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27 見え透いたやり取りは理解を上回る迫力があり。

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何か不安定な形になった気がする。

一人はここを去りたくて、一人はその理由を知りたくて、一人は・・・自分はその理由を見たくなくて。



昨日、朝陽が外に出た時に、息を飲んで彼女が立ち上がる気配を感じた。
てっきり外に行くんだと思ってたのに、自分の席の前に立った。

「社長、お願いがあるんですが。」

顔をあげた。

「ここにいても、私はあまり役には立ちません。どうせ余分なら、下の階に行かせて頂けないでしょうか?」

「それは、他の課に行きたいと言うこと?」

「はい。それがどこかはお任せします。下の階で、仕事をさせてください。」

役に立たない、それは何度も言っていた言葉だ。
余分とか‥‥それも。

「分かった。」

ただ、そう言った。

後は朝陽が考えてくれるだろう。
結局朝陽にやらせてしまうんだ、自分の行為の後始末なのに。

「よろしくお願いします。」

そう言ってくるりと向きを変えて、今度こそ部屋を出て行った。


先に帰って来たのは朝陽で、彼女がいない隙に希望を伝えた。

「彼女が下の階で働きたいそうだ。ここにいるよりは充実するかもしれない。よろしく頼む。」

「そう言われたんですか。」

「ああ。」

「それで?分かったとか言ったんですか?」

「もちろんだろう。」

「理由は?何か言ったでしょう?」

「ここでは役にたってない、余分な存在ならここでも下でも一緒だろうから、それなら下に行きたいと。」

「もしかして、否定もしてあげてないんじゃないですか?役にたってると、決して余分じゃないんだと。」

「何度もお前が言ってるだろう。それでも彼女がそう思ってしまうんだよ。だったらいいだろう。下のどこかで仕事を見つけて満足するように取り計らってあげても。」

「・・・・・それが社長の命令ならば。」

「もともとそのつもりでもあっただろう。命令じゃない、もともとお前の担当だろう。」

「彼女が頼んだのは社長なのにですか?」

「お前に頼んでも止められると思ったんじゃないか?一応俺も上司だし。」

「彼女が帰ってくるといけないので、後は夜に。何を隠して、何を白状するか、自分の心と相談してください。」


ここ最近、何度もこんな朝陽を見てるが、今回が一番かもしれない。
怒りに湯気が出てるようだ。
だいたい、何でも打ち明けると思ったら大間違いだ。
言えるわけがない。

しばらくして彼女が帰って来た。

朝陽をちらりと見る。
何も言われないことを不思議に思ってるだろう。





結局また研修の名目で各課を回ることにしたらしい。
広報デザイン課にしばらく預けることにしたと言われた。
決して彼女が望んだ転属という形ではなかったようだ。
そしてあの夕方、隠し続けて何も言わなかった自分の事もとうとう諦めたらしい。
彼女に聞きます!そう言っていたが、多分聞けてないだろう。

二人の空間が戻ってきた。

それは広く、静かで、寂しかった。

それは正直に思った。
ただ、すぐに慣れるだろう。



元気にやってるだろうか?
楽しくやってるだろうか?
本当に充実してて、ここでの日々なんて思い出さないくらいだったりして。
声をかけてくれる男もいるだろう。
合コンみたいな飲み会に誘ってくれる女性もいるだろう。

空いた机の方をぼんやりと見る。
まだ彼女の机だ。
それでも、引き出しを開けても何もないかもしれない。
下の机に愛用のボールペンも入れて、付箋もメモも入れて。名刺も入れて。

最近の付箋の味気ない事。
控えめな色がついてる四角い紙がくっついてるだけ。
カレンダーにはった朝陽からの付箋を指ではじく。

つまらないもんだ。

こんな感じだっただろうか?

全然慣れない。残された者はひたすら虚ろな気分を持て余すのみ。
ただ・・・自業自得だ。


約束もない日、元気もない日々、朝陽に食事に誘われた。
お互いに家では食事をする方じゃない。
軽く外で済ませるか、ビールとちょっとしたつまみで済ませるか。

定時には仕事を終わらせて、外に出た。
たまに行くレストランを予約したらしい。

前を見覚えのある姿が歩いてる気がする。
後ろから見てる分には元気はないが、一人で歩いてるんだから、あんなもんだろう。

視線に気が付いたらしい、朝陽が名前を呼んで駆け寄った。
明るい顔をした彼女が、こっちに気が付いて、少し体を引いた気がした。

その動きが自分でも想像してた以上にショックだった。


「芽衣ちゃん、どう?楽しい?」

「はい、いろいろと教えてもらってます。楽しいです。」

会話は楽しく盛り上がりを見せていたが、自分は加われない。
それでもそこにいるしかなくて。

「でも、良かった~、社長、だから言ったじゃないですか、キャンセルはしたくないって。」



「芽衣ちゃん、あのね、今夜二人で食事をしようと思ったんだけど、僕が都合が悪くなって、もったいないんだ、キャンセル料かかるし、お店にも悪いし、申し訳ないけど、代わりに社長に付き合ってくれる?」

何何?初耳だ。
わざとか?わざとだろう?
キャンセルしてもすぐ埋まるような店だし。
しかもなんで彼女を誘う・・・・。


「朝陽、彼女だって予定があるんだ、そう無理を言ったら申し訳ないし。」

「芽衣ちゃん、どうしてもダメ?デート?誰かに誘われてるの?」

朝陽のわざとらしい演技には何故か迫力があり、首を振って、大丈夫ですと細い声が聞こえた。
絶対嫌がってる・・・・。

気が付かないはずないのに。


「じゃあ、お願い。美味しい所だから、楽しんできて。もちろん社長の奢りだし、帰りはタクシーで送ってもらってね。たくさんお酒も飲んでオッケー、自家製カクテルがお勧めだよ、今日は安心してガンガンどうぞ。」

何故かやたらとお酒を勧めて、さっさと手を振っていなくなった。

残された二人の暗い雰囲気・・・・。無理だろう。

「いいんだ、断っても。無理強いするなんて、あいつが変だし。」

「いいです、社長に奢ってもらいます。そんなチャンス、もう今後ないと思いますから。最後です。」

そう言われた。少しもうれしそうでも楽しそうでもない。
眉間にシワをよせて言われても・・・・。

でも、謝りたい。
一度も向き合わないのは・・・さすがにこのままだと彼女も嫌な気分だろう。
そう内心では言い訳をしながらも、どうやって説明すればいいのか自分でも分かっていないのを自覚してる。

「じゃあ、行こうか。」

先に歩いて付いて来てもらう。

もしレストランについて振り返って、彼女がいなかったら、朝陽を呼び出してやる・・・・。

そう思ったけど、ビルの前で斜めを見たら、ちゃんといた。
一言の会話もなかったけど、ついて来てはくれていた。

「ありがとう。」

変なタイミングでお礼を言ってしまった。

「急に誘ったのに、付き合ってくれてありがとう。」

「いえ。」

少し驚いた表情だった。
それはそうだろう。お店のビルの前だし。

二人でエレベーターに乗る。

本当においしいのだ。
最後だと言うなら、美味しく食べて欲しいし、飲んで欲しい。
ちゃんとタクシーで送るつもりだ。
最後ならまんまと朝陽の策略にのせられてもいい気がしてきた。

入り口でドアを開けて、先に通す。

案内された場所は贅沢な広さの個室だ。

朝陽は今日もこんな贅沢を男二人で楽しもうとしてたらしい。
結果、彼女が驚いて、うれしそうな顔になったから良かった。

「朝陽さん、もったいなかったですね。きっと来たかったのに。」

本当に騙されてるらしい。
荷物を持ってあげて、上着も預かる。
お店の人に渡して自分もジャケットのボタンをゆるめながら、席に着いた。

「タクシーで送るから、気にしないで飲んでもいいから。」

朝陽が言ったお勧めのページを開いて見せる。
自分にはいつも好んで飲むワインを、彼女は写真を一通り見て。

「じゃあ、本当に飲みます。頭から、飲めるだけ飲みます。」

そう宣言して一番目のお酒を指さしていた。

料理は任せてもらい、適当に注文した。
コースにすると煩わしい。
せっかくの個室なので、ゆっくりとマイペースで食べたい。

「いなくなって、二階は静かで広くて、寂しい。朝陽が静かになってる。朝陽も寂しがってる。」

そう、自分にしては正直に告げたつもりだ。

ただ反応はなく。
眉間にまたシワがよった。

ある程度料理が運ばれてきた。
メインは時間がかかると言われて、それまで少しづつ食べれるようなものを頼んでいた。

彼女がさっそく二杯目を頼む・・・・、ちょっと早くないか?


「空腹に飲むと酔うから、何か食べた方がいい。」

「最後ですから。」

そう答えられた。
酔うことへの言い訳になってるらしい。
寝る気満々のようだが。

早いうちに謝ろうと思った。
さっさと楽になりたい・・・・、そんな気持ちが半分以上だった。


「本当にこの間は悪かったと思ってる。言い訳して、その場から逃げて。反省してる。」

「何かを忘れて欲しいと言われた記憶はあるのですが、何の事だか、謝られるようなことの記憶はありません。」

「芽衣さん・・・・お願いだから、そこは・・・・謝らせて欲しい、自己満足だとしても。」

するっと名前を呼んだ。
初めてだったけど、懇願するような響きが乗ると、自分の声も情けなく聞こえる。

「じゃあ・・・・思い出して、聞きますが、一体誰と間違えたんですか?」

「間違えたと言うか・・・・・、つい、ずっと近くにいて、間違えた、彼女と・・・・。」

「私はずっと楽しいって伝えてたのに、いつもより春日さんも楽しそうで、うれしい気分だったのに。全然別の人だと思ってたなんて。お酒のせいですよね、日本酒はやめた方がいいんじゃないですか?部下を彼女と見間違えるなんて、失礼です、それともそんなに似てるんですか?もしかして、教授のお願いを聞いてくれたのも、私が彼女と似てるから?だから採用してもらえたんですか?」

「違う、間違えたって言うのは特定の誰かと間違えたって事じゃなくて。本当にデートしてる気分だった・・・のかな?よくわからないけど、つい。」

「じゃあ、勘違いしてるみたいだからって、それは・・・私がって事ですか?」

「・・・ごめん、言い訳を言ったけど、あんまり焦ってて、よく覚えてないんだ。ただ間違えたって思ったのだけは覚えてて。いろいろ言ったかもしれないけど、あんまり意味はない・・・・と思う。自分でも混乱してしまって。」

「私の方がびっくりですし、そんな事じゃわかりませんが、もういいです。終わったことです。ちょっとしたことです。大したことじゃないです。春日さん、忘れてください。」

そう言って手を伸ばしたけど、空のグラスで。
タイミングよく次のグラスが来て。
同じように三杯目まで頼んだ彼女。

それでも二杯目はゆっくり味わって飲んでいる。

「本当に美味しいです。朝陽さんがお勧めするだけはあります。お食事も。」

許されたんだろうか?
笑顔になった彼女に勝手に許された気になるけど、そんな訳はないだろう。

ただ、さっきまでの話題を忘れるように、明るく楽しそうに料理を食べている。



「お昼はどうしてる?」

「誰かが誘ってくれます。いろんな人と話が出来るようになりました。」

すごくうれしそうだ。

「男性社員も?」

「何がですか?」


「男性ともたくさん話をして、食事にも誘ってくる?」

「内緒です。」

ニコニコとそう言われた。

「そう言う春日さんも、静かで仕事がはかどりますよね?朝陽さんも無駄話せずに仕事してそうじゃないですか。」


「懐かしいです。朝陽さんのお茶会。」


「何だかすっかり美味しいものに馴らされて、もう私の味覚がレベルアップしてます。」


「春日さん、ちゃんと付き合ってあげてますか?朝陽さんの引き出しにはいろいろ入ってましたよ。」


さっきから質問されてるようだけど、返事を求められてる気がしない。

既にお酒は四杯目に突入。
メインが来る前に寝てしまわないか、心配にもなる。


「あ、・・・すみません。お母さんに連絡してないんです。夕飯の事。」

そう言って急に立ち上がり、思わずよろけてる。

急いで自分も立ち上がったら、足がテーブルの脚にぶつかってガチャリと音がした。

支えるようにして彼女を座らせる。

「バッグに入ってるよね?」

そう言って荷物を手渡す。


急に大人しくなって、電話を持ってる。

「芽衣さん、お母さんに連絡して、きっと心配してる。」

「はい。」

そう言って指を動かした。何とか連絡はしたみたいだ。

きっと間に合わなくて彼女の分も用意してあるんだろう。
急に誘って悪かったかもしれない。
逆に友達が誘ってくれてるって喜んでくれるんだろうか?

思わず園長の笑顔を思い浮かべてしまった。


「大丈夫?心配してるメールが来てたとか?」

「いえ、大丈夫です。それに明日ちゃんと温めてもらって食べますから。」

温めてもらって・・・・、お母さんがやってくれるらしい。
簡単に想像できる。

もう一度立ち上がって荷物を受け取り、部屋の隅の籠に入れる。

ようやくメインが焼きあがったらしい。
目の前で丁寧に切り分けて、食べやすくしてくれる。
ボードに乗せられて、テーブルの真ん中へ。

「お好みで薬味をお使いください。」

湯気と匂いが食欲をそそる。

とうとう五杯目を頼んだ彼女。
大丈夫だろうか?
ほぼ、やけ酒のような勢いだが。

「お肉、美味しそうだけど。」

喜んですぐにでも手を出しそうなのに、ぼんやりと見つめて動かず。


「芽衣さん?気分悪い?」

まさか、寝てる・・・・なんて、さっき追加のお酒は頼んだし。

端から自分の皿にうつして食べてみる。
うまい。
向かいでゆっくり立ちあがる気配があった。
急いで口の中の肉を飲み込み、近くに行く。

テーブルに手をついて立ち上がったけど、向きを変えて、歩き出そうとしてやはりふらつく。

「化粧室?」

腕を支えて聞く。

こっちを見上げながら、腰にもう片方の手をまわされた。
顔もくっつくくらい。

でもすぐに腕は外されて。

「私はどんなに酔ってても間違えたりしません。いくらビックリしたと言っても、嫌だったこうやって離れます。」

支えていた自分の手をゆっくり外された。

ドアの方へ一人で歩いて、外に出て行った。
ドアが閉まる前に自分も外に出て、後姿を見送るが、何とか歩いているようだ。大丈夫だろう。

そっとドアを閉じて待つ。


彼女がトイレに行ってる間、言われた言葉を理解しようとした。
あの時、まったく逃げずにいた彼女。
確かにゆっくり近づいたはずだ。
そんなに暴力的な勢いはなかったはずだ。

自分に都合のいいようにしか解釈できない。



なかなか帰ってこないので心配になった。

ドアから顔を出すが姿は見えない。

通りかかった女性のスタッフにお願いして声をかけてもらった。

しばらくするとその女性が出てきて、後ろから彼女が出てきた。
うなずかれたので、軽く礼を返した。

ゆっくり歩いてくる。

途中まで迎えに行って、手を引いて帰ってくる。
大人しくついて来てくれた。
自分もどんだけ過保護なんだ。
朝陽のやり様に慣らされたみたいだ、お互いに。

ドアを閉めて、席まで連れて行く。

「大丈夫?」

また同じように声をかける。

「大丈夫です。」

フォークとナイフを持ってお肉に取り掛かってる。
大丈夫らしい。
少し冷めてしまったのが残念だ。

お酒は五杯飲んでも何とかなっているらしい。
寝てないことに感謝するだけだ。

「デザート食べる?」

ページを開いて見せる。

真剣に悩んでるようで、やっと顔をあげた。

「決まった?」

ドアを開けてスタッフに注文した。



「このお店は何度か来てるんですよね。二人はいつも個室なんですか?」

「そうだね、朝陽のおすすめだよ。個室をとるのは大体そうだけど。仕事の話をすることもあるし、電話がかかってくる事もあるし、気を遣わなくていいから。」



「春日さん、下の階で囁かれてる噂がありますよ、聞いたことありますか?」

「何?」


「いつも二人が一緒だから、もしかしてって。」

もしかして、何だ?
彼女を見てもそれ以上言ってくれない・・・・。

それは、もしかして朝陽と・・・・・・・。

嘘だろう?


「それは、本当に?」

「お互いの信頼感がすご過ぎるんです。皆そう感じてます。だから・・・・。」

ありえない・・・・。
そんな空気チラとも醸し出してないはずだが。


「大丈夫です、私が精一杯否定しておきましたから。」


笑顔で話し始めた最初の話題がこれか・・・・・。
すっかりまた元通り元気にはなってきた。
お酒を飲むとテンションの波があるんだろうか?

「余計なことでした?」

やっぱり笑顔だった。
こんな笑顔で下の階でも働いてるんだろうと、そう思った。


「もしかして、楽しんでる?」

「皆、謎だと思ってます。フロアが違うとまったく覗けないですよね。あ、でもあんまりペラペラとは話してないですから。普通に仕事してるって言っておきましたから、みんなガッカリした感じでしたよ。」



「春日さん、・・・・落ち込んでます?」


「芽衣さんも、そう思った事あるの?」

「ないです。そういうカップルの知り合いがいなくて、思いつきもしなくて。最初から社長と秘書の関係で見てましたし。」

否定はしてくれた。

「他にも何か言われてる?」

「社長が定期を使った電車通勤だとか、一番の働き者だとか、悪口はないです、もちろん他に驚くこともないです。褒められてますよ。好かれてますし。」

笑顔で言われた。
今、彼女にも褒められたと思いたい。
でも・・・・。


「やっぱり楽しいんだ、下の階のほうが。」

笑顔のままの表情がゆっくり普通に戻る。



「今更ですが、本当にありがとうございました。今、二人の事を知って考えると、教授のお願いを断れなかったんだと、そう思います。」

「そうかもね・・・・、断ろうとは思ってなかったよ、先生からの頼みごとなんて、ほんと初めてだったし、そうまでして勧めてくるなら、損はないだろうって信頼もあったし。」

「そもそも、仕事もそんなものだと思ってる。一緒に回っていて、分かったと思うけど、人と人を繋いで行く仕事だから。今すぐどうとか、芽衣さんが目に見える結果とか手応えを見たくなるのはわかるけど、朝陽も何度も言ってるよね。必要だし、いてもらって有り難いと思ってる。そこは、自信持っていいから。変な噂を否定してくれるだけでも、大いに役に立ってる。さっき心からそう思ったよ。」

冗談のように言ったのに。
あんまり満足してもらえてないらしい。

「分かった?」念を押すように言ってみた。

「はい。ありがとうございます。」

デザートが運ばれて来て、テーブルの上が片付けられた。
デザートを分け合って、紅茶を飲んで。

しっかり起きてる。


「面接の時に私は、自分に何が足りないのか、教えてほしいと言いました。あの時、何も教えてもらえなくて。朝陽さんは『ない』とまで言ってくれました。」

「でも、大学生の感覚なんて甘いんです。バイトをして、働いた気になって、偉そうにしても、全然でした。正直、そう思いませんでしたか?」

「いや。」

「やっぱり皆優し過ぎます。春日さんまで。」

そう言ってこっちを見る。

この間も、そんな顔をするから、間違えたんだ。


「私がいなくなって、朝陽さんだけじゃなくて、・・・・春日さんも少しは寂しいって思ってくれてますか?」


この間もそうやって聞いてきた。
楽しいですか?と。
答えようと思ってた。すごく楽しいと。

だけど、口にしたのが言葉じゃなかった。


席を立って彼女の横に行く。


「そういう顔で見上げられて聞かれて、だから、この間も間違えたんだ。楽しいよって答えようと思ってたのに。今度はちゃんと答えるから。」


「・・・寂しいよ。すごく。席はあるのに、空っぽになってて、朝はいつまでたっても来ないし、仕事中気が付いたらずっと留守で、いつ見てもいないし。声も全然聞こえない。」

座ったまま見上げられた頭を抱えるように、ゆっくりお腹に抱いた。

「本当は・・・・・帰って来てほしい。誰か他の男と仲良く話してると思うと、落ち着かない。」

頭を撫でた手で顎に触れて、ゆっくり顔をあげさせて目を合わせる。
彼女の手がゆっくりと腰に巻き付いた。
親指で唇をなぞる。

「突き放さないの?」

そう言ったら巻き付いた手がほどかれて、腰を押しやられた。

まさか本当に離れるなんて思ってなくてびっくりした。
また間違ったんだろうか?

ただ、立ち上がった彼女が間髪入れずに抱きついてきた。
それに応えるように自分も力を込めて抱きしめる。

「今は、間違ってない。本当にこうしたくて、してる。」

胸にくっついた頭がうなずいた。

「顔を見せて。こっちを見て。」

巻き付いた手をゆるめてもらった。
半分泣きそうな顔のまま、さっきよりずっと近くにある。

ゆっくり近寄って、目が閉じた瞬間にキスをした。
音を立てて、軽く、少し離れそうになっても、またくっついて。

わざとじゃなくて、離れられなくて。
くっついてる時間がだんだん長くなって、彼女の背に回した手に力が入って、彼女も体をぴったりとくっつけてくる。
息が出来ない彼女の息が上がり、自分も同じようにどうにもならなくなってきた。

ただ、ここはお店だから・・・・。

「・・・・芽衣。」

キスをやめて耳元で名前を呼んだ。

「今夜、部屋においで、一緒にいたい。」

きつく抱きしめて、囁くような声で伝えた。

「抱きたい。」


だらりと手が下がるのを感じた。

体に距離が出来た。

最後に、また、間違っただろうか?


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