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38 破滅の予感

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 新たなビラを手にした文官が、アルフォンスの元を訪れた。

「こちらが先程撒かれた物です」

「ああ……、ご苦労」

 アルフォンスは力無く返事をして、それを受け取る。

 王都内に怪文書がばら撒かれる事件は、不定期に続いていた。

 今日で四回目である。

 決行される曜日や時間帯や場所などに規則性が全く無かったせいで、対策が後手後手に回った。
 巡回を増やしたりして警戒を強めていたにも関わらず、簡単に三度もの犯行を許してしまっている。

 四度目は絶対に防ごうと、現在、王都内にある高い塔の全てを閉鎖しているのだ。
 馬車の窓からばら撒く事もあるかも知れないと、人通りの多い道の検問もしている。
 人海戦術で配るという手もあるが、顔を覚えられるリスクが高まるし、巡回を強化している騎士達にすぐに捕まるだろう。

 それなのに───。

「どうやって、ばら撒いた?」

「目撃者によれば、突然、色とりどりの無数の風船が、いくつも空に上がって自然に割れたと。
 その風船にビラが括り付けられていたらしいです。
 証言に従って、割れた風船の欠片を回収しました。
 分析させた所、その風船はゴムで出来ており、表面から柑橘の外皮の汁が検出されました。
 専門家によれば柑橘にはゴムを溶かす性質があるらしく、ガスで膨らませた風船の表面に、薄めた柑橘の汁を塗ってから飛ばせば、時限装置のように上空で割る事も可能であると。
 おそらく路地裏などの人目につかぬ場所で飛ばされ、風に流されて大通りの上空で割れたのかと」

「ハッ……手の込んだ真似を……」

 自分が情け無くて、思わず薄い笑いが漏れた。

 どうやら検問所の騎士が、ピエロの扮装をした男と共に大量の風船をギュウギュウに詰め込んだ荷馬車に職質を掛けたらしい。
 だが、『新店舗オープンの宣伝の為、王都の外れの公園で風船を配るのだ』と言われ、積荷も確認せずにそのまま解放してしまったそうだ。

「おいおい、何の為の検問だよ……」

 簡単に言いくるめられてしまった騎士を責めたくなるのも当然だろう。

 こちらの対策を嘲笑う様に、易々と広範囲にビラを撒いた犯人。
 一方、こちらの手の者はポンコツばかりだ。

 正直勝てる気がしない。

※因みに自分もそのポンコツの中の一人であることに、彼は気付いていない。





 二回目のビラには、聖女達全員が、孤児院出身である事を理由にミシェルを虐げ、全ての仕事を彼女一人に押し付けていた事が告発されていた。

 それによれば、もう何年も聖女の仕事はミシェルがたった一人で行っていたそうだ。
 ミシェルはとても多くの魔力を持っており、なんとか一人でも仕事をこなせてしまった。
 その為、教会関係者も『彼女一人が我慢すれば全て丸く収まる』と考えてしまい、誰もが見て見ぬ振りをして来たのだとか。

 その状況を作る切っ掛けとなったのは、ある高貴な身分の聖女による一言だった。
『私達のような身分の高い者は、本来仕事などしない。今代の聖女の中には平民が混じっているのだから、彼女が働けば良いじゃない』
 高貴な聖女はそう言って他の聖女を扇動した。
 ……と、ビラには書かれていた。



 三回目は、現在の筆頭聖女であるステファニーが、ミシェルに対する根も葉もない悪評を流していたという内容だった。
 自分や他の聖女達が仕事をサボっていた事を、あたかもミシェルがした事の様に装い、取り巻きなどを使って社交界に広く噂を流したその手口が、赤裸々に綴られていた。

 三回目のビラを読んだ者は皆、前回のビラに登場した『ある高貴な身分の聖女』がステファニーを指しているという事に気付いただろう。



 そんな内容のビラが次々に撒かれているお陰で、王家や教会の権威は完全に失墜している。
 特に、王太子であるアルフォンスと、その婚約者で新たな筆頭聖女のステファニーの評判は頗る悪い。

 最近は、社交界も市井もこの話題で持ちきりで、新しいビラが配られる度に、彼等の王家に対する不信感は増すばかりだ。




 ───で? 今回は何だって言うんだ?

 アルフォンスはウンザリしながら手元のビラに目を落とした。

 今回のビラには、王家と教会が筆頭聖女であったミシェルの力に頼り切りで、その力を失ってしまった場合の事を全く想定もせずに、必要な対策を取る事を怠ったという内容が綴られている。

 王都で結界の崩落が起きた時に、魔獣の討伐が上手く行かなかった事も、その後の怪我人の治療が充分に出来なかった事も、王宮内で感染症が蔓延した事も、きちんと対策をしていれば、被害はもっと小さく抑えられた筈だと丁寧に説明されていた。


 それを読んで、少なからず心当たりがあったアルフォンスは、頭を抱えた。

 結界に守られ、安心し切った王宮騎士達のレベルは思った以上に低下していた。
 そのせいで魔獣の討伐に手こずったのは事実だ。

 感染症に関してもそうだ。
 広い王宮には多くの人が働いてるにも関わらず、聖女の治癒魔法を当てにし過ぎていたせいで、救護室は粗末で備品も全く足りていなかった。
 しかも、お爺ちゃん医師が一人常駐しているだけ。因みにそのお爺ちゃん医師は真っ先に罹患して倒れ、何の役にも立たなかった。
感染症の対策マニュアルなども一切存在しなかったため、基本的な予防法すら分からず、あっという間に感染が広がった。

 これらは全て、危機管理対策を怠った結果と言わざるを得ない。



 一枚目のビラを読んだ時は、『冤罪』という言葉を信じていなかったアルフォンスだが、それ以外の部分…、アルフォンスが起こした婚約破棄の部分は全て真実だった。
 それも細か過ぎる程に細かく描写されていた。
 そして、今回の四枚目も、明らかに真実であると言えるだろう。


 他の二枚も、同様に真実だとしたら……。
 自分がした事は、国を揺るがす程の愚行だったのでは?

 背筋が冷たくなったアルフォンスは、思わずブルッと身震いした。

 ───いや、そんな筈は無い。そんな筈は…。

 頭の中で必死に否定するが、アルフォンスだって本当は気付いているのだ。

 ミシェルが居なくなった途端、結界が破損したのは何故か?
 治癒魔法に使う分に回せないほど、聖女達の魔力が足りていないのは何故か?

 もしも、ミシェルがずっと仕事をしていなかったのなら、彼女が居なくなったとしても、何も状況は変わらないはずなのに、何故こんな事態になっているのか、その理由に……。

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