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38 もどかしい距離
《side:ウィルフレッド》
「はぁーー…………っ」
辺境伯邸の執務室。
書類仕事の合間に紅茶を飲みながら休憩をしていた俺は、無意識の内に深い溜め息をついていた。
そんな俺を見て、ロバートが片眉を上げる。
「何ですか?鬱陶しい」
主人に対して、この発言。
いつもながら失礼な奴だ。
「ズルい」
「はぁ?何がでしょう?」
強面と言われる俺がギロリと睨んでも、ロバートには全く効果が無い。
「ロバートは、フェリシアになんて呼ばれている?」
「普通に『ロバート』と、呼んで頂いてますが」
「ほら、やっぱりズルい。
俺なんて、家名でしか呼んで貰えないんだぞ。
なのに、俺以外は全員名前で呼ばれてるじゃないか」
机に突っ伏してボヤけば、デキる執事は呆れたように首を振った。
「また面倒臭い事を言い出しましたね。
ご自分から名前で呼んでくれと頼まない限りは無理でしょうに」
「分かってる!
最初に言えなかったから、切っ掛けを見失ったんだよ。どうすりゃ良いんだ!?」
「切っ掛けなんて自分で作れば良いのです」
「それが出来たら苦労はしない。
……そんな毛虫を見る様な目で見るなよ。仮にも主人だぞ」
「主人として扱って欲しいなら、サッサと仕事片付けて下さいよ。
大体、フェリシア様との距離が縮まらないのなんて、自業自得でしょ?
先日のあれは何ですか?」
『先日のあれ』とは、おそらくフェリシアと入籍の件の話し合いをした時の事を指しているのだろう。
「あれではフェリシア様の御身をお護りする為だけに入籍するみたいではないですかっ!!
絶対に勘違いされてますし、変に感謝とかされちゃってますよ?
ちゃんと愛を告白しろって何度も申し上げましたよねぇ!?
あの時言わなかったら、いつ言うんですか?
国内最強の戦士ともあろうお方が、女性に告白の一つも出来ないなんて、情けない!!」
執事が剣呑な雰囲気でブツクサと文句を垂れながら、重い溜め息をつく。
完全に主従関係が逆転している気がする。
まあ、良いけど。
「いや、俺だって、言おうと思ったよ?
言おうと思ってたんだけどさぁ……」
この縁談を、ただの政略だとか思って欲しくない。
その為に、俺の想いを彼女に伝えなければならないと言う事は分かっている。
今回の入籍の話が絶好のタイミングだったと言う事も分かっている。
「でもフェリシアは、まだ前の婚約者に心を残している様な気がするんだ」
それは、数日前。
フェリシアが国境警備団の騎士訓練場に、差し入れを持って来てくれた時の事だ。
訓練場のフェンスの前でふと足を止めた彼女は、一点をぼんやりと見詰めていた。
その視線の先には、鍛錬をしている新人騎士の後ろ姿。
彼とフェリシアが接触したのを俺は見た事がなかったのだが、もしかして面識があるのだろうか?
───いや、違う。
似ているのだ。
元婚約者に。
髪色は同じだが顔立ちは全く違うし、黒髪なんてこの国では珍しくないので、それまで気付かなかった。
だが、後ろ姿があの男にそっくりだったのだ。
彼女があの男の面影を追ったのは、どんな気持ちからなのか?
あの男から逃げてこの地へ来たフェリシアだけど、あの男に向ける感情は『嫌い』『怖い』『迷惑』といった、単純な負の気持ちだけじゃなく、もっと色々と複雑な思いが絡み合っているのでは無いだろうか?
長い間、ずっとそばに居た存在は、そんなに簡単には消えてくれない物なのかも知れない。
どんな感情であれ、彼女の中に、未だに居座っている存在があるのは確かだ。
彼女と俺の間に、いつも薄い一枚の壁が存在しているのは、もしかしたらそのせいなのだろうか。
俺は、フェリシアが大事にしているかも知れないその壁を、こちら側から勝手に壊しても良い物だろうかと考えあぐねているのだ。
彼女の心の中に、踏み込む勇気が出ないのだ。
「ボヤボヤしている間に愛想尽かされても知りませんからね」
「……」
辛辣なロバートの尤も過ぎる忠告に、俺は返す言葉すら見つから無かった。
「はぁーー…………っ」
辺境伯邸の執務室。
書類仕事の合間に紅茶を飲みながら休憩をしていた俺は、無意識の内に深い溜め息をついていた。
そんな俺を見て、ロバートが片眉を上げる。
「何ですか?鬱陶しい」
主人に対して、この発言。
いつもながら失礼な奴だ。
「ズルい」
「はぁ?何がでしょう?」
強面と言われる俺がギロリと睨んでも、ロバートには全く効果が無い。
「ロバートは、フェリシアになんて呼ばれている?」
「普通に『ロバート』と、呼んで頂いてますが」
「ほら、やっぱりズルい。
俺なんて、家名でしか呼んで貰えないんだぞ。
なのに、俺以外は全員名前で呼ばれてるじゃないか」
机に突っ伏してボヤけば、デキる執事は呆れたように首を振った。
「また面倒臭い事を言い出しましたね。
ご自分から名前で呼んでくれと頼まない限りは無理でしょうに」
「分かってる!
最初に言えなかったから、切っ掛けを見失ったんだよ。どうすりゃ良いんだ!?」
「切っ掛けなんて自分で作れば良いのです」
「それが出来たら苦労はしない。
……そんな毛虫を見る様な目で見るなよ。仮にも主人だぞ」
「主人として扱って欲しいなら、サッサと仕事片付けて下さいよ。
大体、フェリシア様との距離が縮まらないのなんて、自業自得でしょ?
先日のあれは何ですか?」
『先日のあれ』とは、おそらくフェリシアと入籍の件の話し合いをした時の事を指しているのだろう。
「あれではフェリシア様の御身をお護りする為だけに入籍するみたいではないですかっ!!
絶対に勘違いされてますし、変に感謝とかされちゃってますよ?
ちゃんと愛を告白しろって何度も申し上げましたよねぇ!?
あの時言わなかったら、いつ言うんですか?
国内最強の戦士ともあろうお方が、女性に告白の一つも出来ないなんて、情けない!!」
執事が剣呑な雰囲気でブツクサと文句を垂れながら、重い溜め息をつく。
完全に主従関係が逆転している気がする。
まあ、良いけど。
「いや、俺だって、言おうと思ったよ?
言おうと思ってたんだけどさぁ……」
この縁談を、ただの政略だとか思って欲しくない。
その為に、俺の想いを彼女に伝えなければならないと言う事は分かっている。
今回の入籍の話が絶好のタイミングだったと言う事も分かっている。
「でもフェリシアは、まだ前の婚約者に心を残している様な気がするんだ」
それは、数日前。
フェリシアが国境警備団の騎士訓練場に、差し入れを持って来てくれた時の事だ。
訓練場のフェンスの前でふと足を止めた彼女は、一点をぼんやりと見詰めていた。
その視線の先には、鍛錬をしている新人騎士の後ろ姿。
彼とフェリシアが接触したのを俺は見た事がなかったのだが、もしかして面識があるのだろうか?
───いや、違う。
似ているのだ。
元婚約者に。
髪色は同じだが顔立ちは全く違うし、黒髪なんてこの国では珍しくないので、それまで気付かなかった。
だが、後ろ姿があの男にそっくりだったのだ。
彼女があの男の面影を追ったのは、どんな気持ちからなのか?
あの男から逃げてこの地へ来たフェリシアだけど、あの男に向ける感情は『嫌い』『怖い』『迷惑』といった、単純な負の気持ちだけじゃなく、もっと色々と複雑な思いが絡み合っているのでは無いだろうか?
長い間、ずっとそばに居た存在は、そんなに簡単には消えてくれない物なのかも知れない。
どんな感情であれ、彼女の中に、未だに居座っている存在があるのは確かだ。
彼女と俺の間に、いつも薄い一枚の壁が存在しているのは、もしかしたらそのせいなのだろうか。
俺は、フェリシアが大事にしているかも知れないその壁を、こちら側から勝手に壊しても良い物だろうかと考えあぐねているのだ。
彼女の心の中に、踏み込む勇気が出ないのだ。
「ボヤボヤしている間に愛想尽かされても知りませんからね」
「……」
辛辣なロバートの尤も過ぎる忠告に、俺は返す言葉すら見つから無かった。
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