婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき

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第十話 ラルフ侯爵子息

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 ラルフが侯爵子息様だった。その衝撃で気絶してしまった私は、目を開けると、そこはフカフカなベッドの上だった。枕元には、私が持ってきたぬいぐるみや人形が置いてある。

「よかった、気が付かれたのですね」
「ラルフ……私……」
「私のことについてお話したら、気絶されてしまったので、とりあえず私の部屋まで運ばせていただきました。お体の具合はいかがですか?」
「大丈夫……」

 やっぱりあれは夢じゃなかったんだ。ラルフが侯爵子息様だったなんて、信じられない……けど、ラルフがこんな大掛かりな嘘をつくような人じゃないのは、よくわかっている。

「ラルフ……ううん、ラルフ様。今までたくさん失礼なことをして、申し訳ありませんでした!」
「し、シエル様? 急にどうされたのですか? いつもの様にお話をしてくださいませ」
「そんなの出来ないって! じゃなくて……出来ません!」
「……私は確かに侯爵家の息子ですが、あなたの執事でもあります。だから、いつものように接してください」

 そんなの出来ないってもう一度断ろうと思ったけど、あまりにも真剣な目を前にして、それ以上言うことは出来なかった。

「わ、わかったよ……ラルフ」
「ありがとうございます」
「それで、色々聞きたいんだけど……一体、何がどうなってマーチャント家の執事になったの? どうして私の専属の執事に志願したの?」
「それを説明するには、私のことを思い出してもらう必要があります」

 思い出すって……どういうこと? 私がラルフのことで忘れていることなんて、無いと思うんだけど……。

「これをご覧ください」
「えっ、それって……」

 ラルフは、いつも前髪で隠れている右目を私に見せる。そこには、目を斬るように斜めに刻まれた傷と、黄色い右目が露わになった。

 ラルフの左目は赤いのに、右目は黄色だ……ラルフってオッドアイだったの? 初めてそういう人に会ったけど……とても綺麗だ。

「この目を見て、何か思い出しませんか?」
「目……? オッドアイ……傷……あっ!!」

 この傷と目を見て、とあることを思い出した。それは、まだ私が幼い頃に、リマール国で行われた大きなパーティーに出席した日だ。

 あの日、私はちょっと疲れて会場の外を歩いていたら、一人の男の子が、貴族の子に囲まれて、いじめられていたの。確か……目の色が気持ち悪いとか、そんなくだらない理由だった。

 その時の男の子は、身なりがとても綺麗とは言えなかったから、どこかの家の雇われ使用人か、悪いことをするために侵入してきた子なのかなと思いつつも、私は助けに入った。

 それで……何とか助けた後、自己紹介をしたら、お礼だけを言われて逃げられちゃったんだよね。名前も聞けなかったから、どこの誰かもわからなかった。

 その相手が……まさかラルフだったなんて!!

「パーティー会場でいじめられていた……」
「思い出していただけましたか」
「やっぱりあの時の男の子だよね!? えっ、なんか凄く雰囲気が違うんだけど! 当時着ていた服がボロボロだったから、侯爵家の御子息様だなんて思わなかったよ!? それ以前に、侯爵子息様をいじめてたなんて、どれだけ恐れしらずな子達だったの!?」

 パーティーに参加していたくらいだから、その子供達もそれなりに身分の良い子達だったのはわかるけど……それにしたって、やってることが凄すぎない?

「私は前家長の子供ですが、この容姿ゆえに気持ち悪がられ、物心つく頃には育児放棄をされました。そして、五歳になる頃には、屋敷の従業員に気味悪がれ……そして、ストレスの捌け口のように扱われました。それが他の家の人間にも波及していったのです」
「…………」

 つらい話をしているはずなのに、どこか達観した様子のラルフとは対照的に、私は自分のことじゃないのに、無性に腹が立って仕方がなかった。

 マズい、自分の境遇と似ているせいか、ラルフがいじめられていたと考えたら、イライラしすぎて冷静さを欠いてしまっている。ここは落ち着いて深呼吸を……すー……はー……うん、無理そうだ!

「そんなある日、あなたに助けられた私は、いつかまたあなたに出会い、恩を返したいと思うようになりました」
「そんな、そこまで大げさにしなくても」
「大げさにしますよ。ずっと味方がいなかった私に、初めて味方してくれた方ですよ? 人間として、恩を返すのは至極当然です」

 さすが真面目なラルフだ。私は別に、恩返しをしてほしくて助けたつもりなんて、これっぽっちもない。ただ悪い人をやっつけて、困ってる人を助けたかった。それだけだよ。

「その後、私の所に来るまでに何があったの?」
「はい。あの後、私はシエル様に相応しい男になれるように、勉強と鍛錬に励みました。それだけじゃなく、陰湿だった性格を直しました。いつかどんな形であれ、あなたの隣に立つために。その間、家族には無理だと散々笑われましたが……おっと、これは余談でしたね」

 なんか、その光景が自分のことのように思い浮かぶよ……こんな嫌な境遇まで似なくていいのに……。

「そんな時、転機が訪れました。前家長……つまり私の父上と、今の母上が結婚されました」
「クリスティア様は、義理のお母様ってことなの?」
「仰る通りです」
「なるほどね。優しそうな雰囲気で、あの方がラルフをいじめるとは思えなかったから、納得したよ」
「それから間もなく、父と兄は事故で帰らぬ人となりました」

 事故で……そっか、前に私が見た家長と一人息子はその人で、既に亡くなっていたんだ。

 若くして亡くなるのは可哀想だけど、ラルフを散々馬鹿にしていたみたいだから、罰が当たったのかもしれないね。

「新しい母上は、とても慈悲深い方でして。私を本当の息子として、そして目のことなど一切気にせずに愛してくれました」
「クリスティア様は、素敵なお母様なのね。きっと、頑張って耐えてきたラルフへのご褒美だね」
「そうかもしれませんね。その後、数年かけて振舞い方や話し方などの能力を会得した私は、あなたをずっと守るためにどうすればいいか考えました。その結果、マーチャント家に仕えることを決めました」

 ……?? 仮に守りたいだけなら、婚約をするとかの方法もあったと思う。なのに、どうして仕える道を選んだんだろう?

「どうしてその考えになったの?」
「婚約を結んだり、両家で友好を育む方法などもありましたが、それだとどうしても立場や家のことなど、面倒なことが起こると思いまして。それに、あなたにも気を使わせたくありませんでした」
「まあ、そういうのは避けられないよね」
「あなたを守るために面倒を増やしては本末転倒なので、そういった面倒事が無い方法を選びました。あぁ、家族からはしっかり同意をもらってます」

 なるほどねと頷きながら、私は頭の中を整理し始める。

 えーっと、とりあえずまとめると……ラルフは侯爵子息様。出会いは随分前のパーティーで、目のことでいじめられてた所を、私が助けたんだよね。

 その時は、家族のせいで見栄えの悪い服を着ていたのと、名乗らなかったのもあって、誰かわからなかったと。

 その後、ラルフは家族達の邪魔にも負けずに頑張ってたら、お父様が再婚してクリスティア様と出会い、そしてお父様とお兄様が事故でお亡くなりになった。今は私の執事になり、私と一緒に過ごしている……こんな感じかな?

「こんな形で、我が家に招待するのは想定外でしたけどね」
「あはは……それにしても、随分と長い時間をかけて、恩返しの準備をしていたんだね。私、びっくりしちゃったよ!」
「恩返しもあるのですが、もう一つ理由がありまして」
「なになに?」
「私は助けてもらったあの日、あなたに恋をしてしまったのです。だから、あなたをずっと守っていこうと思ったのです」

 恋……? ラルフが、私に恋……? こ、こんどこそ聞き間違いか! 私みたいな、凡人で自ら屋敷を出るような貴族不適合者が、侯爵子息様に恋されるなんて……ない、よね?

「私は、あの日からあなたの虜なのです。あなたを愛しております。もちろん異性として。なので、これからもあなたが嫌と言うまで、お傍でお守りさせていただきます」
「愛……あいい……きゅう」

 またしても混乱しすぎて頭が追い付かなくなってしまった私は、また意識を手放した。
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