前世で【俺の奴隷】といじめていた相手が王太子に転生してたとか聞いてない!

Natuめ

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一章

思い続けて

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「僕は今回もクリフという名前なんだけれど、君は?」

「…………シリル・グレイスです。……伯爵令息です」

「そこも変わらないんだね」

 どうしてこうなった?
 シリルは今、王室の馬車に乗って王宮へと向かっていた。
 あれから全裸にひん剥かれることはなかったけれど、学園が終わり次第すぐにクリフによって回収されたのだ。
 女生徒たちが彼と話そうと虎視眈々と狙っていたというのに、クリフはそんな女生徒たちをひらりと避けて、シリルと共に馬車に乗った。

「でも君は伯爵令息だけれど、僕は王太子だ。――だから謝ってきたんだよね?」

「そ……それもあるけれど……でも、悪いとはずっと思ってたので……」

 まあまた出会えるなんて思っていなかったから、咄嗟の考えとしては彼が王太子だからというのが大きかった。
 しかし常日頃からクリフのことを考え、謝罪していたことは間違いない。

「ずっと?」

「ずっと。……お前に謝ってたんだ。どうか俺が死んだ後はしあわせになってくれって……です」

 危うく敬語をなくしてしまうところだった。
 今は特に謝罪を受け入れてもらわなくては困るため、機嫌をとらなくては。
 だから慌てて付け加えたのだが、どうやらクリフはそんなこと気にしていないようだ。

「――ずっと……。そう、ずっと僕のことを考えていたんだね……」

 どうしてそう、恍惚とした笑みを浮かべるのだろうか。
 正面からその表情を見たシリルは、またしても背筋が震えたのがわかった。
 見目麗しい男のそんな表情すら芸術品のように美しいのに、なぜか恐ろしいもののように映ったのだ。
 とにかく空気を変えようと、シリルは大きめな咳払いをした。

「と、とにかく悪かったと本気で思ってるんです。だから……」

「――君はもちろん知らないだろうけど、前世の僕は君が亡くなった一週間後に死んだよ」

「………………なんで?」

 シリルがいなくなればいじめてくるやつもいなくなって、クリフはしあわせになれたと思ったのに。
 どうして亡くなったのか。
 その答えに、シリルは愕然とした。

「君と同じ流行病だ。……誰から移ったんだろうね?」

「………………」

 もはやシリルの顔は青を通り越して白くなっていた。
 だってそれはつまり……。

「……お、俺が……殺した……?」

「まあ、少なくとも僕の周りで君以外、流行病にかかった人はいなかったよ」

 ぐぷっと、喉を迫り上がってくるものがあった。
 慌てて口元を手で押さえつつ、必死に飲み込んだ。
 こんなところで吐くわけにはいかないだろう。

(……最悪だ)

 本当に最悪すぎる。
 つまりシリルはクリフをいじめにいじめて、最後には流行病を移し死亡させたということだ。
 こんなの許してもらえるわけがない。
 ああ、きっとこのまま王宮に連れて行かれて首を落とされるのだ。
 口元を押さえていた手を、今度は首に持っていく。
 ここがつながっているのも、後数分かもしれない。
 せっかく転生したのにもう終わりか。
 前世と合わせても三十年ほどしか生きていない。
 なんて短い生涯なのだろうか。
 また生まれ変わることができるのなら、今度こそ全く違う人生を歩みたい。

「首どうかしたの?」

「繋がってることに感謝してます……」

 もう少ししたら首と胴体がバイバイするかもしれないが……。

「ああ。死刑になるかもって怯えてるの?」

「…………はい」

 明らかに意気消沈しているシリルとは別に、クリフはくすくすと笑う。

「しないよ。前世のことで君を処刑になんて……。僕を暴君かなにかだと思ってる?」

 前世のクリフの家庭はとても複雑だった。
 クリフの実母は彼が五歳の時には家を追い出され、後妻がやってきた。
 そしてすぐに子どもが産まれ、クリフはないものとして扱われたのだ。
 だから食事もほとんどもらえないし、洋服もボロボロのものを着続けていた。
 そんな家庭ですら悲惨な状態だったクリフをいじめていたのだ。
 今世で処刑されても文句は言えない。
 しかしクリフはそんなことはしないという。
 もしかして自分は助かるのだろうかと、少しだけ希望を持つことができた。
 頰に赤みが戻った顔を上げた時、クリフの長い指がシリルの首に巻き付く。
 柔らかく、真綿を掴むように優しく力が込められる。

「そんなもったいないことはしないよ。――だってもっと楽しみたいからね」

「――た、楽しみたい…………?」

「うん。とっても楽しいだろう?」

 思わずクリフの手首を掴んでしまった。
 別に苦しいわけでもないのに、恐怖心から体が動いてしまったのだ。

「僕がこのまま指に力を入れたら……君はどうする?」

「ど、どうって……」

「僕を殴る? ああ、でも君は前世でも僕を殴ったり蹴ったりしたことはなかったね」

 首に巻き付いたクリフの親指がゆっくりと動き、顎を撫で下唇に触れた。
 ほんの少しだけ下に向かって力が込められて、唇に隙間ができる。

「それがありがたくて……君のそばにいたんだよね」

 ぎしりと馬車が音を立てた。
 クリフが立ち上がったのだ。
 そしてそのまま鼻と鼻がくっつきそうなほど、距離を縮めてきた。
 彼の香水の香りだろうか?
 甘いバニラのような香りが鼻腔をくすぐった。

「これから僕になにされるか、想像できる?」

「…………たぶん」

 過去にシリルがクリフにやったいじめ。
 あれを仕返しされるのだろうと思った。
 でもそれで彼の気が晴れるのなら、甘んじて受け入れるしかない。
 そう思って答えたシリルに、クリフは鼻を鳴らす。

「嘘だね。わかってないよ」

「なら一体――」

 なにをするつもりなんだ。
 そう聞こうとしたシリルの口は、クリフの唇で止められた。
 柔らかな感触が己の唇にあたったシリルは、大きく目を見開く。

(――なにが、起こっている……?)

 十秒にも満たず離れたクリフ。
 彼は呆然とするシリルに、ただ静かに微笑みかけた……。
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