関係者の皆様、私が立派な大人になれるその日まで、あと少しだけお待ちください。

羽月☆

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36 十年後の遠い未来を思う。

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考えることもなかった。
あの頃の朝陽との写真?先生との写真?

まったく記憶にない。

撮ってないと思う。

友達とはふざけて撮ったのがあるかもしれない。
特別だった人とも撮ったが、特別じゃなくなったらきれいに捨てた。

女子とは違う。

見せるようなものはない。

それでも彼女の写真は見てみたいと思った。
あの部屋で出会ったのは一回・・・・と声だけ少し。
あの面接の日なんて、黒いスーツ姿のリクルート仕様スタイルで個性はほぼ死んでたから。

それ以前はどうだったのか?
あんまり変わりないかもしれないが、自分が見たことない彼女がいるかもしれない。

教授や朝陽以外に向ける、友達世代に向ける顔。

見たいと言うと、思い出しながら、アッと言う顔をした。

彼氏はいなかったとは言っても片思いしてたかもしれない。
一緒に照れながら写ってる写真があるのかもしれない。
見たい気はしないが。




そして今いるのは美術館、何故かブロンズ像と写真をとることになった。
暗い色の室内、ほとんど意味がないような気もするが。
好きな人だと言われたから、撮ってあげるつもりでいたら、自分まで一緒に写りこんだ。
係の人がとってくれた写真を見せられた。

ただの記念写真だ。軽く手はつないでるが、お母さんに見せても大丈夫な写真。
きっと見せるんだろう。
誰にも内緒にしてると言ったが貴重な例外だ。

そうなると危ない写真は絶対撮れない。
うっかり見られたら、何と思われるか。
逆に安心してもらえるような健全ぶりアピールの写真をたくさん撮って誤魔化したいとすら思った。

部屋では撮らないようにしよう。

適当な気分で入った店でランチをとりながら聞いた。

「本当はもっと、この間のようなお店で食べたいと思う?」

「この間ですか?」

「そう、予約して、ビルの高い所で、ゆっくり食べるようなお店。」

「まさかです。そんな疲れます。普通のお店でいいです。だって去年まではファミレスが多かったんですよ。随分レベルアップしてるくらいで贅沢なくらいです。仕事の時にごくたまに行くからうれしいんです。」

「そうだとは思ったけど、一応聞いてみた。」

「はい、普通でいいです。その時に食べたいもので。」

「春日さんこそ、謎過ぎて、どんなところで一人で食べてるんですか?部屋では食べないんですよね。」

「軽く飲めてちょっとつまめるところだよ。一人だと、そんな静かなところじゃないと浮いてしまいそうで。」

「確かにファミレスにいるのは想像できませんが。」

「子供のころから行ったことがないから、今更入りにくいなあ。」

外食なんて、記憶にないのは当たり前だ。

「大学生の頃は?友達とはどうだったんですか?」

「ああ、ファストフードに入ったけど、食べるよりコーヒーとか飲んでたくらいだね。あのころは目いっぱいバイトをして社会勉強をしてるつもりだったから。」

「その頃から独立しようと思ってたんですか?」

「・・・・・そうかな。朝陽と知り合ってからは、なんとなく一緒にやれたらって思ってた。だから卒業する前に言ったんだ。いつか会社を興すときがあったら声をかけたいって。」

「朝陽さんは何て答えたんですか?」

「楽しみにしてるって。」

「凄い信頼です。皆がそう感じてるのもわかります、ついでに別の誤解も。」

「そういえば、ちゃんと否定されてる?」

「どうでしょう?私があんまり情報を持ってないと分かってからは、特に何も聞かれることもなくなりました。」

「前よりは飲み会の誘いも少なくなりました。ちょっと珍しさがなくなったからでしょうか?」

それはたぶん朝陽が介入してる気がする。
さりげなくあちこちから様子を聞き出してるらしいから。
過剰過ぎる過保護だと思われてるかも。
もしくは朝陽と特別だと疑われてるとか?
あからさま過ぎて本当にどちらかと言うと・・・親族、知り合い枠のコネ入社だと思われてるかもしれない。可哀想だがそれはそれで安心してる。
朝陽はそんな効果も狙って動いてるんだろう。
恥ずかしくて聞いてないが。

「そういえば電話しても、いつも家にいるしね。」

「はい。でも来月は友達も試用期間が明けるので飲みに行こうと大学の頃の仲間と連絡をとってます。楽しみです。それに報告できる仕事も二つもらえて良かったです。」

「気がついたことがあったら、やりたいって手をあげてもいいよ。きちんとプレゼンしていいと思ったらお願いするし。」

「そんなゼロから何かを生み出すのは無理です。ちょっとハードルがあげられ過ぎです。」

「他の人は転職組だから、いろんな業種を経験してて、だから出来るんだよ。まっさらだから、逆に気がつくって事もあるかもしれないし。何か感じたら誰でもいいから言ってみればいい。周りも当たり前だって思ってることもあるからね。」

「はい。教授からは連絡が来てるんですか?」

「会社に手紙をもらってるよ。いろんなところから写真が届く。景色の隅っこに二人の顔が入ってる微妙な写真だけど。芽衣のところには?」

「家に届きます。お母さんがうらやましいと連発してます。だから私がお給料を貯金してプレゼントしたいんです。お父さんが仕事を辞めたら教授みたいに二人で旅行できるくらい貯めたいんです。」

「何年後?」

「10年以上あるかもしれません。」

「じゃあ、がっちり貯まるんじゃない?」

「はい。無駄遣いはしません。」

「協力するよ。」

「・・・そんな意味じゃないです。」

一人で貯めたいと思っただろうか?
まあ、言葉通りだろう。
たいてい食事代は出してるから、それは当たり前だと思ってる。
年の差があるし、本当にいろんな意味で預かりものだし。
そのかわりにお茶をするときは出してもらってる。
その辺は気持ちの負担にならないようにしてるつもりだ。

「じゃあ、応援してる。無事にその時に送り出せるように。」

「はい。私の事が片付いてたらお父さんにおねだりするって言ってました。」

片付く?結婚ということだろう。10年あれば、その可能性は大ありだ。
孫が出来てるかもしれないのに。

その頃の自分の年を考えてゾッとした。

彼女が子育てをしてる、普通の年齢。
その頃俺と朝陽は、すっかり・・・おじさん。
彼女が今の自分に追いつくころのことなのに。

先生はどのくらい長生きするつもりだろうか?
園長も期待してると言っていた。
自分でも全く想像すらできない未来に。

彼女はあの施設を出る子達のほうに近い年だ。
未来は無限大にある。
ついそんな子たちの面倒を見て、一緒に未来を見てる気でいたが、自分の未来はだいぶん道が一本に絞られている。
ひたすらその道が続くことを祈るだけだ。

そんな年の差があるんだと今更感じてしまった。

自分達が導いた子達だって、途中に違う道を歩こうとする子も何人もいる。
全く違う道へ進んだり、もっと険しい道に入り自分なりの一本道を目指す子もいた。

彼女も、最初が自分の会社だからって、いくら離職率が低い居心地の良さを自慢した会社だからって、この先違うことをやりたいと思うかもしれない。
いつまでも手元で預かって面倒見てるつもりでも、彼女が出たいと言ったら手放す。
今までも次に進みたい社員を引き留めたりはしなかった。
惜しい人材だと思っても全力で応援したいと思った。
そうやって自分も独立したつもりだ。
育ててもらって、自信をつけさせてもらったら、手元を離れた。
それはあの施設で自分たちがしてもらってきたことでもある。
あの頃よりもっと大人になって経験もあって、巣立つのに躊躇はいらない。


ただ、決してそこでつながりが切れることはなく、逆にいいパートナーとなれることの方が多い。

全員が全員ではないが、そこには見えないつながりがあって、いつかまた太くつながることがある。


「春日さん、どうしました?」

「ん?ごめん、ぼんやりした。10年って長いね。」

「そうですね、私は春日さんの年を超える頃です。」

「今の年でずっと止まって芽衣が追いつくのを待ってあげたいけど、残念だけど時間は平等だからね。朝陽と一緒にすっかりオジサンの域になってるよ。」

「大丈夫です、二人ともずっと若く見えます。きっとあんまり変わりませんよ。絶対追いつきますから、待っててください。すごく私が大人っぽくなるかもしれません。」

じっと見る。
どこに期待しようか?
正直にそう思ったのがバレたらしい。

本当に子供っぽい顔でガッカリされた。

「嘘でもいいですから、そうだねって言ってくれてもいいのに。」

「嘘でもいいなら、そう言うけど。」

「そこも嘘でいいです。」

「いいよ、しばらくは芽衣の若さを吸い取って若返るから」

そう言ったら思った以上に反応して、真っ赤になった。
変な意味はなかったのに。




この場所で彼女を抱えるようにして話をするのにもすっかり慣れた。
反対に、平日の一人の夜、前以上に地上を遠く、孤独を感じるようになった。

本当に冷たい部屋だと思う。

色も動きも音もない。
一人だと自分がビールを飲む音だけだ。

今は暖かいものに体全体で触れて、彼女が喋れば声と一緒に空気も揺れて、甘い匂いが広がるのを感じる。

髪を鼻でかき分けて首筋に触れる。
キスをして、それでも時々普通に話しをして。

今日はずっとずっと時間がある。
ゆっくりしていられるなんてレベルじゃない。
明日まで一緒にいれるんだ。
明日の夕方、その時まで一緒にいていいと、許された時間。


「芽衣、今日はゆっくりできるね。」

「はい。」

強く抱きしめたまま、ゆっくり服の上から体のラインをなぞる。

ゆっくりと流れるままの時間を楽しむ。

そんな日がたまにでもあるならいい。


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