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底知れぬ許婚
しおりを挟む静寂がつつむ部屋に桜子と明仁は、お互いに沈黙を守ったまま向かい合っていた。
桜子に至っては不機嫌さを隠す気がない、憤然とした面持ちで目の前の男を見据えていた。
先ほどまでは軍帽を深く被っていたため男の表情を窺うことが出来なかったが、家人たちに通された座敷へ入るや否や無駄のない動きで取られた軍帽の下からは桜子に負けず劣らずの美貌を持った青年が現れた。
(・・・・・・嫌味な顔だな。剣よりもよっぽど花が似合う。)
その端正な顔立ちに加え、一挙一動が嫌味なぐらいに美しいのも桜子の癪に障った。
不躾にまじまじと遠慮なく明仁を考察しているとおもむろに座敷の襖が開いた。
「いやぁ、すまない待たせてしまったね。どうだろう、少しは娘と会話が出来たかね?」
人当りの良い笑みを浮かべ座敷に足を踏み入れたのは桜子の父、花篭敏正はなかごとしまさである。
そんなわけあるまいと非難がましい視線を送る桜子には目もくれず、敏正は桜子の隣へと腰を下ろす。
「ご無沙汰しております。今日こんにわはお招き頂きありがとうございます。」
敏正に対し深々と頭を下げる明仁に敏正が砕けた口調で話しかける。
「畏まらなくてもよいよい、私と君の仲だ。しばらく会わない中に随分と男前になったじゃないか。どうだ桜子、お前も満更ではないだろう?」
はははと豪快に笑い桜子に同意を求めてくる敏正の言葉に桜子の不機嫌さが益々増していく。
「父上、私はこの方をよく存じ上げません。そのような事を急に言われても困りまする。」
敏正にぴしゃりと言い放つ姿は令嬢にしてはあまりにも強気で生意気である。
「ああ、申し訳ない。コレは早くに母親を流行病で亡くしていてね、そのせいか少々強気で生意気な娘に育ってしまって私も手を焼いているんだよ。」
(コレとはなんだ!?)
敏正は早くに妻を亡くしていたが、後妻を迎えることは無く今も亡き妻を想う情の深い人物である。
桜子は母親の顔もろくに覚えてはいなし、母親の温もりを感じたことは無かったが寂しいと思ったことは一度もない。
屋敷には家人や女中たちが大勢いたし、愛情は違えどみな桜子を愛してくれていた。
甘やかされた結果、淑女とは程遠いじゃじゃ馬へと成長してしまったわけのだが・・・・・・。
「いえ、元気があって大変よろしいかと。この目車しく移りゆく余生、男に付き従うだけの人形などすぐに音を上げてしまいますからね。それでは面白くない。」
目の前の男は気にならないようである。
「さすが先を走る軍人様ですな。いやはや、寛大なお心に感謝いたしまする。」
花篭家は代々東京に身を置き、手広く商売を行ってきた旧家であり、お上から伯爵の爵位を頂いた由緒ある家柄なのだ。そんな花篭家の当主である敏正にこのように軽口をたたける者などそう多くはない。
確かに敏正は貴族の中では大らかな性格をしていたが、自身に対する無礼を見過ごすほど腑抜けた男ではなかった。幕末から明治に時代が移り変わり華族と呼ばれるものが多く誕生する中、旧華族と新華族の間には埋められない大きな溝が出来ていた。
花篭家は旧華族である。だが、敏正は新華族を目の敵にすることなく公正な意思を持ち彼らに接してきた。
一見、人当たりの良い顔をしているが、その水面下ではきちんと相手を見定める敏正がここまで軽口を許しているのは、明仁をそれほどまでに気に入っているからに他ならなかった。
「どうかね?日は早いに越したことは無いと思うのだが。」
「そうですね・・・・・・桜子様も十四になられたとはいえ、まだまだ華奢であられる。些か事を急いでしまいましたかね。私とて、このようにお美しくお育ちになられた姿を見せられたら、事を是が非にも勧めたいのは山々なのですが」
「なに、こう見えて足腰は丈夫です。コレもあと数年すれば肉付きも良くなりましょうが、今でも申し分ない程度には成長しとりますわ。」
一瞬なんの話しをしているか分からなった桜子だが、やや遅れて目の前の男達が自身の身体について話していることに気付く。
内容を理解したとたん先ほどまでの憤りは頭から抜け、羞恥から赤面する。
(なんの話をしているんだこの二人は!!私を辱めるきか‼︎)
居た堪れなくなった桜子は視線を下げ自身の身体にぎくりとする。
まだ幼さの残る顔つきではあるが、柔らかくまるびおおびた身体は桜子自身をも戸惑わせた。
昔は平らだった胸元が最近では申し分ない程度に膨らみ、町を歩けば遠慮のない不躾な視線を向けられることも増えた。
世間一般的には十四にもなれば、婚姻を結んでもおかしくない年頃なのだがつい最近、初塩を迎えたばかりの桜子にはとてもではないが考えられる出来事ではなかった。
「敏正殿がそういうのでしたら、ああ、月経はきておられるのでしたね。なら、問題ありませんか。最初は負担をかけてしまうかもしれませんが、致し方ありますまい。」
明仁の口から出た言葉にぎょっとする。
(まて、なぜこの男がそんなことを知っているんだ!!そのことはツユにか話しておらんぞ!)
「なに、女とは存外丈夫に出来ているものです。うちの娘はじゃじゃ馬な所もありますがその分楽しめましょう。」
明仁が五年の月日を経て、桜子と再会したのは初塩の知らせを受けたからである。
初塩は女人が子を孕む為の準備が整った証であり、健康体を意味するものだ。
女中頭のツユから知らせを受けた敏正は早々に今日の席を設ける手はずを整えた。
初塩を迎えたばかりの娘に少し性急すぎる気もしたが、これ以上相手方を待たせるわけにもいかなかったのである。
家にとっても娘にとっても申し分のない良縁だ。この先これほどの見合い相手はいないだろう。
そんな敏正の考えを知るはずもなく、桜子を置いて好き放題話す二人に我慢が限界を超えた。
「私はその男と結婚などせぬ!!従ってその男の子を孕むこともなければ産むこともない!!二度とこのような不快な話をするな!!」
捲し立てるかのように罵声を浴びせ、桜子は座敷から逃げるように出ていく。
呆気にとられている敏正とは違い明仁の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
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