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第三十七話 束の間の休息

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 あまりにも物騒なことを言った門番達は、腰につけた鞘から剣を抜いた。

 これ以上逆らったら、本当に斬られてしまうかもしれない。普通ならただの脅しだろうとしか思えないようなことたけど、今の彼らのおかしな雰囲気だと、本当に襲ってくる可能性は、かなり高いと思う。

「ラルフ、マーヴィン様。ここは素直に言うことを聞いた方が良いと思う……」
「そうですね。私としても、荒事はなるべく避けたいです」
「仕方ないか……騒がせて申し訳なかった。我々は会場に戻る」
「…………」

 素直に言うことを聞いてもらえて満足したのか、門番は剣を鞘に戻すと、私達が来た時と同じ体勢で、石のように固まってしまった。

 ……門番がこの調子だと、きっと他の人も同じ感じだろう。別の所から逃げようとしたら、見回りをしている人間に見つかって殺されてしまいそうだ。

「他の所から脱出したいところですが、敷地は全て塀に囲まれております。この調子だと、無理やり別の所から逃げようとしても、見回りに見つかって殺される可能性が高いですね」
「それなら、一番安全なのって、素直にパーティーに参加すること?」
「それはどうかな。終わったらといって、素直に帰してくれるかはわからない」
「も、もうマーヴィン様! 怖いことを言わないでください!」
「シエル様、申し訳ありませんが、私も同意見です。このような異常事態が起こって、おいそれと帰すのは不自然です」
「うっ……うぅ~……」

 二人にはっきりとそう言われると、私もそうなんじゃないかと思ってしまう。

 いや……違う。私も最初からわかっていた。でも、こんなおかしな状況を認めたくなくて、楽観視して現実から逃げていただけだ。

 私って、本当に情けないなぁ。もっと気を引き締めないと! 私はラルフやマーヴィン様と一緒にここを出て、必ず幸せになるんだから! 自慢の体力と根性でなんとかするぞ!

「……これはあくまで可能性の話だが、今回の件……誰かの魔法の影響だと思わないか?」

 会場に戻る途中、マーヴィン様がポツリと呟いた。

「魔法、ですか?」
「ああ。誰かが洗脳系の魔法を使っているのかもしれないということだ」

 洗脳!? それをされたら、みんな術者の思い通りにされちゃうってことだよね! ってことは、私達も!? あんな変な人達みたいになりたくないよ!

「それなら、この事態の説明も出来ますね」
「仮にそうだとして、術者は誰なんだろう?」
「私もそれはわからない。ダニエル様ではないのはわかるんだが……」

 そうだよね、ダニエル様は既に変な言動を取っているのを見てるもんね。術者があんなふうになるのは、明らかに不自然だ。

 とはいえ……カモフラージュの可能性もあるから、一応気をつけておこう。

「さて、会場に戻ってきましたが……念のため、私が中を確認しますので、お二人はここでお待ちください」
「私も行くよ。ラルフ一人に任せられないよ」
「……わかりました。共に参りましょう」
「では私は、後方を警戒しておこう」
「お願いします!」

 私はラルフぴったりくっついた状態で、窓から会場の中を確認すると、やはり異様な雰囲気は続いていた。

 普通に見える人達も、次々と外に出て行っては戻って来ている。きっと、私達と同じ様に、門番に戻されたんだと思う。

「この会場に戻るのは、少し怖いかも……」
「そうですね。終わるまで、凌げる場所があればいいのですが……」
「あ、あなたたち! よかった、無事な人達ですね!」

 息を切らせながら駆け寄ってきた男性は、この屋敷の使用人の服を着ていた。

 安否を聞くってことは、この人は大丈夫な人かもしれない。おかしい人は、そんなことを聞いてなんて来なかったもん!

「失礼。何かご用でしょうか?」
「パーティー会場は危険ですので、控室にご案内いたします。そこなら安全を確保できますので!」
「ありがたい話ですが、それを信じる根拠は?」
「あ、ありません……」
「ラルフ、せっかくの好意なんだから、素直に甘えておこうよ!」

 もし彼が本当の味方だった場合、断って損をしたって展開になる可能性がある。危ない話でもなさそうだし、大丈夫だよ! きっと!

「シエル様がそう仰るなら」
「私も同行しよう」
「お二人共、ありがとうございます!

 私が深々と頭を下げると、ポンっと肩に手が乗せられた。それに反応して頭を上げると、ラルフとマーヴィン様が、笑顔で頷いてくれた。

 その後、会場の建物に一度入った私達は、メインホールには行かず、会場の最上階にある控室へと通された。

 うん、ここなら人が来なさそうだし、時間まで安全に過ごせそうだよ!

「なにかあったら、またお呼びいたします」
「はい。親切にしてくれて、ありがとうございます!」

 ここまで連れて来てくれた彼にお礼を言ってから、私は少し勢いよく椅子に座った。

 みっともないのはわかっているけど、なんか精神的に疲れちゃったんだ。こればかりは、体力でどうにかできる問題じゃないからさ。

「では、私はこれで失礼します!」

 彼がいなくなった部屋は、何とも言えない重苦しい空気に包まれていた。

 私、こういう雰囲気って苦手なんだよね……なにか話題を振って空気を変えたいんだけど、疲れのせいでイマイチ頭が働かない。

「ラルフ、先程見せてくれた招待状を、もう一度見せてくれないか?」
「どうぞ」
「感謝する。ふむ……やはりこれを見る限りだと、最初からラルフがバーランド家に戻っていることも、シエルがいたこともわかっているように見える。それに、君のご家族を招待していないのも気になる」

 やっぱりマーヴィン様もそう思うだね。招待状が来て、呑気におめでたい話だーなんて喜んでいた自分が恥ずかしすぎる……。

「我々も同じ考えですが、他の情報が少なすぎて」
「それはそうだな。とりあえず、今は少し休憩をして、それから今後のことを考えよう」

 マーヴィン様の意見に賛成……今の状態で考えても、ろくな考えは浮かばないと思う。実際に、今の私の頭は全然働いていないし。

「やれやれ、せっかくシエルの美しい姿を間近で見られたというのに、とんだ災難だ」
「さすがマーヴィン様、シエル様の美しさがおわかりになられるのですね」
「ああ。ドレスやアクセサリーが、シエルの良さを更に引き立てている」
「このドレスは、今日のために用意したものでして」

 突然マーヴィン様に褒められた私は、数秒程固まってから、ふぇ? と変な声を漏らした。

 え、えっと? 急にどうしてそんな話になったわけ? これ、私はどんな反応をすればいいの?

「シエルよ、君が良ければ再び私と婚約を結ばないか? 君の美しさに惚れ直してしまった」
「え、えぇ!?」

 私の前に跪き、そっと手を取るマーヴィン様。優しく微笑むその表情は、まるで絵画に描かれているかのように美しかった。

 でも……その表情を見ても、あくまで綺麗と思うだけだった。求婚の言葉も、驚きはしたけれど、一切ドキドキしたりもしなかった。

 マーヴィン様のことは大切だし、私のことを認めて求婚してくれるのは嬉しいけど……やっぱりマーヴィン様は、義理の兄のような存在にしか見られない。

 ……これをラルフに同じことをされたら、今とは比にならないくらい、ドキドキしていただろうなぁ。

「マーヴィン様、何を急に緊張感がないことを仰っているんですか? それに、シエル様は私の未来の妻です」
「ふっ……ラルフよ。そんな怖い顔を――」
「お気持ちは嬉しいですが、私はラルフと未来を生きると決めているので……ごめんなさい!」

 改めて、自分がラルフのことを心から愛していることを再認識した私は、頭が飛んでいってしまうんじゃないかと思うくらい、勢いよく頭を下げて謝罪をした。

 すると、マーヴィン様はくぐもったような声を漏らしながら、プルプルと震え始めた。

 も、もしかして……ショックで泣いてる!? どうしよう、言い過ぎちゃったのかな!? 早く謝罪をしないと……!

「あははははっ!」
「へっ……?」

 笑って……る? それも、心の底から笑っているように見えるんだけど……?

「シエルにラルフよ、今のは冗談に決まっているだろう」
「え、冗談だったんですか!?」
「友から婚約者を奪おうだなんて、そんな非道なことはしないさ。少しは気を紛らわせるかと思ってな」

 ……も、もう! その気持ちは嬉しいけど、さすがにちょっとは内容を考えてほしいよ!

「マーヴィン様、冗談を仰るのなら、時と場合をお考えいただけると幸いです」
「おや、ダメだったかな? 私はどうも冗談を言うのが苦手でいけないな! はははっ!」

 一人で楽しそうに笑ってから、マーヴィン様はふぅ……と一息入れると、一転してとても真面目な表情に変わった。

「ラルフもシエルも、互いをこんなに想い合えるパートナーに出会い、そして結ばれたことが、自分のことのように嬉しいよ」
「マーヴィン様……」

 先程までの重苦しい空気は無くなり、とても暖かい空気に変わった。これも、マーヴィン様のちょっと下手な冗談のおかげだね。

 そう思っていたのに、その空気もすぐに壊されることになる。

 なぜなら、私達の部屋の中に、沢山の人達がなだれ込むように入ってきたからだ――
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