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第二十一話 森の聖女の元へ

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 約束通り、三日後に私とウィルフレッド様は、目的地の森を目指して馬車に揺られていた。

 出てくる時は、まだ早朝だったというのに、今ではすっかりお日様が高くなってしまっている。それだけ移動しているのに、まだ目的の森には到着しない。

「エレナ殿、疲れていませんか? 長時間乗りっぱなしですが」
「私は大丈夫ですよ。ウィルフレッド様こそ大丈夫ですか?」
「私も問題ありません。しかし、馬や御者に負担をかけているのは確かですから、そろそろ休憩を入れようと思ってます」

 そうね、ここまでずっと休憩無しで来ているから、引っ張ってくれている馬も、馬達に指示を出している御者も疲れるわよね。

「ウィルフレッド様、丁度そこに川がありますので、その近くで休憩をしましょう」
「そうだね、そうしよう」

 使用人のアドバイスの元、私達は近くを流れる穏やかな川の近くで馬車から降りた。

 ……前に川で溺れたから、川の近くに行くのがちょっと怖い。これだけ穏やかな流れなら大丈夫だとわかっていても、体が強張っている。

「エレナ殿、どうかしま――ああ、これは申し訳ない。私の配慮が足りていなかった」

 私が川に恐れているのを察してくれたウィルフレッド様は、申し訳なさそうに頭を下げた。

「い、いえ! 私は、その……」
「なるべく川から離れた所にいた方が良いでしょう。何かあった時は、私が全力であなたをお助けいたします。まあ……この体で何が出来るんだという話ですが」

 自嘲気味にははっと笑いながら、私の手を優しく握ってくれた。

 ウィルフレッド様の言う通り、彼の体では何も出来ないかもしれない。でも、私を安心させるために言ってくれたとわかってるから私にはとても嬉しくて、頼りになる。

「さてと、良い時間ですし、ついでに昼食としましょうか」
「かしこまりました。では準備いたしますので、少々お待ちを」

 使用人の女性は、馬車の中から荷物を持ってきてくれると、その中からシートを取り出して、川の近くにある芝生に敷いた。

 そして、荷物の中にあったバスケットを開けると、そこには色とりどりのサンドイッチが入っていた。

「軽食ですので、大したものではございませんが……」
「そんな、用意してもらえただけでも嬉しい――あっ」

 使用人の好意を無下にしないように、感謝の言葉を伝えようとした瞬間、私のお腹がぐぅ~……と鳴った。

 ……は、恥ずかしすぎて死にたい……母さん、今からそっちに行ってもいいかな……いいよね……きっと母さんなら、よしよしって撫でて慰めてくれるよね……。

「さすが我がエクウェス家のコックが準備したサンドイッチだ。惚れ惚れしてしまう出来だね」
「ええ、本当に。これで栄養のバランスも考えて、味も楽しめるようにしているのだから頭が上がりません」
「ルナがすくすくと成長したのも、この食事によるところが大きいのだろうな」

 あ、あれ……? てっきりなにか反応があると思っていたけど、何も返ってこないわ。

 もしかして、聞こえてなかった? 良かった……本当に良かった……!

「では、私は御者に食事をお渡ししてまいりますので、ウィルフレッド様とエレナ様は先にお召し上がりになっていてくださいませ」
「ああ、わかった。あなたも渡し次第、すぐに一息入れてくれ」
「かしこまりました。では失礼いたします」

 使用人はペコっとお辞儀をしてから、サンドイッチをいくつか別のバスケットに入れて、馬の近くにいた御者の元へと持っていった。

 せっかくああ言ってくれたんだし、ここは好意に甘えて先にいただくとしましょう……あら?

「なんだかこれだけ形が歪なような……?」

 バスケットの中に入っているサンドイッチは、どれも形は整っているし、具材も色鮮やかに輝いていて、目でも楽しめる素晴らしい出来になっている。

 なのに、隅っこの方に、形が歪で、具材も他のよりも多く詰め込まれていて、明らかにこのサンドイッチだけ浮いてしまっている。

「ああ、恥ずかしい話ですが……それは私が作ったんです」
「え、ウィルフレッド様が!?」
「コックに頼んで、一つだけ作らせてもらったんです。料理なんてまともに作ったことが無いですし、片手がこんな有様で、おまけに栄養をたくさん取ってもらいたいと思って作ったら……見ての通り、見事に失敗してしまいまして」

 気まずそうに視線を逸らしながら、ほっぺたをかくウィルフレッド様。

 いつもとても優しくて、頼りになる時は凄くカッコイイのに、たまに今みたいなギャップを見せられると、可愛くてドキドキするわ……。

「本当は入れるのを止めようかと思ったんですが、コックが絶対にいれた方が良いと……無理に食べなくてもよろしいですから!」
「えへへ……嬉しいです。もちろんいただきますよ!」
「っ……! そうですか!」

 期待に満ちた目を向けるウィルフレッド様の前で、私は不格好なサンドイッチを口にする。

 ……うん、確かに見た目はあまり良くはないかもしれないけど、野菜の爽やかな甘みと、ハムの塩っ気が良い感じにマッチしていて、とても美味しいわ!

「ど、どうでしょうか?」
「美味しいです! なんでもっとたくさん作ってくれなかったんだって思っちゃいましたよ!」
「それは良かった……! 大切な人に食べてもらうのが、こんなに緊張して……こんなに嬉しいものなんですね。初めて知りました」

 た、大切な人って……何度か言われてるけど、一体どういう意味で言っているのかしら。自分専属の聖女として? 一緒に住む家族として?

「私の顔をジッと見て、どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないです」
「それならいいのですが……おや、頬に何かついてますよ」
「え、本当ですか!」
「ほら、これです」

 ウィルフレッド様は、私のほっぺたに手を伸ばすと、そのまま指でほっぺたを滑らすようにして、くっついている物を取ってくれた。

 うぅ、男の人にほっぺに付いてる物を取ってもらったのなんて初めてだから、変に緊張しちゃったわ。

「サンドイッチに使われているソースでしたか。さすがに入れすぎてしまいましたね……次作る時は、もう少し量を……うむ……」
「えっ!?」

 次のサンドイッチのことを考えながら、ウィルフレッド様は指に付いたソースをペロッと舐めとった。

 い、一応それ……私のほっぺた……しかも、かなり口元に近い所についてたのに……あわわわ……!

「おや、どうかしましたか?」
「今、ペロッて……」
「ペロ……? なんの……はっ!?」

 ここまで言って意味が伝わったのだろう。ウィルフレッド様は、サンドイッチに入っているトマトのような色に頬を染めながら、気まずそうに視線を逸らした。

「いや、申し訳ない! 無自覚でやってしまいました」
「だ、大丈夫です! その……ウィルフレッド様だったら、嫌じゃないので」
「それって……」

 あ、あれ? 私、何を言ってるの? 嫌じゃないって……確かに嫌じゃないのはその通りなんだけど……なんで触ってもらったことや、ついてたものを舐められるのが、嫌じゃないの……?

「ただいま戻りました。おや、お二人共どうかされましたか?」
「あ、いや……気にしなくていい。とりあえずお茶を頼むよ」

 笑ってその場を取り繕うウィルフレッド様に対して、使用人は不思議そうに首を傾げながら、お茶の準備を始める。

 はぁ、まだ胸がドキドキしてる。もし何かの拍子に、ウィルフレッド様に抱きつかれでもしたら、その場で爆発するような気がするわ……。
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