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第二十話 先生がいれば……

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 エクウェス家で過ごすようになってから、三ヶ月の時が過ぎたある日、私は毎日の日課である、ウィルフレッド様の治療を行った。

 しかし、今日もウィルフレッド様の体の改善は、一切見られなかった。

 毎日色々な触媒を使うのはもちろん、回復魔法の練習や勉強も、欠かさず行っているのに……どうしてうまくいかないのかしら……自分の才能の無さが恨めしい。

「ごめんなさい……今日も上手くいきませんでした……」
「お気になさらず。エレナ殿の気持ちが込められた魔法は、とても心地よくて大好きなんですよ。それに、毎日回復魔法をかけてくれるので、体調がすこぶる良くて」

 うぅ、そう言ってもらえると少し気分的に楽になるわ。

 でも、その優しさに甘えてばかりじゃいけない。明日こそ成功させるために、もっと練習と勉強の量を増やさなきゃ! 触媒も、もっと良さそうなのを探さないと!

「エレナお姉ちゃん、今日も一人でお勉強?」
「ええ。終わったら一緒に遊ぼうね」
「うん……」

 私の治療を見守りに来ていたルナちゃんは、あまり元気が無さそうだ。

 いつも元気いっぱいのルナちゃんが元気無いなんて、珍しいわ。もしかして、何か悲しいことでもあったのかしら? それとも、今日も上手くいかなかったから悲しいとか? もしそうなら申し訳ない……。

「どうかしたの?」
「最近のエレナお姉ちゃん、ずっと一人ぼっちでお勉強をしたり、魔法の練習してる……」
「そうね。ごめんね、寂しいわよね?」
「違うの! ルナ、一人ぼっちが寂しいって知ってるから……エレナお姉ちゃんが一人ぼっちでいるのが、可哀想って思って……そうしたら、悲しくなっちゃって……」

 涙でキラキラと輝く目を伏せるルナちゃんが、あまりにも愛おしくて……私はルナちゃんのことをギュッと抱きしめた。

 ああ、本当にルナちゃんは優しくて良い子だわ。兄であるウィルフレッド様も凄く優しいし、この家の人は、使用人も含めてみんな優しい家なんだと、改めて実感した。

「ルナがね、一緒にいたら寂しくないのはわかってるの。でも、それだとお勉強の邪魔になっちゃうし……」
「ご、ご主人様が勉強する時みたいに、教える人がいらっしゃれば良いのですが……」
「あ、確かに! シーちゃん頭良い~!」

 シーちゃんの何気ない一言がよほど嬉しかったのか、ルナちゃんはとても嬉しそうに顔を上げた。

「そうだけど、聖女の回復魔法を教えられるのは、同じ聖女じゃないと出来ないのよ。その聖女も、とても少なくて」
「で、でもでも! いないってわけじゃないよね! お兄様、この近くに聖女様っていないのかな!?」

 胸の前で、可愛らしい握り拳を作るルナちゃんは、顔や体といった全ての部分に力を入れているせいで、顔がしわくちゃになっちゃってる。

 ……こ、これはこれで……可愛いかもしれないわ。新しい発見ね……。

「いない……わけではないね」
「え、いるの!?」
「ああ。ここからかなり離れた所にある森に、一人で住んでいる方がいてね。その方が、かつて聖女として活動していたそうだ」
「じゃあ、その人に教えてもらえればいいよね! もう、どうして教えてくれなかったのお兄様?」

 リンゴのような色に染まったほっぺたを、パンパンに膨らませて不安を表すルナちゃんの前で、ウィルフレッド様は何か考え込むような素振りをする。

「いや、実は……聖女のことは前々から知っているよ。知り合いが、彼女の力を借りようと思ったらしいんだが……」
「何かあったんですか?」
「聞いたところによると、性格に難があるようで。行っても話すら聞かずに、追い返されてしまったそうですよ」

 そ、それは随分な対応の仕方ね……よほどの性格の持ち主だわ。

 でも、ウィルフレッド様の完治に一歩でも近づくなら、一か八かその人の所に行って教えてもらおう!

「私、行きたいです。なんとか教えてもらって、それで体を治します!」
「駄目……と言っても、あなたなら聞きませんよね。それでは、一緒に行きましょう」
「え、一緒に来てくれるんですか!?」
「ええ。こんな体ですが、あなたを守る騎士として、同行します」

 ただペコっと頭を下げているだけなのに、カッコよくて、美しくて……ドキドキが止まらないし、目が全く離せない……。

「しかし、三日ほど待っていただきたい。その間に仕事を片付けられるだけ片付けて、一緒に同行できる時間を増やすので」
「そんな無理するくらいから、私一人でも……」
「駄目です。危険かどうかもわからない森に、一人で放り込むなんてありえません。騎士として、一人の人間として、そして……大切な人を守るために、エレナ殿に同行します」

 私の手を取り、真っ直ぐな目を向けるウィルフレッド様に、もう何度目かわからない胸の高鳴りを覚えていた。

「あ、えっと……その、あ……ありがとうございます」
「……? どうかしましたか? 何やら様子が少し変ですが」
「何でもないですよ! あははは……」
「……? エレナお姉ちゃん、お顔が赤いよ?」
「そ、そうかしら!? 部屋がちょっと熱いのかもしれないわね!」

 二人に不思議がられてしまった私は、咄嗟に適当なことを言って誤魔化した。

 別にドキドキしているからって言っても良いんだけど、変に心配かけてしまうのも申し訳ないし……それに、自分でも原因がよくわからないから、上手く説明出来る気がしない。

「さて、そうと決まれば早速仕事を片付けなければ。ルナ、しばらく俺は仕事で忙しいから遊んであげられないけど、我慢できるか?」
「うんっ! お兄様、お仕事頑張ってね!」
「ありがとう。一段落したら沢山遊ぼう」
「わーい! ルナ、良い子にしてるね!」
「それじゃあルナちゃん、私の部屋で絵本を読んであげるわね。では、失礼します」

 私はルナちゃんとシーちゃんと一緒に、ウィルフレッド様の自室を後にして、私の自室へとやってくる。すると、ルナちゃんはオモチャ箱から、絵本ではなく、紙とクレヨンを取り出した。

 どうして私の自室にオモチャ箱があるのかって? ルナちゃんとはよく一緒にここで遊ぶから、部屋に取りに行く時間を省くために、ここに置いてあるのよ。

「絵本じゃなくていいの?」
「うん! シーちゃんと一緒にお絵かきしてるから、エレナお姉ちゃんはお勉強を頑張って!」
「……いいの?」
「いいよ! 一緒にこうしていられて、ルナ嬉しいもん!」

 天使のような微笑みを私に見せてから、ルナちゃんはシーちゃんと一緒にお絵かきを始める。

 本当にこの子は……ルナちゃんの気持ちに報いるために、そしてルナちゃんがなるべく寂しくないように、短い時間で効率よく勉強しないといけないわね!

 ――ちなみにだけど、勉強の後に完成した絵を見せてもらったら、私を含めた屋敷の人達が、笑顔で手を繋いでる絵で……とても感動したのは、ここだけの秘密ね。
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