愛の物語を囁いて

ひなた翠

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秘密

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「やめっ……はなせっ」

「小暮先生、何してるんです?」

 頭上から喉仏にかかる低い声がした。

 顔をあげると、さっき図書室を出て行ったはずの英先生が怖い顔で立っていた。

「は、英先生っ!?」

 小暮先生が、パッと僕から離れると喉の奥を鳴らして、意味もなくスーツの皺を直し始めた。

「ちょっと……伊坂君が」

 小暮先生が語尾を小さくして言葉を濁した。

 切れ長の瞳で英先生が、小暮先生を冷たく見やる。

「今回は英先生に免じて見逃すけど、次回は……」とぼそぼそとバツの悪そうに呟きながら、小暮先生が逃げて行った。

 僕は上半身を起こすと、ボタンの取れたワイシャツの襟口をぎゅっと掴んだ。

「な……んで、戻ってきたんだよ」

 強がってみる。でも腕が震えてるのが丸わかりだ。

 英先生が、フッと笑うとスーツの上着を脱いだ。

「一日体育着ってのは屈辱だろう。周囲の奴らの目は残酷だからな。俺のワイシャツを貸すから、その破れたワイシャツを渡せ。放課後までに直しておいてやる」

 今、着ている白ワイシャツを脱ぐと、英先生が僕の頭にかけた。

 ふわりと柔軟剤の甘い香りがした。

 また先生の上半身を見られるなんて、幸せだと思った。ランニングのシャツを着ているけど、腕の鍛えられた筋肉が綺麗だ。

「先生は……どうするの?」

「替えのワイシャツが更衣室に置いてあるから、それを着る。使用済みのワイシャツで悪いな。替えのワイシャツは白くないんだ。柄物を生徒に着せるわけにはいかない」

「ワイシャツを貸してくれるだけで大感謝だよ」

 僕は、破れたワイシャツを脱ぐと、先生が来ていたワイシャツに袖を通した。

 ぶかぶかだけど、ブレザーを上から羽織ってしまえばわからない。

 今朝の英先生のワイシャツが白で良かった。

 じゃなかったら、僕は一日ジャージで過ごし、下校も格好悪いジャージでしなくちゃいけなかったんだから。

「ありがと、先生」

「放課後、職員室に来い。直したワイシャツを渡すから」

「……ごめん、先生」

 僕は下を向くと、唇をかみしめた。

 生徒想いの先生なのに。僕は卑劣な行為をして、先生を追い詰めようとしていたんだ。

 嫌われて当然だし、さっき小暮の行為を見て見ぬふりをすることだって出来たのに。

「言っただろ。俺は十代のガキの人生を狂わすために教師になったわけじゃないって」

 英先生がスーツの上着を腕にかけると、僕の破れたワイシャツを持って図書室を出て行った。

 下着のランニングシャツにスーツのズボンで校内を歩くなんて。どんな噂が流れるか、わからないじゃないか。

 それなのに、僕が一日ジャージで過ごして、他の生徒たちからの噂の的になるよりも、自らが噂の的になるなんて。

 僕は、本当に英先生に……酷い命令をしてしまった。

 バラされたくないなら、僕を抱け……だなんて。恥ずかしくて、申し訳なくて。

 なんて愚かな行いをしてしまったんだろう。
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