関係者の皆様、私が立派な大人になれるその日まで、あと少しだけお待ちください。

羽月☆

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8 明らかに何かが変わった慣れたはずの自分の場所。

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4月に入り、部屋の雰囲気が変わった。

朝陽の様子も変わった。

ビックリするほど変わった。

無駄じゃないかと思えるほど笑顔で対応してる。
声を聞くだけでもどんな顔をしてるのか分かるほどだ。

「朝陽、楽しそうだな?」

初日の午後に聞いてみた。

「楽しいですよ。先生からもいろいろ頑張ってるって聞いてたじゃないですか。今までどんなに二人の空間が味気なかったか分かるってものです。やっぱり女性がいるだけで華やぎます。」

本当にうれしそうな笑顔でそう言われたら、もうどうでもいいと思ってしまった。

「朝陽に任せた。」

「はい。ちゃんと一人前の秘書に育て上げます。」

「二人も秘書はいらないと思うが?」

「社長よりは休みが必要なタイプなんです。これで二人体制になったら少しは休めます。」

「そんな事を考えてるのか?」

びっくりだ。そうそう代りは出来ないと思うが。

「まあ何かあったらということで。他の課にもレンタルできるくらいのレベルだったらうれしいです。ここ数日の出来を見ていつから他の課に旅に出すか考えます。」

「これが男で、先生の絡みじゃなかったとしても、そんなに面倒見がいいのか?」

「さあ、・・・・どうでしょうか?お茶タイムはないかもしれませんね。」

「・・・・・・お前もお気に入りか。」

「社長こそ、随分愛想ないですよね。」

「無駄な愛想はいらないだろう。」

「いや、意識的に愛想ないですよね。」

別に普通だ。
朝陽が余分にあり過ぎるからそう見えるだけだ。


「金曜日は歓迎会に先生も誘ってますから。後は彼女の都合を聞くだけです。」

「主役の都合を一番に聞くべきじゃないか?いろいろと金曜日の夜だから予定があるかもしれないだろう?」

「大丈夫だと思ってましたけど、そうですね。後で確認します。」

「先生が来るなんて、他に誰を呼ぶんだ?」

「ここの三人だけです。今他の社員を呼んでも彼女が気を遣うだけでしょう?」

それはそうだ。

フロアも別だとなかなか他の社員との接点もない。
それじゃあ楽しくないだろう。
息抜きや愚痴や相談や、誰かほかにいてくれたら。
まあ、自分が考えることじゃないが。


早速朝陽が確認したらしい。

「金曜日大丈夫だそうです。予約しますよ。」


「ああ。」

いい加減に仕事をしようじゃないか。

その後も朝陽に任せた。

パソコンを持って戻ってきた。
印刷してもらった文章を朝陽が見てる。

それを心配そうに見てるが。

「ここまでできれば、大丈夫です。明日も午前中は同じように、午後は外に出るのでお留守番をお願いします。」

「はい。」

「社長、隣にいます。」

朝陽が名刺ファイルを持って面談室に二人で行った。
机の上には彼女の自習の成果が置かれた。



そういえば、新学期になって子供たちは大丈夫だろうか。
2週間後くらいに訪問日をとれたらいいのだが。
仕事外だが朝陽にいつもプレゼントを発送してもらっている。
自分が選ぶよりは喜ばれると思う。
大人数の分だとすると食べ物になるから。
またお願いしておこう。
『TO DOリスト』に加える。

たった一日なのに、一人になると体感温度が下がるのを感じる。
二人が三人になると室温も上がるらしい。

彼女が打ち込んだ練習用のプリントを見る。
確かに数か所、変換ミスや無変換などは見られる、脱字もあるようだが、このまま読んでも想像で補えるくらいだから、十分だろう。

パラパラとめくる。

二人が帰って来た。
そんな時間の様だ。

「あ、社長、どうですか?」

自分が手にしたプリントに目を止めて朝陽が聞く。

「ああ、十分だろう。」

「良かったね、大曲さん、合格点みたいだよ。」

「ありがとうございます。」

「今日はもう終わりでいい。」

そう声をかけたら彼女が時計を見た。
そして朝陽を見る。

「そうだね。今日は疲れただろうから、これで終わりにしていいよ。明日は直接この部屋に来てもらえればいいし、あと、髪も服もそんなに新人色を出さなくても大丈夫だよ。実際に社長と同行がある時はジャケットは欲しいけど、しばらくは外に出ることも、人に会うこともないから、もう少し楽な感じでもいいよ。」

「はい。」

「じゃあ、お先に失礼します。」

「お疲れ様。」

こちらにもお辞儀をするので声をかけた。

彼女がいなくなるといつもの空間に戻る・・・と思いきや、やっぱり少しは違うみたいだ。


「二週間くらいしたら、園に行く時間を作るから。いつものように何か送って欲しい。」

「了解しました。」

その後に注文した商品の説明を受けたが、いつものようにお礼だけ言って終わらせた。
知らないものを力説されても分からないんだから。



次の日、普通にドアを開けて、すぐに彼女の姿が目に入った。
一瞬誰だ、というか、何だ?という違和感を覚えて、ああ・・・・・と納得してしまった。
申し訳ないがすっかり忘れてた。

「おはようございます。本日もよろしくお願いします。」

「おはよう。朝陽が来るまで適当にしてていいから。」

「はい。」

昨日朝陽が言ったように、髪は緩く結ばれているし、服も黒一色じゃない。
バッグも変えたらしい、靴も。
思わず全身見てしまった。

「あの、大丈夫でしょうか?」

「何が?」

「昨日郡司さんに言われて、リクルートスーツの恰好はやめたんですが。」

自分が全身を見ていたのに気が付いたらしい。
ちょっと恥ずかしくないか?

「問題ない。」

横を通り過ぎながら、言う。


自分の席についていつものように仕事を始める。

自分の部屋のはずなのに、なんだか落ち着かない気がする。

その内に朝陽が来た。

「おはようございます。」

開いたドアに向かって彼女が立ち上がり挨拶するのが見える。

「おはようございます。本日もご指導よろしくお願いします。」

「おはよう、大曲さん。ちゃんと休めた?」

「はい。大丈夫です。」

静かで少し張りつめた空気が一気に緩んだ気がする。
郡司が自分の席に行く後ろを彼女が追う。

「あの、朝に何かしておくことはありますか?掃除とか、お茶をいれたりとか、何かのチェックとか。」

「ないかな、掃除は業者に任せてるし、お茶は本当に各自で、他にも、特にないよ。」

「そうですか・・・・。」

「そんなに気を遣わないで。」

「はい。」

「基本は隣の部屋で朝礼が9時からね。各部署の課長が集まるから・・・・。社長、出席してもらった方がいいと思いませんか?」

「ああ、朝陽が思うとおりに。」

「じゃあ、顔を覚えたり、実際に他の部署の仕事も分かるから、9時には一緒に隣に行こう。」

「はい。」

返事はいい。
朝陽にはすっかり懐いてる気がする。

9時のチャイムで隣の部屋に行く。

「昨日紹介しましたが、秘書見習の大曲さんです。1週間くらい基礎研修をした後に、各部署に数日間づつ研修をお願いします。特に避けて欲しい、忙しい時期があるなら早めに連絡ください。教育担当を決めて、内容は各部署に任せますのでよろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」

流れよく彼女も挨拶する。

それぞれが軽く目礼して朝礼は終わった。

特に問題なし。

「じゃあ、昨日の続きを隣でお願い。11時まで適宜休憩をとりながらやってください。その頃で自分の切りのいい所でやめて、一度戻ってきてください。」

返事をして、パソコンを抱えて、彼女は隣の部屋へ。


「余計な仕事が増えてるか?大丈夫か?」

「別に大丈夫です。一ヶ月後には楽をするつもりです。」

「本気で言ってるか?」

「まあ、楽しみにしましょう、社長。そう言えば金曜日ですが、先生がここに来るそうです。彼女の仕事ぶりが見たいんじゃないですか?初めてですよね?」

驚いた。
いままで軽く誘っても来てはくれなかったのに、・・・・・何て親心だ。


昼の11時少し過ぎたころに戻ってきた彼女。
打ち込んだものを昨日と同じように出してもらう。

朝陽が満足そうにそれを見てこっちに回してくる。


「じゃあ、午後は別の課題にしようか。どのくらい時間がかかったか印刷した後に書き込んでもらうから。どうせ同じことを明日もやってもらう予定だから、休み休みでお願いね。16時には帰ります、留守番よろしくね。」

「はい。」

「外線はいない間は、基本は回さないようにお願いしていくんだ。直通の電話をかけてくる人は、いないと分かったら携帯を鳴らすから、16時帰社予定で、電話があったことを伝えるってだけ言っておいて。」

「はい。了解しました。」

「じゃあ、お昼は適当に1時間くらいとっていいよ。外に行ってもいいからね、その間の電話は気にしないでね。」

「はい。分かりました。」

笑顔で答える彼女。

会話が終わるのを待って立ち上がる。
朝陽と一緒に出掛ける。途中お昼を食べる予定だ。

「行ってらっしゃい。気を付けて。」

そんな声に送られて部屋を出た。

あの部屋を出られて少しホッとする気がした。
何でだ?

いつものように総務に電話をして留守の間の電話対応は頼んでおいた。
それはいずれ留守番秘書の仕事になるんだろうか?

「大曲さんも二日目にして随分慣れてきた感じでしょうか?」

「そうだな。」

「じゃあ、社長も慣れましょうよ。今ホッとしてたでしょう?何でそんなに緊張するんですか?ご自分の会社ですよ。」

まったく嫌な奴だ。妙に鋭いし、油断できない。
今週は特に、わざと丁寧語で話し続けてる気がする。

「疲れてるんだ。」

「そうですか。」

信じてない風の返事だった。
思わずため息をつきそうになり、気がついて細い息をゆっくり吐く。

「お昼は何を食べます?」

「肉。」

「了解しました。」


予定より早く仕事を終えて会社に戻った。

軽くノックしてドアを開けると
窓辺で両手をあげてかなり無理な姿勢で振り返った彼女と目が合った。
思わず足が止まるくらいだった。

何してる?

すぐに体ごと向き直って普通の状態に戻った。
当たり前だ。

「お帰りなさい。お疲れ様です。電話は一度も鳴りませんでした。・・・・すこし窓辺で体操をしてました。」

なるほど。

すれ違うように自分の席に戻る。

又少し張りつめた空気が部屋を覆うような気がしたが、すぐに朝陽が入ってきて緩むのを感じる。

朝陽が揶揄うように彼女と話をする。
何も知らないはずの朝陽が振った話題に、彼女の視線がこっちに向いたのに気が付いた。


「そうだったな。窓辺でラジオ体操なら気分転換もできるだろう。」

「何ですか?」

朝陽が嬉しそうに聞いてくる。
本当にうれしそうな顔だが・・・・。

「ドアを開けたら体をひねった状態で、留守番がここにいた。」

指で自分の席の後ろを指す。

「大きな窓が気持ち良くて。外を見ながら体操をして、休憩してました。」

「ああ、そう。そのまま疲れたら社長の椅子に座ってふんぞり返ってもいいよ。少しは気分がいいから。」

朝陽が揶揄う。

「そんなことしません。してません。」

必死になって否定する彼女。

思わず想像してしまった。
葉巻をもったパグ犬のボスの方が貫禄があるだろう・・・・か?
思わず顔が緩む。

急いで表情を戻したが朝陽にはしっかりと見られていた気がした。

お土産に買って来た焼き菓子を食べながら、彼女の留守番中の仕事ぶりにも目を通す。

出来に満足したのか、朝陽が来週からの研修の説明をしている。
朝陽の満足そうな顔に彼女も笑顔で、安心してるようだ。

「大曲さん。」

風がおこるほど素早く振り向かれ、音がするほど一瞬で笑顔が消えて緊張した顔になる彼女。
そんなにか?

「先生から、入社までにいろんなセミナーを受けていたって聞いたんだけど。」

「はい。大体は学生の就職予定者対象のセミナーでした。ビジネスマナーやパソコンソフトの使い方など。あと少し関係なさそうでも個人的に興味のあったものなど。いずれも基本的な内容だと思いますが。」

「どんなものを受けていたか、知りたいんだけど。良かったら内容を書いたものを一覧にしてくれる?今後どうやって研修を進めるかとか、何かの役に立つと思うんだけど。」

「はい・・・・・、趣味の分も書いたほうがいいですか?」

「まあ、差し支えない範囲で。」

「セクハラやパワハラを撃退する方法とか、そういう書きにくいのはいいよ。」

朝陽が言う。

「そんなのは受けてません。」

随分慣れた笑顔で返す彼女。

「でもあったでしょう?」

「・・・・ありました。」

「社長、とりあえず必要ないだろうと判断されたようです。喜ぶべきですよね。」

まったく、何を考えてるんだ。

「家にある手帳に書いてあるので明日でよろしいですか?」

「ああ、構わない。あと、午後の続きも、もう時間を計る必要はない。問題ない。」

「良かったね。僕もそう思うよ。春日社長の問題ないは褒め言葉か許可だからね。喜んでいいからね。」

「ありがとうございます。」

やはり朝陽に向かう表情は緩い笑顔じゃないか。
その横顔を見てそう思った。


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