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第一章 ドアを蹴破ったらプロポーズ
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腕の筋肉が引きちぎられてしまうんじゃないかという重さの資料が入った段ボールを、保管庫まで運んでいた。たったひと箱。されどひと箱。
台車を総務から借りてくる手間を省いたのがいけなかったのか。それとも何がなんでも男にやらせておけば良かったのか。後悔の念が押し寄せてくる気持ちを、怒りにかえて前へと突き進むエネルギーに変えている。
『保管庫』と書かれているドアを見つけて、立ち尽くす。両手がふさがっていて、開けられない。
一昨日から保管に戻しておいて……と男性社員たちに言っていたのに、誰もやってくれなかった。いい加減、戻さなくてはと持ってきたのはいいが。これでは入れない。
ムッとしながら、悲鳴をあげる腕とドアを交互に見つめた。
手が使えないなら足で。
私は廊下に人気がないことを確認してから、足を引き上げた。ドアの取っ手部分に足を引っかけて下に押してから、軽く押す。少しの隙間が開いたの確認してから素早くドアに向けて、ヒールの底で蹴り飛ばした。
「うちの部署の男どもめが! 使えないっ」
怒りのパワーとともに、心の声も漏れだす。どうせ誰もいないんだから、少しくらい愚痴っても平気だろう。
無事、保管庫に侵入できた私は、目の前にあるテーブルに重たい箱を置いて一息ついたところで……身体が固まった。
「……え?」
人が……いた。しかも男が……。
脳内が真っ白になり、思考が停止する。私はとんでもないところを、見られてしまったかもしれない。
三十五歳……結婚はとうに諦めの境地に入ったが、女はまだ捨ててないつもりだったのだが……。
いや、これは……もう……終わった気がする。
壁に寄りかかって、火のついてない煙草を咥えている男が目を見開いて、信じられないものを見たと言わんばかりの顔をしている。視線は若干下だ。足蹴りして入ってきた私の太ももの一点を見つめていた。
「なんたる脚力……」
煙草がぽとりと下に落ちていく。茫然と私を見つめている男に見覚えがあった。
あっ。朝比奈翔太だ。社長の次男坊で、営業課長だ。
とんでもない人に、とんでもない行動を見られてしまった気がする。
「君は……見覚えが……」
朝比奈がジッと見つめてくる。
「あ……えっと、秘書課の茂木さくらです。朝比奈専務の……」
「ああ、兄貴の秘書だ」
ぼそっと納得の声をあげた彼が、床に落ちた煙草を拾って、スーツのポケットに入れた。カツ、カツと革靴の踵を鳴らしながら近づいてくると「ねえ」と囁くように朝比奈の口が動いた。
「な……なんでしょうか」
「君の足、舐めていい?」
「……はあ?」
「太腿が、ヤバい。美味しそう」
「えっと……何か危ない薬でも飲んでます?」
「麻薬とか? そういった類のっていう質問なら、ノーだ。赤いヒールで踏まれたい」
「あ、ああ、っと……その……M的なお方で?」
「魅惑的な足なら当然だろ? ねえ、さくら……結婚して」
はあ?
結婚してって言った? 出会って数秒! しかもドアを蹴って入ってきた女にむかって……足を舐めたい? ヒールで踏んでほしい?って。変態発言を連発して。
私は数センチの距離で迫られている朝比奈の胸を軽く押して、距離をあけようと試みた。
「さくらの足を見たら、もう……」
そう言いながら、ぐっと朝比奈の腰を下腹部に押し当てられてきた。
「せ……セクハラ……の度を越えてます!」
「セクハラじゃない。俺はプロポーズをしてるんだ。さくらの足がほしい。だから結婚して」
「し……しませんっ! その股間も踏みませんし、ご自分で処理してくださいっ」
ぐいっと朝比奈の胸を今度は力いっぱい押して、保管庫を飛び出そうとした。……がドアの目の前で足を挫いたあげくに、靴が片方脱げたままで、勢い余って廊下に飛び出した。
保管庫の室内には戻りたくない……が脱げた靴は保管庫にある。廊下の壁に背中を預けたまま立ち尽くしていると、靴を拾って朝比奈が廊下に出てきた。
「まるでシンデレラみたいだ」
朝比奈が嬉しそうに笑って膝をつくと、赤いヒールの靴を履かせてくれた。
「あ、ありがとう……ございます」
「さくらの靴を履くお手伝いができるなんて最高に幸せだ」
「いや、それはちょっと……」
おかしな考え方だと思います。
「良い返事か待ってないから。よく考えて」
立ち上がって頬に触れてきた朝比奈がにこっとイケメンスマイルを決めると、廊下を歩き出した。
良い返事を返す勇気は、今の私には……ありません!
いくら売れ残り女子でも、変態とは結婚は……無理ですからっ。勘弁して。
台車を総務から借りてくる手間を省いたのがいけなかったのか。それとも何がなんでも男にやらせておけば良かったのか。後悔の念が押し寄せてくる気持ちを、怒りにかえて前へと突き進むエネルギーに変えている。
『保管庫』と書かれているドアを見つけて、立ち尽くす。両手がふさがっていて、開けられない。
一昨日から保管に戻しておいて……と男性社員たちに言っていたのに、誰もやってくれなかった。いい加減、戻さなくてはと持ってきたのはいいが。これでは入れない。
ムッとしながら、悲鳴をあげる腕とドアを交互に見つめた。
手が使えないなら足で。
私は廊下に人気がないことを確認してから、足を引き上げた。ドアの取っ手部分に足を引っかけて下に押してから、軽く押す。少しの隙間が開いたの確認してから素早くドアに向けて、ヒールの底で蹴り飛ばした。
「うちの部署の男どもめが! 使えないっ」
怒りのパワーとともに、心の声も漏れだす。どうせ誰もいないんだから、少しくらい愚痴っても平気だろう。
無事、保管庫に侵入できた私は、目の前にあるテーブルに重たい箱を置いて一息ついたところで……身体が固まった。
「……え?」
人が……いた。しかも男が……。
脳内が真っ白になり、思考が停止する。私はとんでもないところを、見られてしまったかもしれない。
三十五歳……結婚はとうに諦めの境地に入ったが、女はまだ捨ててないつもりだったのだが……。
いや、これは……もう……終わった気がする。
壁に寄りかかって、火のついてない煙草を咥えている男が目を見開いて、信じられないものを見たと言わんばかりの顔をしている。視線は若干下だ。足蹴りして入ってきた私の太ももの一点を見つめていた。
「なんたる脚力……」
煙草がぽとりと下に落ちていく。茫然と私を見つめている男に見覚えがあった。
あっ。朝比奈翔太だ。社長の次男坊で、営業課長だ。
とんでもない人に、とんでもない行動を見られてしまった気がする。
「君は……見覚えが……」
朝比奈がジッと見つめてくる。
「あ……えっと、秘書課の茂木さくらです。朝比奈専務の……」
「ああ、兄貴の秘書だ」
ぼそっと納得の声をあげた彼が、床に落ちた煙草を拾って、スーツのポケットに入れた。カツ、カツと革靴の踵を鳴らしながら近づいてくると「ねえ」と囁くように朝比奈の口が動いた。
「な……なんでしょうか」
「君の足、舐めていい?」
「……はあ?」
「太腿が、ヤバい。美味しそう」
「えっと……何か危ない薬でも飲んでます?」
「麻薬とか? そういった類のっていう質問なら、ノーだ。赤いヒールで踏まれたい」
「あ、ああ、っと……その……M的なお方で?」
「魅惑的な足なら当然だろ? ねえ、さくら……結婚して」
はあ?
結婚してって言った? 出会って数秒! しかもドアを蹴って入ってきた女にむかって……足を舐めたい? ヒールで踏んでほしい?って。変態発言を連発して。
私は数センチの距離で迫られている朝比奈の胸を軽く押して、距離をあけようと試みた。
「さくらの足を見たら、もう……」
そう言いながら、ぐっと朝比奈の腰を下腹部に押し当てられてきた。
「せ……セクハラ……の度を越えてます!」
「セクハラじゃない。俺はプロポーズをしてるんだ。さくらの足がほしい。だから結婚して」
「し……しませんっ! その股間も踏みませんし、ご自分で処理してくださいっ」
ぐいっと朝比奈の胸を今度は力いっぱい押して、保管庫を飛び出そうとした。……がドアの目の前で足を挫いたあげくに、靴が片方脱げたままで、勢い余って廊下に飛び出した。
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「まるでシンデレラみたいだ」
朝比奈が嬉しそうに笑って膝をつくと、赤いヒールの靴を履かせてくれた。
「あ、ありがとう……ございます」
「さくらの靴を履くお手伝いができるなんて最高に幸せだ」
「いや、それはちょっと……」
おかしな考え方だと思います。
「良い返事か待ってないから。よく考えて」
立ち上がって頬に触れてきた朝比奈がにこっとイケメンスマイルを決めると、廊下を歩き出した。
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