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29 確かにそこにあるはずだと確信できた、そのすぐ後。
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一人で毎日のように、もたれてくつろぐソファは、二人でも余裕の大きさだった。
思ったよりしっくりきてる気がする。
シワになるジャケットは脱いで、脱がせて。
落ち着かない彼女と話をしながら緊張を解いてもらって。
時々静かになるけど、あんなにお酒を飲んでもきちんと目が覚めてるようだ。
時々見せられる表情は、あの最初の頃にタクシーの中でも見せられた。
ただただ驚いたあの時の事。
あの二人・・・と運転手・・・だけの空間で、自分の言葉は信じらるれると言ったそのあと、ゆっくりもたれてくるように倒れてきて。
まったく記憶がないと分かったが、むしろホッとした。
普段は全く見せることがなかった表情だから。
いつも、窺うような、不安そうな表情で見返されていて、全力の楽しい顔はいつも朝陽に向いてた。
だから、そっと朝陽の方へ寄せていたのに。
あの時はお酒に酔ってたし、寝ぼけてたからと思ってた。
この間の時間がなければ、自分の衝動は隠していられたのに。
はっきり自覚する前に、驚くほど簡単に表に出てきてしまったらしい。
あんなに反省したのに、後悔もしたのに、こうなったら、大切なきっかけだったと思える。
ちゃんと伝えただろうか?
彼女を抱き寄せて、耳元へキスをする。
言葉を、面と向かっては言えなくても、耳元でなら言えるかもしれない。
「芽衣、ちゃんと言ってないよね。・・・・・大好きだから。朝陽にも渡さない。そばにいて欲しい。」
結局、目を見て言った。
不自然に暗いリビングで、中途半端な恰好と姿勢だったけど。
「忘れないでね。起きてる?」
「はい。起きてます。忘れないです。ちゃんと目が合ってるじゃないですか。」
「だから、それも分からないって。寝ぼけててもちゃんと喋るし、返事もいいし。」
そう言ったら黙った。
口が動かない、何の弁解もできないだろう。
キスをして、俯きそうな顔をあげさせる。
足を絡めてくっついて。
かぶさるようにキスをする。
さっきは途中でやめたけど、ここは自分の部屋だし。
さすがに最後は寝室に連れて行くけど、もう少し、ここで暖めてもいい。
首に手を回されて、さっきよりずっと深く、音を立ててむさぼるようなキスをする。
息を荒くして、耳にも、首にも。
場所をずらしながら、体をずらして。
ブラウスのボタンを外してゆっくり胸元に唇を下ろす。
服の上から下着の丸みに手を当てる。
「きゃぁ。」
体を引かれたけど離さない。
「大丈夫だから、まだ、触らないから。」
なんの言い訳か、服の上からは触っているのは何なんだ?
自分に突っ込む。
ボタンを外してキスをしまくってる時点で、ほとんど唇が触れてると言えるし。
いつ寝室に連れて行くか、シャワーはどうするか。
どこかでやめようと思ってるのに。
控えめに声を出す彼女の腰を持ち。胸に自分の跡を残す。
背中に手を回して胸を締めつけている部分を外す。
唇の動く範囲が大きくなった。
のけぞって逃げるように動くけど、しっかり腰を抱えてる。
隠されていた部分に唇を這わせるようにキスをする。
「いやぁ。」
大きく声を出された。
離れたまま、動きを止めた。
「芽衣。」
さすがに嫌がれれたら、ダメだ。
体を伸ばして横に行く。
「芽衣。」
顔を手で覆われてのぞき込むこともできない。
そのままゆっくり距離をとられた。
「芽衣、シャワー浴びて、寝ようか。またね。」
そう言って背中を叩いて、起き上がった。
寝室から着替えを持ってくる。
バスルームにはいろいろある。
贅沢に寝ぐせ直し用に使っているのは女性用の化粧水だった。
こんな時に役に立ったらあの子も本望だろうか?
とりあえず、洗顔とこれだけあれば、後は歯ブラシ。
タオルとドライヤーも置いておく。
真っ暗なリビングでソファに横になったままの彼女。
服は自分がさっきボタンを外したままで、きつく前を握り寄せているのが分かる。
ちょっと反省する。
「芽衣。お風呂に入って、あるものは適当に使っていいよ。」
手を引いて連れて行く間も胸の手は外れなかった。
自分の行為が痛い。
明るい場所に彼女を押し込むようにして、ゆっくりでいいよ、そう言って扉を閉めた。
寝室に行って自分の分の着替えを出して、リビングに行く。
シャワーの音が聞こえる。
その下で涙を流してない事を祈りたい。
リビングはまた静かな空間に戻った。
時間はそれなりに経っていたらしくて、彼女の足音に振り返る。
ペットボトルを持って、声をかけた。
「先に寝てていいよ。」
今度は寝室に連れて行ってドアを閉めた。
ため息をついて、自分もシャワーを浴びる。
彼女が使ったタオルを洗濯機に入れて、自分の分も入れて。
用意しておいてたものは使った後、きちんと並べて置かれていた。
リビングに戻り、さっきまでいた窓辺に座る。
全面の窓の下数十センチはベンチのような収納になっているが、実際には中は空っぽだ。
週末は飲み物を持ってきて、ぼんやり何時間も座っていることもある。
広いそのスペースには何も置いてない。
好きに、どこにでも座れるし、寝れる。
両親が事故に遭って、いろんなものが自分の手元からなくなっていった。
家を売ったお金や、保険、貯金。
家にあったいろいろ、思い出の品までも。
精神的に落ち着くまで時間はかかった。
退院して連れていかれたのが園長のところだった。
『今日からはここが太郎君のお家よ。』
そう言う園長のずっと後ろにはたくさんの子供がいて。
そんなたくさんの視線の中にいても、ただ、自分は一人になったんだと思った。
両親の存在がなくなり、それ以外を気にする余裕がなくて、・・・まだ五歳だったし。
残されていたと渡されたお金を自分の学費に使い、自分の会社の立ち上げに使った。
そのくらいはあった。
少なくないだろうか?とか、目減りした、と思ったのは大人になって冷静に考えてからの事だ。
本当のところはどうだかわからない。
あの頃の家が持ち家だったのか、借りていたものだったのか。
五年以上で積み上げたはずの思い出のものはどこに行ったのか。
そんな事が分かるくらいになった時には時間が経ち過ぎてどうしようもなく、調べようもなかった。
諦めるしかなかったし、もう存在してないんだろうと思うしかなかった。
記憶は思い出さないようにしていたら、どんどん風化していった。
もともと自分には両親がいなかったかのように。
写真も残ってなくて・・・・・、もうはっきりとは思い出せない。
あの時、大人たちの思惑がどう動いたのか。
何故、思い出まで取り上げられたのか理解できなくて、自分が現実から逃げていたからだと、何度も自分を責めた。
誰を信じていいか分からなくて。
自分の両親の周りには本当にそんな大人しかいなかったのか?
それでもあの園では個人の荷物なんて本当に少なくて。
それが当たり前で自然だった。
そのあと一人暮らしを始めても、荷物が増えることがなかった。
そういった執着は既に持つことを忘れていた。
今は立場上必要なものを、大切に使えるものを、それ以外も本当に必要な分だけでいいと思ってる。
いつまた消えるか分からない。
本当に目に見えていても、簡単に消えるから。
しばらく水を飲みながら地上を動く小さな光をぼんやりと見ていた。
光がにじんで綺麗だった。
音のしない部屋では自分の存在もどうでもいいくらいだ。
地上から離れた場所で、本当にゆらゆらと浮かんでる存在だ。
彼女のように、当たり前に、他人を挟んで世の中につながろうとしてる存在を、羨ましいと思った。
自分を変えてまでつながりたいと、居場所を探す彼女。
どこかに、誰かの中にきっと自分の居場所があると疑わない彼女。
先生と戯れてる様子を見てると、愛されてる背景が目に浮かんでくるようだった。
実際、最初の頃は、毎日昼には母親に連絡をしてたらしい。
自分が失って、目を逸らして、手に入れることを諦めたものが、つられるように何度も浮かびそうになった。
引きづられそうな思いに、逆に目をそむけた結果、無駄に愛想がないと言われる状態で。
逆に朝陽は亡くした妹を見てるように可愛いがって、かまって、きちんと育てることが自分の使命のように思っていたのだろう。
だから半端に目を背けていた自分に時々怒りを覚えたんだろう。
まったく最初は誤解していた。
朝陽の気持ちも、彼女の気持ちも、さらには自分の気持ちまでも。
どうしようもないな。
にじんだ光は自分の流した涙のせいだったらしい。
こんなに深く遠い昔まで思い返すことも、しばらくなかったのに。
袖で乱暴に涙をぬぐう。
鼻まで出て来ていた。
「春日さん。」
急に声をかけられてビックリした。
いつの間に。
静かに近づいたらしい、まったく気がつかずにいた自分。
いつからいたんだろう、恥ずかしい所を見られた。
せめて、独り言をつぶやいていなかったと思いたい。
隣に立たれた。
足をゆっくり下ろす。
手を引かれるように立ち上がり、連れていかれた。
ここは自分の部屋だが、抵抗もせずついて行った。
もちろん自分の、この上なく馴染んだ寝室に。
小さな明かりは、さっきつけたままだった。
さすがに真っ暗な部屋に、初めて来た彼女を押し込んだりはしない。
ベットまで歩いて行って、腰に手を回された。
「すみませんでした。さっきはビックリしただけです。」
「分かってる。」
なかなか寝室に来ない自分を待って彼女が何を思ってたのか。
想像は簡単にできるのに、また一人にしてしまっていた。
背伸びをしてきた彼女にキスをする。
頬に手を当てられた。
「何で、泣いてるんですか?」
「・・・・・昔、小さいときに可愛がってた小鳥が死んで、そんな事を思い出してた・・・・。」
鳥なんて飼ってただろうか?
あんまり記憶がないので、いっそ嘘も言える。
「そうですか。」
踵を下ろした彼女はまだ見上げていて。
信じてないだろうか?
「寝ようか。」
一緒にベッドに潜り込んだ。
くっついたまま、目を閉じて。
しばらくして彼女が離れて行った。
起き上がって座って、見下ろされてるだろうか?そんな気配だった。
さすがに目を開けて声をかけた。
「芽衣、どうしたの?」
「眠れるんですか?・・・・・春日さんは、眠れますか?」
起き上がる。
「さっきも言ったじゃないですか、ビックリしただけだって。」
「大人しく目を閉じないでください。・・・・お願いです。」
貸したTシャツを脱いで、自分のボタンもゆっくり外された。
途中からは自分で頭から脱いだ。
邪魔な布はない。
肌をくっつけ合って横になった。
さっきのやり直しのようにキスから初めて、どんどん下におりていく。
反応する声も大きくなる。
初めてだと言われてたので、時間をかけてゆっくりくっついて。
明かりを消して真っ暗な部屋にした時には、思ったより時間が経っていた。
いろいろと疲れた。
朝陽があんな見え透いた嘘までついて作った二人の時間は、ひとまず終わりにしよう。
彼女の残した余韻を追うように目を閉じて、闇に沈んで夜に溶けた。
朝目が覚めて、視界に黒っぽい頭が見えた時はびっくりした。
なんだかあったかいなあとは思っていたが。
毛布だと思って蹴飛ばさなかっただろうか?
あんまり寝相は自信がないのだが、ぐっすり寝ている彼女を見てホッとした。
疲れさせただろうか?
多少蹴っても起きないくらいに。
寝ぼけた時の記憶は消せる特技の持ち主だ。
少しの刺激じゃ起きないし、起きても微睡んでるくらいなら忘れてるだろう。
寝た時と同じような姿勢のままくっついてた気もする。
もう一度目を閉じて、ゆっくり彼女を抱き寄せた。
起こさないように。そっと。
頭を撫でながら、キスをして、背中を撫でながら、耳に息をかけたりして。
さすがに何をしても起きないらしいと改めて気がついた。
少しの危機感もないほどに、そんなに寝心地が良かったらうれしい。
そんな事を思いながらも、一人ではつまらない。
耳に噛みついても無反応。
首から胸にキスを下ろして、手で軽く先端に触れる。
無反応ではないがそれでも起きない。
一体どんな夢を見てるだろうか?
ビックリすると思うが。
「芽衣。」
名前を呼んだ。
最初から普通の声の大きさで。
「うん。」
「起きないの?」
少しだけ指で触れながら、声をかける。
「ふっ、うん。」
「目を開けて、芽衣。」
刺激を強くしてやっと目を開けてくれた。
手を離して、大人しくあいさつを待った。
よく見えてるはずだが、脳の処理が追い付かないらしい。
「おはよう、芽衣。本当になかなか起きてくれないんだね。」
自分の手がまたもとの位置に戻る。
あいさつより先に半分目を閉じられた。
少し開いた口が熱い息を吐く。
抱えるように体を抱いて、顔を胸に寄せて吸い付く。
昨日つけた跡も、まだ残ってると思う。
上書きするように、もっとたくさん吸い付いて。
満足して顔をあげた後、覆いかぶさった。
ゆっくりそこに手を這わせる。
きつく閉じられた足にゆっくり宥めるように触れて、奥に滑り込ませていく。
「芽衣、痛い?」
目を開けて、首を振る。
我慢して、眉間にしわを寄せて耐えている。
「芽衣、我慢しなくていいから。痛かった言って、痛くなかったら、昨日みたいに気持ちいいって教えて。」
そう言ってもはっきり言葉にはならない声で。
息を荒くして喘ぐ。
足を腰に絡ませてきた彼女。
「芽衣、大丈夫なんだね。」
首を縦に、大きくうなずかれたと思う。
手早く準備して、またくっついた。
「大丈夫?」
また首が縦に揺れた。
ゆっくり、少しづつスピードを上げて腰を合わせて深く突く。
腰に絡まった足は緩まずに、自分の動きに彼女自身も揺れる。
「芽衣。」
昨日よりもっと深くまでつながってる。
自分も思わず声が出てしまう。
そのまま動きを速めて、彼女が震えるようにして背中をそらして。
脱力したタイミングで自分も声をあげた。
ゆっくり横になり、始末をしてから時計を見る。
まだまだ早かったらしい。
週末の朝はゆっくりしてるっていつも言っていたのに。
無理やり起こしてしまったし、疲れて、そのまま、寝てしまったらしい。
布団を掛けてやり、その横でゆっくり目を閉じて軽く抱き寄せた。
さすがに寝すぎじゃないだろうか?
すっかり着替えをして、窓辺でぼんやりと音楽を聴いて、起きだしてくるのを待っているのだが。
すっかりコーヒーも煮詰まってしまったじゃないか。
寝室に行き声をかける。
「芽衣、そろそろ起きて。」
離れた時のままの姿勢で寝ている。
「はい。」
返事は相変わらずいいのだが、やはり目が開かない。
肩を揺するようにして起こす。
最初からこれくらいが必要だと、さすがに分かった。
目を開けてぼんやりとする。
次第に脳が動き出してきたらしい。
混乱してないだろうか?
思ったのとは違う、うれしそうな笑顔で手を伸ばされて、思わず応えるように抱きしめた。
可愛いじゃないか。
起き抜けにそんな笑顔を向けてくれるとは、自分の喜びを返してあげたくなる。
真上から見ろしてキスをする。
ゆっくりかけてあった邪魔なものをずらして行き、手を這わせる。
「春日さん、朝です、起きます!!」
肩を思いっきり突かれて、距離をとられた。
何で?
「起きます。」
もう一度言われた。
「ああ、タオルはそこにある。シャワーを浴びて、着替えはバスルームに置いてあるから、そのままそれを着ててもいいし。」
時間を持て余し、ブラウスとスカートにまでアイロンをかけてあげた。
自分の分さえしないのに。
ハンカチ以上の大きさに、複雑な細かい形に、少し慎重になりながらかけた。
先に寝室を出て、また窓辺で外を見ていた。
携帯に朝陽から連絡があった。
時間は今朝。
『一人になったら、お礼を言われたい。』と書いてあった。
勘のいい奴だ。
しばらく放っといた。
週末にこんなに頭が忙しい事も久しぶりだ。
すっかり着替えをして出てきた彼女。
なかなか上手にアイロンがかかってるじゃないか。
「もしかして、アイロンをかけてもらえたんでしょうか?」
「どう?上手にシワは伸びたよね。」
「ありがとうございます。」
「時間はたっぷりあったから。あと、お母さん心配してない?」
彼女が携帯をバッグから取り出して、見る。
さっきから音がしていた。
そうだろとは思っていたが。
まさか朝陽からということはないだろう・・・・・な?
短く返信して、またバッグにしまった。
「あの、お世話になりました。」
「中途半端に距離をとられてる気がするけど。」
そう言ったらそばまで歩いて来てくれた。
足を下ろして抱きよせる。
「早く帰ってきなさいって?」
「はい。遅くまでいて迷惑をかけないようにって。帰ってから話は聞くからって。」
「もしかして、外泊はダメだったの?」
「いえ、そんなこと・・・・・ないです。」
「そう。どうしたの?」
「いえ・・・・・・。」
「コーヒーくらいしかないんだけど。それにずいぶん時間が経ってしまって、きっとおいしくないかな。入れ直すから。」
「・・・・・帰ります。」
「そんなに、早く帰りたいの?叱られる?」
「いえ、大丈夫です。」
「さっきは見たことないような、すごい笑顔を見せてもらえたんだけど。どうかした?」
「あれは、会社とは違う感じが新鮮で、うれしくて、つい。」
「今は?」
「ちょっと現実感が無くて。昨日は暗かったからあんまり実感できなかったんですが、ここはすごい部屋です。広いし、きれいだし、外の景色がすごくて。」
「最初は会社がここだったから。今は一人で持て余してる。」
さっきから体を抱きしめたままなのに。
立ち上がって見下ろす。
キスをして、離れて。
「これからも、また、来てくれるよね?」
返事はなかったけど。背伸びしてくれたのが返事だと思うことにした。
「夜に連絡するから。時間が空いたら返事くれる?」
自分が言った。
「はい。」
「じゃあ、駅まで送って行くから。」
手を振って、別れる時には笑顔になっていた。
『無断外泊』じゃないし、叱られるとは思わないけど。
甘やかされてるとは思っていたが、そのあたりもしっかり干渉してくるんだろうか?
ちょっとそれは困るなあ。
部屋に戻って豪快に洗濯をした。
後はやっぱりクッションの上に寝転んですごした。
急にクッションの余りが寂しくなった気がした。
お腹は空いたが、何も買ってこなかった。
クッションに顔を埋めて彼女の匂いを探す。
残ってはいないが、ぼんやりと昨日の二人寝を思い出して微睡んだ。
夕方になってさすがにお腹が空き過ぎたので、外に出て軽く食事をした。
連絡があったのに気がついた。
彼女だと分かって、外で見るのは恥ずかしいので、すぐに戻ってきた。
『お母さんに、バレてました。いろいろと考えます。』
そう一言。
このメッセージをどう読めばいいんだ?
部屋に一人でいるだろうか?
そのまま電話してみた。
彼女の声の背後の音を探る。
家族といたとしても場所は移動してくれただろう。
「芽衣、どうしたの?叱られたの?」
『いえ・・・・・・、よく考えなさいと言われました。』
「何を?」
『いろいろと。』
「芽衣、色々って何を?前に一度挨拶もしてるから、それでも怪しい相手に思われてる?」
『いいえ、そう言うことじゃなくて・・・・・。』
「分からないよ。何を考えるんだか。そんなに・・・・勢いに流された感じだった?よく考えないとダメなことだった?すごく後悔してるみたいに聞こえる。」
そう言っても、返事はなくて。
「芽衣、後悔してる?」
返事がない。
まさか、そんな風になるとは思ってもいなかった。
自分の周りに当たり前にある物も、そばにあって目に見えてても、いつなくなるか分からないってずっと思ってたのに。
つい、油断した。
何故か・・・・絶対消えないって思ってたみたいだ。
「わかった。じゃあ、芽衣は一人で考えて、色々と。」
そう言って電話を終わりにした。
最後の声は自分でも冷たく響いたと思う。
また、泣いてるかもしれない。
思いやり、なぜ肝心の彼女に対してだと持てないんだろう。
一番につながりたいのに、どうやってお互いを結び付ければいいか、難しい。
やっと出来たと満足した今朝、それからほんの数時間なのに、ゆっくりほどけていってる。
まるで全くの間違いだったと言われたみたいだ。
そうじゃないと言いたいのに、自信がなくなって来た。
思ったよりしっくりきてる気がする。
シワになるジャケットは脱いで、脱がせて。
落ち着かない彼女と話をしながら緊張を解いてもらって。
時々静かになるけど、あんなにお酒を飲んでもきちんと目が覚めてるようだ。
時々見せられる表情は、あの最初の頃にタクシーの中でも見せられた。
ただただ驚いたあの時の事。
あの二人・・・と運転手・・・だけの空間で、自分の言葉は信じらるれると言ったそのあと、ゆっくりもたれてくるように倒れてきて。
まったく記憶がないと分かったが、むしろホッとした。
普段は全く見せることがなかった表情だから。
いつも、窺うような、不安そうな表情で見返されていて、全力の楽しい顔はいつも朝陽に向いてた。
だから、そっと朝陽の方へ寄せていたのに。
あの時はお酒に酔ってたし、寝ぼけてたからと思ってた。
この間の時間がなければ、自分の衝動は隠していられたのに。
はっきり自覚する前に、驚くほど簡単に表に出てきてしまったらしい。
あんなに反省したのに、後悔もしたのに、こうなったら、大切なきっかけだったと思える。
ちゃんと伝えただろうか?
彼女を抱き寄せて、耳元へキスをする。
言葉を、面と向かっては言えなくても、耳元でなら言えるかもしれない。
「芽衣、ちゃんと言ってないよね。・・・・・大好きだから。朝陽にも渡さない。そばにいて欲しい。」
結局、目を見て言った。
不自然に暗いリビングで、中途半端な恰好と姿勢だったけど。
「忘れないでね。起きてる?」
「はい。起きてます。忘れないです。ちゃんと目が合ってるじゃないですか。」
「だから、それも分からないって。寝ぼけててもちゃんと喋るし、返事もいいし。」
そう言ったら黙った。
口が動かない、何の弁解もできないだろう。
キスをして、俯きそうな顔をあげさせる。
足を絡めてくっついて。
かぶさるようにキスをする。
さっきは途中でやめたけど、ここは自分の部屋だし。
さすがに最後は寝室に連れて行くけど、もう少し、ここで暖めてもいい。
首に手を回されて、さっきよりずっと深く、音を立ててむさぼるようなキスをする。
息を荒くして、耳にも、首にも。
場所をずらしながら、体をずらして。
ブラウスのボタンを外してゆっくり胸元に唇を下ろす。
服の上から下着の丸みに手を当てる。
「きゃぁ。」
体を引かれたけど離さない。
「大丈夫だから、まだ、触らないから。」
なんの言い訳か、服の上からは触っているのは何なんだ?
自分に突っ込む。
ボタンを外してキスをしまくってる時点で、ほとんど唇が触れてると言えるし。
いつ寝室に連れて行くか、シャワーはどうするか。
どこかでやめようと思ってるのに。
控えめに声を出す彼女の腰を持ち。胸に自分の跡を残す。
背中に手を回して胸を締めつけている部分を外す。
唇の動く範囲が大きくなった。
のけぞって逃げるように動くけど、しっかり腰を抱えてる。
隠されていた部分に唇を這わせるようにキスをする。
「いやぁ。」
大きく声を出された。
離れたまま、動きを止めた。
「芽衣。」
さすがに嫌がれれたら、ダメだ。
体を伸ばして横に行く。
「芽衣。」
顔を手で覆われてのぞき込むこともできない。
そのままゆっくり距離をとられた。
「芽衣、シャワー浴びて、寝ようか。またね。」
そう言って背中を叩いて、起き上がった。
寝室から着替えを持ってくる。
バスルームにはいろいろある。
贅沢に寝ぐせ直し用に使っているのは女性用の化粧水だった。
こんな時に役に立ったらあの子も本望だろうか?
とりあえず、洗顔とこれだけあれば、後は歯ブラシ。
タオルとドライヤーも置いておく。
真っ暗なリビングでソファに横になったままの彼女。
服は自分がさっきボタンを外したままで、きつく前を握り寄せているのが分かる。
ちょっと反省する。
「芽衣。お風呂に入って、あるものは適当に使っていいよ。」
手を引いて連れて行く間も胸の手は外れなかった。
自分の行為が痛い。
明るい場所に彼女を押し込むようにして、ゆっくりでいいよ、そう言って扉を閉めた。
寝室に行って自分の分の着替えを出して、リビングに行く。
シャワーの音が聞こえる。
その下で涙を流してない事を祈りたい。
リビングはまた静かな空間に戻った。
時間はそれなりに経っていたらしくて、彼女の足音に振り返る。
ペットボトルを持って、声をかけた。
「先に寝てていいよ。」
今度は寝室に連れて行ってドアを閉めた。
ため息をついて、自分もシャワーを浴びる。
彼女が使ったタオルを洗濯機に入れて、自分の分も入れて。
用意しておいてたものは使った後、きちんと並べて置かれていた。
リビングに戻り、さっきまでいた窓辺に座る。
全面の窓の下数十センチはベンチのような収納になっているが、実際には中は空っぽだ。
週末は飲み物を持ってきて、ぼんやり何時間も座っていることもある。
広いそのスペースには何も置いてない。
好きに、どこにでも座れるし、寝れる。
両親が事故に遭って、いろんなものが自分の手元からなくなっていった。
家を売ったお金や、保険、貯金。
家にあったいろいろ、思い出の品までも。
精神的に落ち着くまで時間はかかった。
退院して連れていかれたのが園長のところだった。
『今日からはここが太郎君のお家よ。』
そう言う園長のずっと後ろにはたくさんの子供がいて。
そんなたくさんの視線の中にいても、ただ、自分は一人になったんだと思った。
両親の存在がなくなり、それ以外を気にする余裕がなくて、・・・まだ五歳だったし。
残されていたと渡されたお金を自分の学費に使い、自分の会社の立ち上げに使った。
そのくらいはあった。
少なくないだろうか?とか、目減りした、と思ったのは大人になって冷静に考えてからの事だ。
本当のところはどうだかわからない。
あの頃の家が持ち家だったのか、借りていたものだったのか。
五年以上で積み上げたはずの思い出のものはどこに行ったのか。
そんな事が分かるくらいになった時には時間が経ち過ぎてどうしようもなく、調べようもなかった。
諦めるしかなかったし、もう存在してないんだろうと思うしかなかった。
記憶は思い出さないようにしていたら、どんどん風化していった。
もともと自分には両親がいなかったかのように。
写真も残ってなくて・・・・・、もうはっきりとは思い出せない。
あの時、大人たちの思惑がどう動いたのか。
何故、思い出まで取り上げられたのか理解できなくて、自分が現実から逃げていたからだと、何度も自分を責めた。
誰を信じていいか分からなくて。
自分の両親の周りには本当にそんな大人しかいなかったのか?
それでもあの園では個人の荷物なんて本当に少なくて。
それが当たり前で自然だった。
そのあと一人暮らしを始めても、荷物が増えることがなかった。
そういった執着は既に持つことを忘れていた。
今は立場上必要なものを、大切に使えるものを、それ以外も本当に必要な分だけでいいと思ってる。
いつまた消えるか分からない。
本当に目に見えていても、簡単に消えるから。
しばらく水を飲みながら地上を動く小さな光をぼんやりと見ていた。
光がにじんで綺麗だった。
音のしない部屋では自分の存在もどうでもいいくらいだ。
地上から離れた場所で、本当にゆらゆらと浮かんでる存在だ。
彼女のように、当たり前に、他人を挟んで世の中につながろうとしてる存在を、羨ましいと思った。
自分を変えてまでつながりたいと、居場所を探す彼女。
どこかに、誰かの中にきっと自分の居場所があると疑わない彼女。
先生と戯れてる様子を見てると、愛されてる背景が目に浮かんでくるようだった。
実際、最初の頃は、毎日昼には母親に連絡をしてたらしい。
自分が失って、目を逸らして、手に入れることを諦めたものが、つられるように何度も浮かびそうになった。
引きづられそうな思いに、逆に目をそむけた結果、無駄に愛想がないと言われる状態で。
逆に朝陽は亡くした妹を見てるように可愛いがって、かまって、きちんと育てることが自分の使命のように思っていたのだろう。
だから半端に目を背けていた自分に時々怒りを覚えたんだろう。
まったく最初は誤解していた。
朝陽の気持ちも、彼女の気持ちも、さらには自分の気持ちまでも。
どうしようもないな。
にじんだ光は自分の流した涙のせいだったらしい。
こんなに深く遠い昔まで思い返すことも、しばらくなかったのに。
袖で乱暴に涙をぬぐう。
鼻まで出て来ていた。
「春日さん。」
急に声をかけられてビックリした。
いつの間に。
静かに近づいたらしい、まったく気がつかずにいた自分。
いつからいたんだろう、恥ずかしい所を見られた。
せめて、独り言をつぶやいていなかったと思いたい。
隣に立たれた。
足をゆっくり下ろす。
手を引かれるように立ち上がり、連れていかれた。
ここは自分の部屋だが、抵抗もせずついて行った。
もちろん自分の、この上なく馴染んだ寝室に。
小さな明かりは、さっきつけたままだった。
さすがに真っ暗な部屋に、初めて来た彼女を押し込んだりはしない。
ベットまで歩いて行って、腰に手を回された。
「すみませんでした。さっきはビックリしただけです。」
「分かってる。」
なかなか寝室に来ない自分を待って彼女が何を思ってたのか。
想像は簡単にできるのに、また一人にしてしまっていた。
背伸びをしてきた彼女にキスをする。
頬に手を当てられた。
「何で、泣いてるんですか?」
「・・・・・昔、小さいときに可愛がってた小鳥が死んで、そんな事を思い出してた・・・・。」
鳥なんて飼ってただろうか?
あんまり記憶がないので、いっそ嘘も言える。
「そうですか。」
踵を下ろした彼女はまだ見上げていて。
信じてないだろうか?
「寝ようか。」
一緒にベッドに潜り込んだ。
くっついたまま、目を閉じて。
しばらくして彼女が離れて行った。
起き上がって座って、見下ろされてるだろうか?そんな気配だった。
さすがに目を開けて声をかけた。
「芽衣、どうしたの?」
「眠れるんですか?・・・・・春日さんは、眠れますか?」
起き上がる。
「さっきも言ったじゃないですか、ビックリしただけだって。」
「大人しく目を閉じないでください。・・・・お願いです。」
貸したTシャツを脱いで、自分のボタンもゆっくり外された。
途中からは自分で頭から脱いだ。
邪魔な布はない。
肌をくっつけ合って横になった。
さっきのやり直しのようにキスから初めて、どんどん下におりていく。
反応する声も大きくなる。
初めてだと言われてたので、時間をかけてゆっくりくっついて。
明かりを消して真っ暗な部屋にした時には、思ったより時間が経っていた。
いろいろと疲れた。
朝陽があんな見え透いた嘘までついて作った二人の時間は、ひとまず終わりにしよう。
彼女の残した余韻を追うように目を閉じて、闇に沈んで夜に溶けた。
朝目が覚めて、視界に黒っぽい頭が見えた時はびっくりした。
なんだかあったかいなあとは思っていたが。
毛布だと思って蹴飛ばさなかっただろうか?
あんまり寝相は自信がないのだが、ぐっすり寝ている彼女を見てホッとした。
疲れさせただろうか?
多少蹴っても起きないくらいに。
寝ぼけた時の記憶は消せる特技の持ち主だ。
少しの刺激じゃ起きないし、起きても微睡んでるくらいなら忘れてるだろう。
寝た時と同じような姿勢のままくっついてた気もする。
もう一度目を閉じて、ゆっくり彼女を抱き寄せた。
起こさないように。そっと。
頭を撫でながら、キスをして、背中を撫でながら、耳に息をかけたりして。
さすがに何をしても起きないらしいと改めて気がついた。
少しの危機感もないほどに、そんなに寝心地が良かったらうれしい。
そんな事を思いながらも、一人ではつまらない。
耳に噛みついても無反応。
首から胸にキスを下ろして、手で軽く先端に触れる。
無反応ではないがそれでも起きない。
一体どんな夢を見てるだろうか?
ビックリすると思うが。
「芽衣。」
名前を呼んだ。
最初から普通の声の大きさで。
「うん。」
「起きないの?」
少しだけ指で触れながら、声をかける。
「ふっ、うん。」
「目を開けて、芽衣。」
刺激を強くしてやっと目を開けてくれた。
手を離して、大人しくあいさつを待った。
よく見えてるはずだが、脳の処理が追い付かないらしい。
「おはよう、芽衣。本当になかなか起きてくれないんだね。」
自分の手がまたもとの位置に戻る。
あいさつより先に半分目を閉じられた。
少し開いた口が熱い息を吐く。
抱えるように体を抱いて、顔を胸に寄せて吸い付く。
昨日つけた跡も、まだ残ってると思う。
上書きするように、もっとたくさん吸い付いて。
満足して顔をあげた後、覆いかぶさった。
ゆっくりそこに手を這わせる。
きつく閉じられた足にゆっくり宥めるように触れて、奥に滑り込ませていく。
「芽衣、痛い?」
目を開けて、首を振る。
我慢して、眉間にしわを寄せて耐えている。
「芽衣、我慢しなくていいから。痛かった言って、痛くなかったら、昨日みたいに気持ちいいって教えて。」
そう言ってもはっきり言葉にはならない声で。
息を荒くして喘ぐ。
足を腰に絡ませてきた彼女。
「芽衣、大丈夫なんだね。」
首を縦に、大きくうなずかれたと思う。
手早く準備して、またくっついた。
「大丈夫?」
また首が縦に揺れた。
ゆっくり、少しづつスピードを上げて腰を合わせて深く突く。
腰に絡まった足は緩まずに、自分の動きに彼女自身も揺れる。
「芽衣。」
昨日よりもっと深くまでつながってる。
自分も思わず声が出てしまう。
そのまま動きを速めて、彼女が震えるようにして背中をそらして。
脱力したタイミングで自分も声をあげた。
ゆっくり横になり、始末をしてから時計を見る。
まだまだ早かったらしい。
週末の朝はゆっくりしてるっていつも言っていたのに。
無理やり起こしてしまったし、疲れて、そのまま、寝てしまったらしい。
布団を掛けてやり、その横でゆっくり目を閉じて軽く抱き寄せた。
さすがに寝すぎじゃないだろうか?
すっかり着替えをして、窓辺でぼんやりと音楽を聴いて、起きだしてくるのを待っているのだが。
すっかりコーヒーも煮詰まってしまったじゃないか。
寝室に行き声をかける。
「芽衣、そろそろ起きて。」
離れた時のままの姿勢で寝ている。
「はい。」
返事は相変わらずいいのだが、やはり目が開かない。
肩を揺するようにして起こす。
最初からこれくらいが必要だと、さすがに分かった。
目を開けてぼんやりとする。
次第に脳が動き出してきたらしい。
混乱してないだろうか?
思ったのとは違う、うれしそうな笑顔で手を伸ばされて、思わず応えるように抱きしめた。
可愛いじゃないか。
起き抜けにそんな笑顔を向けてくれるとは、自分の喜びを返してあげたくなる。
真上から見ろしてキスをする。
ゆっくりかけてあった邪魔なものをずらして行き、手を這わせる。
「春日さん、朝です、起きます!!」
肩を思いっきり突かれて、距離をとられた。
何で?
「起きます。」
もう一度言われた。
「ああ、タオルはそこにある。シャワーを浴びて、着替えはバスルームに置いてあるから、そのままそれを着ててもいいし。」
時間を持て余し、ブラウスとスカートにまでアイロンをかけてあげた。
自分の分さえしないのに。
ハンカチ以上の大きさに、複雑な細かい形に、少し慎重になりながらかけた。
先に寝室を出て、また窓辺で外を見ていた。
携帯に朝陽から連絡があった。
時間は今朝。
『一人になったら、お礼を言われたい。』と書いてあった。
勘のいい奴だ。
しばらく放っといた。
週末にこんなに頭が忙しい事も久しぶりだ。
すっかり着替えをして出てきた彼女。
なかなか上手にアイロンがかかってるじゃないか。
「もしかして、アイロンをかけてもらえたんでしょうか?」
「どう?上手にシワは伸びたよね。」
「ありがとうございます。」
「時間はたっぷりあったから。あと、お母さん心配してない?」
彼女が携帯をバッグから取り出して、見る。
さっきから音がしていた。
そうだろとは思っていたが。
まさか朝陽からということはないだろう・・・・・な?
短く返信して、またバッグにしまった。
「あの、お世話になりました。」
「中途半端に距離をとられてる気がするけど。」
そう言ったらそばまで歩いて来てくれた。
足を下ろして抱きよせる。
「早く帰ってきなさいって?」
「はい。遅くまでいて迷惑をかけないようにって。帰ってから話は聞くからって。」
「もしかして、外泊はダメだったの?」
「いえ、そんなこと・・・・・ないです。」
「そう。どうしたの?」
「いえ・・・・・・。」
「コーヒーくらいしかないんだけど。それにずいぶん時間が経ってしまって、きっとおいしくないかな。入れ直すから。」
「・・・・・帰ります。」
「そんなに、早く帰りたいの?叱られる?」
「いえ、大丈夫です。」
「さっきは見たことないような、すごい笑顔を見せてもらえたんだけど。どうかした?」
「あれは、会社とは違う感じが新鮮で、うれしくて、つい。」
「今は?」
「ちょっと現実感が無くて。昨日は暗かったからあんまり実感できなかったんですが、ここはすごい部屋です。広いし、きれいだし、外の景色がすごくて。」
「最初は会社がここだったから。今は一人で持て余してる。」
さっきから体を抱きしめたままなのに。
立ち上がって見下ろす。
キスをして、離れて。
「これからも、また、来てくれるよね?」
返事はなかったけど。背伸びしてくれたのが返事だと思うことにした。
「夜に連絡するから。時間が空いたら返事くれる?」
自分が言った。
「はい。」
「じゃあ、駅まで送って行くから。」
手を振って、別れる時には笑顔になっていた。
『無断外泊』じゃないし、叱られるとは思わないけど。
甘やかされてるとは思っていたが、そのあたりもしっかり干渉してくるんだろうか?
ちょっとそれは困るなあ。
部屋に戻って豪快に洗濯をした。
後はやっぱりクッションの上に寝転んですごした。
急にクッションの余りが寂しくなった気がした。
お腹は空いたが、何も買ってこなかった。
クッションに顔を埋めて彼女の匂いを探す。
残ってはいないが、ぼんやりと昨日の二人寝を思い出して微睡んだ。
夕方になってさすがにお腹が空き過ぎたので、外に出て軽く食事をした。
連絡があったのに気がついた。
彼女だと分かって、外で見るのは恥ずかしいので、すぐに戻ってきた。
『お母さんに、バレてました。いろいろと考えます。』
そう一言。
このメッセージをどう読めばいいんだ?
部屋に一人でいるだろうか?
そのまま電話してみた。
彼女の声の背後の音を探る。
家族といたとしても場所は移動してくれただろう。
「芽衣、どうしたの?叱られたの?」
『いえ・・・・・・、よく考えなさいと言われました。』
「何を?」
『いろいろと。』
「芽衣、色々って何を?前に一度挨拶もしてるから、それでも怪しい相手に思われてる?」
『いいえ、そう言うことじゃなくて・・・・・。』
「分からないよ。何を考えるんだか。そんなに・・・・勢いに流された感じだった?よく考えないとダメなことだった?すごく後悔してるみたいに聞こえる。」
そう言っても、返事はなくて。
「芽衣、後悔してる?」
返事がない。
まさか、そんな風になるとは思ってもいなかった。
自分の周りに当たり前にある物も、そばにあって目に見えてても、いつなくなるか分からないってずっと思ってたのに。
つい、油断した。
何故か・・・・絶対消えないって思ってたみたいだ。
「わかった。じゃあ、芽衣は一人で考えて、色々と。」
そう言って電話を終わりにした。
最後の声は自分でも冷たく響いたと思う。
また、泣いてるかもしれない。
思いやり、なぜ肝心の彼女に対してだと持てないんだろう。
一番につながりたいのに、どうやってお互いを結び付ければいいか、難しい。
やっと出来たと満足した今朝、それからほんの数時間なのに、ゆっくりほどけていってる。
まるで全くの間違いだったと言われたみたいだ。
そうじゃないと言いたいのに、自信がなくなって来た。
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