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10話
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「……君に謝らなければならないと思った」
アレクシス=グランディスの声は、どこか擦れたように弱々しかった。
ヴェルディーユ邸の応接室。
かつて華やかな婚約の舞台だった者同士が、今は一枚のテーブルを挟んで向き合っている。
レティシアは姿勢を崩さず、静かに紅茶を口に運んだ。
「何についての謝罪か、正確に述べていただけますか?」
「……君を、踏み台にしたこと。信頼よりも“熱狂”を選んだこと。君の誇りを守れなかったこと……」
一つひとつ言葉を選ぶようにして並べた彼の声は、もはや“王太子”のそれではなかった。
「遅すぎますわね」
淡々とした一言が返る。
「……え?」
「私が貴方に失望したのは、“婚約破棄”の瞬間ではなく、その後の沈黙です。貴方は、私を“必要ない存在”として切り捨てた。その結果が今ですわ」
アレクシスは言葉を失った。
「今さら後悔して戻ってきたところで、貴方の代わりに私が積み上げたものは、すでに“貴方の手の届かない高さ”にあります」
レティシアの言葉は、容赦なかった。
だが、そこに嘲笑も怒りもなかった。ただ、事実を述べる声音だった。
「……わかってる。もう、君が戻ってくる場所がないことも、俺が“王になる資格”を自ら手放したことも」
それでも——と、アレクシスは顔を上げた。
「君に、謝りたかった。君がどれほど凛としていて、誇り高い女性だったか……やっと、わかったんだ」
一瞬だけ、レティシアの瞳が揺れた。
だが、それを見せることなく、彼女は静かに立ち上がる。
「……謝罪は受け取ります。でも、赦しはありません」
「…………」
「貴方が選んだ未来は、貴方自身で償うものです。私は、私の未来を選びました。もう、交わることはありません」
それが彼女の答えだった。
アレクシスは、無言で頷く。
去り際、彼は扉の前で振り返った。
「君は……本当に、強いんだな」
「ええ。貴方に捨てられたから、強くならざるを得なかったのです」
最後に残したその一言が、彼の背に突き刺さった。
*
レティシアが応接室を出たとき、ロザリィが控えていた。
「お疲れ様でございます」
「……少しだけ、胸が痛んだわ。ほんの少しだけ、ね」
それきり、彼女は何も言わなかった。
もう過去には戻らない。
これは“終わった物語”に対する、たった一度の静かな幕引き。
彼女が向かうのは、ただ一つ——その先にある、自分で選んだ未来だった。
アレクシス=グランディスの声は、どこか擦れたように弱々しかった。
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一つひとつ言葉を選ぶようにして並べた彼の声は、もはや“王太子”のそれではなかった。
「遅すぎますわね」
淡々とした一言が返る。
「……え?」
「私が貴方に失望したのは、“婚約破棄”の瞬間ではなく、その後の沈黙です。貴方は、私を“必要ない存在”として切り捨てた。その結果が今ですわ」
アレクシスは言葉を失った。
「今さら後悔して戻ってきたところで、貴方の代わりに私が積み上げたものは、すでに“貴方の手の届かない高さ”にあります」
レティシアの言葉は、容赦なかった。
だが、そこに嘲笑も怒りもなかった。ただ、事実を述べる声音だった。
「……わかってる。もう、君が戻ってくる場所がないことも、俺が“王になる資格”を自ら手放したことも」
それでも——と、アレクシスは顔を上げた。
「君に、謝りたかった。君がどれほど凛としていて、誇り高い女性だったか……やっと、わかったんだ」
一瞬だけ、レティシアの瞳が揺れた。
だが、それを見せることなく、彼女は静かに立ち上がる。
「……謝罪は受け取ります。でも、赦しはありません」
「…………」
「貴方が選んだ未来は、貴方自身で償うものです。私は、私の未来を選びました。もう、交わることはありません」
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アレクシスは、無言で頷く。
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「君は……本当に、強いんだな」
「ええ。貴方に捨てられたから、強くならざるを得なかったのです」
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*
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それきり、彼女は何も言わなかった。
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