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71 弱い心が招いた悲劇

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 レアンドルは当時の王太子の第二子として生まれた。

 レアンドルには、二つ歳上の腹違いの兄がいる。
 兄は正妃の息子で、レアンドルは貧乏な子爵家出身の側妃の息子だった。

 何故そんな身分の低い母が、側妃となったのか?
 レアンドルの母は、正規の方法を経て側妃に選ばれた訳では無い。

 とある夜会で、酒に酔った王太子が、うっかり孕ませてしまったメイド。
 それがレアンドルの母である。
 まあ、よくある話だ。

 それまでの前例に則って処理をするならば、メイドを愛妾にするのが一番よく用いられる対応。
 若しくは、高額な慰謝料を支払い、生まれた子だけを王家で引き取るか、堕胎させるという手段もある。

 いくら国王の子を身籠ったとは言え、弱小子爵家の令嬢を側妃として召し上げるなど、この国においては異例の高待遇。
 普通ならば有り得ないと考えられていた。

 しかし、メイドの父親(当時の子爵)が欲を出し、王家に「責任を取れ!」と強く迫った。
 そして、他でも無い王太子自身が、彼女を側妃にしたいと強く希望した事や、メイドの方も王太子を憎からず思っていた事で、異例ではあったが彼女は側妃として娶られたのだ。


 当然、正妃としては面白く無かっただろう。
 だが彼女は、側妃に冷たく接したり無視したりはしたが、決して危害を加える事は無かった。
 更に、レアンドルの事は「子供に罪はない」として意外と可愛がってくれたりもした。

 少し大きくなってから気付いた事だが、当時は皆がレアンドルの事を「王家にとって都合の良い存在」として見ていたのだ。
 母の身分が低過ぎる為、継承争いの火種となる可能性は少なく、しかし確実に王家の血を継いでいるので、いざ第一王子に何かあった場合にはスペアとしての役割を充分に果たせる存在。
 それが、レアンドルだったのだ。

 正妃がレアンドルに優しかったのも、自身の息子の脅威にはなり得ない存在だと思っていたから。
 だから、幼き頃は兄もレアンドルと一緒に遊んでくれたし、兄弟の仲はとても良かった。


 それが変化し始めたのは、レアンドルが学園に入学する半年ほど前からだった。
 入学試験に際して、それまであまり力を入れられていなかったレアンドルの教育が、本格的に開始された。
 すると、彼の意外な才能が開花し、教えられた事をどんどん吸収していく。
 学園の入学試験では、勉強を始めたばかりにも関わらず、あっさりと首席を取る事が出来た。

 その頃既に国王に即位していた父は、大喜びでレアンドルを褒め称える。
 父に認められたレアンドルは素直に喜んだ。
 その状況が、自分と母の首を絞めるとも知らずに。


 王妃と兄は、無害だと思っていたレアンドルが頭角を表し始めた事に焦った。
 何故なら兄の方は、幼い頃から長年本格的な教育を受けていたにも関わらず、成績が全く振るわなかったからだ。
 彼はどんなに努力しても、学園のテストでは中の下くらいの順位しか取れなかった。

 勉強だけが王の資質の全てでは無いが、テスト順位という物は、残酷なまでに如実に二人の実力差を表してしまう。

 その内に父も国の重鎮達も、レアンドルの方に期待を寄せ始めた。

 王妃や兄と、レアンドルの関係は益々冷え切って行く。
 レアンドルは、昔は優しかった、大好きだった二人との関係に悩み、眠れぬ夜が増えた。


 そして、レアンドルと母の食事に、度々毒が盛られる様になった。


 明確な証拠は掴めなかったが、どう考えても王妃、若しくは王妃の派閥の者の仕業である。


 ある日、とうとう母が、刺客に襲われたレアンドルを庇い、生死の境を彷徨うほどの重傷を負ってしまった。
 なんとか一命は取り留めたものの、レアンドルはすっかり怖気付いた。


 レアンドルは父に懇願した。
 継承権を捨てたいと。
 自分は玉座など要らないと。

 元々レアンドルは争いを好まない穏やかな性格だった。
 そんな彼は、仲が良かったはずの兄との骨肉の争いに疲弊しきっていた。

 母の命を奪われる事が怖かった。
 自分の命が奪われる事も怖かった。

 それでも、当然ながら、彼の要望がすぐに聞き入れられる事はなかった。
 だが、次第に無気力になって行くレアンドルを見ている内に、『この子は精神的に玉座に向いていないのではないか』と、父は漸く悟った。

 そう、兄王子は頭脳が足りず、レアンドルは優し過ぎたのだ。


 本来ならば二人の王子が手に手を取って国を運営する事が出来れば、一番良かったのかもしれない。
 だが、二人の関係は拗れ過ぎて、修復は不可能。
 特に兄王子の方は、レアンドルの能力を妬んで一方的に敵視していた。


 成人して公爵位を賜り、臣籍降下したレアンドルは兄を刺激しない様に、意識的に距離を置いた。

 それでも兄が即位したばかりの頃は良かった。
 無能な王であっても、優秀な宰相や側近達が彼を支えていたから。
 だが兄は、大きな権力を得た事で、次第に傲慢になって行った。
 そして、両親である先王と王太后が崩御した直後から、耳の痛い小言を言う者達を次々と排除し、自分に都合の良い事を言う者ばかりを重用し始めた。

 そうやって、父が息子の治世の為に苦労して集めた優秀な者達は、閑職に追いやられたり、この国に見切りをつけて出て行ったりしてしまい、国がどんどん傾いていったのだ。


 遠くから兄を見守っていたレアンドルは、継承権を手放してしまった事を激しく後悔した。

 どんなに辛くても、やはりあの兄に国を任せるべきではなかった。
 多少強引な手段を使ってでも、兄を玉座から引き摺り降ろすべきなのだろうか。

 そう考え始めた頃には、レアンドルを警戒した兄が彼に見張りを付けていて、自由に動く事が難しくなっていた。


 そんな状態が数年続いたある日、学生時代の友人から久し振りに手紙が届いた。
 その内容は、なんて事の無い近況報告。

 王家の威信を揺るがすニュースが毎日の様に飛び交うこのタイミングで、アイツがそんな意味の無い手紙をわざわざ送ってくるはずがない。

 何度も読む内に、手紙の本文の一部を斜めに読むと『フウトウノナカ』と言う言葉が浮かんだ。

 封筒を解体して広げると、その内側に、よく見ないと気付かないくらいの薄いインクで小さな文字が書かれていた。

『もうすぐ山頂の花が枯れる。次の花を植える準備を』

 メッセージは、それだけ。

(山頂……。高い所に咲く花を人に例えたのなら、それは現国王。
 だとすると、次の花とは……、普通に考えれば王太子のアルフォンスの事だが、私に準備を促すならばランベールの事か?
 いや……、私自身という可能性もあるか)


 彼からの連絡は、その一度きりだった。
 王家がレアンドルを見張っている事は、彼も気付いており、不用意に連絡を取る事は危険であると理解していたのだ。


 やがて王太子が廃嫡になった。
 そして、議会が開かれる。

 根回しはすっかり済んでいたらしく、驚く程簡単に、兄は失脚した。


 弱気になったレアンドルが玉座を兄に譲ったせいで、多くの人が苦労を強いられた。
 そのツケを自分で払うべき時が来たのだ。


(私はもう逃げない)

 レアンドルは息子に玉座を明け渡す迄に、少しでもこの国を良い方向に導こうと強く決意した。

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