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97 《番外編》忠誠を誓う者②

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 ミシェルとパトリックの会話を聞いていたメルレ伯爵は、申し訳無さそうに苦笑いした。

「侯爵家のご子息と仲良くして頂けるなんて、私共に取っては願っても無い話です。
 それでは恩返しにはなりませんよ」

「由緒あるメルレ家のご子息でしたら信用出来ますし、私達も安心ですから」

「そんな風に言って頂けるなんて、光栄ではありますが……」

「本人同士の相性もあると思いますから、取り敢えずジェレミーを同席させても良いかしら?」

「はい、是非」

 メルレ伯爵が快諾したので、ミシェルが侍女に目配せをすると、侍女は黙礼をして応接室をそっと出て行った。


「パトリック、失礼の無い様にね」

 コソッと囁かれたメルレ夫人の言葉に頷いたパトリックは、少し緊張しながら新たな友人との対面の時を待った。

 侯爵は社交シーズンでも滅多に領地を出ないので、その子息のジェレミーも他家の子女との交流は殆ど無い。
 だが、聡明で人懐っこい性格であるとの噂はパトリックの耳にも入っていた。
 果たして、その噂は真実なのだろうか?
 彼の父親である侯爵は、人懐っこいとは真逆のタイプに見えるのだが……。


 ───コンコンコン。

 両親と侯爵夫妻が談笑しているのを聞き流しながら、ロイヤルミルクティーを飲んでいると、ノックの音が響いた。

 侯爵家の執事が扉を開くと、天使の様に愛らしい、小さな男の子が入室して来た。
 フワフワの焦茶色の巻き毛は、窓から吹き込む微風に撫でられて揺れ、まん丸の青の瞳は好奇心にキラキラと輝いている。

「ジェレミー、ご挨拶なさい」

 ミシェルに促されて、ジェレミーはニッコリ笑って頷いた。

「初めまして、ジェレミー・デュドヴァンと申します。
 メルレ家の皆様にお会い出来て光栄です」

「かっ………」

「か?」

「あっ、いえ。
 パトリック・メルレと申します。
 本日は、以前ミシェル様に助けて頂いたお礼のご挨拶に参りました」

 思わず『可愛い』と言ってしまいそうになったのを、パトリックはギリギリで飲み込んだ。
 いくら幼くとも、ジェレミーだって立派な男の子。
 二歳しか違わない初対面のヤツに『可愛い』などと言われるのは屈辱的だろう。

 互いに自己紹介が済むと、ジェレミーは着席せずにミシェルの袖をツンツンと引っ張った。

「ねえ、母様。
 もうお話が終わったなら、パトリック殿とお外に遊びに行っても良いですか?」

 クリッとした瞳で上目遣いに見上げられたミシェルは、愛しくて堪らないという表情でジェレミーの頭を撫でた。

「敷地の中だけだったら良いわよ。
 レオを連れて行きなさいね」

「はぁい。
 行こう。パトリック殿!」

 眩しい程の満面の笑みで差し伸べられた小さな手を、ぎこちなく握る。
 少し頬が熱いし、胸もドキドキしているが、断じてそう言う意味では無い……と、思いたい。




「裏庭には、小さいけど鍛錬場と、母様が管理してる薬草畑があるんだよ。
 パトリック殿は剣術は出来るの?」

 ひとしきりバラの庭園を案内した所で、そう聞かれたパトリックは頷いた。

「はい。嗜み程度ですが」

 すると、ジェレミーはパッと嬉しそうな顔になる。

「じゃあ、今度来た時は、僕と手合わせをしてよ!
 僕も今、剣術を頑張ってるんだけど、同年代の子息と会う機会が無いから、練習相手が居なくって」

「俺は今からでも良いですけど……」

「ホントにっ!?」

 だが、ここでジェレミーの護衛のレオが口を挟んだ。

「坊っちゃま、ダメです。
 お客様のお召し物が汚れてしまったら、俺が奥様に叱られるじゃないですか。
 あの人、坊っちゃまには甘々だけど、俺には結構厳しいんスよ」

「あ、俺の服の事なら気にしないで下さい」

 幼い時期の二歳の違いは、とても大きい。
 実際に、ジェレミーとパトリックでは体格にもかなりの差がある。
 ジェレミーは少し小柄なので、パトリックとは頭一つ分以上の身長差だ。

 当然ながら、パトリックは全く負ける気がしなかった。
 だから、適度に手加減をしてあげれば、お互いに服が汚れる様な事態にはならないだろうと高を括っていたのだ。

 レオは少し悩み、渋面を作りながらも了承した。

「では、軽くならば……。
 お二人共、間違っても怪我などなさらないで下さいね」

「「はーい」」



 そして、鍛錬場で互いに向かい合い、模造剣を手にした瞬間───。

 それまでジェレミーが纏っていた柔らかな空気は綺麗に消え去り、代わりにピリピリと肌を刺す様な殺気が漂った。

(怖っっ!!)

 先程は、一瞬うっかり禁断の扉を開きかけていたパトリックだったが、その扉はバタンと大きな音を立て、勢い良く閉まった。

※そして、もう二度と開く事は無いだろう。


 審判役のレオの「始め」の声と同時に、先手必勝とばかりに斬りかかる。

 この時点で、『手加減』などと言う言葉は、頭の片隅にも残っていなかった。

(真面目にやらなければ、瞬殺される)

 そんな危機感があったから。

 だが、五歳児に向けて全力で振り下ろした模造剣は、いとも簡単にヒラリと躱されてしまった。

 次の瞬間には攻守が入れ替わってしまい、重い一振りが襲い掛かって来た。
 すんでの所で受け止めるも、両腕がビリビリと痺れる程の衝撃が模造剣から伝わる。

(あんな小さな体の何処に、こんな力がっ!?)

 その後は防戦一方となり、最終的にはパトリックが尻餅をついた事によって、慌てたレオが制止して試合終了となった。

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