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2 物語の始まり
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「お父様、お呼びだそうですが、何か問題でも起きたのですか?」
3年半前、あと数週間で学園の入学となった、その日。
私は、滅多に入室しないお父様の執務室に呼び出された。
重厚な執務机に肘を突き、項垂れていたお父様がゆっくりと顔を上げる。
その顔色は、お世辞にも良いとは言えない。
「ああ、お前に縁談が来ている」
一瞬、何を言われたか分からなくて、思考が停止する。
「は?縁談・・・・・・ですか?
でも、私には既に婚約者がおりますよね」
隣の領地を治める男爵家とは、子供の頃から交流があり、家族同士も友好的な関係だった。
道路の整備や治水工事など、共同の事業が多かった為に結ばれた縁談。
お互い恋愛感情があったわけではないが、穏やかに親交を深めており、今の所円満だ。
「打診して来たのはスタンリー公爵家だ。
どうしても、お前を婚約者にと仰っていて、既に他の男と婚約していると言っても引く気は無いみたいなんだ。
男爵家の方にも不利益にならない様に、手を回して円満に婚約解消させるとの事だ」
公爵家のあまりにも身勝手な言い分に、開いた口が塞がらない。
「そんな、理不尽な」
「勿論私もそう思うが、なにぶん公爵家からの申し入れだ。
そこまで言われては、断るのは難しい」
確かにそうかもしれないけれど・・・・・・
「そもそも何故、私なのですか?
自分で言うのも何ですが、特に優れた部分があるわけでもありませんし。
自慢できるのは魔力くらいで・・・」
「その魔力に目をつけられた様だ」
お父様は苦々しく顔を歪めた。
何もかも平凡な私が、唯一誇れるのが魔力の強さ。
同年代の令嬢の中では一番だと言われている。
しかし、基本的には高位貴族の方が、魔力が強い人が多いものなのだ。
子爵令嬢の私に強い力が発現したのは突然変異的な物で、なかなかに珍しい事例なのである。
通常、高位貴族同士で婚約すれば、本人もお相手のご令嬢も、そこそこ魔力は強いから、産まれる子供も問題無いはず。
スタンリー公爵家は魔術師の家系でもないし、過剰な魔力を持っているだけの令嬢を選ぶ利はない。
それなのに・・・わざわざ子爵令嬢に打診する理由って何かしら?
「何か複雑な事情があるのでしょうね」
「ああ。これは、内密にしなければいけない話なのだが・・・・・・縁談の相手のサミュエル様は、慢性的な魔力欠乏症を発症しているのだそうだ」
成る程。それならば、公爵家が必死になるのも納得だ。
魔力欠乏症。
この世界の人間は、多かれ少なかれ体内に魔力を有している。
その魔力が何らかの原因で著しく減少、もしくは枯渇してしまうのが、魔力欠乏症。
その症状は多岐に渡り、頭痛や吐き気、発熱などの比較的軽微なものから始まり、悪化すれば昏睡。最悪の場合、命を落とす事もあると言う。
治療法は簡単で、魔力の多い人間から魔力を提供して貰えばいいのだ。
提供者が患者の体のどこかに手を触れて、そこから魔力を放出するイメージをするだけ。
素肌に触れるのが一番だが、衣服などの数枚の布くらいならば隔てていても大丈夫。
しかし、根本的な原因を取り除かなければ、すぐに再び魔力が減ってしまう。
つまり、原因不明の場合や、根本治療が不可能な場合は、永遠に魔力を貰い続けなければならない。
慢性的なと言う事は、おそらく常に魔力供給が必要なのだろう。
それにはかなり強い魔力を持った人間が必要だ。
しかも、公爵家の嫡男がそんな危険な状態だとは、周囲に悟られたく無いに違いない。
自然な形で常に寄り添い、魔力供給を行う人間を求めているのだ。
婚約者ならば、いつも側にいても不自然には思われないだろう。
そんな事情ならば、公爵家は絶対に諦めない。
「これは決定事項という事ですね」
ため息を吐いた私に、お父様はとても辛そうな顔をした。
「公爵家からは、桁違いの支度金が出る事になった。
その後も継続的に支援をしてくださるそうだ。
お前を金で売るようで申し訳ないが、この縁談を受けてもらえないか」
我が子爵家は、昨年の地震で領地に甚大な被害を受け、財政状況があまりよろしくない。
このタイミングで、この話が回って来た事は、我が家にとっても幸運だったのかもしれない。
しかも、これは人の命を助ける事になるのかもしれないのだ。
どうせ断れない話なのだから、良い方に考えるべきだ。
私は自分を無理矢理納得させた。
3年半前、あと数週間で学園の入学となった、その日。
私は、滅多に入室しないお父様の執務室に呼び出された。
重厚な執務机に肘を突き、項垂れていたお父様がゆっくりと顔を上げる。
その顔色は、お世辞にも良いとは言えない。
「ああ、お前に縁談が来ている」
一瞬、何を言われたか分からなくて、思考が停止する。
「は?縁談・・・・・・ですか?
でも、私には既に婚約者がおりますよね」
隣の領地を治める男爵家とは、子供の頃から交流があり、家族同士も友好的な関係だった。
道路の整備や治水工事など、共同の事業が多かった為に結ばれた縁談。
お互い恋愛感情があったわけではないが、穏やかに親交を深めており、今の所円満だ。
「打診して来たのはスタンリー公爵家だ。
どうしても、お前を婚約者にと仰っていて、既に他の男と婚約していると言っても引く気は無いみたいなんだ。
男爵家の方にも不利益にならない様に、手を回して円満に婚約解消させるとの事だ」
公爵家のあまりにも身勝手な言い分に、開いた口が塞がらない。
「そんな、理不尽な」
「勿論私もそう思うが、なにぶん公爵家からの申し入れだ。
そこまで言われては、断るのは難しい」
確かにそうかもしれないけれど・・・・・・
「そもそも何故、私なのですか?
自分で言うのも何ですが、特に優れた部分があるわけでもありませんし。
自慢できるのは魔力くらいで・・・」
「その魔力に目をつけられた様だ」
お父様は苦々しく顔を歪めた。
何もかも平凡な私が、唯一誇れるのが魔力の強さ。
同年代の令嬢の中では一番だと言われている。
しかし、基本的には高位貴族の方が、魔力が強い人が多いものなのだ。
子爵令嬢の私に強い力が発現したのは突然変異的な物で、なかなかに珍しい事例なのである。
通常、高位貴族同士で婚約すれば、本人もお相手のご令嬢も、そこそこ魔力は強いから、産まれる子供も問題無いはず。
スタンリー公爵家は魔術師の家系でもないし、過剰な魔力を持っているだけの令嬢を選ぶ利はない。
それなのに・・・わざわざ子爵令嬢に打診する理由って何かしら?
「何か複雑な事情があるのでしょうね」
「ああ。これは、内密にしなければいけない話なのだが・・・・・・縁談の相手のサミュエル様は、慢性的な魔力欠乏症を発症しているのだそうだ」
成る程。それならば、公爵家が必死になるのも納得だ。
魔力欠乏症。
この世界の人間は、多かれ少なかれ体内に魔力を有している。
その魔力が何らかの原因で著しく減少、もしくは枯渇してしまうのが、魔力欠乏症。
その症状は多岐に渡り、頭痛や吐き気、発熱などの比較的軽微なものから始まり、悪化すれば昏睡。最悪の場合、命を落とす事もあると言う。
治療法は簡単で、魔力の多い人間から魔力を提供して貰えばいいのだ。
提供者が患者の体のどこかに手を触れて、そこから魔力を放出するイメージをするだけ。
素肌に触れるのが一番だが、衣服などの数枚の布くらいならば隔てていても大丈夫。
しかし、根本的な原因を取り除かなければ、すぐに再び魔力が減ってしまう。
つまり、原因不明の場合や、根本治療が不可能な場合は、永遠に魔力を貰い続けなければならない。
慢性的なと言う事は、おそらく常に魔力供給が必要なのだろう。
それにはかなり強い魔力を持った人間が必要だ。
しかも、公爵家の嫡男がそんな危険な状態だとは、周囲に悟られたく無いに違いない。
自然な形で常に寄り添い、魔力供給を行う人間を求めているのだ。
婚約者ならば、いつも側にいても不自然には思われないだろう。
そんな事情ならば、公爵家は絶対に諦めない。
「これは決定事項という事ですね」
ため息を吐いた私に、お父様はとても辛そうな顔をした。
「公爵家からは、桁違いの支度金が出る事になった。
その後も継続的に支援をしてくださるそうだ。
お前を金で売るようで申し訳ないが、この縁談を受けてもらえないか」
我が子爵家は、昨年の地震で領地に甚大な被害を受け、財政状況があまりよろしくない。
このタイミングで、この話が回って来た事は、我が家にとっても幸運だったのかもしれない。
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