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70 玉座に座るのは
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壁際に控えていた二名の近衛騎士が、国王の危機を察して動こうとしたが、今度は楔の様な形の氷が複数飛んで来て、カッカッと騎士達の着ている服を壁に固定した。
一瞬にして磔の様にされた彼等は、信じられないといった様子で目を見開いている。
「君達も、暫く大人しくしていろ。
心配せずとも、邪魔さえしなければ物理的な攻撃を行う予定は無い」
冷徹に忠告したクリストフ。
指先を少し動かすだけで簡単に魔法を繰り出す二人を目の当たりにして、国王に近い貴族達も喉元まで出かかっていた抗議の声をグッと飲み込んだ。
「……私の責任とは、どう言う意味だ?」
国王は内心怯えながらも己の矜持を奮い立たせて平静を装い、クリストフに問い掛けた。
「国の為に尽くしてきた重要人物であるはずの我が妻を寄って集って虐げてきた事、もうお忘れになったのですか?」
「それは、私がした事では……」
「簡単に解決出来るだけの力を持ちながら故意に放置していたのであれば、加担していたのと同じ事だ。
アルフォンスは廃嫡となる事で責任を取りましたが、陛下はどの様に責任を取られるおつもりか?」
クリストフのその言葉にシャヴァリエ辺境伯も深く頷く。
「私も、陛下には相応の責任を取って頂きたいですねぇ。
愛する娘を蔑ろにされて、怒らない親はいませんからな」
(……愛する、娘?)
辺境伯の意外な言葉に、国王は目を剥いた。
国王は、シャヴァリエ夫妻とミシェルの関係性を、名ばかりの養父母と養女だと思っていたからだ。
それが違っているのなら?
彼等の間に、家族としての強い絆があるのなら?
シャヴァリエ家とデュドヴァン家。
両家は田舎の領地からあまり出ない地味な貴族だと思われがちだが、実は武に優れているのは周知の事実。
敵に回してしまえば、もはや無事で居られるはずが無い。
国王は、自身がした事の全てが裏目に出ていたのだと、初めて理解した。
改めて議場内をよく見れば、焦ったり憤ったりした表情なのは自分と懇意にしている者のみで、他の者達は冷静に成り行きを見守っている。
磔にされて動けない二人の近衛以外の王宮騎士達は、こんな状況になっても全く表情を変えず、動こうとする様子がない。
実はクリストフ達は、ミシェルの治癒に助けられて恩義を感じている貴族を中心に、秘密裏に連絡を取り、仲間に引き入れていた。
そしてその者達が更に、自分達が懇意にしている別の貴族を引き入れた。
ミシェルが断罪された時、彼女の無実を信じていた者は実はかなり多かった。
しかし、誰しも他人より自分の家族や領地の方が大事。王家を敵に回す事を恐れた彼等は口をつぐんだまま、真実が明らかになる機会をじっと待っていた。
そして王家の権威が失墜した今となっては、どちらの味方に着くのが自分にとって有利なのか、火を見るより明らかだ。
(これは、かなり前から水面下で根回しがされていたのだな)
その事に漸く気付いた国王は、早々に抵抗を諦めた。
「……何が望みだ?」
「話が早くて助かります。人間諦めが肝心と言いますからね。
私どもとしては、国王陛下には速やかに引退して頂きたいと考えます」
「なっ……!?」
上機嫌に微笑んだクリストフの発言に、国王は言葉を失った。
この程度の失態で退位を迫られるとは思っても見なかったのだ。
「ああ、退位後の事はご心配無く。
先程の協議で、ランベール様が充分な教育を受け終わるまでの間は、モーリアック公爵が国王代理を務めて下さると決定しましたから。
因みに退位については、この部屋にいる者の七割が賛成しておりますし、議会に名を連ねていない貴族家からも既に多くの賛同を得ております。
おーい、例の物をここへ」
シャヴァリエ辺境伯が議場の扉の向こうに大きく声を掛けると、自分の頭よりも高く積み上げられた紙束を器用に抱えたディオンが入室して来た。
その紙束は、国王の目の前の机にドサっと置かれる。
「こちらが賛同者の署名になります。
どうぞ納得いくまでご確認下さい」
「だ、だが、こんなに急に退位をすれば、同盟国から不安視されてしまうだろう」
クリストフ達の用意周到さに追い詰められながらも、国王はまだ無駄な抵抗を試みる。
「それについては、問題ありませんよ」
挙手をしながら立ち上がった人物を見て、国王はこれから起こる事を察した。
「メルレ……」
その人物は、外交官として活躍しているメルレ伯爵である。
国王の目の前まで歩み寄り、彼は大量の手紙が入った木箱を差し出す。それぞれの封筒には、同盟諸国の王家の封蝋が押されていた。
「同盟諸国の王は皆、賛成して下さっていますので」
爽やかな笑顔でそう言い放ったメルレ伯爵。
ここまでされては国王に抗う術はない。
玉座にしがみ付いたところで、過半数の貴族にそっぽを向かれ、同盟諸国からも疎まれているとなれば、国の運営など不可能なのだから。
それに、先程から息苦しい程の殺気を感じる。
国王に忠実な騎士は動きを封じられ、他の騎士は全く動こうとしないこの状況下で、もしも、これ以上の抵抗を見せれば───、
きっと、一思いに殺られる。
様々な事が重なって疲弊していた国王の心は、遂にポッキリと折れてしまった。
その後の話し合いで、国王は対外的には病気療養と称して、手続きが終わり次第速やかに退位する事が決定した。
今後は国の最北端にある王家所有の小さな邸で余生を過ごす事になる。
その邸は政争に負けたり罪を犯したりした王族を軟禁する為の建物なので、あまり良い環境の場所とは言えないし、勿論建物の外へ出る事は許されない。
国王はガックリと項垂れ、見張り役のディオンに付き添われながら、トボトボと私室へ帰って行った。
「全く、相変わらず人使いが荒いな。
昔からお前と関わると碌な事がない」
学生時代の同級生であるシャヴァリエ辺境伯に向かってブーブーと文句を垂れているのは、モーリアック公爵だ。
王家とは確執があったシャヴァリエ家だが、この二人は学生時代から何故か意外と馬が合った。
周囲に知られてはいないが、実は、学園を卒業してからも、折に触れて短い手紙のやり取りをする程度には仲が良い。
「良い歳こいたオッサンが、いつまでもゴネるなよ」
「息子が学園を卒業したら早めに爵位を譲って、妻と田舎でのんびり暮らそうと思っていたのに……。
老後の計画が台無しだよ」
「まだ老後の計画を実行する歳ではないだろう。
優秀な者にはそれに見合った地位に就いて貰わないと、国民が困るんだよ。
楽ばっかりしていると早くボケちまうぞ」
学業は優秀で人望もあるものの、『王位など継ぎたくない』と言ってのけたレアンドル。
今回協力してくれた貴族の中には、ともすれば向上心が無いようにも見える彼の事を、国のトップに立つのに相応しくないのではないかと懸念する者もいた。
そう、レアンドルにも、現王とは違う面で国王として不足している部分はある。
しかし、それは自分達臣下が補えば良い事。
何より、王太子となったランベールは、レアンドル以上に玉座に向いている。
きっと彼が順調に教育を終えてくれれば、この国は安泰だろう。
一瞬にして磔の様にされた彼等は、信じられないといった様子で目を見開いている。
「君達も、暫く大人しくしていろ。
心配せずとも、邪魔さえしなければ物理的な攻撃を行う予定は無い」
冷徹に忠告したクリストフ。
指先を少し動かすだけで簡単に魔法を繰り出す二人を目の当たりにして、国王に近い貴族達も喉元まで出かかっていた抗議の声をグッと飲み込んだ。
「……私の責任とは、どう言う意味だ?」
国王は内心怯えながらも己の矜持を奮い立たせて平静を装い、クリストフに問い掛けた。
「国の為に尽くしてきた重要人物であるはずの我が妻を寄って集って虐げてきた事、もうお忘れになったのですか?」
「それは、私がした事では……」
「簡単に解決出来るだけの力を持ちながら故意に放置していたのであれば、加担していたのと同じ事だ。
アルフォンスは廃嫡となる事で責任を取りましたが、陛下はどの様に責任を取られるおつもりか?」
クリストフのその言葉にシャヴァリエ辺境伯も深く頷く。
「私も、陛下には相応の責任を取って頂きたいですねぇ。
愛する娘を蔑ろにされて、怒らない親はいませんからな」
(……愛する、娘?)
辺境伯の意外な言葉に、国王は目を剥いた。
国王は、シャヴァリエ夫妻とミシェルの関係性を、名ばかりの養父母と養女だと思っていたからだ。
それが違っているのなら?
彼等の間に、家族としての強い絆があるのなら?
シャヴァリエ家とデュドヴァン家。
両家は田舎の領地からあまり出ない地味な貴族だと思われがちだが、実は武に優れているのは周知の事実。
敵に回してしまえば、もはや無事で居られるはずが無い。
国王は、自身がした事の全てが裏目に出ていたのだと、初めて理解した。
改めて議場内をよく見れば、焦ったり憤ったりした表情なのは自分と懇意にしている者のみで、他の者達は冷静に成り行きを見守っている。
磔にされて動けない二人の近衛以外の王宮騎士達は、こんな状況になっても全く表情を変えず、動こうとする様子がない。
実はクリストフ達は、ミシェルの治癒に助けられて恩義を感じている貴族を中心に、秘密裏に連絡を取り、仲間に引き入れていた。
そしてその者達が更に、自分達が懇意にしている別の貴族を引き入れた。
ミシェルが断罪された時、彼女の無実を信じていた者は実はかなり多かった。
しかし、誰しも他人より自分の家族や領地の方が大事。王家を敵に回す事を恐れた彼等は口をつぐんだまま、真実が明らかになる機会をじっと待っていた。
そして王家の権威が失墜した今となっては、どちらの味方に着くのが自分にとって有利なのか、火を見るより明らかだ。
(これは、かなり前から水面下で根回しがされていたのだな)
その事に漸く気付いた国王は、早々に抵抗を諦めた。
「……何が望みだ?」
「話が早くて助かります。人間諦めが肝心と言いますからね。
私どもとしては、国王陛下には速やかに引退して頂きたいと考えます」
「なっ……!?」
上機嫌に微笑んだクリストフの発言に、国王は言葉を失った。
この程度の失態で退位を迫られるとは思っても見なかったのだ。
「ああ、退位後の事はご心配無く。
先程の協議で、ランベール様が充分な教育を受け終わるまでの間は、モーリアック公爵が国王代理を務めて下さると決定しましたから。
因みに退位については、この部屋にいる者の七割が賛成しておりますし、議会に名を連ねていない貴族家からも既に多くの賛同を得ております。
おーい、例の物をここへ」
シャヴァリエ辺境伯が議場の扉の向こうに大きく声を掛けると、自分の頭よりも高く積み上げられた紙束を器用に抱えたディオンが入室して来た。
その紙束は、国王の目の前の机にドサっと置かれる。
「こちらが賛同者の署名になります。
どうぞ納得いくまでご確認下さい」
「だ、だが、こんなに急に退位をすれば、同盟国から不安視されてしまうだろう」
クリストフ達の用意周到さに追い詰められながらも、国王はまだ無駄な抵抗を試みる。
「それについては、問題ありませんよ」
挙手をしながら立ち上がった人物を見て、国王はこれから起こる事を察した。
「メルレ……」
その人物は、外交官として活躍しているメルレ伯爵である。
国王の目の前まで歩み寄り、彼は大量の手紙が入った木箱を差し出す。それぞれの封筒には、同盟諸国の王家の封蝋が押されていた。
「同盟諸国の王は皆、賛成して下さっていますので」
爽やかな笑顔でそう言い放ったメルレ伯爵。
ここまでされては国王に抗う術はない。
玉座にしがみ付いたところで、過半数の貴族にそっぽを向かれ、同盟諸国からも疎まれているとなれば、国の運営など不可能なのだから。
それに、先程から息苦しい程の殺気を感じる。
国王に忠実な騎士は動きを封じられ、他の騎士は全く動こうとしないこの状況下で、もしも、これ以上の抵抗を見せれば───、
きっと、一思いに殺られる。
様々な事が重なって疲弊していた国王の心は、遂にポッキリと折れてしまった。
その後の話し合いで、国王は対外的には病気療養と称して、手続きが終わり次第速やかに退位する事が決定した。
今後は国の最北端にある王家所有の小さな邸で余生を過ごす事になる。
その邸は政争に負けたり罪を犯したりした王族を軟禁する為の建物なので、あまり良い環境の場所とは言えないし、勿論建物の外へ出る事は許されない。
国王はガックリと項垂れ、見張り役のディオンに付き添われながら、トボトボと私室へ帰って行った。
「全く、相変わらず人使いが荒いな。
昔からお前と関わると碌な事がない」
学生時代の同級生であるシャヴァリエ辺境伯に向かってブーブーと文句を垂れているのは、モーリアック公爵だ。
王家とは確執があったシャヴァリエ家だが、この二人は学生時代から何故か意外と馬が合った。
周囲に知られてはいないが、実は、学園を卒業してからも、折に触れて短い手紙のやり取りをする程度には仲が良い。
「良い歳こいたオッサンが、いつまでもゴネるなよ」
「息子が学園を卒業したら早めに爵位を譲って、妻と田舎でのんびり暮らそうと思っていたのに……。
老後の計画が台無しだよ」
「まだ老後の計画を実行する歳ではないだろう。
優秀な者にはそれに見合った地位に就いて貰わないと、国民が困るんだよ。
楽ばっかりしていると早くボケちまうぞ」
学業は優秀で人望もあるものの、『王位など継ぎたくない』と言ってのけたレアンドル。
今回協力してくれた貴族の中には、ともすれば向上心が無いようにも見える彼の事を、国のトップに立つのに相応しくないのではないかと懸念する者もいた。
そう、レアンドルにも、現王とは違う面で国王として不足している部分はある。
しかし、それは自分達臣下が補えば良い事。
何より、王太子となったランベールは、レアンドル以上に玉座に向いている。
きっと彼が順調に教育を終えてくれれば、この国は安泰だろう。
応援ありがとうございます!
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