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第七話 どうして私は……!
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私の魔法によって生まれた光が、ウィルフレッド様の体を優しく包み込み、間もなく光は霧散していった。
これで上手くいっていれば、ウィルフレッド様の体が動くようになるはず……!
「ど、どうでしょうか?」
「…………」
ウィルフレッド様の顔をジッと見つめながら問うと、フッと微笑みながら、小さく首を横に振った。
私には、その笑顔がとても痛々しくて……胸が張り裂けそうになった。
「も、もう一度やらせてください! 今度こそ治してみせます!」
「ありがとうございます、エレナ殿。あなたのそのお気持ちだけで、私は十分ですから」
「駄目です! 私だって聖女として、苦しんでいる人を助けたいんです! 母さんだって、生きていれば同じことを言うはずです!」
半ばやけになりながら、私はもう一度回復魔法を使うが、やはりうまくいかない。
……一度や二度駄目だったからって、諦めてたまるもんですか! 目の前で苦しんでいる人がいるのに諦めるなんて、聖女としてありえない!
「治って……治ってよぉ……!」
何度も何度も回復魔法を使っていたら、魔法を使った疲労で立っていられなくなり、その場で足から崩れ落ちてしまった。
こんなになるまで魔法を使ったのは、生まれて初めてだわ……体が重くて力が入らないし、意識も朦朧としているけど……気をしっかり持ちなさい、私! 早くウィルフレッド様の状態を確認しないと!
「エレナ殿!? 大丈夫ですか!?」
「は、はい……それよりも、どうでしょうか……!?」
「……申し訳ない」
ウィルフレッド様の口から出た、謝罪の言葉。それはたった一言だけなのに、何百という罵声を浴びせられるよりも、暴力を振るわれるよりも、私に酷い衝撃を与えた。
「どうして……どうして私はこんなに無能なの……? 母さんから教わったのに……どうして……!」
私は、悔しさをぶつけるように、着ていた服の裾をギュッと握った。
目の前にいる一人の人間すら助けることが出来ない。それでなにが聖女だ。なにが回復魔法の使い手だ!
私は……母さんのような、素晴らしい聖女にはなれないの? 沢山の人を癒し、沢山の笑顔を取り戻した、母さんのような聖女に……!
「エレナ殿。私の体は、もう既に使い物にならないのです。修復が不可能になったものは、いかなる方法でも治すことは出来ないもの……どうかお気になさらず」
「うっ……うぅ……ごめんなさい……」
変に期待をさせられて、怒ってもおかしくないというのに、ウィルフレッド様は怒るどころか、私に慰めの言葉をかけながら、頬を伝う涙を拭ってくれた。
こんなに優しい方が、どうしてこんなに辛い目に合わないといけないのだろうか。本当に……世界は残酷だ――
****
「…………」
「すー……すー……」
「……えいっ」
「ふぎゅ」
翌日の早朝。久しぶりにフカフカのベッドと暖かい毛布に包まれて眠っていると、なにか小さなものに、ほっぺたをムニュっとされた感覚で目を覚ました。
「ふぁ~……いつの間にか寝ちゃってたのね……」
あの後、私は自分の無能さに打ちひしがれて、ベッドの中で悔し涙を流していた。でも、まだ疲れが全然抜けてなかったからか、そのまま寝ちゃったみたい。
それにしても、私を起こしに来てくれたのは誰かしら。ほっぺたを押された感触からして、ルナちゃんとかかしら?
「……え?」
「あの、その……」
周りを見ても、ルナちゃんの姿はなく、そこにいたのは……シーちゃんと呼ばれていた、あの精霊だった。
「お、おはよう……ございます」
「おはようございます。確か……シーちゃんと呼ばれてましたよね?」
「は、はい。風の精霊のシルフィードといいます。ご主人様からは……シーちゃんと呼ばれています、はい」
シルフィードと名乗った精霊は、フワフワと宙に浮かびながら、丁寧にお辞儀をしてくれた。
風の精霊、シルフィード……か。私も聞いたことがあるくらい、精霊の中では有名な名前だわ。
「その、ご主人様と仲良くしてくれて……ありがとうございました」
「私も楽しかったですから」
「そうなんですか? なら良かったです……」
「私こそ、あなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございます」
「い、いえ……偶然ですから。あの……ご主人様は、私みたいな存在しかお友達がいなくて……これからもお友達でいてくれると、嬉しい……です」
「も、もちろんよ」
い、言えない……数日後には適当に理由をつけて、出て行こうとしているなんて……この期待に満ちた目を見てたら、絶対に言えないわ!
「それで、わざわざお礼を言いに来てくれたんですか?」
「それもありますけど……もうすぐ朝食なので、起こしに来ました。本当はご主人様や、使用人様達が来ればいいのですが……あいにく、ご主人様は朝が弱くて。使用人様達も、朝はやることが多いので、代わりに……」
あら、それはちょっと意外ね。ルナちゃんは元気の塊みたいな子だから、朝も元気いっぱいだと思い込んでいた。
「もう少ししたら、使用人様が来て身支度を手伝ってくれると思います……はい」
「え、わざわざ? そこまでしてもらわなくても……」
「客人には、最大限のもてなしをしろというのが、当主様の口癖でして……」
おどおどしながらも、シーちゃんはしっかりと教えてくれた。
それにしても、ウィルフレッド様って本当に真面目な方なのね。真面目過ぎて、変な人に騙されたりしないか、ちょっと心配になるくらいだ。
「ところで、エクウェス家の朝食って凄く早いんですね」
「え……? 普通、ですよ?」
「でも、まだ朝の六時にもなってないですよ」
部屋の中に置かれた立派な振り子時計の針は、私の言った通り、まだ六時を示していない。外もまだ明るくなりきっていなくて、少し薄暗い。
「……あっ……ごめんなさいごめんなさい! 起こしに行くのに頭がいっぱいで……凄く早くに起こしに来ちゃいました……!」
「あらら、そうだったんですね」
シーちゃんは、小さな頭がどこか飛んでいくんじゃないかと心配になるくらい、頭を何度も下げた。
わざわざ気を利かせて私を起こしに来てくれたシーちゃんに、怒ったりなんてしないのに。
「大丈夫ですよ。全然気にしてないので」
「ほ、本当ですか……? デコピンの刑とかしないですよね……?」
「し、しませんよ!」
デコピンって……刑が可愛すぎて、ちょっと笑いそうになっちゃったけど、掌程度の大きさのシーちゃんからしたら、デコピンでも凄い重い罰なのかもしれないわね。
あと、それを知ってるということは、前にされたことがあるのだろうか……もしかしたら、ルナちゃんが悪ふざけでしちゃったのかもしれないわね。
「早起きするのも良いものですよ。ほら、こうして窓を開けて冷たい空気にあたるんです。そうすると、冷たい空気で体がシャキッとするんです」
シーちゃんと話しながら窓を開ける。すると、冷たい空気が部屋の中に入って来て、一気に眠気がどこかにいってしまった。
今気づいたけど、ここって三階なのね。昨日はそんなことを気にする余裕なんて全然無かったから、気付かなかった……あら?
「あそこにいるのって……ウィルフレッド様?」
少し離れた所で、しかも茂みのせいでわかりにくいけど、確かにそこにはウィルフレッド様の姿があった。
こんな朝早くから何をしているのかしら? しかも、周りに誰もいない状態だ。
なんだろう、なんとなくだけど……嫌な予感がする。こういう時の私の勘って、いやになるくらい当たるのよね……。
これで上手くいっていれば、ウィルフレッド様の体が動くようになるはず……!
「ど、どうでしょうか?」
「…………」
ウィルフレッド様の顔をジッと見つめながら問うと、フッと微笑みながら、小さく首を横に振った。
私には、その笑顔がとても痛々しくて……胸が張り裂けそうになった。
「も、もう一度やらせてください! 今度こそ治してみせます!」
「ありがとうございます、エレナ殿。あなたのそのお気持ちだけで、私は十分ですから」
「駄目です! 私だって聖女として、苦しんでいる人を助けたいんです! 母さんだって、生きていれば同じことを言うはずです!」
半ばやけになりながら、私はもう一度回復魔法を使うが、やはりうまくいかない。
……一度や二度駄目だったからって、諦めてたまるもんですか! 目の前で苦しんでいる人がいるのに諦めるなんて、聖女としてありえない!
「治って……治ってよぉ……!」
何度も何度も回復魔法を使っていたら、魔法を使った疲労で立っていられなくなり、その場で足から崩れ落ちてしまった。
こんなになるまで魔法を使ったのは、生まれて初めてだわ……体が重くて力が入らないし、意識も朦朧としているけど……気をしっかり持ちなさい、私! 早くウィルフレッド様の状態を確認しないと!
「エレナ殿!? 大丈夫ですか!?」
「は、はい……それよりも、どうでしょうか……!?」
「……申し訳ない」
ウィルフレッド様の口から出た、謝罪の言葉。それはたった一言だけなのに、何百という罵声を浴びせられるよりも、暴力を振るわれるよりも、私に酷い衝撃を与えた。
「どうして……どうして私はこんなに無能なの……? 母さんから教わったのに……どうして……!」
私は、悔しさをぶつけるように、着ていた服の裾をギュッと握った。
目の前にいる一人の人間すら助けることが出来ない。それでなにが聖女だ。なにが回復魔法の使い手だ!
私は……母さんのような、素晴らしい聖女にはなれないの? 沢山の人を癒し、沢山の笑顔を取り戻した、母さんのような聖女に……!
「エレナ殿。私の体は、もう既に使い物にならないのです。修復が不可能になったものは、いかなる方法でも治すことは出来ないもの……どうかお気になさらず」
「うっ……うぅ……ごめんなさい……」
変に期待をさせられて、怒ってもおかしくないというのに、ウィルフレッド様は怒るどころか、私に慰めの言葉をかけながら、頬を伝う涙を拭ってくれた。
こんなに優しい方が、どうしてこんなに辛い目に合わないといけないのだろうか。本当に……世界は残酷だ――
****
「…………」
「すー……すー……」
「……えいっ」
「ふぎゅ」
翌日の早朝。久しぶりにフカフカのベッドと暖かい毛布に包まれて眠っていると、なにか小さなものに、ほっぺたをムニュっとされた感覚で目を覚ました。
「ふぁ~……いつの間にか寝ちゃってたのね……」
あの後、私は自分の無能さに打ちひしがれて、ベッドの中で悔し涙を流していた。でも、まだ疲れが全然抜けてなかったからか、そのまま寝ちゃったみたい。
それにしても、私を起こしに来てくれたのは誰かしら。ほっぺたを押された感触からして、ルナちゃんとかかしら?
「……え?」
「あの、その……」
周りを見ても、ルナちゃんの姿はなく、そこにいたのは……シーちゃんと呼ばれていた、あの精霊だった。
「お、おはよう……ございます」
「おはようございます。確か……シーちゃんと呼ばれてましたよね?」
「は、はい。風の精霊のシルフィードといいます。ご主人様からは……シーちゃんと呼ばれています、はい」
シルフィードと名乗った精霊は、フワフワと宙に浮かびながら、丁寧にお辞儀をしてくれた。
風の精霊、シルフィード……か。私も聞いたことがあるくらい、精霊の中では有名な名前だわ。
「その、ご主人様と仲良くしてくれて……ありがとうございました」
「私も楽しかったですから」
「そうなんですか? なら良かったです……」
「私こそ、あなたのおかげで助かりました。本当にありがとうございます」
「い、いえ……偶然ですから。あの……ご主人様は、私みたいな存在しかお友達がいなくて……これからもお友達でいてくれると、嬉しい……です」
「も、もちろんよ」
い、言えない……数日後には適当に理由をつけて、出て行こうとしているなんて……この期待に満ちた目を見てたら、絶対に言えないわ!
「それで、わざわざお礼を言いに来てくれたんですか?」
「それもありますけど……もうすぐ朝食なので、起こしに来ました。本当はご主人様や、使用人様達が来ればいいのですが……あいにく、ご主人様は朝が弱くて。使用人様達も、朝はやることが多いので、代わりに……」
あら、それはちょっと意外ね。ルナちゃんは元気の塊みたいな子だから、朝も元気いっぱいだと思い込んでいた。
「もう少ししたら、使用人様が来て身支度を手伝ってくれると思います……はい」
「え、わざわざ? そこまでしてもらわなくても……」
「客人には、最大限のもてなしをしろというのが、当主様の口癖でして……」
おどおどしながらも、シーちゃんはしっかりと教えてくれた。
それにしても、ウィルフレッド様って本当に真面目な方なのね。真面目過ぎて、変な人に騙されたりしないか、ちょっと心配になるくらいだ。
「ところで、エクウェス家の朝食って凄く早いんですね」
「え……? 普通、ですよ?」
「でも、まだ朝の六時にもなってないですよ」
部屋の中に置かれた立派な振り子時計の針は、私の言った通り、まだ六時を示していない。外もまだ明るくなりきっていなくて、少し薄暗い。
「……あっ……ごめんなさいごめんなさい! 起こしに行くのに頭がいっぱいで……凄く早くに起こしに来ちゃいました……!」
「あらら、そうだったんですね」
シーちゃんは、小さな頭がどこか飛んでいくんじゃないかと心配になるくらい、頭を何度も下げた。
わざわざ気を利かせて私を起こしに来てくれたシーちゃんに、怒ったりなんてしないのに。
「大丈夫ですよ。全然気にしてないので」
「ほ、本当ですか……? デコピンの刑とかしないですよね……?」
「し、しませんよ!」
デコピンって……刑が可愛すぎて、ちょっと笑いそうになっちゃったけど、掌程度の大きさのシーちゃんからしたら、デコピンでも凄い重い罰なのかもしれないわね。
あと、それを知ってるということは、前にされたことがあるのだろうか……もしかしたら、ルナちゃんが悪ふざけでしちゃったのかもしれないわね。
「早起きするのも良いものですよ。ほら、こうして窓を開けて冷たい空気にあたるんです。そうすると、冷たい空気で体がシャキッとするんです」
シーちゃんと話しながら窓を開ける。すると、冷たい空気が部屋の中に入って来て、一気に眠気がどこかにいってしまった。
今気づいたけど、ここって三階なのね。昨日はそんなことを気にする余裕なんて全然無かったから、気付かなかった……あら?
「あそこにいるのって……ウィルフレッド様?」
少し離れた所で、しかも茂みのせいでわかりにくいけど、確かにそこにはウィルフレッド様の姿があった。
こんな朝早くから何をしているのかしら? しかも、周りに誰もいない状態だ。
なんだろう、なんとなくだけど……嫌な予感がする。こういう時の私の勘って、いやになるくらい当たるのよね……。
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