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29 永遠の別れ

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《side:オリヴァー》


その後、事件に関わっていた大勢の貴族が次々と炙り出され、全員に処罰がくだされた。
母上は、次期国王の暗殺未遂の主犯として、毒杯を賜る事になった。

前世の記憶を思い出す前迄は、俺も母上の悪事に気付いていながら見て見ぬ振りをして来た。
だから、このまま王宮でのんびりと暮らす訳にも行かないだろう。
だが、今回の事件を阻止する為に協力した事が考慮され、重い罰を科されずには済みそうだ。


「悪いな、オリヴァー。
僕の命を救ってくれたのに、今迄通りの生活をさせてやる事が出来なくて」

兄上が申し訳無さそうにそう言った。

「いや、仕方のない事ですよ」

「その代わりに何か希望があれば、出来るだけ叶える様に努力しよう」

「では・・・・・・
出立前に一度だけで良いので、エルザ嬢と二人だけで話をさせて頂けませんか?」

俺がそう言った途端に、兄上の先程迄の友好的な態度は消え失せて、微かな怒気が溢れ始める。

(ああ、兄上は本気で彼女の事を・・・)

「何故、エルザと?」

「うーん・・・、自分の気持ちにケリをつける為、ですかね。
勿論、彼女の心身を傷付ける様な事は絶対にしないと約束します。
話の内容が聞こえない形であれば、見張ってて下さっても構いません」

眉根を寄せて考え込んだ兄上は、この上なく不機嫌そうな顔で小さく頷いた。

「分かった。
直ぐ近くでマーカスに護衛をさせても良ければ、許可しよう。
防音の魔道具を使えば、近くに居ても会話は聞こえないだろう?
だが、エルザが拒否したら諦めろ」

「有難うございます。
それで結構です」



結局、美亜は俺との会話を拒絶しなかったらしく、先日よりも更に不機嫌そうな顔の兄上が、俺の部屋へ日時を伝えに来た。



第一王子宮の裏にある小さな庭園で、俺達は顔を合わせた。
防音の魔道具を半径1メートル以内に設定し、その直ぐ外ではマーカスが俺達をジッと見守っている。

横長のベンチの両端に互いに腰を下ろすと、美亜は前を向いたまま、徐に口を開いた。

「私と話をしたいだなんて、一体何を企んでいるの?」

「何も。ただ、話したかっただけ」

「テオを助けたのは何故?
やっぱり何か裏があるのでは?
それとも償いのつもり?」

彼女は警戒心を露わにする。

まあ、それも当然か。
母上の側の人間である俺が、まさか兄上を助けるだなんて思っていなかったのだろう。

「いや、美亜にした事を償えるとは思っていない。
ただ、俺の中には前世の平和な日本の記憶があるから、目の前で人が殺されるのを黙って見ていられなかっただけ」


俺は学園入学の約一年前に、突然前世の記憶を思い出した。
二つの人生の記憶が混ざり合い、混乱を極める思考が落ち着いてきた時、最初に感じたのは実の母への不快感だった。

前世でも世界の何処かでは、利権をめぐって互いの命までも奪い合う様な事が行われていた。
だが、それらは全て、俺の身に降り掛かる事などあり得ない、画面の向こうの出来事でしか無かったのだ。
だから、『あんな病弱な第一王子よりも、貴方の方が玉座に相応しい』などと宣いながら、当たり前の様に俺の異母兄を殺そうとする母の異常さを、吐き気がするほど嫌悪したのだ。

エルザの前世が美亜であると気付いた時、正直に言えば〝兄上が失脚すれば、王太子妃教育を履修済みのエルザが自分の婚約者になるかもしれない〟と、自分に都合の良い未来を考えなかった訳では無い。
だが、それでも兄上に死んで欲しいとまでは思わないし、彼女と話してみればその想いが誰に向いているかは明らかだった。

「そう・・・。
前世の貴方は夫としては最低だったけど、人間として腐ってる訳じゃ無くて良かったわ」

辛辣な台詞ではあるが、彼女の表情を見れば、侮蔑というより揶揄いの意味を持った台詞だという事は明らかだ。

「美亜・・・・・・、悪かった」

「だ~か~ら~、
謝罪も償いも必要無いって、何度言ったら分かるの?
私はもう美亜じゃないし、貴方ももう健斗じゃないんだから」

「・・・・・・」

微かな苛立ちを含めて、貴族令嬢としては少し砕けた言葉遣いでそう言った彼女は、前世の面影を色濃く残していた。
懐かしさを感じると同時に、当然の事ではあるが、今の俺達は無関係な赤の他人だと改めて突き付けられた気がして、少しだけ寂しい気持ちになる。
今の彼女はエルザで、俺はオリヴァーなのだと言う事を、今更ながら深く実感したのだ。

予期せぬ再会を果たす事が出来ても、やはり一度手放してしまった物は、二度と取り戻せない。

「ところで、貴方はこれからどうなるの?」

「田舎の方にある、王家直轄の小さな領地を任される事になった。
実母があんな罪を犯したのだから、逆恨みを防ぐ為にも幽閉とかされるのが普通なんだろうけど、今回は俺が母上の企みを阻止した形になったから、お咎めは無しだって。
その代わり、王都にはもう戻らない。
側妃派の残党が、俺を祭り上げない様に。
卒業を待たずにあちらに居を移すよ。
まあ、既に学園で教わる以上の教育は、王子教育で受け終わってるし」

王宮を追い出される前に、断種とかされるかもしれないと覚悟していたが、それは無いらしい。
万が一兄上に何かあった時の為の保険だ。
だが、好き勝手に子種を撒き散らすと困るので、常に監視はされており、もしも子が生まれても俺が育てる事は出来ず、王家に近い貴族に引き取られて育てられるらしい。
まあ、色々と懲りているので、女性に近付くつもりは無いのだが。


「じゃあ、本当にもうお別れね」

「ああ、元気で」

「・・・・・・」


ベンチから立ち上がりかけたのだが、思い直して、少し悩みながらも口を開いた。

「・・・その、・・・・・・俺なんかが言えた義理じゃ無いけど・・・・・・、兄上は俺と違って誠実な人だ。
きっとエルザ嬢を幸せにしてくれるだろう」

最後にオリヴァーとしての俺からの言葉を掛けると、彼女は漸く自然な笑みを見せた。
その笑顔が眩しくて、胸の奥が微かに痛む。

「有難うございます。
オリヴァー殿下もお元気で」


彼女とは、もう一生会う事は叶わないのだろう。


彼女の最後の微笑みを胸に焼き付けて、俺は今度こそ立ち上がり、その場を後にした。
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