関係者の皆様、私が立派な大人になれるその日まで、あと少しだけお待ちください。

羽月☆

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35 出会いたいのはまだ知り合ってない頃の『その人』

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土曜日、ゆっくり朝ご飯を食べて出かけた。
一度荷物を置くためにマンションに行った。

本当にいろんな物を買っていてくれたみたい。
住んでる人を知ってると、インテリアを見る限りでも、違和感のある明るい色の物があった。

洗面台にタオルや化粧品をいれる籠など。
棚を開けると中はほぼ空っぽで、その棚ごと自由に使っていいと言われた。

いつももたれてる窓際。
その下の引き出しも開いてくれたけど、やっぱり空っぽで。
服や下着や諸々、専用にしていいと言われた。

他の引き出しも開けて、どこでもいいけどって。

本当に空っぽ。

聞いてはいたけど、一人暮らしして13年くらい経つはずなのに。
寂しさを感じないようにして、笑顔でお礼を言った。

「春日さん、もし地震とかで食料がなくなったらどうします?ぬるいお水とビールしかない部屋になりますよ。」

「一応水と非常食は別にあるよ。災害セットは一組買ってあって玄関近くに置いてるし。マンション自体は地震にも対応できてるらしいし。」

そこは抜かりなかったらしい。
だいたいあまり食べなくても良さそうだし。

「でももう一組買っておく。それを背負って家まで送らなくちゃ。安全に帰れるまではここで足止めになるかもしれないしね。」

「何の設定ですか?」

私の分?ここは高いから、すごく揺れそう。本当に大丈夫?

「災害は本当にいつ起こるか分からないからね。災害だけじゃなくて、本当に静かに生きていこうとしても『突然』ってあるからね。」

ご両親の事故を思い出してるんだろうか?
遠くに行きそうな春日さんの腕に手をかける。


「ここにいる時はちゃんと報告してます。だから私が一人じゃないって安心してもらえます。」

「外に出かけてても、何とかここまではたどり着けるよ。その代わり階段でここまで上がるようだけどね。」

あ、そうかも。エレベーターなんて怖くて乗れないし。

「たどり着くだけで、お腹空きそうです。」

「非常食をかなり増やして欲しいって事?」

「お願いします。」

「いいよ、会社にも少し置いておこうか。昼間だと皆がパニックになるしね。そうだ、言い出したんだから、自分で手配してね。緊急災害連絡簿は作ってるんだ。今度見せるから、責任者と一緒に見直しして。もろもろのストックの今ある分の期限もチェックして、社員それぞれの避難路も相談して、それぞれ担当を振ってるから、もう一度役割をチェックして、・・・・忙しいね。」

「私の仕事ですか?」

「基本、言い出した人が進めるのが一番なんだよ。」

「階段をここまで上がって消費したカロリー分のチョコレートをお願いしただけのつもりでした。」

「自分達だけ大丈夫って、それじゃあ良くないし、会社にいる時に二人だけ、ここまで帰ってくればいいって思える?絶対気になるでしょう?」

うなずく。それは、皆、無事がいい。

「責任者補佐だよ。定期的にチェックするようにしてもらうから。新しい仕事だね。肩書もついたし、しばらくは社長室勤務かな?デザインの方は自分で何とか調整して、自分のペースで進めて。報告と相談は朝陽も受けるから。・・・・はい、仕事の話はお終い。」

そう言われても、なんだか急にいろいろとやることが増えたような気がする。
ぼんやりした二つの事が、一体どのくらい大きなことなのか、分からないだけに不安がある。

それでも今聞いても、まだぼんやりし過ぎる。
会社できちんと資料を見て自分で考えたい。


遠くに行きそうだった春日さんは、ちゃんと自分が立つべき場所に戻ってきてくれた。
『社長』だから。
やっぱりいろんなことを考えなくてはいけないんだと、改めて思った。

明日家に帰ったら、さっそくお母さんとお父さんとも相談しよう。
いざという時の事を。



広い部屋。
まだ入ったことがない部屋も、開いたことがない扉もある。

どこかに私の知らない春日さんのこだわりがあるんだろうか?
例えば学生の頃の思い出とか、少しはあると思うのに。

当時の彼女とかの写真が出てきたらビックリがっがりしそうで、でももっと若かった頃の春日さんも見たいと思うし、もしかしたら隣には女の人よりも朝陽さんがいることが多かったりして。

「春日さん、大学生のころから朝陽さんと知り合いですよね?」

「そうだよ。」

「どのくらい近くにいたんですか?毎日一緒にいました?よく出かけたりしてました?」

顔を見て聞く。

「ふ~ん。興味あるの?」

「はい。どんな感じだったんだろうって。だって滅多に普通の言葉で話してるのは聞いてないです。社長と秘書の丁寧語が多いのに、本当に時々朝陽さんが普通の言葉になりますよね。」

昨日も本当にちょっとだけ。揶揄うようなときにちょっとだけ。

ずっと見てたのに反応はない。
いきなりほっぺたをつままれるようにされた。
変な顔になる・・・・なってる・・・・。
ちょっと痛い。

「どんな朝陽に興味があるの?」

「そんなんじゃないです。もしかしてまだ見たことない部屋に二人の若い時の写真があったりするのかなって思っただけです。学生の頃の、もしかしたら若い教授とかも写ってたりしてって・・・・、」

頬をつままれたまま、喋りにくかったけど、途中気がついたらしくて手を離してくれた。

「『若い』・・・・・ねえ。」

「今よりって事です。なんでそんな変なところばかり気にするんですか?」

「昨日も全力で朝陽には笑顔を向けてたなあって思って。こっちを見た時はすごい緊張した顔でよそよそしかったのに。」

「仕事の時間でした。春日さんだって『大曲さん』って呼んでました。すっかり、誰それって、感じです。それに仕事を任せると言われたら、しっかり覚悟します。だから真剣な顔をしてただけです。よくわからない事だし、緊張します。」

「分かってるけどね。」

じゃあ、つねらないでください。
言いませんが。

「写真ないんですか?教授込みで。」

「ないな。」

あっさり答えられた。

「芽衣はある?」

「あります。ゼミの飲み会の写真とか、教授の寝ぼけた顔の写真とか、お菓子をもらって食べてる写真とか。あの部屋だけでもたくさんあります。」

そういえばアンと一緒に写ってることが多くて、アンの携帯で撮られることも多かったかも・・・・。
なんとなく思い出した。

「見たい。今度持ってきてよ。『若い』頃の芽衣が見たい。先生のだらんと緩んだ顔も。」

「教授は普通です。すごく甘やかされてるように聞こえますが、本当に最後の最後に悲しくて泣き事を言いに通いましたが、それ以前は普通です。真面目に勉強の事を相談してました。女子も男子も同じくらいいたので、いつも他にも誰かいて、賑やかで楽しくて仲良かったんです。」

携帯からプリントせずにそのままメディアカードに入ってる。
見られて困る写真はないけど、ちょっと隣にいる相手に偏りはあるかもしれない。
全然気にしてなかったけど・・・・・。

「困るんだ、・・・・・そんな顔してる。見せたくない写真は持ってこないでね。」

「ないです。全然ないです。変な顔の写真もあるなあって思っただけです。スッピンも見られてるので、今更いいかなって思ってただけです。」

何でそう言い切ったのか。
でも、別に気にしなきゃただのゼミの仲間だし。いいと思う。気がつかないと思う。

「持ってきます。若い頃の私と教授ですよ。楽しみにしててください。」

どこまでも言い切る。

絶対、少し位はあると思う。
きっと春日さんだって、探せば少しくらいはあると思う。
今度朝陽さんに聞いてやる。


「じゃあ、大人の今のふたりの写真も撮ろうか?」

「本当ですか?明日撮りますか?いいですか?」

余りに喜んだのが、そのまま顔に出たみたいで。
逆にうれしそうな顔をされた。
約束約束。
明日と言わず、たくさんあってもいいと思う。
誰にも見せないけど、お母さんくらいにしか見せないけど。


「お昼ご飯は?」

「朝がゆっくりで、そろそろお腹が空いてくる頃です。春日さんは?」

「食べてない。お腹空いてきた。」

「じゃあ、食べに行きますか?」

窓辺から降りて立ち上がる。

「今日家を出てくる時に、お母さんとお父さんはいたの?」

「はい。普通に・・・・。」

「何か言われた?」

「お母さんは楽しんでって、お父さんは・・・気を付けてって、泣きそうな顔してました。」

思い出しても可哀そうになる。
まさかこんなに早く週末にいなくなるなんて思ってなかったって、そう愚痴ったらしい。
それは大学の頃も外泊することが少なかったからで。
女友達の家にたまに行くくらい。後ろめたくもないから楽しく手を振って出かけてたし、まさか堂々と男子の部屋に行くとは疑ってもいなかっただろう。
お母さんに後は任せてきた。
連続は許されてないから、本当に夜いないのは時々だから。そう思うのに。

「なんでですか?」

春日さんも気にするみたい。

「微妙だろうなあって思っただけ。」

「今までが自宅に居過ぎたんです。徐々に自立していきます。」

料理も少しは上達してると思いたい。
野菜が切れるようにはなった。
お母さんが安心して包丁を扱う私の手元から目を離せる程度には。
あとはなんとなく出来そう。
レシピと手順さえわかれば。
世の中には便利なものがあるから、調理器具も、レシピも画像付きの物が。
でもここには何もないし、揃えても、使わなくて捨てるものが増えるだけ。
冷蔵庫の中を見てそう思う。
調理器具も食器も食材も、そんな感じかも。

冷蔵庫にある材料で、ササっと作る技術はまだ私にはない。


キッチンの方を見ていたら春日さんが窓辺から降りた。

「お腹空いてるアピール?」

「違います・・・・・。」

酷い誤解だ。
せっかくいつかはお母さん直伝の腕前を披露したいって思っただけなのに。


「行こうか。」




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