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32 一人の夜は寂しすぎるから、一緒にいたいと願った。
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飲み会の予定もない金曜日。
仕事が終わって一人駅に向かっていたら後ろから声をかけられた。
「芽衣ちゃん。」
営業の堤さんだった。
手にはバッグを持っているし、もう終わったみたい。
「お疲れ様です。堤さんももう終わりですか?」
「そう。金曜日のみんなの集中力はすごいからね。普段よりもさらに残業回避でみんな一生懸命働くよね。」
「今日は誰かと飲みには行かないんですか?」
「そうなんだ。芽衣ちゃん、もし時間あったらどう?」
「えっと・・・今日はお母さんに一緒にご飯を作るってもう言ってしまってて。最近修行の身なんです。」
「そうなんだ。残念。」
「あと、平木さんがいない時には飲みに行けないんです。ちょっとお酒は弱いって改めて思うことがあって。飲み過ぎないように見てもらってた方がいいみたいなんです。」
「そうか、じゃあ誘えないのかな?」
優しく言われる。
男の人と二人は絶対無理です。
でもはっきりそうも言えない。
「ねえ、ちらりと聞いたんだけど、好きな人いたんだ。」
え?誰にちらりと聞いたんですか?
平木さん・・・・どこまで広げたの?
そしてよりによってなんとなく向こうに見えるのが、その人のような気さえしてきた。
春日さんと朝陽さんじゃない?
「はい。ずっと前から、好きな人はいるんです。」
「うまくいってるの?」
「時々一緒に・・・いてもらってます。」
「そう。重ね重ね残念。」
そう言った表情は楽しそうだったから、普通に笑えた。
「じゃあ、来週だね。お疲れ様。」
手を振って先に駅の方へ歩き出した堤さん。
少しだけ背中を見送ってたら、やっぱり背後から声をかけられた。
近づいてきたシルエットはやっぱりそうだったみたい。
「芽衣ちゃん、お疲れ様。」
「お疲れ様です。朝陽さん、今日はもうお終いですか?」
「ううん、残念だけど、働き者の社長のせいで、まだこれから仕事なんだ。」
「そうなんですか。」
まだこれから二人は仕事らしい。
「芽衣ちゃんは誘惑は断ったみたいだし、まっすぐ帰るんだよ。」
春日さんの方は見れないまま。
「はい。お先に失礼します。」
何でもないふりで、最後に春日さんの方も向いてお辞儀をした。
朝陽さんに続いて歩く春日さんの口元が何かを言った気がしたけど、よくわからなかった。
今夜電話をもらう予定だ。
きっと朝陽さんの文句から始まりそう。
それともさっきの立ち話について聞かれる?
そんな事はないだろう、残念ながら。
電車に乗って家に帰ったら家事手伝いの修行が待っている。
最近はいつもより部屋にいる時間が増えた。
テレビドラマを見る時間をなくして、部屋にいることが増えた。
そして携帯電話は常に側に。
電話の前にメッセージが来て。
その予告のような時刻を前にドキドキしながら電話を待つ。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。何か困ったりしてない?」
「全然ないです。大丈夫です。ちょっと寂しいですが。」
最初本当に問題なしをアピールしてたら少しがっかりされたから、一応気を遣う。それに寂しいのは本当。
でもやっぱり仕事をやれてるのはうれしい。
自分の居場所があるのが嬉しい。
「今日はあれから遅かったんですか?」
「ううん、いつもの感じ。ちょっと様子を見ながら、ついでに食事をして、そのまま仕事の話をしてた。芽衣の成長の確認と反省会をするって言ってたから、朝陽がそろそろ誘いに行くよ。」
「はい。分かりました。」
「何か変わったことはない?」
「いえ、・・・特にはないです。」
「そう。今週はどうする?」
いつもそう聞かれる。
「春日さんに合わせても大丈夫です。」
今更、両親と出かけることはほとんどない。
ほとんど出かけないで家にいた私が毎回食事を一緒にとれていたと言うだけだ。
「明日、どうかな?」
「はい。よろしくお願いします。」
いつもお昼ご飯を一緒に食べる。時々ちょっと出かける。
もともと二人とも毎週どこかに行きたい派じゃないから。
部屋で静かに二人でいても不満はない。
「じゃあ、いつものように連絡して。」
「はい。」
よく行くレストランがいくつかあって、適当にその時の気分で選んで行くことが多い。
電話を切ると、途端に一人の部屋が静かになる。
さっきまで本を読んでいた。
春日さんとの電話が終わるといつも静けさを感じる。
自分の鼓動も少し落ち着くから。
今頃一人で暗い部屋にいるんだろうか?
あれから、一度も夜を一緒に過ごしたことはない。
デートをしてても、夕食前の時間には別れる。
もともとにぎやかなところで育っていたから、反動で今は一人で落ち着いていられる環境が必要なんだろうか?
夜はそうやって過ごしたいタイプなんだろうか?
全く誘われない事はすごく寂しい。
夜も一緒にいたいのに。暗い中に浮かぶようなあの部屋で外の明かりをふたりで見ながら過ごしたいのに。
携帯を置いて下に降りて、リビングに顔を出す。
お母さんが気がついて、これもおなじみのように声をかけてくる。
「電話は終わったの?いつデート?」
「明日。」
「そう。」
お父さんはいない。隣で元気にテレビに話しかけてる声がする。基本穏やかだけど、スポーツには熱くなれるお父さん。まったく興味がない私とお母さんと感動を共有するのはすっかり諦めている。
「お母さん、春日さんは、夜は一人で過ごしたいタイプなのかな?そんな人はいるよね。」
「デートの約束をしたのに、元気がないと思ったら。そう言われたわけじゃないでしょう?」
「うん。でもそんなことは思ってもいないみたいに、一度も誘われたりしたことがない。だって夕方になると時計を見て、帰ろうかって言いだすの。すごく正確なくらいに同じころになるとそう言う。」
「お母さんに泊まっていいか聞きたいの?」
「お母さんは反対する?まだ駄目?」
「そうね・・・・いいわよ。ただし、毎週はダメ。連続二日もダメ。一日はここで家族で夕ご飯を食べたいから帰ってきてほしい。それ以外だったらお母さんは反対しないし、お父さんが縋りつかないように説得してあげるから。」
「ありがとう・・・・・・・。」
「きっと親子の時間を横取りしちゃいけないって思ってるのよ。芽衣も少しはそう思ってるんでしょう?だったら聞いてみたらいいじゃない。」
「変じゃない?」
「変じゃないから。」
「うん、明日、聞けたら聞いてみる。」
「さっきの約束は守ってね。」
「はい。」
どうやって聞いたらいいんだろう?
私からじゃなくて、春日さんから聞いてくれたらいいのに。
いつものようにゆっくりランチをして、春日さんの部屋に行った。
手をつないでビュンと高層階へ上がるエレベーターにも慣れた。
あの広い部屋にも、窓辺で周りを気にしないでくっついてることも、広い浴室を借りることもすっかり慣れた。
「お腹いっぱいです。」
「そうだね。」
そう言って、そのまま一緒に窓辺に行く。
後ろから抱きしめられるようにして、足を延ばして窓辺に座る。
「何も変わりない?」
「ないですよ。」
昨日も聞かれたのに。何だろう?
少し斜め後ろを見ると、後ろから巻き付いていた手に力を込められて引き寄せられた。
お酒の匂いがする。
少しだけ春日さんは飲んでいたから。
「この間、本当に誘われてたの?」
「・・・・・何ですか?」
この間?
「朝陽が声をかけた夕方。あの時いたのはうちの社員だよね。」
堤さんの事?
もしかして昨日それを聞きたかったの?本当に?
「顔が赤くなってるけど。」
顔を見られた。
違う、そう言う意味じゃないけど。
「あの・・・・平木さんに聞かれて、つい、言ってしまったんです。好きな人がいて、少しだけデートをしてもらってるって。」
「うん、それで。」
「そうしたら、女の人数人のランチの時に、平木さんがペロッて喋って、なんだか堤さんも小耳にはさんだって。だから好きな人がいるのって聞かれました。」
「それで。」
「好きな人がいるって答えただけです。」
「それで。」
「また飲みには行こうねって。」
「ふ~ん。」
何だかおなかを締め付けられるように力が入ってますが。
「あの・・・相手については誰にも言ってないです。」
「誰の事?教えてよ。芽衣の好きな相手・・・・少しだけ、デートしてるんだ。」
目を閉じてるから揶揄われてる感じがしないけど。
何?
じっと見てたら目が開いた。
「その人の事は、私より、春日さんがよく知ってますよ、誰よりも。」
そう言って向きを変えて抱きついた。
今なら聞けるかもしれない。
そう思った。
「春日さん、」
「何?」
「春日さんは夜は一人で過ごしたいタイプなんですか?」
「別に・・・・どうして?」
「私はいつも夕方に帰されて、絶対夜を一緒に過ごすことがないです。今まで、あの時の一度きりです。私がいたら嫌ですか?ここは春日さんだけの大切な場所なんですよね。」
「そんな、もう何度も来てるじゃない。ずっとここに一緒にいた日もあるし。ただ、あんまり遅くまでは引き留めないようにしてる。信頼してくれてるお母さんの期待に応えるためにも。」
「そういうことじゃなくて・・・・違います。もっと先です。」
「分かってるよ。ここに泊まって欲しいよ。勿論だよ。嫌がってるって思ってたの?全然望んでもいなくて、一人になりたがってるって思ってた?」
首を振る。本当は思ってない。
そんな事はないって、本当は信じてた。
「泊まりたいって言ってもいいんですか?もっと、ずっと朝まで一緒にいたいって・・・・。」
「・・・・不倫してる二人の会話みたいだよ。そんなの当たり前だけど、お母さんは嫌がるんじゃないかな、お父さんも。大切な芽衣の外泊を二人は許してくれると思う?」
「お母さんに相談して、条件付きで許してもらいました。毎週はダメで、連続二日もダメで、どちらかは夕飯を一緒に食べることって。」
「本当にいいって言ってくれたの?」
「はい。春日さんがいいって言ってくれたら、お父さんを説得するって言ってくれました。」
思わず笑顔になった。
「いつでもいいよ。いつでも泊って。必要なものは揃えとくから。」
同じように笑顔で言われたから、一人の夜が必要なタイプだなんて思わない。
「何を揃えるんですか?」
「タオルとか、パジャマとか、専用の物を。楽しみにしてるから。」
「はい」
平木さんに言ってしまったことは何とも言われなかった。
もちろん相手のことは言ってないって言ったし。
私が想像したように同僚に恋愛相談をしたりは出来ない。
じゃあ、友達は?
無理・・・・きっと出来ない。
『教授に紹介された勤務先の社長』
どこかで誤魔化すつもりなら、最初から、しない。
結局お母さんだけにしか相談できない。
願わくば悩みが嬉しい悩みでありますように。
心配かけることないような、そんな事でありますように。
でもそれって・・・何だろう?
「芽衣、今日は帰るでしょう?」
「はい。」
さすがに今日は許可はもらってない。
「あっちに行く?」
「・・・・はい。」
すっかりデザイン課に落ち着いた席を持ってしまったけど、いいんだろうか?
まだ籍は秘書課に残したまま。
営業課以外の仕事はよく分かってない。
いつまでここに居れるんだろうか?
すっかり朝陽さんと話をすることもなく、春日さんとも仕事の話はしない。
どっちに聞いてみればいいんだろうか?
話をしようとして上に行って、あの部屋に誰もいなかったらすごく寂しい気がする。
「芽衣ちゃん。」
名前を呼ばれてハッとする。
振り向くと営業の落合さんだった。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。」
「外は雨だったんですか?」
外から帰って来たらしく鞄も、傘も手にしたまま。
「そうなんだ、急に降り出してきて。帰る頃にはやむと思うけど。油断できないね。」
「営業で外にいる時は困りますね。」
春日さんと朝陽さんはタクシーも使うけど、思ったより電車を利用してる。
経費精算を手伝ってそう思った。
それでも、外で降られたら、そのままクリーニングに出したりするんだろうか?
アイロンを部屋で当ててる姿は、二人ともに想像が出来ない。
「ねえ、芽衣ちゃん、好きな人いたんだ。」
いきなりでびっくりした。つい思考が階上の人の方へ飛んでいた。
春日さんだけじゃなくて、ちゃんと朝陽さんのことも思い出してたけど・・・・。
それでも顔が赤くなる。
思いっきり目が合った。
・・・その話は本当にどこまで広がるの?
「残念だなあ。せっかく可愛いのに。」
さり気なく後ろに体重を乗せる。
変な言い方をされてしまったけど。
ちょっと苦手だった。
あの最初の日ほど距離は詰めてこられないけど、やっぱりちょっとだけ苦手で。
じっと見られて、視線をそらしたいのに、そらせなくて。
廊下の向こうで名前を呼ばれた。
「芽衣ちゃ~ん。」
はっきり聞こえた、助かった。
視線を外して声の方を見る。
席が隣の先輩と、その後ろに朝陽さんがいた。
「すみません、失礼します。」
取りあえず目の前の落合さんにお辞儀をしてすり抜けるように、呼ばれた方へ行った。
「すみません。ちょっと休憩してました。」
「大丈夫だよ。じゃあ。」
そう言って先輩が戻って、朝陽さんと向き合う。
「芽衣ちゃん、そろそろ反省会をやろうかって思って、誘いに来たんだけど、金曜日は先約がある?」
「ないです。大丈夫です。」
「じゃあ、久しぶりに食事に行こう。後、社長がお願いしたいことがあるって。もしかしたら、今までの研修の総まとめが出来るかもよ。」
「はい、どうすればいいですか?」
「詳しくは金曜日、仕事が終わってからになるから、お家の人にもそう伝えててね。遅くはならないようにするからね。」
「はい。分かりました。」
「うん、じゃあ金曜日。楽しみにしててね。」
「はい。」
そう言って手を振って朝陽さんが帰って行った。
久しぶりに一緒に食事をとることになった。
懐かしい気もするし・・・・恥ずかしい気もする。
それでもすごく楽しみ。
笑顔で朝陽さんを見送った。
目の前を落合さんが横切った。
思いっきり笑顔だったけど、ちらりと見られたから、すぐに普通の顔に戻した。
仕事が終わって一人駅に向かっていたら後ろから声をかけられた。
「芽衣ちゃん。」
営業の堤さんだった。
手にはバッグを持っているし、もう終わったみたい。
「お疲れ様です。堤さんももう終わりですか?」
「そう。金曜日のみんなの集中力はすごいからね。普段よりもさらに残業回避でみんな一生懸命働くよね。」
「今日は誰かと飲みには行かないんですか?」
「そうなんだ。芽衣ちゃん、もし時間あったらどう?」
「えっと・・・今日はお母さんに一緒にご飯を作るってもう言ってしまってて。最近修行の身なんです。」
「そうなんだ。残念。」
「あと、平木さんがいない時には飲みに行けないんです。ちょっとお酒は弱いって改めて思うことがあって。飲み過ぎないように見てもらってた方がいいみたいなんです。」
「そうか、じゃあ誘えないのかな?」
優しく言われる。
男の人と二人は絶対無理です。
でもはっきりそうも言えない。
「ねえ、ちらりと聞いたんだけど、好きな人いたんだ。」
え?誰にちらりと聞いたんですか?
平木さん・・・・どこまで広げたの?
そしてよりによってなんとなく向こうに見えるのが、その人のような気さえしてきた。
春日さんと朝陽さんじゃない?
「はい。ずっと前から、好きな人はいるんです。」
「うまくいってるの?」
「時々一緒に・・・いてもらってます。」
「そう。重ね重ね残念。」
そう言った表情は楽しそうだったから、普通に笑えた。
「じゃあ、来週だね。お疲れ様。」
手を振って先に駅の方へ歩き出した堤さん。
少しだけ背中を見送ってたら、やっぱり背後から声をかけられた。
近づいてきたシルエットはやっぱりそうだったみたい。
「芽衣ちゃん、お疲れ様。」
「お疲れ様です。朝陽さん、今日はもうお終いですか?」
「ううん、残念だけど、働き者の社長のせいで、まだこれから仕事なんだ。」
「そうなんですか。」
まだこれから二人は仕事らしい。
「芽衣ちゃんは誘惑は断ったみたいだし、まっすぐ帰るんだよ。」
春日さんの方は見れないまま。
「はい。お先に失礼します。」
何でもないふりで、最後に春日さんの方も向いてお辞儀をした。
朝陽さんに続いて歩く春日さんの口元が何かを言った気がしたけど、よくわからなかった。
今夜電話をもらう予定だ。
きっと朝陽さんの文句から始まりそう。
それともさっきの立ち話について聞かれる?
そんな事はないだろう、残念ながら。
電車に乗って家に帰ったら家事手伝いの修行が待っている。
最近はいつもより部屋にいる時間が増えた。
テレビドラマを見る時間をなくして、部屋にいることが増えた。
そして携帯電話は常に側に。
電話の前にメッセージが来て。
その予告のような時刻を前にドキドキしながら電話を待つ。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。何か困ったりしてない?」
「全然ないです。大丈夫です。ちょっと寂しいですが。」
最初本当に問題なしをアピールしてたら少しがっかりされたから、一応気を遣う。それに寂しいのは本当。
でもやっぱり仕事をやれてるのはうれしい。
自分の居場所があるのが嬉しい。
「今日はあれから遅かったんですか?」
「ううん、いつもの感じ。ちょっと様子を見ながら、ついでに食事をして、そのまま仕事の話をしてた。芽衣の成長の確認と反省会をするって言ってたから、朝陽がそろそろ誘いに行くよ。」
「はい。分かりました。」
「何か変わったことはない?」
「いえ、・・・特にはないです。」
「そう。今週はどうする?」
いつもそう聞かれる。
「春日さんに合わせても大丈夫です。」
今更、両親と出かけることはほとんどない。
ほとんど出かけないで家にいた私が毎回食事を一緒にとれていたと言うだけだ。
「明日、どうかな?」
「はい。よろしくお願いします。」
いつもお昼ご飯を一緒に食べる。時々ちょっと出かける。
もともと二人とも毎週どこかに行きたい派じゃないから。
部屋で静かに二人でいても不満はない。
「じゃあ、いつものように連絡して。」
「はい。」
よく行くレストランがいくつかあって、適当にその時の気分で選んで行くことが多い。
電話を切ると、途端に一人の部屋が静かになる。
さっきまで本を読んでいた。
春日さんとの電話が終わるといつも静けさを感じる。
自分の鼓動も少し落ち着くから。
今頃一人で暗い部屋にいるんだろうか?
あれから、一度も夜を一緒に過ごしたことはない。
デートをしてても、夕食前の時間には別れる。
もともとにぎやかなところで育っていたから、反動で今は一人で落ち着いていられる環境が必要なんだろうか?
夜はそうやって過ごしたいタイプなんだろうか?
全く誘われない事はすごく寂しい。
夜も一緒にいたいのに。暗い中に浮かぶようなあの部屋で外の明かりをふたりで見ながら過ごしたいのに。
携帯を置いて下に降りて、リビングに顔を出す。
お母さんが気がついて、これもおなじみのように声をかけてくる。
「電話は終わったの?いつデート?」
「明日。」
「そう。」
お父さんはいない。隣で元気にテレビに話しかけてる声がする。基本穏やかだけど、スポーツには熱くなれるお父さん。まったく興味がない私とお母さんと感動を共有するのはすっかり諦めている。
「お母さん、春日さんは、夜は一人で過ごしたいタイプなのかな?そんな人はいるよね。」
「デートの約束をしたのに、元気がないと思ったら。そう言われたわけじゃないでしょう?」
「うん。でもそんなことは思ってもいないみたいに、一度も誘われたりしたことがない。だって夕方になると時計を見て、帰ろうかって言いだすの。すごく正確なくらいに同じころになるとそう言う。」
「お母さんに泊まっていいか聞きたいの?」
「お母さんは反対する?まだ駄目?」
「そうね・・・・いいわよ。ただし、毎週はダメ。連続二日もダメ。一日はここで家族で夕ご飯を食べたいから帰ってきてほしい。それ以外だったらお母さんは反対しないし、お父さんが縋りつかないように説得してあげるから。」
「ありがとう・・・・・・・。」
「きっと親子の時間を横取りしちゃいけないって思ってるのよ。芽衣も少しはそう思ってるんでしょう?だったら聞いてみたらいいじゃない。」
「変じゃない?」
「変じゃないから。」
「うん、明日、聞けたら聞いてみる。」
「さっきの約束は守ってね。」
「はい。」
どうやって聞いたらいいんだろう?
私からじゃなくて、春日さんから聞いてくれたらいいのに。
いつものようにゆっくりランチをして、春日さんの部屋に行った。
手をつないでビュンと高層階へ上がるエレベーターにも慣れた。
あの広い部屋にも、窓辺で周りを気にしないでくっついてることも、広い浴室を借りることもすっかり慣れた。
「お腹いっぱいです。」
「そうだね。」
そう言って、そのまま一緒に窓辺に行く。
後ろから抱きしめられるようにして、足を延ばして窓辺に座る。
「何も変わりない?」
「ないですよ。」
昨日も聞かれたのに。何だろう?
少し斜め後ろを見ると、後ろから巻き付いていた手に力を込められて引き寄せられた。
お酒の匂いがする。
少しだけ春日さんは飲んでいたから。
「この間、本当に誘われてたの?」
「・・・・・何ですか?」
この間?
「朝陽が声をかけた夕方。あの時いたのはうちの社員だよね。」
堤さんの事?
もしかして昨日それを聞きたかったの?本当に?
「顔が赤くなってるけど。」
顔を見られた。
違う、そう言う意味じゃないけど。
「あの・・・・平木さんに聞かれて、つい、言ってしまったんです。好きな人がいて、少しだけデートをしてもらってるって。」
「うん、それで。」
「そうしたら、女の人数人のランチの時に、平木さんがペロッて喋って、なんだか堤さんも小耳にはさんだって。だから好きな人がいるのって聞かれました。」
「それで。」
「好きな人がいるって答えただけです。」
「それで。」
「また飲みには行こうねって。」
「ふ~ん。」
何だかおなかを締め付けられるように力が入ってますが。
「あの・・・相手については誰にも言ってないです。」
「誰の事?教えてよ。芽衣の好きな相手・・・・少しだけ、デートしてるんだ。」
目を閉じてるから揶揄われてる感じがしないけど。
何?
じっと見てたら目が開いた。
「その人の事は、私より、春日さんがよく知ってますよ、誰よりも。」
そう言って向きを変えて抱きついた。
今なら聞けるかもしれない。
そう思った。
「春日さん、」
「何?」
「春日さんは夜は一人で過ごしたいタイプなんですか?」
「別に・・・・どうして?」
「私はいつも夕方に帰されて、絶対夜を一緒に過ごすことがないです。今まで、あの時の一度きりです。私がいたら嫌ですか?ここは春日さんだけの大切な場所なんですよね。」
「そんな、もう何度も来てるじゃない。ずっとここに一緒にいた日もあるし。ただ、あんまり遅くまでは引き留めないようにしてる。信頼してくれてるお母さんの期待に応えるためにも。」
「そういうことじゃなくて・・・・違います。もっと先です。」
「分かってるよ。ここに泊まって欲しいよ。勿論だよ。嫌がってるって思ってたの?全然望んでもいなくて、一人になりたがってるって思ってた?」
首を振る。本当は思ってない。
そんな事はないって、本当は信じてた。
「泊まりたいって言ってもいいんですか?もっと、ずっと朝まで一緒にいたいって・・・・。」
「・・・・不倫してる二人の会話みたいだよ。そんなの当たり前だけど、お母さんは嫌がるんじゃないかな、お父さんも。大切な芽衣の外泊を二人は許してくれると思う?」
「お母さんに相談して、条件付きで許してもらいました。毎週はダメで、連続二日もダメで、どちらかは夕飯を一緒に食べることって。」
「本当にいいって言ってくれたの?」
「はい。春日さんがいいって言ってくれたら、お父さんを説得するって言ってくれました。」
思わず笑顔になった。
「いつでもいいよ。いつでも泊って。必要なものは揃えとくから。」
同じように笑顔で言われたから、一人の夜が必要なタイプだなんて思わない。
「何を揃えるんですか?」
「タオルとか、パジャマとか、専用の物を。楽しみにしてるから。」
「はい」
平木さんに言ってしまったことは何とも言われなかった。
もちろん相手のことは言ってないって言ったし。
私が想像したように同僚に恋愛相談をしたりは出来ない。
じゃあ、友達は?
無理・・・・きっと出来ない。
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どこかで誤魔化すつもりなら、最初から、しない。
結局お母さんだけにしか相談できない。
願わくば悩みが嬉しい悩みでありますように。
心配かけることないような、そんな事でありますように。
でもそれって・・・何だろう?
「芽衣、今日は帰るでしょう?」
「はい。」
さすがに今日は許可はもらってない。
「あっちに行く?」
「・・・・はい。」
すっかりデザイン課に落ち着いた席を持ってしまったけど、いいんだろうか?
まだ籍は秘書課に残したまま。
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いつまでここに居れるんだろうか?
すっかり朝陽さんと話をすることもなく、春日さんとも仕事の話はしない。
どっちに聞いてみればいいんだろうか?
話をしようとして上に行って、あの部屋に誰もいなかったらすごく寂しい気がする。
「芽衣ちゃん。」
名前を呼ばれてハッとする。
振り向くと営業の落合さんだった。
「お疲れ様です。」
「お疲れ様。」
「外は雨だったんですか?」
外から帰って来たらしく鞄も、傘も手にしたまま。
「そうなんだ、急に降り出してきて。帰る頃にはやむと思うけど。油断できないね。」
「営業で外にいる時は困りますね。」
春日さんと朝陽さんはタクシーも使うけど、思ったより電車を利用してる。
経費精算を手伝ってそう思った。
それでも、外で降られたら、そのままクリーニングに出したりするんだろうか?
アイロンを部屋で当ててる姿は、二人ともに想像が出来ない。
「ねえ、芽衣ちゃん、好きな人いたんだ。」
いきなりでびっくりした。つい思考が階上の人の方へ飛んでいた。
春日さんだけじゃなくて、ちゃんと朝陽さんのことも思い出してたけど・・・・。
それでも顔が赤くなる。
思いっきり目が合った。
・・・その話は本当にどこまで広がるの?
「残念だなあ。せっかく可愛いのに。」
さり気なく後ろに体重を乗せる。
変な言い方をされてしまったけど。
ちょっと苦手だった。
あの最初の日ほど距離は詰めてこられないけど、やっぱりちょっとだけ苦手で。
じっと見られて、視線をそらしたいのに、そらせなくて。
廊下の向こうで名前を呼ばれた。
「芽衣ちゃ~ん。」
はっきり聞こえた、助かった。
視線を外して声の方を見る。
席が隣の先輩と、その後ろに朝陽さんがいた。
「すみません、失礼します。」
取りあえず目の前の落合さんにお辞儀をしてすり抜けるように、呼ばれた方へ行った。
「すみません。ちょっと休憩してました。」
「大丈夫だよ。じゃあ。」
そう言って先輩が戻って、朝陽さんと向き合う。
「芽衣ちゃん、そろそろ反省会をやろうかって思って、誘いに来たんだけど、金曜日は先約がある?」
「ないです。大丈夫です。」
「じゃあ、久しぶりに食事に行こう。後、社長がお願いしたいことがあるって。もしかしたら、今までの研修の総まとめが出来るかもよ。」
「はい、どうすればいいですか?」
「詳しくは金曜日、仕事が終わってからになるから、お家の人にもそう伝えててね。遅くはならないようにするからね。」
「はい。分かりました。」
「うん、じゃあ金曜日。楽しみにしててね。」
「はい。」
そう言って手を振って朝陽さんが帰って行った。
久しぶりに一緒に食事をとることになった。
懐かしい気もするし・・・・恥ずかしい気もする。
それでもすごく楽しみ。
笑顔で朝陽さんを見送った。
目の前を落合さんが横切った。
思いっきり笑顔だったけど、ちらりと見られたから、すぐに普通の顔に戻した。
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