれてはいたらしいけど、やっぱりさっきの店員さんへの対応とは違う。
クールを超えて違う感情を読み取りそうになる。
「大曲さん、あんまり気を遣わなくていいからね。」
「はい。」
そんな郡司さんみたいな言い方もできるはずじゃないですか?
ちょっとだけそう思った。
その後は郡司さんが気を遣ってくれて話をしてくれて、社長は黙り、私は時々笑い。
料理はおいしかった。中華風だけど、ちょっと和風?
よくわからないけど、中華よりあっさりと、優しい味付けだった。
少量づつ数品が出て、最後は杏仁豆腐で終わった。
「美味しかったです。」
「良かった。他にも美味しい所をピックアップしてるから、機会を見ていこうね。」
そう言った郡司さんに、やっぱり春日社長の顔が上がった。
行きたくないのかもしれないけど・・・・・。
「はい。楽しみです。」
郡司さんはとても親切だ。
いろいろ教えてもらうこともあるだろう。
お腹いっぱいになって眠くなりそうだけど、午後も頑張ろう。
午後は一人面談室に引きこもり、パソコンに向かった。
「あんまり張り切らないで休憩をとりつつね。後でお茶の時間を作るから。それまで頑張って。あと打ち込んだものは一応どのくらいできるか今のスピードを見たいから保存してて。一度聞き終わったら見直さないでね。じゃあ、何かあったら隣に来てね。」
そう言われて、少しホッとする。
広いとはいえ、今後あの部屋にずっと三人でいるんだろうか?
郡司さんがいない時間に慣れるだろうか?
郡司さんがいない日があったらどうしよう。
まったく方向違いの不安も加わった。
二日目。
今日の午前中も引き続き、一人面談室に。
社長が打ち合わせをしている脇で書類を作ることがあると言うことで。
まずは正確に会話を打ち込むこと、その後うまくまとめること、決まった書式に落とす事。
最初が出来れば何とかなると言われた。
教材の会話を聞きながら、変換ミスをしないように正確に、会話の内容を文字にする。
昨日の時点でもそれなりにはついていけた。
ただ漢字変換が怪しい。
一つ躓くと、後がダメになるのでそのままの状態で見てもらったら、面白い変換になっていて、印刷して提出したら笑われた。
しょうがない。
このパソコンの初期選択のせいだから。
春までにいろんなセミナーにも出た。
その分の進歩はあったと思いたい。
主なソフトの基本的な使い方はできると思う。
「もう、いいね。後は時間の空いたときにやってもらえればいいから。次の課題に行こうか。」
文字の打ち込みは及第点をもらえて、午後からは見本の書類と同じ書類を作成するように言われた。
「これは実際の物だから持ち出し禁止でお願いね。これを見て、同じ物を作れる自信は?」
計算ソフトを使った書類だ。
問題なく出来そうだ。
「入力ミスさえしなければ、ソフトの使い方自体は大丈夫だと思います。」
「じゃあ、明日いっぱい、これと同じ物を作るって事で。書類に慣れてもらえばいいから。」
そう言って手渡された書類。
地味な作業は嫌いじゃない。
一つにどのくらい時間がかかるか分かる様に計って記入するようにと言われた。
打ち込むのは数字が多くなり、間違えないようにするために声に出して読み上げる。
二人がお昼前に外に出てしまい、一人留守番になった。
お昼も時間になったら一人で外に出ていいと言われていた。
友達が出来るんだろうか?
フロアも違って誰とも話すことがない
一つ下の階からにぎやかな人たちがランチに出かけるのに会った。
目礼して一人俯くだけだった。
午後は自分の席で仕事をした。
数回に一回、午前の文字の打ち込みを挟んだ。
さすがに数字だけ見てると、目が疲れるのだ。
時々休憩をして。
二人のいない静かな午後。
少し緊張もあるけど、つい眠気がさす。
何枚目かの書類を作成した後、さすがに疲れて。
少し立ち上がり窓の方に近づいて外を見た。
気持ちのいい日だった。
友達も今頃研修の最中だろう。
何とか同じスタートが切れたことをうれしく思う。
お昼になるたびにお母さんに連絡している。
心配してると思う。
何とかなっていると伝えたかった。
背伸びしてぶんぶんと肩を回し、腰を曲げ伸ばしして。
思いっきり腰をひねって。
ガチガチにとこわばった体をほぐしていたら、いきなりノックの音がして、すかさずドアが開いた。
丁度体をひねった状態でドアの方を向いていたから、戻ってきた社長と目が合った。
今いるのは社長の机の後ろ。
何してる・・・・・、そう思われたかもしれない。
すぐに体ごと向き直った。
「お帰りなさい。お疲れ様です。電話は一度も鳴りませんでした。・・・・すこし窓辺で体操をしてました。」
言いながら席に戻る。
恥ずかしい。
すごく驚いた顔を一瞬されてしまった。
今はすっかり普通に戻ってるが。
「お疲れ。適当に休憩してもいいから。」
「はい、ありがとうございます。」
言い方はクールだが、内容は普通だった。
少ししてから郡司さんが入ってきた。
「ただいま。留守番ありがとう。1人でのびのびとやれた?」
「はい、静かでした。のびのびと、かどうかは分かりませんが。」
「ずっと上司二人と同じ部屋だと息がつまるよね。」
「いえ・・・・。」
「お茶にしよう。」
そう言って小さな箱を掲げる。
荷物を置いて又出て行った郡司さん。
お茶をいれに行ったんだと思う。
最初の日に手伝おうと思ってついて行ったら、やんわりと断られた。
「飲み物を美味しくいれる自信はあるんだ。教えるまでは一切手伝いは不要だから。座ってて。」
そう言われて席に戻る。
毎日水筒を持ってきて、ここで飲み物を作り飲んでいる。
トイレは女性用は誰も使わないからほぼ私専用だ。
小さなお菓子を配られて、お茶を配られて。
お礼を言って皆で飲む。
「どう?」
「何枚か作成して進めました。数字ばかりで疲れたので、間に文字の方の課題を挟んだりしました。」
まさか立ち上がって窓辺で体操したりもしましたとは言わないが。
「大分スピードには慣れました、と思ってるんですが。相変わらず内容が専門的な話になると、漢字変換が怪しいです。」
「ああ、サンプルはわざとそういうものだからね。後で見せてね。」
「はい。」
「来週は他の課への研修も考えてるから。ここだけだと友達もできないしね。同じ年の人はいないけど、少し上の人ならいるし。気が合いそうな人がいたら仲良くできるかもしれないし。」
「はい。」
決して知らない人と話すのも苦手ではないが、どうだろう?
「社長、何かありますか?」
「経理の平木さんあたりと気が合うんじゃないか?年も近いし。」
「同じ意見です。良かったです。」
経理の平木さん・・・・。
覚えておこう。
「ちゃんと食欲ある?眠れてる?頭痛とか肩こりは酷くない?」
まるでかかりつけのドクターのように。
あるいは保護者のように。
「大丈夫です。食欲も睡眠も。肩こりは適当に体操してほぐしてます。」
そう言いながら、つい社長を見てしまった。
「そうだったな。窓辺でラジオ体操なら気分転換もできるだろう。」
「何ですか?」
そんな社長の言葉は郡司さんが聞き逃さない。
「ドアを開けたら体をひねった状態で、留守番がここにいた。」
指で自分の席の後ろを指す社長。
「大きな窓が気持ち良くて。外を見ながら休憩してました。」
「ああ、そう。そのまま疲れたら社長の椅子に座ってふんぞり返ってもいいよ。少しは気分がいいから。」
「そんなことしません。してません。」
「その内にね。」
多分しません。
でも確かに社長の椅子は座り心地が良さそうだ、高そうだ。
むしろ細い体で姿勢が良くて、なんだかもったいないくらいにくつろいでない気がする。
「これ美味しいです。」
「でしょう?近くに行ったら買いたいって思ってたんだ。」
このままだと確実に舌が肥えそう。
こんな感じでいいのだろうか?
「郡司さんの選択に間違いはないですね。お土産とプレゼントに困ったら教えてください。」
「いつでもどうぞ。」
『明日からお世話になります。よろしくお願いします。』と。
『会社の場所は大丈夫ですか。9時少し過ぎて、10分くらいに会社に着いたら名刺の携帯番号へどうぞ。迎えに降りて行きます。』
前日は緊張した。
お母さんも心配して二人でいろいろ話をした。
最後にはお父さんにも緊張がうつってしまった。
3人で大きくため息をついて、大きく吸って。
頑張ろうと言い合った。
目の前に会社はある。
中に入り、携帯を取り出して名刺の番号を押す。
2コールで優しい声が聞こえた。
「おはようございます。 大曲 芽衣です。今会社へ到着しました。」
『おはようございます。ちょっと待っててください、降りて行きますので。』
そう言ってしばらくすると、エレベーターから覚えのある人、郡司さんが歩いて来てくれた。
駆け寄って挨拶を繰り返した。
一緒にエレベーターに乗る。
会社はこのビルの2フロアを借りているらしい。
上の階へそのまま行って奥の社長室と書かれた部屋に入った。
ビックリするほど広かった。
デスクは3つ。
窓側に社長の春日さんがいた。
二人で社長の前に歩いて行った。
「社長、本日より秘書課配属の大曲さんがいらっしゃいました。」
秘書課・・・・?
「おはようございます。本日よりよろしくお願いいたします。」
深くお辞儀をした。
「よろしく。あとは朝陽について、いろいろ教えてもらって。」
「はい。」
返事は元気が良かった・・・けど。
「私は秘書課に配属になったんでしょうか?」
郡司さんに聞いた。
「そうなんだよね。結局あのまま欠員も出なくてね。しばらくは研修も兼ねて僕の下で働いてもらうけど、いいかな?」
「はい、よろしくお願いします。」
「じゃあ、そっちが大曲さんのデスクだから。」
そう言って指さされた。
パソコンが一台あった。
その周りには社員証や書類、分厚いファイルなどがあった。
「じゃあ、さっそく他の部署にあいさつ回りに行くから、社員証を首にかけて。じゃあ、社長行ってきます。」
「ああ、よろしく。」
無感動なセリフで見送られて郡司さんの後ろを歩く。
やっぱり社長の印象は変わらない。
クール・・・不愛想なくらい。
誰の前でも変わらなそう。
自分と人のつながりで会社を大きくしてきたと聞いたのに、ちょっと信じられないくらい。
各部署の場所と仕事内容を教えられた。
メモをとろうとしたけど、大丈夫と言われてすぐにやめた。
偉い人の名刺だけが手に集まる。
私はまだ持ってない。
貰うだけだった。
最後に総務に行きついた。
この後事務手続きをしてくれると言うことで、一緒に上の階に戻った。
上の階には社長室と面談室、大きめの会議室と給湯室があるだけだった。
面談室を大きく開けて、事務手続きをしてもらう。
荷物が必要でバッグごと持ってきた。
いろんな説明を受けて、多くの書類にサインして。
あんなにたくさんサインしたのに、本当にたくさんある。
最後に名刺をもらった。
薄い色のケースに入ったそれを見て感動した。
早く誰かに渡したい!
その後は席でパソコンの設定をしてもらい。
あっという間にお昼になった。
「大曲さん、ランチは持ってきてる?」
「いいえ。買いに行こうと思ってました。」
「良かった。じゃあ、一緒に行こうか?」
社長が顔をあげたのが分かった。
驚いてるけど。
私の視線を受けて郡司さんが社長を誘う。
「社長、たまにはいいじゃないですか?」
正直に、そうは思わないがという顔をした社長を強引に誘い、一緒に外に出ることになった・・・・気がする。
二人の後ろについて行く。
エレベーターで下の階から乗ってきた人に改めて注目された。
「お疲れ様です。」
皆が社長と郡司さんに言う。
そしてチラリと私が見られる。
目礼して下を向く。
そのまま降下。
郡司さんが近くのビルの高層階にあるレストランを指す。
個室に案内されて着席。
「春日さん、朝陽さん、お疲れ様です。いつもありがとうございます。今日は女性も一緒なんですね。」
「秋葉君、新しく秘書課で研修をしている大曲さんです。よろしくね。」
そう自己紹介されて自分で名前を言ってお辞儀をする。
・・・・誰?
「秋葉君、どう?困ったことはない?」
「はい、おかげさまで、厳しく教育されてます。ありがとうございます。」
「それは良かった。」
郡司さんじゃなくて春日社長がそう言った。
ビックリした。
あまり驚くと失礼と思ったのでちょっと俯いてしまったが、全然違う感じだった。
初めて普通に話をしているのを見た感じだ。
「いつものコースでいいですか?」
「飲み物は・・・仕事中ですしね。」
じゃあ、しばらくお待ちください。
そう言って下がって行った。
「大曲さん、今日は初出社記念にご馳走します。ここはなかなか美味しいんです。楽しみにしててください。」
「はい。ありがとうございます。」
「そんなに緊張しなくてもいいよ。疲れるから。まだ月曜日だしね。午後からはちょっとトレーニングのようなことをしてもらうから。そっちの方がマイペースに出来ていいと思うよ。」
「はい。」
そう返事するしかない。
「社長から何かありませんか?」
「先生から、年賀のあいさつの事を聞いたけど。余計な気遣いは無用だから。」
そう言われた。
教授に新年のあいさつに行った時に、郡司さんにメールすべきかどうか、軽く聞いてみた。
教授から伝えてくれると言うことだったけど、ちゃんと伝えてくれたらしい。
数日前も訪ねて少しだけ挨拶したけど、すっかり忘れていた。
教授も何も言ってなくて、多分忘れてたんだと思う。
社長はそのことを覚えてくれてはいたらしいけど、やっぱりさっきの店員さんへの対応とは違う。
クールを超えて違う感情を読み取りそうになる。
「大曲さん、あんまり気を遣わなくていいからね。」
「はい。」
そんな郡司さんみたいな言い方もできるはずじゃないですか?
ちょっとだけそう思った。
その後は郡司さんが気を遣ってくれて話をしてくれて、社長は黙り、私は時々笑い。
料理はおいしかった。中華風だけど、ちょっと和風?
よくわからないけど、中華よりあっさりと、優しい味付けだった。
少量づつ数品が出て、最後は杏仁豆腐で終わった。
「美味しかったです。」
「良かった。他にも美味しい所をピックアップしてるから、機会を見ていこうね。」
そう言った郡司さんに、やっぱり春日社長の顔が上がった。
行きたくないのかもしれないけど・・・・・。
「はい。楽しみです。」
郡司さんはとても親切だ。
いろいろ教えてもらうこともあるだろう。
お腹いっぱいになって眠くなりそうだけど、午後も頑張ろう。
午後は一人面談室に引きこもり、パソコンに向かった。
「あんまり張り切らないで休憩をとりつつね。後でお茶の時間を作るから。それまで頑張って。あと打ち込んだものは一応どのくらいできるか今のスピードを見たいから保存してて。一度聞き終わったら見直さないでね。じゃあ、何かあったら隣に来てね。」
そう言われて、少しホッとする。
広いとはいえ、今後あの部屋にずっと三人でいるんだろうか?
郡司さんがいない時間に慣れるだろうか?
郡司さんがいない日があったらどうしよう。
まったく方向違いの不安も加わった。
二日目。
今日の午前中も引き続き、一人面談室に。
社長が打ち合わせをしている脇で書類を作ることがあると言うことで。
まずは正確に会話を打ち込むこと、その後うまくまとめること、決まった書式に落とす事。
最初が出来れば何とかなると言われた。
教材の会話を聞きながら、変換ミスをしないように正確に、会話の内容を文字にする。
昨日の時点でもそれなりにはついていけた。
ただ漢字変換が怪しい。
一つ躓くと、後がダメになるのでそのままの状態で見てもらったら、面白い変換になっていて、印刷して提出したら笑われた。
しょうがない。
このパソコンの初期選択のせいだから。
春までにいろんなセミナーにも出た。
その分の進歩はあったと思いたい。
主なソフトの基本的な使い方はできると思う。
「もう、いいね。後は時間の空いたときにやってもらえればいいから。次の課題に行こうか。」
文字の打ち込みは及第点をもらえて、午後からは見本の書類と同じ書類を作成するように言われた。
「これは実際の物だから持ち出し禁止でお願いね。これを見て、同じ物を作れる自信は?」
計算ソフトを使った書類だ。
問題なく出来そうだ。
「入力ミスさえしなければ、ソフトの使い方自体は大丈夫だと思います。」
「じゃあ、明日いっぱい、これと同じ物を作るって事で。書類に慣れてもらえばいいから。」
そう言って手渡された書類。
地味な作業は嫌いじゃない。
一つにどのくらい時間がかかるか分かる様に計って記入するようにと言われた。
打ち込むのは数字が多くなり、間違えないようにするために声に出して読み上げる。
二人がお昼前に外に出てしまい、一人留守番になった。
お昼も時間になったら一人で外に出ていいと言われていた。
友達が出来るんだろうか?
フロアも違って誰とも話すことがない
一つ下の階からにぎやかな人たちがランチに出かけるのに会った。
目礼して一人俯くだけだった。
午後は自分の席で仕事をした。
数回に一回、午前の文字の打ち込みを挟んだ。
さすがに数字だけ見てると、目が疲れるのだ。
時々休憩をして。
二人のいない静かな午後。
少し緊張もあるけど、つい眠気がさす。
何枚目かの書類を作成した後、さすがに疲れて。
少し立ち上がり窓の方に近づいて外を見た。
気持ちのいい日だった。
友達も今頃研修の最中だろう。
何とか同じスタートが切れたことをうれしく思う。
お昼になるたびにお母さんに連絡している。
心配してると思う。
何とかなっていると伝えたかった。
背伸びしてぶんぶんと肩を回し、腰を曲げ伸ばしして。
思いっきり腰をひねって。
ガチガチにとこわばった体をほぐしていたら、いきなりノックの音がして、すかさずドアが開いた。
丁度体をひねった状態でドアの方を向いていたから、戻ってきた社長と目が合った。
今いるのは社長の机の後ろ。
何してる・・・・・、そう思われたかもしれない。
すぐに体ごと向き直った。
「お帰りなさい。お疲れ様です。電話は一度も鳴りませんでした。・・・・すこし窓辺で体操をしてました。」
言いながら席に戻る。
恥ずかしい。
すごく驚いた顔を一瞬されてしまった。
今はすっかり普通に戻ってるが。
「お疲れ。適当に休憩してもいいから。」
「はい、ありがとうございます。」
言い方はクールだが、内容は普通だった。
少ししてから郡司さんが入ってきた。
「ただいま。留守番ありがとう。1人でのびのびとやれた?」
「はい、静かでした。のびのびと、かどうかは分かりませんが。」
「ずっと上司二人と同じ部屋だと息がつまるよね。」
「いえ・・・・。」
「お茶にしよう。」
そう言って小さな箱を掲げる。
荷物を置いて又出て行った郡司さん。
お茶をいれに行ったんだと思う。
最初の日に手伝おうと思ってついて行ったら、やんわりと断られた。
「飲み物を美味しくいれる自信はあるんだ。教えるまでは一切手伝いは不要だから。座ってて。」
そう言われて席に戻る。
毎日水筒を持ってきて、ここで飲み物を作り飲んでいる。
トイレは女性用は誰も使わないからほぼ私専用だ。
小さなお菓子を配られて、お茶を配られて。
お礼を言って皆で飲む。
「どう?」
「何枚か作成して進めました。数字ばかりで疲れたので、間に文字の方の課題を挟んだりしました。」
まさか立ち上がって窓辺で体操したりもしましたとは言わないが。
「大分スピードには慣れました、と思ってるんですが。相変わらず内容が専門的な話になると、漢字変換が怪しいです。」
「ああ、サンプルはわざとそういうものだからね。後で見せてね。」
「はい。」
「来週は他の課への研修も考えてるから。ここだけだと友達もできないしね。同じ年の人はいないけど、少し上の人ならいるし。気が合いそうな人がいたら仲良くできるかもしれないし。」
「はい。」
決して知らない人と話すのも苦手ではないが、どうだろう?
「社長、何かありますか?」
「経理の平木さんあたりと気が合うんじゃないか?年も近いし。」
「同じ意見です。良かったです。」
経理の平木さん・・・・。
覚えておこう。
「ちゃんと食欲ある?眠れてる?頭痛とか肩こりは酷くない?」
まるでかかりつけのドクターのように。
あるいは保護者のように。
「大丈夫です。食欲も睡眠も。肩こりは適当に体操してほぐしてます。」
そう言いながら、つい社長を見てしまった。
「そうだったな。窓辺でラジオ体操なら気分転換もできるだろう。」
「何ですか?」
そんな社長の言葉は郡司さんが聞き逃さない。
「ドアを開けたら体をひねった状態で、留守番がここにいた。」
指で自分の席の後ろを指す社長。
「大きな窓が気持ち良くて。外を見ながら休憩してました。」
「ああ、そう。そのまま疲れたら社長の椅子に座ってふんぞり返ってもいいよ。少しは気分がいいから。」
「そんなことしません。してません。」
「その内にね。」
多分しません。
でも確かに社長の椅子は座り心地が良さそうだ、高そうだ。
むしろ細い体で姿勢が良くて、なんだかもったいないくらいにくつろいでない気がする。
「これ美味しいです。」
「でしょう?近くに行ったら買いたいって思ってたんだ。」
このままだと確実に舌が肥えそう。
こんな感じでいいのだろうか?
「郡司さんの選択に間違いはないですね。お土産とプレゼントに困ったら教えてください。」
「いつでもどうぞ。」
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