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103 《番外編》焦らずゆっくりと③
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そして夜には侯爵家の素晴らしい料理人達が腕を振るったご馳走様に舌鼓を打ち、食後はカードゲームに興じる。
ゲームの結果はポーカーフェイスを保てないミシェルの一人負けだった。
「くっ……!!
エリザベートさんも強い!」
拳を握って悔しがるミシェルに『お義母様が弱いのでは?』と思ったエリザベートだが、その言葉はそっと胸の内にとどめておいた。
デュドヴァン家では、子供は早めの時間に就寝するらしい。
ヴァレールが就寝するタイミングで今日は解散となり、ジェレミーとエリザベートもそれぞれの部屋へとへ戻った。
楽しかったけれど、何故かやっぱり胸の奥がモヤモヤする。
初対面の人達に会って緊張していたからだろうか?
チェルシーに手伝って貰い湯浴みを済ませ、就寝の準備をしていると、客間の扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
訪問者はワインボトルと果実水を抱えたミシェルだった。
「女同士でもう少しだけ、お話ししない?」
「ええ。喜んで」
ニコニコと微笑むミシェルを室内に迎え入れて、向かい合わせでソファーに腰を下ろす。
「エリザベートさんはアルコールいけるほう?」
この国では十五歳から飲酒が許されている。
「嗜み程度には」
「良かった。クリス様の取っておきのワイン、拝借してきちゃった。
残念ながら私はお付き合い出来ないから果実水だけど、授乳期が終わったらまた一緒に飲みましょうね」
チェルシーが二人のグラスにワインと果実水を注ぎ、つまみにチーズとナッツも用意してくれた。
ミシェルが目配せをすると、彼女は黙礼をしてそっと部屋を出ていく。
「では、乾杯~!」
互いに軽くグラスを掲げて、一口飲み込む。
果実みが強くて軽い飲み口のワインは、気を付けないと飲み過ぎてしまいそうだ。
「ちょっと気になったんだけどね……、もしかして、エリザベートさんはまだ結婚したくなかったりした?」
「……え?」
思いもかけない質問に、エリザベートはキョトンとした顔になる。
「あ、私の勘違いなら良いの。
ほら、ジェレミーは私達にとっては自慢の息子だけど、ちょっと……、なんていうか、重いでしょう?
エリザベートさんの負担になっていないかなって、少し心配だったの」
『重い』という部分に関しては『そんな事ないですよ』と否定するのはやや無理がある気がして、エリザベートは曖昧に微笑んだ。
ふと、先程迄のミシェルにベッタリだったクリストフの姿を思い出す。
ジェレミーの性格は、きっと父親似なのだろう。
「……ジェレミーには凄く良くしてもらってますし、結婚できた事はとても嬉しく思っています」
「そうなの? それなら良かったわ。
……じゃあ、エリザベートさんの憂いの原因は、『疎外感』かしら?」
(あぁ、そうか。疎外感……)
エリザベート自身にもよく分からなかったモヤモヤとした感情の正体が薄っすらと見えた気がした。
デュドヴァン家の人達は皆エリザベートを歓迎してくれたし、壁を感じる要素はなかった。
だが、この幸せそうな家庭は、エリザベートがそれまで知っていた家庭とは違い過ぎていたのだ。
(私の育った家庭は地獄だったから……)
優しく温かな家族の中に自分という異物が混じってしまったような……無意識の内にそんな風に感じてしまっていたのかもしれない。
勿論、ジェレミーやミシェル達には何の落ち度も無い。
純粋にエリザベート自身の心の問題である。
「どうして……?」
何故、ミシェルには分かったのだろうか?
自分自身でさえよく理解出来なかった、この不可解な気持ちが。
そもそも憂い顔を見せたつもりもなかったのだが、うっかり顔に出してしまっていたのだろうか?
「ふとした拍子にほんの一瞬だけ、淋しそうな顔をした様に見えたの。
エリザベートさんの気持ちを正確に分かっているわけではないと思うけど、私も同じような経験があったから、もしかしたらそうかなって。
私の場合、結婚した時じゃなくて、養女になった時にね」
「あ……」
ミシェルが元孤児である事を思い出したエリザベートは、ハッとした。
公爵令嬢のエリザベートから見ても、見習いたいと思うくらいにミシェルの所作は優雅なので、すっかり忘れていた。
王太子妃教育の賜物なのかもしれないが、その所作を身に付けるのは並大抵の努力では無かっただろう。
孤児院で暮らしていた平民の少女が、突然高位貴族の令嬢となったのだから、その環境の変化は今のエリザベート以上に著しいものだったはずだ。
その分戸惑いや不安も大きかった事は想像に難くない。
たとえ、養子先の家族達がミシェルを歓迎してくれたとしても。
「あ、誤解しないでね。
私がいた施設は、そんなに悪い所ではなかったのよ。
衛生面も食事もちゃんとしていたし、職員の方々も子供好きの人ばかりで。
それでも家族の愛情って物にはそれまで縁が無かったから、義家族が優しくしてくれる事になかなか慣れなくてね。
自分は本当にここに居て良いのかなとかって、余計な事を考えてしまったり……」
(ああ、同じだ)
血の繋がった父や兄と共に暮らしていたにも関わらず彼等から愛情を感じる事が無かったエリザベートは、ミシェルの話に共感した。
エリザベートはワインで喉を潤して、口を開く。
「……私も、同じ様な理由で疎外感を感じてしまっていたのかもしれません。
今の生活は幸せなのに、その状況にまだ慣れなくて……」
「やっぱり?
でもね、経験者として言わせて貰えば、多分それは自然に時間が解決してくれるから心配は要らないわ。
今はまだ馴染めないかもしれないけど、急がないで良いの。
時間はたっぷりあるのだから、ゆっくり家族になっていきましょうね」
長年置かれていた環境に起因した考え方を、努力だけで変えることは難しいだろう。
(でも……。
そうか、時間が解決してくれるのか。
焦る必要はないんだ)
そう考えると、少しだけ肩の力が抜けて、フッと気持ちが軽くなった気がする。
「はい。改めて末永くよろしくお願いします」
フワリと微笑んだエリザベートに、ミシェルは力強く頷く。
「こちらこそ。
そろそろ少しずつ結婚式の準備も始めないとね。
ウチは息子しかいなかったから、娘と一緒にドレスを選んだりするのが夢だったの」
「はい。是非」
「ああ、良かった。
悩んでいたエリザベートさんには悪いけど、安心したわ。
『仕方なく結婚したけど後悔してる』とか言われたら、どうしようかと思ってたから。
もしもジェレミーがウザかったら、遠慮なく相談してね。
私がジェレミーにしっかり言い聞かせてあげるから」
ミシェルはブンッと拳を振り下ろす仕草をする。
『言い聞かせる』と言いつつ、鉄拳制裁も辞さない姿勢のミシェルを見て、エリザベートは思わずフフッと笑った。
(ああ、ジェレミーはこの環境で育ったから、今のジェレミーになったのね)
エリザベートは妙に納得しながら、ワイングラスを傾けた。
~~~~~~~~~~~~~~
───コンコンコン。
日付が変わる頃。
控えめに響いたノックの音に、ベッドに入ろうとしていたジェレミーは首を傾げた。
「こんな時間に誰だろう?」
扉を開くと、申し訳なさそうな顔をしたミシェルが立っている。
「母上?」
「ごめんなさい、ジェレミー。
実は、エリザベートさんが……」
「リズに何かあったの?」
ゲームの結果はポーカーフェイスを保てないミシェルの一人負けだった。
「くっ……!!
エリザベートさんも強い!」
拳を握って悔しがるミシェルに『お義母様が弱いのでは?』と思ったエリザベートだが、その言葉はそっと胸の内にとどめておいた。
デュドヴァン家では、子供は早めの時間に就寝するらしい。
ヴァレールが就寝するタイミングで今日は解散となり、ジェレミーとエリザベートもそれぞれの部屋へとへ戻った。
楽しかったけれど、何故かやっぱり胸の奥がモヤモヤする。
初対面の人達に会って緊張していたからだろうか?
チェルシーに手伝って貰い湯浴みを済ませ、就寝の準備をしていると、客間の扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
訪問者はワインボトルと果実水を抱えたミシェルだった。
「女同士でもう少しだけ、お話ししない?」
「ええ。喜んで」
ニコニコと微笑むミシェルを室内に迎え入れて、向かい合わせでソファーに腰を下ろす。
「エリザベートさんはアルコールいけるほう?」
この国では十五歳から飲酒が許されている。
「嗜み程度には」
「良かった。クリス様の取っておきのワイン、拝借してきちゃった。
残念ながら私はお付き合い出来ないから果実水だけど、授乳期が終わったらまた一緒に飲みましょうね」
チェルシーが二人のグラスにワインと果実水を注ぎ、つまみにチーズとナッツも用意してくれた。
ミシェルが目配せをすると、彼女は黙礼をしてそっと部屋を出ていく。
「では、乾杯~!」
互いに軽くグラスを掲げて、一口飲み込む。
果実みが強くて軽い飲み口のワインは、気を付けないと飲み過ぎてしまいそうだ。
「ちょっと気になったんだけどね……、もしかして、エリザベートさんはまだ結婚したくなかったりした?」
「……え?」
思いもかけない質問に、エリザベートはキョトンとした顔になる。
「あ、私の勘違いなら良いの。
ほら、ジェレミーは私達にとっては自慢の息子だけど、ちょっと……、なんていうか、重いでしょう?
エリザベートさんの負担になっていないかなって、少し心配だったの」
『重い』という部分に関しては『そんな事ないですよ』と否定するのはやや無理がある気がして、エリザベートは曖昧に微笑んだ。
ふと、先程迄のミシェルにベッタリだったクリストフの姿を思い出す。
ジェレミーの性格は、きっと父親似なのだろう。
「……ジェレミーには凄く良くしてもらってますし、結婚できた事はとても嬉しく思っています」
「そうなの? それなら良かったわ。
……じゃあ、エリザベートさんの憂いの原因は、『疎外感』かしら?」
(あぁ、そうか。疎外感……)
エリザベート自身にもよく分からなかったモヤモヤとした感情の正体が薄っすらと見えた気がした。
デュドヴァン家の人達は皆エリザベートを歓迎してくれたし、壁を感じる要素はなかった。
だが、この幸せそうな家庭は、エリザベートがそれまで知っていた家庭とは違い過ぎていたのだ。
(私の育った家庭は地獄だったから……)
優しく温かな家族の中に自分という異物が混じってしまったような……無意識の内にそんな風に感じてしまっていたのかもしれない。
勿論、ジェレミーやミシェル達には何の落ち度も無い。
純粋にエリザベート自身の心の問題である。
「どうして……?」
何故、ミシェルには分かったのだろうか?
自分自身でさえよく理解出来なかった、この不可解な気持ちが。
そもそも憂い顔を見せたつもりもなかったのだが、うっかり顔に出してしまっていたのだろうか?
「ふとした拍子にほんの一瞬だけ、淋しそうな顔をした様に見えたの。
エリザベートさんの気持ちを正確に分かっているわけではないと思うけど、私も同じような経験があったから、もしかしたらそうかなって。
私の場合、結婚した時じゃなくて、養女になった時にね」
「あ……」
ミシェルが元孤児である事を思い出したエリザベートは、ハッとした。
公爵令嬢のエリザベートから見ても、見習いたいと思うくらいにミシェルの所作は優雅なので、すっかり忘れていた。
王太子妃教育の賜物なのかもしれないが、その所作を身に付けるのは並大抵の努力では無かっただろう。
孤児院で暮らしていた平民の少女が、突然高位貴族の令嬢となったのだから、その環境の変化は今のエリザベート以上に著しいものだったはずだ。
その分戸惑いや不安も大きかった事は想像に難くない。
たとえ、養子先の家族達がミシェルを歓迎してくれたとしても。
「あ、誤解しないでね。
私がいた施設は、そんなに悪い所ではなかったのよ。
衛生面も食事もちゃんとしていたし、職員の方々も子供好きの人ばかりで。
それでも家族の愛情って物にはそれまで縁が無かったから、義家族が優しくしてくれる事になかなか慣れなくてね。
自分は本当にここに居て良いのかなとかって、余計な事を考えてしまったり……」
(ああ、同じだ)
血の繋がった父や兄と共に暮らしていたにも関わらず彼等から愛情を感じる事が無かったエリザベートは、ミシェルの話に共感した。
エリザベートはワインで喉を潤して、口を開く。
「……私も、同じ様な理由で疎外感を感じてしまっていたのかもしれません。
今の生活は幸せなのに、その状況にまだ慣れなくて……」
「やっぱり?
でもね、経験者として言わせて貰えば、多分それは自然に時間が解決してくれるから心配は要らないわ。
今はまだ馴染めないかもしれないけど、急がないで良いの。
時間はたっぷりあるのだから、ゆっくり家族になっていきましょうね」
長年置かれていた環境に起因した考え方を、努力だけで変えることは難しいだろう。
(でも……。
そうか、時間が解決してくれるのか。
焦る必要はないんだ)
そう考えると、少しだけ肩の力が抜けて、フッと気持ちが軽くなった気がする。
「はい。改めて末永くよろしくお願いします」
フワリと微笑んだエリザベートに、ミシェルは力強く頷く。
「こちらこそ。
そろそろ少しずつ結婚式の準備も始めないとね。
ウチは息子しかいなかったから、娘と一緒にドレスを選んだりするのが夢だったの」
「はい。是非」
「ああ、良かった。
悩んでいたエリザベートさんには悪いけど、安心したわ。
『仕方なく結婚したけど後悔してる』とか言われたら、どうしようかと思ってたから。
もしもジェレミーがウザかったら、遠慮なく相談してね。
私がジェレミーにしっかり言い聞かせてあげるから」
ミシェルはブンッと拳を振り下ろす仕草をする。
『言い聞かせる』と言いつつ、鉄拳制裁も辞さない姿勢のミシェルを見て、エリザベートは思わずフフッと笑った。
(ああ、ジェレミーはこの環境で育ったから、今のジェレミーになったのね)
エリザベートは妙に納得しながら、ワイングラスを傾けた。
~~~~~~~~~~~~~~
───コンコンコン。
日付が変わる頃。
控えめに響いたノックの音に、ベッドに入ろうとしていたジェレミーは首を傾げた。
「こんな時間に誰だろう?」
扉を開くと、申し訳なさそうな顔をしたミシェルが立っている。
「母上?」
「ごめんなさい、ジェレミー。
実は、エリザベートさんが……」
「リズに何かあったの?」
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