婚約者に騙されて巡礼をした元貧乏の聖女、婚約破棄をされて城を追放されたので、巡礼先で出会った美しい兄弟の所に行ったら幸せな生活が始まりました

ゆうき

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第三十八話 黒き刺客

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■ジーク視点■

 さて、勢いよく飛び出したはいいが……これだけ巨大な相手の顔にまで近づくのは、中々に骨が折れそうだ。

 先程のように、氷の足場を使って動くのが良さそうだが、相手も馬鹿ではない。きっとそれを読んで抵抗してくるに違いない。

 足を斬って倒すのが手っ取り早いか? だが、既に近隣の木が倒されていたり、動物が巻き込まれたりと、被害を被っている。更に被害が出る事はなるべく避けたい。

『ガ……ア……!』
「自力で兄上の氷から逃れたか……そのまま凍ってくれていれば楽だったんだがな」

 敵は自分の手の一部を分離させて細かくし、俺に向かって飛ばしてきた。その数は……数えきれない。さすがの俺でも、あれを全て捌くのは難しそうだ。

「ジーク! お前は正面だけを見ろ! 左右は私が撃ち落とす!!」

 背後から、兄上の無駄にデカい声が聞こえてくる。それから間もなく、後ろから飛んできた、無数の細かい氷柱が黒い物体を貫いていった。

 全く、デカい声を出すのも、鍛錬以外の荒事なんて不得手の癖に、それを隠し通そうとするのは相変わらずだな。

 まあ……それは今回に限らずか。以前クラスメイト達からシエルを守った時も、後で随分と疲れた顔をしていたからな。鍛錬では容赦ないくせに。

 さて……兄上の覚悟に、俺も報いなければならないな。そして……俺を信じてくれ見守ってくれている奴らの為にも、俺は必ず勝つ。

「ふっ……!!」

 兄上の氷柱から逃れた黒い物体を、俺は次々と斬りながら前進していく。悪いが、一つも逃すつもりはない。俺の後ろには、守らなければならない連中がいるもんでな。

『ガァァァァァァ!!』

 遠距離攻撃では無駄だと判断したのか、雄たけびを上げながら拳を振り下ろしてきた。

 この巨体が迫ってくると中々に迫力があるが、所詮それだけだ。大振りな上に直線的だから、避けるのは造作もない。

 そうだ、これを逆に利用してやればいい。あの拳が地面にまで降りてきたら、そこから登っていけば、比較的簡単に登れそうだ。

「きゃあ!?」

 拳が地面にめり込んだ瞬間、後ろからシエルの悲鳴が聞こえてきた。急いで振り返ったが、どうやら驚いて尻餅をついていただけのようだ。

 シエルめ、変に心配をかけるな……お前に何かあったらどうするつもりだ。せっかく掴んだ平穏な時間を、少しでも無駄にする事は避けるようにしてほしい。

 まあいい。今がチャンスだ。この拳から登って……ん? この腕、凍って地面にくっついてしまっているな。動かそうとしているが、よほど頑丈なのか全く動いていない。

 きっと兄上が、俺に登りやすいようにしてくれたのだろう。手回しが良いというか、おせっかいというか……まあいい。とにかくこれで登りやすくなった!

「いくぞ!」

 俺は敵の腕に乗ると、そのまま顔を目掛けて走り出す。このまま真っ直ぐ行けば、多少は疲れるかもしれないが、顔にたどり着ける。

 だが敵も甘くはない。腕の一部から、ボコボコと泡が立ち……そこには小型の人型魔法生物が行く手を阻んだ。

「雑兵が、俺の邪魔をするな」

 向かってくる敵を斬りながら、俺は前進していく。さすがに登りにくいが、なんとかなってはいる。

 ……それにしても、

「ふんっ!」

 向かってきた敵を斬り、更に顔に向けて登りだす。目標の顔まではもう少しだ。

「……くっ!?」

 もう少しというところで、俺の足元から、黒い触手が出てきたと思ったら、一瞬で俺を拘束してしまった。

 だが、この程度の拘束なら簡単にはがせ――

『ガァ~!』
「なに喜んで……ぐっ!?」

 これは……触手から流される電撃の痛みに加えて、俺の体力が奪われていく……しかも、頭の中までぐちゃぐちゃにされているような感覚だ。

 さっさとこれは剥がさないといけないんだが……体に力が入らない……!

「これは……まずい……」

 意識が段々と遠のいていく中、手に持っていた剣がキラリと光った。

 そうだ……この剣には、兄上の魔法がかけられている。この力を使えば、もしかしたら……!

「兄上の力を受けた剣よ、この触手を斬り落とせ!」

 俺の言葉に反応するように、刃から勝手に斬撃が飛ばされた。そのおかげで、俺を封じていた触手は斬り落とせた。

 なるほどな……こいつの目的は、足止めとは別に、俺達の脳の改変か。それをすれば、クソ王子に反発する人間の筆頭である俺達を、完全に無力化できるというわけか。これをシエルがやられなくて本当によかった。

 認めたくは無いが、こういう時は頭が働く男だ。生まれた環境と育ちかたがよければ……ふん、たらればで話しても仕方ない。今はさっさと決着をつける。

「はああああああ!!」

 先程の攻撃で体力の浪費をしてしまったせいで、さすがに登るのが大変になってきた俺は、いつも出さないような大声を上げながら、顔を目指して進んでいく。

 その途中で黒い連中が腕や肩から生えて邪魔してくるが、不意打ちじゃなければ問題ない。全て……斬る!

「貴様ら程度で、俺を止められると思うな!」

 邪魔をする者を全て斬り、ようやく俺は顔へとたどり着いた。あとは顔にある核を破壊すれば、こいつらは消えてなくなる。

 ……想像以上に面倒な事になったが、早く終わらせてシエルを試験会場に送らなければ。

「これで終わりだ……!」

 俺は肩から勢いよく飛びあがり、顔の真正面に行くと、そのまま剣を振り上げた――が、敵も最後の抵抗として、顔から角のような物をいくつも伸ばして攻撃してきた。

 それ自体には大した威力は無かったが……勢いは止められたうえに、俺の体勢が大きく崩されてしまった。これでは……核を狙って剣を振るのは不可能だ。

「ここまできて……俺は……!」
「ジーク様ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 自分の情けなさを嘆いていたその時、俺の事を呼ぶ声が聞こえてきた。涙声で、震えていて……それでも必死に俺を呼ぶ声だった。

 ……何をやっているんだ俺は。俺の後ろには、俺の守りたい女がいるというのに、何を弱気になっている。どんなにカッコ悪くても、無様でも……シエルは俺が守る!

「消え、ろぉぉぉぉぉ!!」

 俺は核を目掛けて、剣を思い切りぶん投げた。すると、剣は顔の中心を目指して真っ直ぐ飛んでいき……回転しながら敵の核を貫いた――
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