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39 青色のドレス
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夜会用のドレスが届いた日の晩。
もはや日課になっている傷薬を塗りに、コールドウェル様のお部屋を訪問した。
頬に薬を塗るだけならば、ほんの短い時間なのだが、その後一緒にハーブティーを飲みながらのんびりと会話を楽しむ所までセットで、毎晩の恒例となっている。
「仕立て屋から荷物が届いたそうだけど、気に入って貰えたかな?」
ティーカップをソーサーに戻しながら私に問い掛けた彼の表情はいつも以上に固く、緊張している様にも見えた。
「はい。とても素敵なドレスでした。
……ですが………」
「何か不都合でも?」
少し口籠もった私に、彼の瞳が微かに揺れる。
「いえ、不都合と言う訳では無いのですが、もしかして、あの青色はコールドウェル様の瞳のお色でしょうか?」
社交界では数年前から、愛する人に自分の瞳や髪と同じ色の衣装や装飾品を贈る事が流行している。
『この人は自分のものだ』と周囲に知らしめる効果もあり、独占欲の強い人ほど積極的にこの流行りに乗っかっているのだ。
以前お出掛けした時には白地に青の刺繍のストールをプレゼントしてくれたけど、全体的に彼の色だった訳では無かったので、深く考えずに受け取る事が出来た。
だが今回のような大規模な夜会用のドレスの生地が…ともなれば、その意味合いは格段に重くなる。
それとも、青いワンピースが似合うと言ってくれていたから、私に似合う物をと選んでくれただけなのだろうか?
「ああ、やっぱり気付いたか」
コールドウェル様は僅かに頬を緩ませ、照れた様にそう言った。
「ジェフリーを牽制する目的で、あのドレスを用意してくださったのでしょうか?」
真意を探ろうとした私の言葉に、彼は先程までの柔らかな表情を急に強ばらせ、小さく何かを呟く。
「…まだ……名………」
「えっ?何ですか?」
上手く聞き取れなかった私は聞き返したのだが……。
「……あぁ、いや。
俺は好きでも無い女性にそこまで親切にしてやれるほど、器用な人間では無いよ」
自嘲する様な笑みを浮かべながら、彼は緩く首を振った。
「それって……?」
都合の良い想像が頭を擡げる。
それって、もしかして───。
「フェリシアが好きだよ」
「……その好きとは、どういう種類の?」
彼の真剣な表情を見れば、その答えは分かりきっているのに、どうしても確かめずにはいられなかった。
自分の心臓が、怖いくらいに早く脈打っている。
「婚約者に言う『好き』なのだから、勿論恋愛的な意味に決まってるだろう。
フェリシア、ずっと好きだった。君を愛しているんだ。
悪いけど、今更嫌だと言われても、もう別れてやるつもりは無い」
「……」
都合の良い想像がまさか現実になるとは思わなかった。
しかも……『ずっと』って何!?
驚き過ぎて無言になってしまった私に、コールドウェル様は不安そうな視線を向けた。
「…もしかして、引いてる?」
「いえ、引いてはいませんが……。
普通に驚いています」
「ならば良かった。
返事は急がない…と言うか、返事が欲しくて言ったんじゃないから、気にしなくて良い。
俺がただの親切でこの結婚を決めたんだと、誤解されたく無かっただけだから」
「いえ、あの…コールドウェル様のお気持ちは、とても良く理解しました。
……その、……私は、」
「いや、本当に応えてくれなくて良いんだ。
長く婚約していたあの男の事を忘れるのには、相応の時間が掛かるって分かってるから」
自分の気持ちをどう表現したら正確に伝わるのか、考えながら言葉を紡ごうとしたのだが、どうやら彼の告白に困っていると誤解させてしまったらしい。
しかし、何故そこでジェフリーの話が出て来るのだろうか?
ギュッと眉間に皺を寄せたコールドウェル様の顔は、怒っている様にも悲しんでいる様にも見える。
「違います、ジェフリーの事は、もう…」
「だが、まだ名前で呼んでいる」
拗ねた様な声でそう言われて、無意識に元婚約者を名前呼びしてしまっていた事に気付いた。
「いえ、コレはただの癖と言いますか……。
とにかく、元婚約者の事は、もうとっくに吹っ切れています。
正直に言えば、まだ思い出してしまう事はありますが、だからと言って愛情が残っている訳ではありませんし、出来れば二度と関わりたく無いと思っています」
俯いていた顔を上げたコールドウェル様は、期待に満ちた視線を私に向けた。
「私が好きなのは、コールドウェル様です」
そう言った瞬間、彼の青の瞳が見開かれた。
「…夢みたいだ……」
惚けた様な表情でポツリと呟いた彼の事を、やっぱり可愛い人だなって思った。
もはや日課になっている傷薬を塗りに、コールドウェル様のお部屋を訪問した。
頬に薬を塗るだけならば、ほんの短い時間なのだが、その後一緒にハーブティーを飲みながらのんびりと会話を楽しむ所までセットで、毎晩の恒例となっている。
「仕立て屋から荷物が届いたそうだけど、気に入って貰えたかな?」
ティーカップをソーサーに戻しながら私に問い掛けた彼の表情はいつも以上に固く、緊張している様にも見えた。
「はい。とても素敵なドレスでした。
……ですが………」
「何か不都合でも?」
少し口籠もった私に、彼の瞳が微かに揺れる。
「いえ、不都合と言う訳では無いのですが、もしかして、あの青色はコールドウェル様の瞳のお色でしょうか?」
社交界では数年前から、愛する人に自分の瞳や髪と同じ色の衣装や装飾品を贈る事が流行している。
『この人は自分のものだ』と周囲に知らしめる効果もあり、独占欲の強い人ほど積極的にこの流行りに乗っかっているのだ。
以前お出掛けした時には白地に青の刺繍のストールをプレゼントしてくれたけど、全体的に彼の色だった訳では無かったので、深く考えずに受け取る事が出来た。
だが今回のような大規模な夜会用のドレスの生地が…ともなれば、その意味合いは格段に重くなる。
それとも、青いワンピースが似合うと言ってくれていたから、私に似合う物をと選んでくれただけなのだろうか?
「ああ、やっぱり気付いたか」
コールドウェル様は僅かに頬を緩ませ、照れた様にそう言った。
「ジェフリーを牽制する目的で、あのドレスを用意してくださったのでしょうか?」
真意を探ろうとした私の言葉に、彼は先程までの柔らかな表情を急に強ばらせ、小さく何かを呟く。
「…まだ……名………」
「えっ?何ですか?」
上手く聞き取れなかった私は聞き返したのだが……。
「……あぁ、いや。
俺は好きでも無い女性にそこまで親切にしてやれるほど、器用な人間では無いよ」
自嘲する様な笑みを浮かべながら、彼は緩く首を振った。
「それって……?」
都合の良い想像が頭を擡げる。
それって、もしかして───。
「フェリシアが好きだよ」
「……その好きとは、どういう種類の?」
彼の真剣な表情を見れば、その答えは分かりきっているのに、どうしても確かめずにはいられなかった。
自分の心臓が、怖いくらいに早く脈打っている。
「婚約者に言う『好き』なのだから、勿論恋愛的な意味に決まってるだろう。
フェリシア、ずっと好きだった。君を愛しているんだ。
悪いけど、今更嫌だと言われても、もう別れてやるつもりは無い」
「……」
都合の良い想像がまさか現実になるとは思わなかった。
しかも……『ずっと』って何!?
驚き過ぎて無言になってしまった私に、コールドウェル様は不安そうな視線を向けた。
「…もしかして、引いてる?」
「いえ、引いてはいませんが……。
普通に驚いています」
「ならば良かった。
返事は急がない…と言うか、返事が欲しくて言ったんじゃないから、気にしなくて良い。
俺がただの親切でこの結婚を決めたんだと、誤解されたく無かっただけだから」
「いえ、あの…コールドウェル様のお気持ちは、とても良く理解しました。
……その、……私は、」
「いや、本当に応えてくれなくて良いんだ。
長く婚約していたあの男の事を忘れるのには、相応の時間が掛かるって分かってるから」
自分の気持ちをどう表現したら正確に伝わるのか、考えながら言葉を紡ごうとしたのだが、どうやら彼の告白に困っていると誤解させてしまったらしい。
しかし、何故そこでジェフリーの話が出て来るのだろうか?
ギュッと眉間に皺を寄せたコールドウェル様の顔は、怒っている様にも悲しんでいる様にも見える。
「違います、ジェフリーの事は、もう…」
「だが、まだ名前で呼んでいる」
拗ねた様な声でそう言われて、無意識に元婚約者を名前呼びしてしまっていた事に気付いた。
「いえ、コレはただの癖と言いますか……。
とにかく、元婚約者の事は、もうとっくに吹っ切れています。
正直に言えば、まだ思い出してしまう事はありますが、だからと言って愛情が残っている訳ではありませんし、出来れば二度と関わりたく無いと思っています」
俯いていた顔を上げたコールドウェル様は、期待に満ちた視線を私に向けた。
「私が好きなのは、コールドウェル様です」
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「…夢みたいだ……」
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