婚約破棄?むしろご褒美ですわね

冬木あやめ

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6話

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「誰が……誰が、こんな文書を……!」

神殿内の私室で、リリィ=アルトワは震える手で帳簿の写しを握り潰した。

それは、彼女の“奇跡”の裏側——薬品の調合、協力した神官の名、報酬のやり取り——すべてを暴いた記録だった。

「落ち着け、リリィ。まだ証拠とは限らない。あくまで“噂”の域を出ない」

背後で彼女を宥める神官の声も、もはや届かない。

リリィは理解していた。

これはただの警告ではない。“狙われている”のだと。

*

王宮内の執務室では、王妃イザベルが王太子アレクシスを前にしていた。

「アレクシス。あなたは本当に……“彼女”を信じているのね?」

「もちろんです。リリィは……聖女です。奇跡を起こした。民衆も、彼女を求めている」

「では、これはどう説明するのかしら」

差し出された書状に、アレクシスの表情がわずかに強張った。

「これは……」

「あなたの陣営が動かしていた資金と、神殿が受け取った“浄財”が一致する。どう思う?」

「……偶然、です」

「アレクシス。“偶然”とは、王族が最も安易に口にしてはならない言葉よ」

イザベルの声は静かだったが、その一言が重く響いた。

「民はいつまでも愚かではないわ。彼らが目覚めた時、あなたは“聖女のために国を歪めた愚者”として名を刻まれるの」

*

その夜。

レティシアは静かに筆を走らせていた。

「……王妃がついに動いた、ということね」

アントンが持ち帰った報告には、王宮内で王太子と王妃が“対立”したことが記されていた。

「王家の中に裂け目ができれば、あとはそこに楔を打ち込むだけ」

「楔、ですか?」

「ええ。国政とは、常に“選択”の連続。誰かが嘘を選び、誰かが真実を捨てる」

羽ペンがさらりと走り、封蝋が落とされた。

「そして私は、そのどちらでもない“第三の道”を選ぶわ。王政の未来を託せるのは——今の王子たちではないと示すために」

その手紙は、ノア=グランディス宛。

皮肉なことに、“王家の正統性”を崩すのは、他でもない“王族”自身になるのだ。

*

そして翌朝。

王都最大の広場で、レティシアは立っていた。

新たに設けられた「改革派演説会」において、“侯爵令嬢”が異例の登壇をするという前代未聞の噂に、群衆が押し寄せていた。

「皮肉屋令嬢? あの冷たいヴェルディーユ家の娘が?」

「けど、帳簿の件は……あれが本当なら、彼女は“正義”かもしれない」

人々のざわめきの中、レティシアはただ一歩、前へ出た。

「皆様。私は貴族です。けれど、同時に一人の市民でもあります」

その声は、凛としていた。

「誰かの“愛”によって国が歪められ、真実が塗り潰されるなら、私はそれを許さない」

その言葉に、人々の目が、確かに彼女へと向き始めていた。

新たな局面が、幕を開けた瞬間だった。
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