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50 あやまち
《side:ジェフリー》
婚約を解消して以来、フェリシアに手紙も贈り物も受け取って貰えなくなった。
そしていつの間にか、彼女は辺境へ移住してしまったらしく、茶会や夜会などで姿を見る事すら、叶わなくなってしまったのだ。
だけど、今夜は───。
ずっとずっと会いたかった彼女が、今、僕と同じ空間にいる。
深い青色のドレスを身に纏い、隣に寄り添う紳士に微かな笑みを向けている。
久し振りに見るフェリシアは、とても眩しくて美しい。
だけど───。
再会の喜びと共に、込み上げてくるのは焦燥感。
僕と婚約を解消したフェリシアは、家の為に仕方無く、西の辺境伯と婚約したのだろうと思っていた。
だから、クラリス王女との誤解を解いて、再び僕と婚約を結び直して貰わなければと思っていたんだ。
それなのに、アレは何だ?
他の人には無表情にしか見えないかもしれないが、彼女の事だけをずっと見て来た僕には分かる。
パートナーを見上げる彼女の瞳は、とても柔らかく優しい色を帯びていた。
それは、僕が隣にいた頃よりもずっと、安心しきった様な表情。
その顔を見ただけで、気付いてしまった。
『仕方無く』なんかじゃないんだって事に。
しかもよく見れば、彼女のドレスの色は隣に寄り添う男の瞳と同じ色で、二人が想い合っている事を分かりやすく周囲に知らしめていた。
不意にご夫人方の噂話が耳に入ってくる。
「ほら、やっぱりコールドウェル様のお色のドレスを着ていらっしゃるわ」
「キツい印象の女性だと思っていたけど、辺境伯様と並ぶととても良くお似合いよねぇ」
「彼女を見る時だけ凄く優しい眼差しになるのよ。きっと深く愛していらっしゃるのだわ」
「でも、コールドウェル様は、元婚約者の方を今でも想っていらっしゃるって噂でしょ?」
「あら、貴女知らないの?
劇場の前で婚約者に無礼な発言をしたハミルトン伯爵夫人を、コールドウェル様が冷たく撃退したらしいわよ」
「素敵ね。私もそんな風に守って貰いたいわぁ」
じゃあ、やっぱり、あの二人は…………。
それでも、どうしても諦めきれなくて、彼女の顔を近くで見たくて、彼女と話をする機会が欲しくて、声をかけたのだけれど───。
「ファーガソン侯爵家のご子息ですね?
初めまして。ウィルフレッド・コールドウェルと申します。
以前、妻がお世話になったそうで…」
まだ婚約段階だと思っていた彼女は、いつの間にか他の男の妻になっていた。
目の前が真っ暗になって、立っているのがやっとだった。
その後、なんとか話を聞いてもらえる事になったけど……、もう、何から話せば良いのか分からない。
何故こんな事になってしまったのか。
僕の何がいけなかったのか。
彼女の事が、今でもこんなに大好きなのに。
「貴方が、私を守ろうとしてくれた事は、一度も無かった」
「私が望むからでは無く、貴方が望んでそうしてくれるのでなければ意味が無い」
彼女にそう言われて、僕は返す言葉も見つからなかった。
「君は、今、幸せなの?」
「ええ。とても。
夫と出会えた事が、私の人生で最大の幸運でした」
そう答えた時の彼女の眩しいくらいの微笑みを見れば、それが心からの言葉なのだと、嫌でも分かってしまった。
もう無理なのだと、分かってしまった。
「…………ごめん…。僕は、君にずっと嫌な思いをさせてばかりだったんだね……。
でも、本当に大好きだったんだ。
それだけは……、信じて欲しい」
「……さよなら、ジェフリー」
フェリシアは最後に一度だけ、僕を名前で呼んだ。
気を抜けば滲んでしまいそうになる涙を隠す様に顔を背けて踵を返す。
出入り口に佇む彼女の夫の脇をすり抜ける瞬間───。
「もう二度と近寄るな」
僕にだけ聴こえる様に彼は低い声で呟いた。
その時、放たれた殺気は、ほんの一瞬だけだったにも関わらず、足がすくみそうになる程の物で───。
ああ、そうか。彼女が求めていたのは、こういう愛し方だったんだな……って、自分との違いを改めて強く実感させられる。
バルコニーを後にした僕は、そのまま足早に王宮を出て馬車へと乗り込んだ。
「う゛……う゛ぅっ………」
一人になった瞬間、我慢していた涙腺が決壊して、ボタボタと透明な雫が幾つも落ち、膝の上に水玉模様が描かれていく。
他の人間が彼女の瞳に映るのが、嫌だった。
僕だけを見て、僕だけを頼って、僕だけを愛して、僕だけに笑って欲しかった。
だから、彼女が誤解されやすい事を利用して、わざと他の人間から彼女を遠ざけようとした。
そのせいで彼女が傷付いているのだと分かっていながら、見て見ぬ振りをしていたんだ。
自分の欲の為に、彼女の気持ちを蔑ろにした。
僕の愛情表現を否定しない。
間違っているとか、間違っていないとかじゃない。
彼女はそう言ってくれたけど、それは違う。
僕の愛し方は間違っていたんだ。
出会った頃の気持ちのままで、彼女を大切にしていたら、今が違っていたのだろうか?
それを確かめる術は、残念ながら、もう無い。
だけど、それでも、
間違ってしまったけれど……、
僕にとって、彼女へのこの想いは
確かに愛だった。
婚約を解消して以来、フェリシアに手紙も贈り物も受け取って貰えなくなった。
そしていつの間にか、彼女は辺境へ移住してしまったらしく、茶会や夜会などで姿を見る事すら、叶わなくなってしまったのだ。
だけど、今夜は───。
ずっとずっと会いたかった彼女が、今、僕と同じ空間にいる。
深い青色のドレスを身に纏い、隣に寄り添う紳士に微かな笑みを向けている。
久し振りに見るフェリシアは、とても眩しくて美しい。
だけど───。
再会の喜びと共に、込み上げてくるのは焦燥感。
僕と婚約を解消したフェリシアは、家の為に仕方無く、西の辺境伯と婚約したのだろうと思っていた。
だから、クラリス王女との誤解を解いて、再び僕と婚約を結び直して貰わなければと思っていたんだ。
それなのに、アレは何だ?
他の人には無表情にしか見えないかもしれないが、彼女の事だけをずっと見て来た僕には分かる。
パートナーを見上げる彼女の瞳は、とても柔らかく優しい色を帯びていた。
それは、僕が隣にいた頃よりもずっと、安心しきった様な表情。
その顔を見ただけで、気付いてしまった。
『仕方無く』なんかじゃないんだって事に。
しかもよく見れば、彼女のドレスの色は隣に寄り添う男の瞳と同じ色で、二人が想い合っている事を分かりやすく周囲に知らしめていた。
不意にご夫人方の噂話が耳に入ってくる。
「ほら、やっぱりコールドウェル様のお色のドレスを着ていらっしゃるわ」
「キツい印象の女性だと思っていたけど、辺境伯様と並ぶととても良くお似合いよねぇ」
「彼女を見る時だけ凄く優しい眼差しになるのよ。きっと深く愛していらっしゃるのだわ」
「でも、コールドウェル様は、元婚約者の方を今でも想っていらっしゃるって噂でしょ?」
「あら、貴女知らないの?
劇場の前で婚約者に無礼な発言をしたハミルトン伯爵夫人を、コールドウェル様が冷たく撃退したらしいわよ」
「素敵ね。私もそんな風に守って貰いたいわぁ」
じゃあ、やっぱり、あの二人は…………。
それでも、どうしても諦めきれなくて、彼女の顔を近くで見たくて、彼女と話をする機会が欲しくて、声をかけたのだけれど───。
「ファーガソン侯爵家のご子息ですね?
初めまして。ウィルフレッド・コールドウェルと申します。
以前、妻がお世話になったそうで…」
まだ婚約段階だと思っていた彼女は、いつの間にか他の男の妻になっていた。
目の前が真っ暗になって、立っているのがやっとだった。
その後、なんとか話を聞いてもらえる事になったけど……、もう、何から話せば良いのか分からない。
何故こんな事になってしまったのか。
僕の何がいけなかったのか。
彼女の事が、今でもこんなに大好きなのに。
「貴方が、私を守ろうとしてくれた事は、一度も無かった」
「私が望むからでは無く、貴方が望んでそうしてくれるのでなければ意味が無い」
彼女にそう言われて、僕は返す言葉も見つからなかった。
「君は、今、幸せなの?」
「ええ。とても。
夫と出会えた事が、私の人生で最大の幸運でした」
そう答えた時の彼女の眩しいくらいの微笑みを見れば、それが心からの言葉なのだと、嫌でも分かってしまった。
もう無理なのだと、分かってしまった。
「…………ごめん…。僕は、君にずっと嫌な思いをさせてばかりだったんだね……。
でも、本当に大好きだったんだ。
それだけは……、信じて欲しい」
「……さよなら、ジェフリー」
フェリシアは最後に一度だけ、僕を名前で呼んだ。
気を抜けば滲んでしまいそうになる涙を隠す様に顔を背けて踵を返す。
出入り口に佇む彼女の夫の脇をすり抜ける瞬間───。
「もう二度と近寄るな」
僕にだけ聴こえる様に彼は低い声で呟いた。
その時、放たれた殺気は、ほんの一瞬だけだったにも関わらず、足がすくみそうになる程の物で───。
ああ、そうか。彼女が求めていたのは、こういう愛し方だったんだな……って、自分との違いを改めて強く実感させられる。
バルコニーを後にした僕は、そのまま足早に王宮を出て馬車へと乗り込んだ。
「う゛……う゛ぅっ………」
一人になった瞬間、我慢していた涙腺が決壊して、ボタボタと透明な雫が幾つも落ち、膝の上に水玉模様が描かれていく。
他の人間が彼女の瞳に映るのが、嫌だった。
僕だけを見て、僕だけを頼って、僕だけを愛して、僕だけに笑って欲しかった。
だから、彼女が誤解されやすい事を利用して、わざと他の人間から彼女を遠ざけようとした。
そのせいで彼女が傷付いているのだと分かっていながら、見て見ぬ振りをしていたんだ。
自分の欲の為に、彼女の気持ちを蔑ろにした。
僕の愛情表現を否定しない。
間違っているとか、間違っていないとかじゃない。
彼女はそう言ってくれたけど、それは違う。
僕の愛し方は間違っていたんだ。
出会った頃の気持ちのままで、彼女を大切にしていたら、今が違っていたのだろうか?
それを確かめる術は、残念ながら、もう無い。
だけど、それでも、
間違ってしまったけれど……、
僕にとって、彼女へのこの想いは
確かに愛だった。
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