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第21話:大臣の腹と、聖女の除霊(物理)
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「……ひぃぃ、目が……目が合ったぁ……」
善さんの心の悲鳴が、念話を通して私の脳内に直接響いてくる。 無理もない。大臣の腹にあるその腫れ物は、苦痛に歪んだ中年男性の顔をしていて、ギョロリとした目で善さんを睨めつけているのだから。
「……ウググ……ユルサナイ……タドコロォ……」
人面瘡が、ブクブクと泡を吹きながら呻き声を上げた。 低い、怨嗟に満ちた声。腹話術なんてもんじゃない。物理的にそこから声が出ている。
「なっ!? しゃ、喋った!?」
田所大臣が半狂乱になって暴れようとする。
「落ち着いてください! 動くと危険です!」
鏡が大臣の肩を押さえつける。 その鏡の顔も、さすがに青ざめていた。 「……声帯もない腫瘍が発声する……。音響学的にも解剖学的にもあり得ない……」
ブツブツと呟いているが、その目は恐怖よりも「未知の症例への好奇心」で輝いている。このマッドサイエンティストめ。
私は隠し部屋の椅子に座り直し、腕まくりをした。
(……さて、鑑定といこうか)
(――【霊視鑑定(スピリチュアル・チェック)】)
私の魔力が、大臣の腹の「それ」をスキャンする。
……なるほどね。 こりゃあ、大臣が昔切り捨てた地方の陳情団の怨念か、それともライバル議員の生き霊か。 複数のネガティブな感情が、大臣のストレスと共鳴して具現化した「複合型カース(呪い)」だ。 質が悪いのは、これが大臣自身の生命力を餌にして成長している点だ。下手外科手術で切り取れば、大臣の命ごと持っていかれる。
「(善さん。気合入れな。相手はただのデキモノじゃない。悪霊だ)」
私は念話を送ると同時に、善さんに【精神統一】と【聖なる加護(ホーリー・プロテクト)】をかけた。
善さんの表情から恐怖が消え、スッと目が据わる。
「……静まりなさい。迷える魂よ」
善さんが、まるで高僧のような厳かな声で語りかける。 もちろん、台本は私だ。
「……ウルサイ……! コイツハ……ワレラノ……カタキダァ……!」
人面瘡が叫び、大臣の腹の皮膚を引き裂かんばかりに暴れる。
「ぐあああっ! 痛い! 腹が、腹が食い破られるぅぅっ!」
大臣が絶叫する。
「させないよ!」
私は両手を突き出した。
(――術式展開。聖属性付与【光の檻(ライト・ケージ)】!)
善さんの手から、目に見えない光の格子が放たれ、人面瘡を包み込む。 人面瘡が「ギャアアアッ!」と悲鳴を上げ、動きを封じられる。
「今だ、善さん! そのまま押し込め!」
「は、はいっ!」
善さんが両手で、大臣の腹をグイッと押し込んだ。 物理的な圧迫ではない。魔力による「除霊プレス」だ。
「……キサマァ……ナニモノダァ……!?」
人面瘡が善さん(の背後にいる私)を睨む。
「……私はただの整体師です」
善さんが淡々と答える(私が言わせている)。
「だが、私の施術(ビジネス)の邪魔をするなら、神も悪魔も許さない」
カッコいいセリフと共に、私は最大出力の浄化魔法を叩き込んだ。
(――消えな! 【極大浄化・漂白(ホーリー・ブリーチ)】!!)
カッッッ!!!
VIPルームが、真昼の太陽のような強烈な閃光に包まれた。
「うおっ!?」 SP代わりのリオが、眩しさに腕で顔を覆う。 鏡はサングラス(いつの間に用意した?)をかけ、その光景を食い入るように見つめている。
光の中で、人面瘡が断末魔を上げる。
「……バ、カナ……コンナ……チカラ……ニンゲンジャ……ナイィィィ……!!」
黒い霧となって蒸発していく怨念。 それは天井の換気扇へと吸い込まれ、私が予め設置しておいた【空気清浄結界】によって完全に無害化され、消滅した。
光が収まる。
「……はぁ、はぁ……」
善さんが、ガクリと膝をついた。 私も隠し部屋でドッと疲れが出た。やっぱり、悪霊相手はカロリーを使うねぇ。
「……だ、大臣。いかがですか?」
鏡が、素早く大臣の元へ駆け寄り、腹部を確認する。
田所大臣は、恐る恐る自分の腹を見下ろした。
そこにあったはずの、醜悪な人面瘡は。 跡形もなく消え去っていた。 赤くただれていた皮膚も、ツルツルとした健康的な肌色に戻っている。
「……消えた」
大臣が、震える手で腹をさする。
「ない。痛みも、あの囁き声も……完全に、消えた!」
大臣はベッドから飛び起き、自分の腹を何度も叩いた。
「おおぉ……! 素晴らしい! なんという爽快感だ! まるで憑き物が落ちたようだ!」
そりゃそうだ。憑き物を落としたんだからね。
大臣は涙目で善さんの手を取り、ブンブンと握手をした。
「ありがとう! 板東先生! あなたは命の恩人だ! いや、日本の救世主だ!」
「い、いえ……私はただ、凝りをほぐしただけで……」
善さんが謙遜するが、大臣の耳には届いていない。
「鏡君! 君の言った通りだった! 彼は本物だ!」
「ええ。申し上げた通りです」
鏡が誇らしげに胸を張る。
田所大臣は興奮冷めやらぬ様子で、上着の内ポケットから名刺入れを取り出した。
「板東先生。君に、借りができた。……私はね、受けた恩は必ず返す主義なんだ」
大臣は一枚の名刺を善さんに渡すと、真剣な眼差しで言った。
「何か、望みはあるか? 金か? それとも、何か困っていることはないか?」
来た。 この瞬間を待っていた。
私は善さんに、事前に打ち合わせておいた「要求」を伝えさせた。
「……大臣。お心遣い、感謝いたします」
善さんは静かに切り出した。
「金銭は、正規の施術料をいただければ十分です。ですが……一つだけ、懸念がございます」
「なんだ? 言ってみろ」
「当店は、ご覧の通り独自の技術を用いた整体院です。しかし、昨今の法改正や規制強化により、我々のような『新しい技術』が、誤解を受け、活動を制限されることを危惧しております」
要するに、「厚労省の権限で、うちの店を変な法規制で潰したり、ヤミ医療として摘発したりしないでくれ」というお願いだ。
大臣はニヤリと笑った。
「なんだ、そんなことか」
大臣はドンと胸を叩いた。
「任せておけ! 君の技術は、国益だ。私が大臣の椅子に座っている限り……いや、引退した後も、私の派閥が全力で『コガネ』を守らせよう」
言質を取った! 現職大臣による、「不可侵条約」の締結だ。 これで保健所も警察も税務署(の半分くらい)も、この店には手出しできなくなった。
「それに、だ。君のような人材を野放しにしておくのは惜しい」
大臣はさらに続けた。
「どうだ? 厚労省の『未病対策特別顧問』という肩書きを持ってみないか? 非常勤だが、身分は国家公務員に準ずる扱いにしてやる」
「ええっ!?」
善さんが素っ頓狂な声を上げる。 リストラされた無職のおっさんが、いきなり国家公務員(特別職)!?
「はっはっは! 良い返事を待っているぞ!」
大臣は上機嫌で、施術料(言い値で五百万円請求した)を即決で支払い、SPと共に帰っていった。 来た時とは別人のように、背筋を伸ばし、意気揚々と。
……嵐が去った後のVIPルーム。
「……社長。僕、どうなっちゃうんでしょうか……」
善さんが魂の抜けた顔で呟く。
「どうなるもこうなるも、あんたは今日から『先生』であり『特別顧問』様だよ」
私は隠し部屋から出てきて、善さんの背中をバンと叩いた。
「すごい出世じゃないか。リストラした元の会社が見たら、腰を抜かすよ」
「いや、プレッシャーで僕の胃に穴が開きそうです……」
「大丈夫、鏡先生がいるから」
私が鏡を見ると、彼はタブレットに何かを打ち込みながら、恍惚とした表情を浮かべていた。
「……素晴らしい症例でした。オーナーの『光』の術式、確かに記録しました。これを医学的に解明できれば、ノーベル賞は確実……いや、人類の歴史が変わる……」
こっちはこっちで、別の世界に行っちゃってるね。
「さて、と」
私は大きく伸びをした。
これで、金、武力、医療、そして政治。 全てのカードが揃った。
「株式会社『コガネ』、これにて基盤固めは完了だね」
私はニヤリと笑った。
だが。 人生というのは、上り調子の時こそ、足元に落とし穴があるものだ。
プルルルル……!
私のポケットに入っていた、ガラケーが鳴った。 これは仕事用のスマホではない。孤児院から支給されている、緊急連絡用のボロい携帯電話だ。
(……嫌な予感がするねぇ)
こんな時間に、孤児院から電話? 私は眉をひそめながら、通話ボタンを押した。
「……はい、小金沢です」
『ヒ、ヒナちゃん!? 大変なのよ!』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、孤児院の園長先生(六十代女性)の悲鳴のような声だった。
「どうしたの、園長先生。落ち着いて」
『落ち着いてなんていられないわよ! さっき、学校と児童相談所から連絡があって……!』
「……は?」
児童相談所(ジドウソウダンジョ)。 その単語が出た瞬間、私の背筋が凍りついた。私たち孤児にとって、それは警察よりも恐ろしい、絶対的な権力を持つ組織だ。
『あ、あのね、ヒナちゃんが最近、夜遅くに「怪しい雑居ビル」に出入りしているって、近所の人から通報があったのよ! しかも……』
園長先生の声が震える。
『……「中年の男」と一緒にいるところを見たと……。その……援助交際とか、パパ活とか……そういうのを疑われていて……!』
「ぶふっ!?」
横で盗み聞きしていたリオが、プロテインを吹き出した。
『明日の午後二時、学校で緊急の三者面談をすることになったの! 児童相談所の職員も来るわ! もし……もし本当にそんなことをしていたら、ヒナちゃんは施設措置変更(もっと厳しい施設送り)になっちゃう!』
園長先生が泣き出さんばかりに捲し立てる。
(……まずい。これは詰んだかもしれない)
もし、ここで「整体院を経営してます」なんて言っても、中学生の労働は禁止だし、私がオーナーだなんて誰も信じない。 かといって「ただ遊んでました」で済む相手じゃない。相手は子供を守る正義の味方(ジドウソウダンジョ)だ。「不健全な交遊」と判断されれば、私は隔離され、店にはガサ入れが入り、全てが終わる。
私の脳みそが、光の速さで回転する。 この状況を打開する、唯一の嘘(言い訳)は――。
「……違うの、園長先生。誤解よ」
私は声を震わせ、迫真の演技に入った。
『ご、誤解って……じゃあ、あの中年の男性は誰なの!?』
「あのおじさんは……その……」
私はチラリと善さんを見た。 善さんが「え? 僕?」という顔で指差す。
私は意を決して、爆弾を投下した。
「……私の、お父さんなの」
『……はい?』
園長先生の声が裏返った。
「実はね、生き別れた本当のお父さんが、私を探し当ててくれたの。……あのお店は、お父さんの職場なの。私は、お父さんに会いたくて、こっそり通ってたの……」
沈黙。 長い沈黙の後、園長先生が息を呑む音が聞こえた。
『……ほ、本当なの!? 死んだって聞いていたお父さんが、生きていたの!?』
「うん……。でも、お父さん、リストラされたりして大変だったから、今まで名乗り出られなかったんだって。最近やっと、整体師として独立できたからって……」
嘘に嘘を重ねていく。だが、これしか道はない。 「実の父親との再会」なら、深夜の密会も、怪しい店への出入りも、すべて美談になる!
『そうだったの……! よかった、本当によかったわねぇ……!』
園長先生が感動して泣き始めた。チョロい、いや、優しい先生で助かった。
『分かったわ! じゃあ、そのことを学校と児童相談所の人に説明しましょう! 明日の三者面談、その「お父さん」にも来てもらって!』
「……え?」
『当然でしょ? 身元引受人になれるかどうかの確認もあるし、感動の対面じゃない! 私も同席するから、絶対連れてきてね!』
ガチャリ。 通話が切れた。
私は携帯を握りしめたまま、凍りついた。
最大のピンチを切り抜けるための嘘が、さらなる地獄を招いてしまった。 明日の面談。 場所は学校。相手は担任、園長、そして児童相談所のプロ。 そこで、「板東善次郎=小金沢ヒナの実父」という設定を、完璧に証明しなければならない。
「……どうしたの、ヒナ?」
リオが怪訝そうに聞く。
私はゆっくりと振り返り、善さんを見た。
「……善さん」
「は、はい? 嫌な予感がするんですけど……」
「おめでとう。あんたに娘ができたよ」
「はあああああ!? ど、どういうことですか!?」
「明日、私の『父親』として学校に来な。……失敗したら、私とあんたは『誘拐犯と被害者』として警察沙汰だ」
「ひぃぃぃぃっ!! 無理ですぅぅぅ!!」
善さんの絶叫が、VIPルームに響き渡る。
大臣の呪いは解けても、血縁の呪縛(偽装)からは逃れられない。 八十八歳のババア、最大の試練。 それは、魔王でも悪霊でもなく、「感動の親子再会(偽)」を演じきることだった。
善さんの心の悲鳴が、念話を通して私の脳内に直接響いてくる。 無理もない。大臣の腹にあるその腫れ物は、苦痛に歪んだ中年男性の顔をしていて、ギョロリとした目で善さんを睨めつけているのだから。
「……ウググ……ユルサナイ……タドコロォ……」
人面瘡が、ブクブクと泡を吹きながら呻き声を上げた。 低い、怨嗟に満ちた声。腹話術なんてもんじゃない。物理的にそこから声が出ている。
「なっ!? しゃ、喋った!?」
田所大臣が半狂乱になって暴れようとする。
「落ち着いてください! 動くと危険です!」
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……なるほどね。 こりゃあ、大臣が昔切り捨てた地方の陳情団の怨念か、それともライバル議員の生き霊か。 複数のネガティブな感情が、大臣のストレスと共鳴して具現化した「複合型カース(呪い)」だ。 質が悪いのは、これが大臣自身の生命力を餌にして成長している点だ。下手外科手術で切り取れば、大臣の命ごと持っていかれる。
「(善さん。気合入れな。相手はただのデキモノじゃない。悪霊だ)」
私は念話を送ると同時に、善さんに【精神統一】と【聖なる加護(ホーリー・プロテクト)】をかけた。
善さんの表情から恐怖が消え、スッと目が据わる。
「……静まりなさい。迷える魂よ」
善さんが、まるで高僧のような厳かな声で語りかける。 もちろん、台本は私だ。
「……ウルサイ……! コイツハ……ワレラノ……カタキダァ……!」
人面瘡が叫び、大臣の腹の皮膚を引き裂かんばかりに暴れる。
「ぐあああっ! 痛い! 腹が、腹が食い破られるぅぅっ!」
大臣が絶叫する。
「させないよ!」
私は両手を突き出した。
(――術式展開。聖属性付与【光の檻(ライト・ケージ)】!)
善さんの手から、目に見えない光の格子が放たれ、人面瘡を包み込む。 人面瘡が「ギャアアアッ!」と悲鳴を上げ、動きを封じられる。
「今だ、善さん! そのまま押し込め!」
「は、はいっ!」
善さんが両手で、大臣の腹をグイッと押し込んだ。 物理的な圧迫ではない。魔力による「除霊プレス」だ。
「……キサマァ……ナニモノダァ……!?」
人面瘡が善さん(の背後にいる私)を睨む。
「……私はただの整体師です」
善さんが淡々と答える(私が言わせている)。
「だが、私の施術(ビジネス)の邪魔をするなら、神も悪魔も許さない」
カッコいいセリフと共に、私は最大出力の浄化魔法を叩き込んだ。
(――消えな! 【極大浄化・漂白(ホーリー・ブリーチ)】!!)
カッッッ!!!
VIPルームが、真昼の太陽のような強烈な閃光に包まれた。
「うおっ!?」 SP代わりのリオが、眩しさに腕で顔を覆う。 鏡はサングラス(いつの間に用意した?)をかけ、その光景を食い入るように見つめている。
光の中で、人面瘡が断末魔を上げる。
「……バ、カナ……コンナ……チカラ……ニンゲンジャ……ナイィィィ……!!」
黒い霧となって蒸発していく怨念。 それは天井の換気扇へと吸い込まれ、私が予め設置しておいた【空気清浄結界】によって完全に無害化され、消滅した。
光が収まる。
「……はぁ、はぁ……」
善さんが、ガクリと膝をついた。 私も隠し部屋でドッと疲れが出た。やっぱり、悪霊相手はカロリーを使うねぇ。
「……だ、大臣。いかがですか?」
鏡が、素早く大臣の元へ駆け寄り、腹部を確認する。
田所大臣は、恐る恐る自分の腹を見下ろした。
そこにあったはずの、醜悪な人面瘡は。 跡形もなく消え去っていた。 赤くただれていた皮膚も、ツルツルとした健康的な肌色に戻っている。
「……消えた」
大臣が、震える手で腹をさする。
「ない。痛みも、あの囁き声も……完全に、消えた!」
大臣はベッドから飛び起き、自分の腹を何度も叩いた。
「おおぉ……! 素晴らしい! なんという爽快感だ! まるで憑き物が落ちたようだ!」
そりゃそうだ。憑き物を落としたんだからね。
大臣は涙目で善さんの手を取り、ブンブンと握手をした。
「ありがとう! 板東先生! あなたは命の恩人だ! いや、日本の救世主だ!」
「い、いえ……私はただ、凝りをほぐしただけで……」
善さんが謙遜するが、大臣の耳には届いていない。
「鏡君! 君の言った通りだった! 彼は本物だ!」
「ええ。申し上げた通りです」
鏡が誇らしげに胸を張る。
田所大臣は興奮冷めやらぬ様子で、上着の内ポケットから名刺入れを取り出した。
「板東先生。君に、借りができた。……私はね、受けた恩は必ず返す主義なんだ」
大臣は一枚の名刺を善さんに渡すと、真剣な眼差しで言った。
「何か、望みはあるか? 金か? それとも、何か困っていることはないか?」
来た。 この瞬間を待っていた。
私は善さんに、事前に打ち合わせておいた「要求」を伝えさせた。
「……大臣。お心遣い、感謝いたします」
善さんは静かに切り出した。
「金銭は、正規の施術料をいただければ十分です。ですが……一つだけ、懸念がございます」
「なんだ? 言ってみろ」
「当店は、ご覧の通り独自の技術を用いた整体院です。しかし、昨今の法改正や規制強化により、我々のような『新しい技術』が、誤解を受け、活動を制限されることを危惧しております」
要するに、「厚労省の権限で、うちの店を変な法規制で潰したり、ヤミ医療として摘発したりしないでくれ」というお願いだ。
大臣はニヤリと笑った。
「なんだ、そんなことか」
大臣はドンと胸を叩いた。
「任せておけ! 君の技術は、国益だ。私が大臣の椅子に座っている限り……いや、引退した後も、私の派閥が全力で『コガネ』を守らせよう」
言質を取った! 現職大臣による、「不可侵条約」の締結だ。 これで保健所も警察も税務署(の半分くらい)も、この店には手出しできなくなった。
「それに、だ。君のような人材を野放しにしておくのは惜しい」
大臣はさらに続けた。
「どうだ? 厚労省の『未病対策特別顧問』という肩書きを持ってみないか? 非常勤だが、身分は国家公務員に準ずる扱いにしてやる」
「ええっ!?」
善さんが素っ頓狂な声を上げる。 リストラされた無職のおっさんが、いきなり国家公務員(特別職)!?
「はっはっは! 良い返事を待っているぞ!」
大臣は上機嫌で、施術料(言い値で五百万円請求した)を即決で支払い、SPと共に帰っていった。 来た時とは別人のように、背筋を伸ばし、意気揚々と。
……嵐が去った後のVIPルーム。
「……社長。僕、どうなっちゃうんでしょうか……」
善さんが魂の抜けた顔で呟く。
「どうなるもこうなるも、あんたは今日から『先生』であり『特別顧問』様だよ」
私は隠し部屋から出てきて、善さんの背中をバンと叩いた。
「すごい出世じゃないか。リストラした元の会社が見たら、腰を抜かすよ」
「いや、プレッシャーで僕の胃に穴が開きそうです……」
「大丈夫、鏡先生がいるから」
私が鏡を見ると、彼はタブレットに何かを打ち込みながら、恍惚とした表情を浮かべていた。
「……素晴らしい症例でした。オーナーの『光』の術式、確かに記録しました。これを医学的に解明できれば、ノーベル賞は確実……いや、人類の歴史が変わる……」
こっちはこっちで、別の世界に行っちゃってるね。
「さて、と」
私は大きく伸びをした。
これで、金、武力、医療、そして政治。 全てのカードが揃った。
「株式会社『コガネ』、これにて基盤固めは完了だね」
私はニヤリと笑った。
だが。 人生というのは、上り調子の時こそ、足元に落とし穴があるものだ。
プルルルル……!
私のポケットに入っていた、ガラケーが鳴った。 これは仕事用のスマホではない。孤児院から支給されている、緊急連絡用のボロい携帯電話だ。
(……嫌な予感がするねぇ)
こんな時間に、孤児院から電話? 私は眉をひそめながら、通話ボタンを押した。
「……はい、小金沢です」
『ヒ、ヒナちゃん!? 大変なのよ!』
受話器の向こうから聞こえてきたのは、孤児院の園長先生(六十代女性)の悲鳴のような声だった。
「どうしたの、園長先生。落ち着いて」
『落ち着いてなんていられないわよ! さっき、学校と児童相談所から連絡があって……!』
「……は?」
児童相談所(ジドウソウダンジョ)。 その単語が出た瞬間、私の背筋が凍りついた。私たち孤児にとって、それは警察よりも恐ろしい、絶対的な権力を持つ組織だ。
『あ、あのね、ヒナちゃんが最近、夜遅くに「怪しい雑居ビル」に出入りしているって、近所の人から通報があったのよ! しかも……』
園長先生の声が震える。
『……「中年の男」と一緒にいるところを見たと……。その……援助交際とか、パパ活とか……そういうのを疑われていて……!』
「ぶふっ!?」
横で盗み聞きしていたリオが、プロテインを吹き出した。
『明日の午後二時、学校で緊急の三者面談をすることになったの! 児童相談所の職員も来るわ! もし……もし本当にそんなことをしていたら、ヒナちゃんは施設措置変更(もっと厳しい施設送り)になっちゃう!』
園長先生が泣き出さんばかりに捲し立てる。
(……まずい。これは詰んだかもしれない)
もし、ここで「整体院を経営してます」なんて言っても、中学生の労働は禁止だし、私がオーナーだなんて誰も信じない。 かといって「ただ遊んでました」で済む相手じゃない。相手は子供を守る正義の味方(ジドウソウダンジョ)だ。「不健全な交遊」と判断されれば、私は隔離され、店にはガサ入れが入り、全てが終わる。
私の脳みそが、光の速さで回転する。 この状況を打開する、唯一の嘘(言い訳)は――。
「……違うの、園長先生。誤解よ」
私は声を震わせ、迫真の演技に入った。
『ご、誤解って……じゃあ、あの中年の男性は誰なの!?』
「あのおじさんは……その……」
私はチラリと善さんを見た。 善さんが「え? 僕?」という顔で指差す。
私は意を決して、爆弾を投下した。
「……私の、お父さんなの」
『……はい?』
園長先生の声が裏返った。
「実はね、生き別れた本当のお父さんが、私を探し当ててくれたの。……あのお店は、お父さんの職場なの。私は、お父さんに会いたくて、こっそり通ってたの……」
沈黙。 長い沈黙の後、園長先生が息を呑む音が聞こえた。
『……ほ、本当なの!? 死んだって聞いていたお父さんが、生きていたの!?』
「うん……。でも、お父さん、リストラされたりして大変だったから、今まで名乗り出られなかったんだって。最近やっと、整体師として独立できたからって……」
嘘に嘘を重ねていく。だが、これしか道はない。 「実の父親との再会」なら、深夜の密会も、怪しい店への出入りも、すべて美談になる!
『そうだったの……! よかった、本当によかったわねぇ……!』
園長先生が感動して泣き始めた。チョロい、いや、優しい先生で助かった。
『分かったわ! じゃあ、そのことを学校と児童相談所の人に説明しましょう! 明日の三者面談、その「お父さん」にも来てもらって!』
「……え?」
『当然でしょ? 身元引受人になれるかどうかの確認もあるし、感動の対面じゃない! 私も同席するから、絶対連れてきてね!』
ガチャリ。 通話が切れた。
私は携帯を握りしめたまま、凍りついた。
最大のピンチを切り抜けるための嘘が、さらなる地獄を招いてしまった。 明日の面談。 場所は学校。相手は担任、園長、そして児童相談所のプロ。 そこで、「板東善次郎=小金沢ヒナの実父」という設定を、完璧に証明しなければならない。
「……どうしたの、ヒナ?」
リオが怪訝そうに聞く。
私はゆっくりと振り返り、善さんを見た。
「……善さん」
「は、はい? 嫌な予感がするんですけど……」
「おめでとう。あんたに娘ができたよ」
「はあああああ!? ど、どういうことですか!?」
「明日、私の『父親』として学校に来な。……失敗したら、私とあんたは『誘拐犯と被害者』として警察沙汰だ」
「ひぃぃぃぃっ!! 無理ですぅぅぅ!!」
善さんの絶叫が、VIPルームに響き渡る。
大臣の呪いは解けても、血縁の呪縛(偽装)からは逃れられない。 八十八歳のババア、最大の試練。 それは、魔王でも悪霊でもなく、「感動の親子再会(偽)」を演じきることだった。
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過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
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異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
借金まみれの錬金術師、趣味で作ったポーションがダンジョンで飛ぶように売れる~探索者の間で【伝説のエリクサー】として話題に~
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「今日中に出ていけ! 半年も家賃を滞納してるんだぞ!」
現代日本にダンジョンとスキルが存在する世界。
渋谷で錬金術師として働いていた裕真は、研究に没頭しすぎて店舗の家賃を払えず、ついに追い出されるハメになった。
私物と素材だけが残された彼に残された選択肢は――“現地販売”の行商スタイル!
「マスター、売ればいいんですよ。死にかけの探索者に、定価よりちょっと高めで」
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家事万能、事務仕事完璧、なのにちょっとだけ辛辣だが、裕真にとっては何物にも代えがたい家族でありパートナーでもある。
裕真はギルドの後ろ盾、そして常識すらないけれど、素材とスキルとユミがいればきっと大丈夫。
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直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
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僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
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召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
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