婚約者に騙されて巡礼をした元貧乏の聖女、婚約破棄をされて城を追放されたので、巡礼先で出会った美しい兄弟の所に行ったら幸せな生活が始まりました

ゆうき

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第四十八話 絶体絶命

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■ジーク視点■

 目の前のアンドレを倒す事ばかりに夢中になっていた俺は、奴が攻撃の為に魔力を溜めている事に、全く気付けていなかった。

 それも当然だろう……頭に血が上っていたうえに、俺には魔法の才能が無いから、魔力を探知する術もないのだから。

「全部防げるなら防いでくれても構わねえぜ? ただ、そんな足元が悪い状態でどうにかできるのかぁ!?」

 アンドレの言葉を認めるのは癪だが、確かに今の足元は氷漬け……最悪と言っていいだろう。

 氷の床での動きの鍛錬はしているが、あくまでそれは距離を詰める際に相手の動きを見てかわす為のものであり、こうして四方八方の攻撃を防ぐ鍛錬は、あまり行ってこなかった。

 これは非常にまずい。ある程度なら斬れるかもしれないが、全てを防ぐのは無理だ。これでは直撃し、かなりの痛手を負う。

 別に痛いのはいい。俺が未熟なだけだからな。だが……それでこの試合に負けるのも、家族やシエルに心配をかけるのも……ごめんだ。

「だから……俺は諦めない!」
「ギャハハハハハ!! なにカッコいい事言ってんだ!? てめえはここで切り刻まれるんだよ!」
「随分と楽しそうじゃないか。私も一枚噛ませておくれよ」

 後ろから兄上の声がしたのとほぼ同時に後ろを向くと、器用に滑りながら魔法陣を杖の先端に展開し、それを前に突き出す。すると、氷柱が無数に飛び出し、風の刃を貫いた。

 よし、今のうちに距離を取る……不本意だがな……。

「やれやれ、なにかあった時の為に魔力を溜めておいて正解だった。怪我は?」
「大丈夫だ。何度もすまない、兄上……」
「自分一人で戦おうとするな。これはタッグ戦……それに、応援してくれる人もいる。お前は一人じゃない」

 いつもの物腰柔らかい兄上ではなく、とても厳しい顔の兄上に、的確な注意されたおかげで、俺の怒りは鳴りを潜め……身も心も引き締まった。

「兄上……ああ、俺が間違っていた。力を貸してほしい」
「ああ、任せておくれ。あれだけの障壁をずっと維持するのは、相当の魔力を使うだろう。彼女の魔力切れを狙おう」
「先に俺達がバテる可能性もあるんじゃないか?」
「なんだ弟よ、お前はこの程度でバテる程度の鍛錬しかしていなかったのかい?」
「……ふん、冗談を言うなら、もっと面白いものを用意しておけ」

 こんな状況でも変わらない兄上の事を小さく笑いながら、俺は再び剣を構えた。

 落ち着け。先程のような失態はもうしてはいけない。冷静に、相手の動きを見るんだ……。

「相談は終わったか? まあ……何を相談したところで、てめえらに勝ち目はねえけどなぁ!!」

 アンドレが大きく腕を振ると、それに合わせて障壁が解除され、大量の風の刃が襲い掛かってきた。

 やはりこうして改めて見ると、魔法の才能に恵まれた男だ。普通の魔法使いなら、良いところ十個程度しか一気に出せない風の刃を、何倍の数も一度に出している。

 だが……そんなのは関係ない。いくら優秀な攻撃も、全て防ぎきってみせる。

「兄上、左右の風は任せた。中央は俺が斬る」
「ああ、任せてくれ」

 大量に飛んできていた風の刃が、兄上の氷によって相殺され、宙で霧散していった。砕けた氷も相まって、とても美しく輝いている。

 しかし、全てを防ぎ切ったわけではない。まだ半分は残っている。ここからは俺の仕事だ。

「全て……斬る!」

 元々が鋭利な物体で、更に回転まで加わっている風の刃に剣で触れるなど危険な行為だが……俺にとってそんなの事は問題にならない。

 なぜなら、俺は鍛錬を全て剣に費やしてきた。この程度の攻撃を斬れなかったら、今までの努力が全て意味のなさないものになる。

「はぁぁぁぁ!!」

 ガキン! ガキン! と、鋭利な刃物がぶつかる音を響かせながら、一つ一つ確実に風の刃を叩き落とす。兄上が数を減らしてくれたおかげで、だいぶやりやすいな。

「馬鹿な、あれだけの風の刃を防ぎ切りやがった!? おい、オレ様の風にてめえの炎を合わせろ! グズグズすんなノロマ!」
「っ……はい……!」

 全て防ぎ切ってから再び攻め込むと、ココは大きな炎の壁を作り出して俺の侵攻を防いだ。更に、その炎の壁にアンドレの風が加わり、さらに強大なものへと変化した。

「ジーク、一旦引け!」
「問題無い!」

 そう、全て斬る……もう先程みたいな失態はしない。俺を信じてくれている人を、これ以上裏切るわけにはいかない!

「全く、頑固な弟だ……なら兄として、弟を支えて見せようじゃないか!」

 兄上の声を背中に受けてから間もなく、俺の剣が淡い光を放つようになった。

 これは……兄上の魔法か。あの忌々しい炎の壁を破るのに、とても心強い味方だ。

「ふっ……!!」

 炎の壁に向かいながら、俺はすくい上げるように剣を振ると、兄上のかけてくれた魔法が斬撃となって、炎の壁にぶつかった。だが、多少は競り合ったが、斬撃は炎の壁に負け、その場で溶けるように消えていった。

「なにをしても無駄なんだよ! さっさと灰になっちまいなぁ!」
「それは……どうかな?」

 確かにこのままでは、俺はこの火の壁に飲み込まれて灰となるだろう。だが……そんな愚行を犯すような真似はしない!

「ば、馬鹿な……!? 剣で炎の壁に斬りかかっただと……!?」
「す、凄い……これがベルモンド家の最強の剣士……!」

 俺は渾身の力を込めて、炎の壁に向けて剣を思い切り振り下ろした。肌に凄まじい熱気を感じるし、吸い込む空気も熱くて苦しい。

 だが、この程度どうって事は無い! こいつのせいで苦しんだシエルの苦痛に比べれば……こんなもの!!

「消え……され!!」

 数十秒に渡る競り合いの末、俺はギリギリのところで炎の壁を打ち消す事が出来た。体中に火傷ができたり、服がかなりボロボロになったが……そんな事はどうでもいい。

「ただの剣で、炎を斬った……!? たかが障壁一つ破れなかった雑魚の剣で!?」
「兄上の助力のおかげだ。それに、俺も違う。あの時の俺は怒りに燃え、雑念しか無かった……自分の弱さを呪うほど追い詰められた……だが、兄上のおかげで冷静さを取り戻した俺の剣が、先程までと同じと思うな!」

 あの炎の壁を出すのに魔力を使ったせいで、障壁は消えている。再度張ろうとしても、その前に俺の剣が届く位置にまで入れるだろう。

 これは……貰った。そう思っていたのだが……奴はとんでもない行動に出た。

「ココぉ! オレ様を守りやがれグズ!」
「なにっ……!?」

 あと少しの所でアンドレを斬れるところまで行ったのに、なんとココを無理やり盾にして、自分は安全な場所へと退避した。

 当然と言えば当然なのだが、突然の事すぎてココは反応できていない。これでは避けたり止めるのは不可能だろう。俺が何とか止めるしかない……!

「くぅ……止ま、れええええ!!」
「はぁ!!」

 振り下ろしてしまった剣の勢いを止める事が出来なかったが、なんとココは短い剣を懐から取り出し、俺に剣で対抗してきた。

 この短時間で反応できるのも驚きだが、俺に剣で挑んでくるとは……それに、今の一太刀は……。

「ジーク様、シエルさんがお世話になった事は感謝しています……ですが、私にも事情があるんです。だから……お手合わせ、願います!」
「……わかった。シエルを守ってくれた実力、見せてほしい」

 不謹慎ながらも、先程の一太刀で心が躍ってしまった俺は、ニヤリと笑ってから獲物を互いにぶつけ始める。キン! と互いにぶつかり合うたびに、歓声が響くのがやや耳障りだ。

 実際に刃を交えてみて痛感した。こいつは強い。魔法の実力も当然だが、剣一筋で育ってきた俺と対等に戦えてるのが、何よりの証拠だ。

 さて、これはどうしたものか……一撃の威力は俺の方が高い感じがするが、ココの武器は全体的に小さい分、小回りが利く。大振りをしたら、一瞬の隙を突かれそうだ。

「おいおい、なにてめえらでデート気分で戦ってやがる! 喰らいな!」
「二人の邪魔はさせないよ」

 アンドレの攻撃が飛んでくるが、それらは全て兄上の氷によって相殺されていた。背中は兄上に全て任せて、俺はココとの戦いに集中しよう。

「フッ……!」
「はぁ!! そこだぁ!!」

 俺の胸に目掛けて剣を突き刺してくるが、それを読んでいた俺は剣で受け止め、最小限の力で払いのけた。

 体格の差や筋肉量、獲物の大きさなどを加味すれば、俺の方が総合的なパワーは勝っている。それをフルに使わずに、今みたいにコンパクトに……最小限の動きでいなしていけば……いけそうだ。

「くっ……このっ! このっ!!」
「…………」

 攻める手を止め、ココの攻撃を受ける事に専念し始めると、最初はガンガン攻撃してきたココだったが、次第に焦りの色が見え始めた。

 それも仕方のない事だろう。完全に動きを見られ、その攻撃を全て防がれたら、誰だって焦ってしまう。

 だからこそ……俺はその隙を突く!

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……そこか!」

 大振りになった攻撃を受け止め、今度は大きく剣を払い、ココの剣を吹き飛ばした。

 さあ、これで厄介な剣は無くなった。障壁で防ぐ事もできるだろうが、この距離では障壁を展開する前に俺の攻撃が届く。反撃も同じだ。

「これで終わ――」
「ったくよぉ……せっかく寛大なオレ様がお前らの戯れを看過してやってたのに……なんだその体たらくは?」

 決着をつけようとした瞬間、俺は近くから感じる風の勢いに警戒して動きを止める。すると、アンドレの上空に、とんでもない大きさの風の刃が生み出されていた。

 あいつ、兄上が相手をしていたというのに、まだあそこまで魔力を残していたのか? それに、相手をしながらあんな魔法を使う為の詠唱も行っていたのか!?

「クククッ……ふはははは!! 俺の力の前に屈するがいい!!」

 巨大な風の刃は、俺に向けて放たれた。そこには、俺とやりあっていたココもいるというのに……正気か!?

「ジーク! 今助けに行く!」
「もう遅いんだよ! そのまま仲良くバラバラになっちまいな! なぁに心配はいらねえ! てめえの兄もシエルも、仲良く地獄に送ってやるからよぉ!!」

 なんとか対処をしたいところだが、俺にはあんな強大な魔法に、一人で対処する術を持ち合わせていない。おそらく、兄上の援護も間に合わないだろう。

 考えろ……何か手はないか!? こんなところで無抵抗のままやられるわけには……!!
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