関係者の皆様、私が立派な大人になれるその日まで、あと少しだけお待ちください。

羽月☆

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28 寂しい部屋からはにぎやかな明かりが見えてる。

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突然声をかけられて、夕食の予定の代理を頼まれた。
朝陽さんが申し訳なさそうに頼んでくる。

何となく過剰な演技にも見える。
後ろにいる春日さんが朝陽さんを見る目がそう言ってる。

デートの予定もない、誰にも誘われてない。
まっすぐに家に帰って家族の時間を楽しむ、そんないつも通りの週末、平日と変わりない夜。

うなずいてしまい、一緒にお店に行くことになった。

先を歩く背中について行く。

「最後だから。」

自分でそう言った。
このまま下の階で研修を続けていれば、二人と、ましてや社長と食事をする機会なんてなくなるだろう。教授が遊びに来たら、仲間に加えてもらえるけど、二人でなんて、今日が最後だろう。

社長の奢りで、美味しいお酒とご飯があって、タクシーで送ってもらえて。

もう飲みます。
どのくらい飲んだら寝てしまうか、覚えていてもらおう。
今後のためにも自分の危ないボーダーラインを把握しておきたい。

テーブルについて謝られて、もう何が何だか分からなくなった。
お酒が美味しくて、ややこしい事は考えたくなくて。

楽しもう。

この空間を、時間を。

そう思って笑顔の朝陽さんを思いながら、話をしていたら、急に思い出した。

お母さんに連絡してない・・・・。

春日さんと二人とは書けなくて。


『会社の人と飲むことになって飲んでます。連絡をうっかり忘れててごめんなさい。明日食べます。残しておいてください。』

そう送った。すぐに気が付いたみたいで。

『飲み過ぎないでね。楽しんできて。』

そう返事をもらった。

嘘はついてないし、社長も会社の人だし。

ただ、タクシーで送ってもらうとバレちゃうのかな?
最後まで残ってくれたって言えば不自然じゃない?

一人でだって帰れるかもしれない、電車でも、タクシーだとしても。

「芽衣さん?気分悪い?」

静かになった私を心配して声をかけてくれて。

朝陽さんがいないと私の世話を焼いてくれるらしい。

お肉が目の前で美味しそうな匂いで。
運んできてくれたお店の人にお酒をもう一度注文した。

トイレに行こう。
ちょっとよろけてしまったけど、大丈夫。

ただ、自分はそうは思っても危なげだったのか、わざわざ春日さんが立ち上がり腕を支えてくれた。

どうでもいいから忘れて欲しいって、さっき自分で言ったのに・・・・。
腰に手を回して抱きついていた。

ビックリしただろう社長。


言い訳のように言葉を残して、一人で外に出た。
それは本音でしかない。
あの三人の部屋の中では絶対バレないように、気がついてからも大切にしながら隠してきた本音だった。


ゆっくり歩いて、トイレに入り、鏡の中の自分を見つめていた。

お店の人に声をかけられて、春日さんが心配してると教えられた。

「大丈夫です。すぐに帰ります。」

元気に答えて笑ったつもり、もう、恥ずかしいほど面倒見がいい上司なんです・・・・って感じで。

気分は悪くない。
元気を出そうと、お肉を食べ始めた。

美味しい。
これで注文は全部来た。

さすがにお酒ももうやめた方がいいだろう。
 
もう、おしまい。



目の前にメニュー表が差し出された。

「デザート食べる?」

開かれたページを見て、難しい説明を読んで、想像して。
口が甘いものを欲しがってる。

注文してもらって待つ。

最後の瞬間は笑顔で楽しかったと言いたい。



下の階に囁かれてる噂について春日さんに聞いてみた。

その内容にびっくりして、赤くなって、ショックを受けていた。
否定したから大丈夫だって言ったのに。
聞かれたから、私はそんなこと思ってないって伝えた。

ちょっと面白かった。
朝陽さんはどんな反応をするんだろう。

ビックリはするけど面白がりそう。


デザートまで満喫して、本当に終わった。


「私がいなくなって、朝陽さんだけじゃなくて、・・・・春日さんも少しは寂しいって思ってくれてますか?」

つい、聞いてしまった。





「寂しいよ。」


この間は楽しいの一言がもらえなくて、悲しかったのに。
今、優しく頭を撫でてくれながら、ゆっくり、ちゃんと答えてくれた。

立ち上がって抱きついて、今度は間違えてないと言ってもらえた。

お店だという事を忘れてる、個室で、食事も終わり、お店の人は呼ばない限り来ないだろう。

ジャケットの中のシワのないシャツに包まれた細い腰に手を回す。

何度もキスされて、体をくっつけて、腕に力を込めて。
もっと続けて欲しいと伝えた・・・・・。



「芽衣。」

耳元で名前を呼ばれた。

『抱きたい。』と。当たり前のように。
それは・・・・、私にはとても覚悟のいることなのに。

力が抜けて、腕が離れた。




「ごめん。・・・お母さんが心配するしね。」

「いいよ。また、・・・いつか。」

離れた体をゆっくりくっつける。

「春日さん、今まで、彼女いましたよね?」

「ん?」

「私は・・・いませんでした。誰も私を彼女にはしてくれなくて。やっぱり他の子よりちょっと足りなかったんだと思います、単純に魅力が・・・ですが。」

「先生が大切にし過ぎたんじゃないの?きっと裏で邪魔してたんだよ。会社では何人かが声をかけたがってるって聞いてるよ。」

「誰からですか?」

「誰かから、朝陽が仕入れてきた情報。」

「・・・そういえば、私がどちらかの姪っ子だと言う話も流れてましたよ。それも否定しました。」

「それは否定しなくてもよかったのに。」

「何でですか?働きにくいです、完全コネ入社ってバレバレです。」

「・・・・いいよ、それだったら、きっと誰も手を出さないから。」

それじゃあ、私の夢のOLライフの楽しみが、少し減ります。




「そろそろ帰ろうか。」






「春日さん、・・・・お母さんに連絡します。会社の人のところに泊めてもらうって。・・・・・だめですか?」

「・・・・・どうだろう?それでもいいのなら。」

そう言われて、さっさと離れた。
バッグの中の携帯を取り出す。
さっきも春日さんと二人で食事をしてるとは書いてない。
きっとたくさんで飲んでると思ってる。

『楽しく飲んでます。会社の人のところに泊めてもらうことになりました。ごめんなさい。明日帰ります。』

送信した。

『分かった。明日話は聞くから。遅くはならないようにしなさい。』

『はい。』

あえてお父さんの事は考えないようにした。

その間に会計をしてもらい、荷物を持って一緒に外に出た。

「ごちそうさまでした。たくさん、お酒を飲みました。」

「そうだね、眠くないの?」

「はい、大丈夫みたいです。」

「部屋に着いた途端、意識がなくなるつもりじゃないよね?」

「ないです。そんな器用なことは、分からないですが、しないつもりです。」

「起こすからね。必死だから、そんなに優しくないよ。全力で起こすよ。」

通りでタクシーを拾って連れていかれた。
忘れてたけど、社長だから。
凄いマンションに住んでた。

見上げて、首が痛くなりそうな。
一人でここに?

手を引かれて、エレベーターで昇る。高く、遠く。

すごく静かな建物。
たくさんの家族が住んでると思うのに。

でも廊下にも全く人が住んでる気配はない。壁とドアがいくつか並んでいるだけ。

一つのドアにカギを差し込んで、開けたら、勝手にライトが付いた。

見えたのは長い廊下。
光ってるくらい綺麗。

鍵を置いたところにも、何もなかった。
普通の家なら絵や写真やお花や、せめて鍵入れのお皿みたいなものがあっていいと思う。

何もなかった。

その空間に無造作に鍵を置いて上がる。

廊下にも何も置かれてない。

扉がいくつも並んでるけど、なんの扉かは全くわからない。
クローゼットと洗面バス、ランドリー、トイレ、普通のお部屋。
どこ?間違って開けると思う。
他にもたくさんあった気がする。

まっすぐ進んた扉の先は当然リビングで。
相当の広さだった。
明かりはつけずに、一面にとられた窓の景色が楽しめる。
そこも何もなかった、と言えると思う。
暗がりにうっすら浮かぶそこには、何もない気がした。

見たことのないような大きなソファが、丸いクッションのようなソファが一つ。
部屋の真ん中の位置に置かれていた。

朝陽さんの部屋と似てるかもしれない。
何もないところが。

テレビすら見えない。きっと壁の中に入ってるんだろうけど。

思わず立ち尽くした。

明かりがついたら、はっきりと寂しさが浮き上がりそうな部屋。

まだつないだままの手を引かれて、ソファに座った。

大きくてまったく問題はない。
ただ、座るタイプじゃなくて、半分寝てるような姿勢で。

春日さんがジャケットを床に置いて、同じように脱がされた。

明かりをつける気はないみたいで。
そのまま抱きかかえられるように包まれて半分横になっていた。


散々抱きついてたのに、さっきは立っていたから・・・座ってるパターンもあったけど。
暗いし、ベッドと変わらない感じが、緊張する。

それでも頭を撫でられて、肩をゆっくりたたかれているうちに体の力を抜いて、もたれる様に体重をかけた。

「あ~、いつもの癖でこのまま寝ちゃいそう。そしたら、怒る?」

「怒りませんが。私はどうすればいいんですか?」

「そのまま添い寝だね。」

本当に寝てしまいそうな間があって、そっと見上げた。
気が付いたみたいで、寝てもいなかった。



「前にタクシーで送った日、途中起きて話をしたけど、覚えてない?」

「気が付いたら正面から揺すぶられて起こされてました。あの時の会話ですよね?暗い中、運転手さんに家を教えました。」

「もっと途中だけど。覚えてないんだね。」

「すみません。大切な話をしましたか?聞いたら思い出すかもしれないですが。」

自信は全くないが、一応言ってみた。

「ううん、別にいいんだ。普通の会話。」

「あの時、春日さんのスーツにファンデーションが付いてたって。お母さんが気が付いたらしくて。私はもしかして、もたれかかって寝てましたか?」

「ゆっくり倒れてきたから、そのままにしてたよ。」

そこのあたり、記憶がない事は謝罪もお礼もしてない。

「お世話かけました。」

交通費以外にクリーニングの料金がかったかもしれない。
せめて教授が降りてからの出来事だと信じたい。




「朝陽はいい奴だよね。」

「そうですね。あんなお兄さんがいたら、お母さんも私も大喜びです。優しいし、美味しいものを買ってきてくれるし。大好きです。」

思わず目が合った。
言い過ぎたかもしれないと思ったけど、うれしそうな顔をされた。

「朝陽も妹が出来たような、そうなのかもね。」

何度か二人にされたりしてた気がするんだけど、明らかな目的があったと思う。気のせいじゃない。

「良かったかな。兄妹って一番安心。」

満足そうに言う。
すっかりドキドキを忘れて馴染んでるけど。
いつまでここにいるの?

シャワー浴びたい、別に・・・・何もなくても、化粧を落としたい、って・・・・・何も持ってない。
着替えは・・・いいとしても、歯磨きして顔を洗って・・・。


「春日さん、今更ですが、コンビニに買い物に行ってきてもいいですか?」

「何買うの?」

「歯磨きと化粧が、このままだとちょっと。」

「両方あるから大丈夫。」

なんであるの?誰の?

「営業先の名刺見てるでしょう?化粧品のお店もあったでしょう?女性用使ってるから。一緒に使える。出張用の歯ブラシもある。だから大丈夫。」

あった?
思い出せない。
女性用の化粧品使ってるの?
いろいろ気になるんだけど。


大丈夫というなら、本当に大丈夫なんだろう。

「芽衣、寝てない?」

顔をあげる。

あまりにも視界が狭い。
外にはすごく綺麗な、羨ましいまでの夜景が広がってるのに。
窓辺に立って、一緒に見てもいいのに。
見えるのはシャツと、顎のあたり。時々見下ろしてくれる笑顔。

そう、笑顔・・・・・あんなに見たくても見れなかったのに、もうすっかり慣れた。
この間と、今日の夕方からで。

すごく近くで見る顔も慣れた。目を閉じる少し前の本当に近くにある顔に。
それだけじゃなくて身体がくっついてることにも、慣れてきたかも。

会話がなくなると、またドキドキが始まる。

夜景は見えないけど、いい。
優しく体に触れてくる手を感じて、ドキドキしながらそう思った。

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