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20 逆恨み

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 それはいつもと同じ、何でもない朝だった。

 エルウッド子爵家は、元々然程裕福な家では無い。
 生活するのに問題が無い程度には領地収入もあるし、アルバートの騎士としての給料もあるのだが、子供が沢山欲しいと思っている私達は、その時の為に今は節約してお金を貯めている。
 だから使用人は必要最低限の人数しか雇っていない。
 料理人は夕方から通いで来て貰っている。

 その為、朝食は私が調理するのだが……。

「あちゃー……」

 今日もほんのりと焦げ臭い匂いが、厨房に立ち込めている。
 平民として生活していたので、軽い家事くらいは出来ると思っていたのだが、常にリッキーさんの賄いを食べさせてもらっていた私に料理の経験は無く、夕食を作りに来てくれる料理人に教わりながら練習を重ねてはいるけれど、残念ながら今の所上達の兆しも見られない。

「ごめん、今日も失敗した……」

 食卓へと運んだ白身魚と野菜のソテーは、香ばしいと表現するには焦げ目が色濃く付き過ぎている。

「大丈夫だよ。いつもありがとう」

 そんな私の失敗作を、アルバートはお礼を言いながら笑顔で食べてくれる。

「ほら、落ち込んでないでコーデリアも食べてごらん。
 意外と香ばしくて美味しいから」

「……」

 シュンと項垂れていた私はアルバートの勧めに従って、魚を一口食べてみた。
 うん、不味くは無い。決して美味しくも無いけれど。
 そして付け合わせの人参に至っては、半生で中心がコリッとした歯ごたえ。
 無駄に顎が鍛えられる。
 そして馬にでもなった気分にさせられる。
 まあ、生で食べられない野菜じゃなかった事だけが救いだ。
 そんな美味しく無い料理でも、いつも文句も言わずに完食してくれるアルバートには感謝しかない。


 綺麗に完食してくれた食器の後片付けを終える頃には、既に彼の出勤時刻が迫っていた。

 私は慌ててエプロンを脱ぎ捨て、見送りの為に玄関へと向かう。

「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい。気を付けてね」

「ん……」

 キスをねだる様にアルバートが少し身を屈めたから、その頬に軽く口付けをした。
 満足そうに笑った彼は私に手を振りながら、馬車へと足を向けたのだが───。


 その時、黒い人影が物凄い勢いで邸の門から飛び込んで来るのが見えた。
 その人影が振り翳した右手には、太陽を反射してキラリと光を放つ銀色のナイフが。

 アルバートは咄嗟に数歩下がって、私を背に庇う。
 彼は腰に佩いた剣の柄に手を掛けるも、引き抜く時間的余裕が無い。

「死ねっっ!」

 既に目前まで迫っていた不審者は、彼に向かってナイフを……。

「いやーーーっっ!!アルバートっ!!」

 ガキンッッ、と金属同士がぶつかり合う様な大きな音が響き渡る。

「ギャアッ」

 金属音と同時に悲鳴を上げて倒れたのは、私でもアルバートでもなく、私達を襲撃した不審者の方だった。

 無意識の内に、私の防御の魔術が発動したのだ。

『有事の際に、慣れていない人間は必ずパニックになるから、危険を察知したら自動的に発動する様に、繰り返し練習しとくのが大事なのさ』

 そう言って、魔女さんは私の防御の魔術の訓練には、特にたっぷりと時間を掛けた。
 その言葉の意味を、今改めて深く実感する。

 防御の魔術に弾かれた衝撃で蹲ったままの不審者は、自分に何が起きたのか理解出来ずに呆然としている。
 その隙に、アルバートが不審者を縛り上げた。

「警史に連絡して来ますっ」

 気を利かせて馭者が応援を呼びに行った。

「クソッ……何でコイツらばっかり幸せそうに……っっ。
 許せない。死ねば良いのに……」

 そう呟いた不審者は、ボロボロのドレスを纏った女だった。
 髪もボサボサで肌は煤けている。
 頬は痩せこけ、目は落ち窪み、隈がクッキリと残ったその顔は見る影も無いが、呪詛にも似た言葉を紡ぐ声には聞き覚えがあった。

「マクダウェル侯爵夫人?」

「……そのようだね」

 思わず零れた私の呟きに、アルバートが頷いた。
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