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第八話 放っておけない!

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 ウィルフレッド様のことが心配で下まで降りてきた私は、そのまま彼のいた所に行くと、車椅子に座ったまま、木で作られた剣を何度も振り下ろしていた。

「ウィルフレッド様、何をしてるんですか!?」
「おや、エレナ殿。おはようございます」
「おはようございます……じゃなくて! 一人でそんな物を振り回してたら、危ないですよ!」
「ああ、これのことですか? 大丈夫、物心がついた時から行っているので」

 なるほど、それなら大丈夫……なんてことは思わない。

 普通の人が相手なら大丈夫だと思うけど、ウィルフレッド様は事情が事情だから、もし何かあっても、普通の人のような対処は難しいだろう。

「昨日一緒にいた使用人の方は?」
「こんな早朝から付き合わせるのは申し訳ないですから、私一人ですよ。少し大変ですが、一人で移動するの自体は不可能では無いので」

 私に心配をかけないように、ウィルフレッド様は力こぶを作ってみせた。

「……部外者の私が言える立場じゃないかもしれないですけど……あまり無理をしては駄目ですよ」
「ええ、わかりました。今日はこの辺りにしておきましょう。まだ朝も早い……朝食の前には起こしに伺いますので、部屋に戻ってもう一眠りすると良いでしょう」
「わかりました」

 ウィルフレッド様は微笑みながらそう言うと、片手で器用に車椅子の車輪を上手く動かして去っていった。

 私、もしかして邪魔をしちゃったかしら……なんだか嫌な予感がしたから急いで来たのだけど、余計なお世話だったかもしれない。

「はぁ……」
「お、おかえりなさい……」

 部屋に戻ってくると、シーちゃんがおずおずと出迎えてくれた。この小動物みたいな可愛さは、余計なことをしたかもと落ち込む私には、とても良い癒しだ。

「まだ朝食まで時間があるみたいだから、もう少し休もうと思います」
「は、はい。その……変な時間に起こして本当にごめんなさい……」
「いいんですよ。気にしないでください」
「ありがとうございます……」

 シーちゃんはしゅんと落ち込んだ様子で、私の前から去っていった。

 あの様子だと、かなり気にしている感じだ。後で会った時に、もう少しフォローしておいた方が良いわね。

「…………」

 ベッドの上で目を瞑る。しかし、全く眠ることができず、その場で何度も寝返りした。

 ウィルフレッド様は、本当にあのまま屋敷の中に戻ったのだろうか? もしかしたら、別の場所で同じことをしているかもしれない。

 仮にそうだとして、もし怪我でもしていたら……そんな良くないことで頭の中をグルグルさせながら、しばらく横になっていた私は、勢いよく起き上がった。

「やっぱり放っておけないわ! この屋敷に滞在してる間だけでも、聖女として何かあった時に対応できるようにしておかないと!」

 私は部屋を飛び出すと、ウィルフレッド様と会った場所へと行ってみた。しかし、そこには当然誰もいなく……私の乱れた息だけが虚しく響いていた。

「どこに行ったのだろう……闇雲に探しても、仕方ないわよね」

 ここに来る前も、大きな屋敷に住んでいたからわかる。こういう屋敷はとても広いから、ただ適当に探しても、中々目的の人を探すことは出来ない。

 それなら……うん、やはりこの屋敷の人に聞くのが一番手っ取り早いだろう。

 しかし、まだ早朝ということもあってか、外に出て戻ってくる間に、誰ともすれ違っていない。もう少し待った方が賢明かしら……。

「グズグズしてても仕方ないわね。本人を探しながら、同時に屋敷の人を探そう」

 何処かに誰かいないだろうか……そう思いながら、早足で屋敷の中をウロウロしていると、外で洗濯物を干している女性がいるのが窓から見えた。

 よかった、思ったよりも早く人を見つけられたわ。後は外に……って、えっと……一階に降りてきたのはいいけど、どこから出ればいいのだろうか?

 もう、こんな所でも無能っぷりを発揮しなくてもいいのに! これで着いたら既にいなかったら、自分の間抜けっぷりに笑うしか出来ないわよ!

「……仕方ないわね」

 丁度周りには誰もいないのを良いことに、私は窓から外に飛び出すと、先程の女性がいた所に向かって走り出した。

 はしたないのは重々承知だけど、やらないで後悔するよりも、やって後悔しなさいというのが、母さんの教えだ。

「あら、エレナ様ではございませんか。おはようございます」
「おはようございます!」
「随分と早起きですわね。もう少しお休みになられてもよろしいのですよ? まだ疲れが取れておられないでしょう?」
「心配してくれてありがとうございます。その、ウィルフレッド様を探しているんですけど……」

 私は彼女に、先程鍛錬をしているウィルフレッド様に会ったことや、聖女として放っておけないということを伝えると、彼女は眉尻を下げながら、小さく息を漏らした。

「そうですか、今日もですか……」
「ウィルフレッド様のこと、知っていたんですか?」
「はい、もちろん。屋敷の全員が存じております。もっと自分を大事にしてほしいと、大勢の使用人が説得したのですが……ウィルフレッド様はその場では了承するのですが、数日後には場所を変えて、こっそりと鍛錬をしておられるのです」

 ……そこまでわかっているなら、どうして彼女達はウィルフレッド様を止めないのだろうか? なにか一大事が起きてしまってからでは遅いのよ!

「知っているなら、どうして見つけた時に止めないのかと思われますよね。我々も止めたいのは山々なのですが……」

 悔しそうに唇をギュッと紡ぐ彼女を見ていて、使用人の人達にも何か考えがあって、止めるのを躊躇しているのだろう。

 そう思うと……これ以上部外者の私が、とやかく言う筋合いは無いと思ってしまう。

「それで、ウィルフレッド様はどこにいるかわかりますか?」
「この屋敷の庭で、隠れて鍛錬が出来る場所は限られています。もしまだ鍛錬をされているなら、そのうちのどこかにいらっしゃると思います。それか……あの場所にいらっしゃる可能性もあります」
「あの場所……?」
「はい。ウィルフレッド様にとって、特別な場所です。鍛錬の場所と、そこをお伝えさせていただきますわ」

 彼女は地面に簡易的な屋敷とその周りの地図を描いて、場所を教えてくれた。

 凄くわかりやすくて助かるわ。これなら迷わずに探しに行けそうだ。

「ありがとうございます。では近い所からいってみます。ではこれで」
「あの……」
「はい?」
「他の使用人から、あなたの力のことは伺っております。とてもお優しい方というのも……ウィルフレッド様のこと、よろしくお願いいたします」
「はい。部外者の私に出来ることなんて、たかが知れてると思いますが……出来る限りやってみます!」

 私は彼女に大きく頭を下げてから、近くから手当たり次第に回ってウィルフレッド様を探すが、どこにもその姿を確認することは出来なかった。

「鍛錬できる場所は全滅ね……そうなると、例の場所……」

 教えてもらった場所は、敷地内の一番東にあると言っていた。そこにいなければ、既に部屋に帰っているということだろう。

 まあそれならそれで、危険は無いからいいんだけど……探し回ってる私がちょっと間抜けになってしまうわね。

「え……ここは……」

 言われた場所に来ると、そこは一面の花畑だった。赤、黄色、白、紫と……色とりどりの花が、まるで絨毯が敷かれているように広がっていた。

 そして、その花畑の中心には、大きくて綺麗な墓石が建てられていて……ウィルフレッド様は、そこで静かに墓石を見つめていた――
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