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第一章 ドアを蹴破ったらプロポーズ
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「あのぉ、一件ほどご確認したい事項があるのですが……」
朝比奈専務の部屋を恐る恐る開けながら、私は口を開いた。パソコンと睨めっこをしていた朝比奈専務は、「ん?」と視線をこちらに向けながら、返事をしてくれる。
恰幅のいい男らしい朝比奈専務のきりりとした目がこちらを向く。思わずドキッとしてしまうのは、誰が見ても認めるほどの整った顔立ちだからだろう。
「仕事とは関係ないのですが……」
「そうだろうね。さくらさんらしからぬ、入り方だから」
くくくっと喉を鳴らして笑う。
「ものすごく言いにくいのですが……」
「なんだろ?」
「弟さん……についてちょっと……」
「翔太? さくらさん、翔太と接点ありましたっけ?」
「いえ、全くありませんっ」
これからも接点はなくて結構です!
「営業で課長をしているけど……何か問題が?」
「あの方は……普段から突飛な発言をしたり……する方なのでしょうか?」
「へ? 翔太が? うーん、口は悪い子だけど、頭はいいから……突飛な発言はしたりしないと思うけど」
「なら、女性関係が酷いとか……聞いたことは?」
「そもそも女嫌いだよ、あの子」
おかしい……アレは朝比奈翔太ではなかったのだろうか。
夢か、幻か?
私はこめかみをグリグリと押すと、「うー」と無意識に唸り声をあげていた。
「どうしたの、さくらさん……顔が怖いけど」
「え? いえ……別に。その……私の勘違いだったかなあ……と」
「勘違い?」
「私は少し疲れているのかもしれません」
「なら、今日は残業しないで帰るといいよ」
「はあ……そうしたいのは山々なんですが」
なんせ、うちの課の男共は仕事をしない奴らだから。いっちょ前にプライドは高いようで、口から出てくる言葉は真っ当なんけど。結果が伴っていない奴らばかり。
「少しは部下に任せたら? 茂木課長はできる人だからって何でも抱えすぎ」
「任せられればいいんですけど」
「なら、こうする? 今夜は僕とディナーの予定を入れる。そうだな、六時にレストランの予約を入れておこうか?」
「……え?」
朝比奈専務とディナー?
「デートに誘ってるんだけど? さくらさん、返事は?」
「あ……はっ……」
「もちろん、お断りだ!」
はいーーと答える口の形をしたまま、後ろからの低く不機嫌な声にさくらは首を捻った。ドアを荒々しく開け放った朝比奈翔太がズカズカと大股で乱入してきた。
「翔太? めずらしい、どうしたの?」
きょとんとした目で専務が、朝比奈翔太を見つめた。
「兄さんはこの人と、付き合ってるの?」
「付き合ってないよ。口説きたいとは思ってるけど。それが何か?」
「じゃあ、俺からこの人を奪うな。彼女は俺の婚約者だ」
「はあ? ちょ……なんで?」
やっぱり夢でも、幻でもなかった。
さくらは悲鳴をあげるかのように、翔太を睨みつけながら口を開いた。
「プロポーズしたじゃん」
「……あれは……断じてプロポーズではないと思います!」
「結婚してって言ったけど」
「しませんから!」
「良い返事しか聞かないって言ったけど」
「よ、世の中には悪い返事っていうのもありますので」
クスクスと楽しそうに笑う声が聞こえて、さくらはハッとした。専務が楽しそうに笑っている。
「兄さん、笑い事じゃないんだけど」
「だって……さくらさんの質問の意図がわかったから。これじゃあ、質問したくなるよね」
「ちょ、さくら! 質問があるなら俺に直接聞けよ。婚約者だろ?」
「聞きたくないので、専務に聞いたのです。そもそも婚約者ではありませんし。朝比奈専務、私はやはり……今日は残業ナシで帰らせていただきます。ゆっくりと休んだほうがいいかもしれません」
「ゆっくり休んで。デートはまだ後日」
「デートはさせねえよ!」
よろよろと私は専務の部屋を出ていく。
良い返事しかできないプロポーズってなに?
おかしいでしょ?
私にも選択権があっていいはずでしょ。
秘書課のデスクに戻ると、ため息をついた。とんでもない人間に、私はどうやら……捕まってしまったようだ。
顔をデスクに伏せると、夢だと思いたいと強く願った。
「さくら、大丈夫か? 足、痛いとか?」
頭上からの声に顔をあげれば、専務の部屋に残してきたはずの翔太の姿があった。心配そうにのぞき込んでいる姿はまるで捨てられた子犬のようだ。
「あ、足……ですか?」
「捻ってただろ?」
「あ……保管室で」
「そう。ちらっと見た限りでは腫れてなさそうだし、痛くて歩けないってわけでもなさそうだけど」
「足……見たんですか?」
『舐めていい?』と、保管室の熱っぽい言葉を想い抱いて、慌てて首を振った。
「営業の備品で悪いけど……湿布。もし痛かったらと思って」
「あ……ありがとう、ございます」
私のデスクの上に白い長方形のものが置かれた。湿布特有のハッカの匂いが鼻につく。
保管室から営業のオフィスに戻って、湿布を持ってきてくれた、ということか。ツツッと湿布を自分のほうに引き寄せてみた。
ふと顔をあげて、ドキッとした。翔太の後ろに見える秘書課の女子たちのうっとりした目が……、男性たちの憎しみの籠る表情が翔太に注がれている。
ゆっくりと翔太を見るが、彼は秘書課ほぼ全員の視線を集めているのに気づいていないのか、私だけを見ていた。
「今日は残業しないんだろ? 車で送っていくから、ここで待ってて」
「え? 結構です。一人で……」
足、捻ったけど……痛くないし。捻挫にはなってない。
逆に目の前にいるこの人と、足の話題はしたくない。いつ、また変なことを言い出すか……と思うだけで、冷や冷やする。
「送ってく」
耳元で囁かれると、肩をポンと叩かれた。にこっと笑ってから、秘書課を颯爽と出ていった。
なんで? 一人で平気だって言ったのに。
送っていくって……。
朝比奈専務の部屋を恐る恐る開けながら、私は口を開いた。パソコンと睨めっこをしていた朝比奈専務は、「ん?」と視線をこちらに向けながら、返事をしてくれる。
恰幅のいい男らしい朝比奈専務のきりりとした目がこちらを向く。思わずドキッとしてしまうのは、誰が見ても認めるほどの整った顔立ちだからだろう。
「仕事とは関係ないのですが……」
「そうだろうね。さくらさんらしからぬ、入り方だから」
くくくっと喉を鳴らして笑う。
「ものすごく言いにくいのですが……」
「なんだろ?」
「弟さん……についてちょっと……」
「翔太? さくらさん、翔太と接点ありましたっけ?」
「いえ、全くありませんっ」
これからも接点はなくて結構です!
「営業で課長をしているけど……何か問題が?」
「あの方は……普段から突飛な発言をしたり……する方なのでしょうか?」
「へ? 翔太が? うーん、口は悪い子だけど、頭はいいから……突飛な発言はしたりしないと思うけど」
「なら、女性関係が酷いとか……聞いたことは?」
「そもそも女嫌いだよ、あの子」
おかしい……アレは朝比奈翔太ではなかったのだろうか。
夢か、幻か?
私はこめかみをグリグリと押すと、「うー」と無意識に唸り声をあげていた。
「どうしたの、さくらさん……顔が怖いけど」
「え? いえ……別に。その……私の勘違いだったかなあ……と」
「勘違い?」
「私は少し疲れているのかもしれません」
「なら、今日は残業しないで帰るといいよ」
「はあ……そうしたいのは山々なんですが」
なんせ、うちの課の男共は仕事をしない奴らだから。いっちょ前にプライドは高いようで、口から出てくる言葉は真っ当なんけど。結果が伴っていない奴らばかり。
「少しは部下に任せたら? 茂木課長はできる人だからって何でも抱えすぎ」
「任せられればいいんですけど」
「なら、こうする? 今夜は僕とディナーの予定を入れる。そうだな、六時にレストランの予約を入れておこうか?」
「……え?」
朝比奈専務とディナー?
「デートに誘ってるんだけど? さくらさん、返事は?」
「あ……はっ……」
「もちろん、お断りだ!」
はいーーと答える口の形をしたまま、後ろからの低く不機嫌な声にさくらは首を捻った。ドアを荒々しく開け放った朝比奈翔太がズカズカと大股で乱入してきた。
「翔太? めずらしい、どうしたの?」
きょとんとした目で専務が、朝比奈翔太を見つめた。
「兄さんはこの人と、付き合ってるの?」
「付き合ってないよ。口説きたいとは思ってるけど。それが何か?」
「じゃあ、俺からこの人を奪うな。彼女は俺の婚約者だ」
「はあ? ちょ……なんで?」
やっぱり夢でも、幻でもなかった。
さくらは悲鳴をあげるかのように、翔太を睨みつけながら口を開いた。
「プロポーズしたじゃん」
「……あれは……断じてプロポーズではないと思います!」
「結婚してって言ったけど」
「しませんから!」
「良い返事しか聞かないって言ったけど」
「よ、世の中には悪い返事っていうのもありますので」
クスクスと楽しそうに笑う声が聞こえて、さくらはハッとした。専務が楽しそうに笑っている。
「兄さん、笑い事じゃないんだけど」
「だって……さくらさんの質問の意図がわかったから。これじゃあ、質問したくなるよね」
「ちょ、さくら! 質問があるなら俺に直接聞けよ。婚約者だろ?」
「聞きたくないので、専務に聞いたのです。そもそも婚約者ではありませんし。朝比奈専務、私はやはり……今日は残業ナシで帰らせていただきます。ゆっくりと休んだほうがいいかもしれません」
「ゆっくり休んで。デートはまだ後日」
「デートはさせねえよ!」
よろよろと私は専務の部屋を出ていく。
良い返事しかできないプロポーズってなに?
おかしいでしょ?
私にも選択権があっていいはずでしょ。
秘書課のデスクに戻ると、ため息をついた。とんでもない人間に、私はどうやら……捕まってしまったようだ。
顔をデスクに伏せると、夢だと思いたいと強く願った。
「さくら、大丈夫か? 足、痛いとか?」
頭上からの声に顔をあげれば、専務の部屋に残してきたはずの翔太の姿があった。心配そうにのぞき込んでいる姿はまるで捨てられた子犬のようだ。
「あ、足……ですか?」
「捻ってただろ?」
「あ……保管室で」
「そう。ちらっと見た限りでは腫れてなさそうだし、痛くて歩けないってわけでもなさそうだけど」
「足……見たんですか?」
『舐めていい?』と、保管室の熱っぽい言葉を想い抱いて、慌てて首を振った。
「営業の備品で悪いけど……湿布。もし痛かったらと思って」
「あ……ありがとう、ございます」
私のデスクの上に白い長方形のものが置かれた。湿布特有のハッカの匂いが鼻につく。
保管室から営業のオフィスに戻って、湿布を持ってきてくれた、ということか。ツツッと湿布を自分のほうに引き寄せてみた。
ふと顔をあげて、ドキッとした。翔太の後ろに見える秘書課の女子たちのうっとりした目が……、男性たちの憎しみの籠る表情が翔太に注がれている。
ゆっくりと翔太を見るが、彼は秘書課ほぼ全員の視線を集めているのに気づいていないのか、私だけを見ていた。
「今日は残業しないんだろ? 車で送っていくから、ここで待ってて」
「え? 結構です。一人で……」
足、捻ったけど……痛くないし。捻挫にはなってない。
逆に目の前にいるこの人と、足の話題はしたくない。いつ、また変なことを言い出すか……と思うだけで、冷や冷やする。
「送ってく」
耳元で囁かれると、肩をポンと叩かれた。にこっと笑ってから、秘書課を颯爽と出ていった。
なんで? 一人で平気だって言ったのに。
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