102 / 105
102 《番外編》焦らずゆっくりと②
しおりを挟む
「さあさあ、立ち話はこれくらいにして、二人が荷物を整理したらみんなでお茶にしましょう」
パンッと手を叩いてミシェルがそう言うと、使用人達の中から一人の女性がにこやかにエリザベートに歩み寄った。
「ご滞在中、若奥様のお世話役を務めさせていただきます、チェルシーと申します。
先ずはお部屋へご案内致します」
『若奥様』と呼ばれるのは初めてなので、とてもむず痒い。
「……ありがとう。
よろしくね、チェルシー」
滞在中にエリザベートが使用する客間へと案内される。
「わざわざ客間を用意しなくても、リズも僕の部屋で寝れば良いのに」
不満そうなジェレミーをチェルシーが軽く睨む。
「そんな事言っていると奥様に叱られますよ、坊っちゃま。
もしもの事があった場合に困るのは若奥様なのですから、しっかり自制して下さいませ」
その言葉の意味を理解したエリザベートは、ほんのりと頬を染めて目を逸らした。
二人は既に夫婦だが、ミシェルの指示により房事は卒業まで禁止されている。
万が一、直ぐに妊娠してしまえばエリザベートは学園を中退せざるを得ないし、卒業後に予定している挙式にも影響が出るかもしれないからだ。
「わかってるって。
……ちょっとした冗談なのにさ、なにも真剣に説教しなくても」
拗ねたように呟くジェレミーだが、半分本気っぽく聞こえたのは、多分気のせいでは無いと思う。
「お荷物の整理をお手伝いしましょう」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。
少ししか持って来ていないから」
チェルシーの親切な申し出を、エリザベートは丁重に辞退した。
今回は週末の休みを利用して二日間だけの滞在の予定だから、荷物は然程多くない。
「そうですか? では、御用の際にはご遠慮なさらずにお声掛け下さいませ。
ジェレミー坊っちゃまも、お部屋でお荷物のお片付けをなさって下さいね」
「はーい」
チェルシーに促されて素直に返事をするジェレミーは、いつもより少しだけ幼く見えて新鮮だ。
久々に実家に戻ったから気が抜けているのかもしれない。
きっと学園で友人達に見せる顔と家族や領地の使用人に見せる顔は違うのだろう。
「じゃあ、リズ、荷物が片付いた頃に迎えに来るからね」
「ええ。お願いします」
「また後で」
退室する二人に笑顔で手を振って見送ったエリザベート。
扉が閉まって客間に一人きりになると、緊張が解けてフウッと小さく息を吐き出した。
話に聞いていた通りの、仲の良い素敵な家族。
その一員になれた事は、本当に嬉しいし、温かく迎え入れて貰えてありがたいとも思う。
嬉しい、はずなのに……。
(ほんの少しだけ気分が沈んでしまっているのは、一体何故なのかしら?)
なんとなく淋しいようなモヤモヤするような、胸の奥底に湧いてくる謎の気持ちの正体が自分でも掴めずに、エリザベートは戸惑っていた。
その後、迎えに来たジェレミーに談話室へと案内されたエリザベートは、新しい家族と共にお茶をしながら会話を楽しんだ。
侍女のグレースが淹れてくれたご自慢の紅茶は、今迄飲んだ事がないほどに華やかな香りがする。
「わぁ……、すごく美味しいです」
素直な感想を述べたエリザベートに、ミシェルが嬉しそうに微笑んだ。
「とても香りが良いでしょ? 私も初めて飲んだ時は驚いたのよ。
グレースはお茶を淹れるのがとても上手いの。
隣国から取り寄せている茶葉なんだけど、良かったらお土産に少し持って帰ってね」
因みに妊娠中のミシェルには、その日の体調に合わせたハーブティーが用意されているそうだ。
流石は侯爵家の侍女である。
「お茶菓子も良かったら食べてみて。昨日焼いたのよ」
「母様の作るお菓子は世界一美味しいんですよ。
姉様はクッキーはお好きですか?」
自慢気にそう言いながら、チョコチップのクッキーに手を伸ばすヴァレール。
「え? お義母様の手作りなのですか?」
「趣味なのよ。下手の横好きだけど」
「体調は大丈夫なのですか?
母上のクッキーは僕も好物なので嬉しいですが、あまり無理はなさらないで下さいね」
ジェレミーが心配そうに声を掛ける。
「ヴァレールがお腹にいた時は食べ物の臭いがダメだったんだけど、今回は全然なの。
つわりが軽い時は女の子だっていうのは迷信らしいけど、なんとなく女の子が産まれそうな予感がしてるのよね。根拠は無いけど」
「妹も良いですね。
どちらが生まれるか、楽しみです」
ミシェルに似た妹を想像したのか、ジェレミーがワクワクした様子でそう言った。
「娘だったら、絶対に嫁には出さない」
「父上、気が早過ぎます」
キリリとした表情で娘にとっては迷惑でしかないであろう決意表明をするクリストフに、ジェレミーは胡乱な視線を投げた。
その後も、ジェレミーの子供の頃の話を聞いてほのぼのした気持ちになったり、妻自慢を延々と聞かせるクリストフにヴァレールがツッコミを入れたり、負けずにジェレミーも惚気話を始めて生温かい視線を浴びる羽目になったり……。
いつまで話しても話題は尽きない。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
パンッと手を叩いてミシェルがそう言うと、使用人達の中から一人の女性がにこやかにエリザベートに歩み寄った。
「ご滞在中、若奥様のお世話役を務めさせていただきます、チェルシーと申します。
先ずはお部屋へご案内致します」
『若奥様』と呼ばれるのは初めてなので、とてもむず痒い。
「……ありがとう。
よろしくね、チェルシー」
滞在中にエリザベートが使用する客間へと案内される。
「わざわざ客間を用意しなくても、リズも僕の部屋で寝れば良いのに」
不満そうなジェレミーをチェルシーが軽く睨む。
「そんな事言っていると奥様に叱られますよ、坊っちゃま。
もしもの事があった場合に困るのは若奥様なのですから、しっかり自制して下さいませ」
その言葉の意味を理解したエリザベートは、ほんのりと頬を染めて目を逸らした。
二人は既に夫婦だが、ミシェルの指示により房事は卒業まで禁止されている。
万が一、直ぐに妊娠してしまえばエリザベートは学園を中退せざるを得ないし、卒業後に予定している挙式にも影響が出るかもしれないからだ。
「わかってるって。
……ちょっとした冗談なのにさ、なにも真剣に説教しなくても」
拗ねたように呟くジェレミーだが、半分本気っぽく聞こえたのは、多分気のせいでは無いと思う。
「お荷物の整理をお手伝いしましょう」
「ありがとう。でも、大丈夫よ。
少ししか持って来ていないから」
チェルシーの親切な申し出を、エリザベートは丁重に辞退した。
今回は週末の休みを利用して二日間だけの滞在の予定だから、荷物は然程多くない。
「そうですか? では、御用の際にはご遠慮なさらずにお声掛け下さいませ。
ジェレミー坊っちゃまも、お部屋でお荷物のお片付けをなさって下さいね」
「はーい」
チェルシーに促されて素直に返事をするジェレミーは、いつもより少しだけ幼く見えて新鮮だ。
久々に実家に戻ったから気が抜けているのかもしれない。
きっと学園で友人達に見せる顔と家族や領地の使用人に見せる顔は違うのだろう。
「じゃあ、リズ、荷物が片付いた頃に迎えに来るからね」
「ええ。お願いします」
「また後で」
退室する二人に笑顔で手を振って見送ったエリザベート。
扉が閉まって客間に一人きりになると、緊張が解けてフウッと小さく息を吐き出した。
話に聞いていた通りの、仲の良い素敵な家族。
その一員になれた事は、本当に嬉しいし、温かく迎え入れて貰えてありがたいとも思う。
嬉しい、はずなのに……。
(ほんの少しだけ気分が沈んでしまっているのは、一体何故なのかしら?)
なんとなく淋しいようなモヤモヤするような、胸の奥底に湧いてくる謎の気持ちの正体が自分でも掴めずに、エリザベートは戸惑っていた。
その後、迎えに来たジェレミーに談話室へと案内されたエリザベートは、新しい家族と共にお茶をしながら会話を楽しんだ。
侍女のグレースが淹れてくれたご自慢の紅茶は、今迄飲んだ事がないほどに華やかな香りがする。
「わぁ……、すごく美味しいです」
素直な感想を述べたエリザベートに、ミシェルが嬉しそうに微笑んだ。
「とても香りが良いでしょ? 私も初めて飲んだ時は驚いたのよ。
グレースはお茶を淹れるのがとても上手いの。
隣国から取り寄せている茶葉なんだけど、良かったらお土産に少し持って帰ってね」
因みに妊娠中のミシェルには、その日の体調に合わせたハーブティーが用意されているそうだ。
流石は侯爵家の侍女である。
「お茶菓子も良かったら食べてみて。昨日焼いたのよ」
「母様の作るお菓子は世界一美味しいんですよ。
姉様はクッキーはお好きですか?」
自慢気にそう言いながら、チョコチップのクッキーに手を伸ばすヴァレール。
「え? お義母様の手作りなのですか?」
「趣味なのよ。下手の横好きだけど」
「体調は大丈夫なのですか?
母上のクッキーは僕も好物なので嬉しいですが、あまり無理はなさらないで下さいね」
ジェレミーが心配そうに声を掛ける。
「ヴァレールがお腹にいた時は食べ物の臭いがダメだったんだけど、今回は全然なの。
つわりが軽い時は女の子だっていうのは迷信らしいけど、なんとなく女の子が産まれそうな予感がしてるのよね。根拠は無いけど」
「妹も良いですね。
どちらが生まれるか、楽しみです」
ミシェルに似た妹を想像したのか、ジェレミーがワクワクした様子でそう言った。
「娘だったら、絶対に嫁には出さない」
「父上、気が早過ぎます」
キリリとした表情で娘にとっては迷惑でしかないであろう決意表明をするクリストフに、ジェレミーは胡乱な視線を投げた。
その後も、ジェレミーの子供の頃の話を聞いてほのぼのした気持ちになったり、妻自慢を延々と聞かせるクリストフにヴァレールがツッコミを入れたり、負けずにジェレミーも惚気話を始めて生温かい視線を浴びる羽目になったり……。
いつまで話しても話題は尽きない。
楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
応援ありがとうございます!
21
お気に入りに追加
8,004
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる