41 / 45
第四十一話 望まぬ結末
しおりを挟む
何かするわけでもなく、ボーっと消えたジェシーがいた場所を眺めていると、ウンディーネさんが、私の肩に手を乗せた。
「大丈夫ですか? ボーっとしてますが」
「はい、私は大丈夫です」
「それはよかったです」
……ここでこうしていても仕方ないわね。かなり減ってしまったけど、泉の水はまだ残っている。さっさと回収して、ウィルフレッド様の元に帰らないと。
「ウンディーネさん、ルナちゃん達のことをお願いします。私は泉の水を汲んできます」
「わかりました」
ルナちゃん達を任せてから、私は泉の近くに行って水を汲める革の袋を使って、泉の水を汲む。
よし、目的は達成したわ。あまり多く持って帰っても使いこなせる気がしないし、この程度でいいだろう。
「……ジェシー……」
目の前で消えていった者の名前を、ボソッと呟く。
彼女には酷いことばかりされてきたし、良い思い出なんて何もない。でも、長い付き合いがあった人間が、目の前で悲惨な最後を遂げるのは、見ていて気持ちの良いものではない。
せめて、どうか安らかに……そう思いながら、私は両手を組んで祈った。
「お待たせしました。終わりました」
「では戻りましょう。さっきの馬は……先程の騒ぎで逃げてしまったようですね」
少しの間祈ってから、私はウンディーネさんの所へ戻る。
そうよね、あれだけ大騒ぎになってしまったら、怖くて逃げてしまうわよね……あの子にはかわいそうなことをしてしまったわ。
「彼女のことは私がおんぶしますので、歩いて戻りましょう」
「それしか無さそうですね。ルナちゃんのこと、お願いします」
私は精霊三人を、ウンディーネさんはルナちゃんを担当して泉を後にする。
思った以上に時間が掛かってしまったし、早く戻らないといけないのだけど、疲れのせいで思った以上に足が重くなっている。
その割に、気持ちばかりが焦って、体だけが前に行っている。もしここにラピア様がいたら、祈ってる暇があるなら、さっさと戻ればいいじゃないかって言われそうだ。
「エレナちん、焦ってもしかたないよぉ」
「きっと当主様は無事です……!」
「だな。あいつのことは昔から知ってるオレ様達が言うんだ、安心しな!」
「みんな……ありがとう」
私の腕の中で、精霊達が笑いながら励ましてくれた。そのおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。
そうよね、ウィルフレッド様は幼い頃からずっと鍛えていたんだから、アーロイ様に負けるはずないわよね!
そう思って来た道を戻ると、今まで多くの木で狭くて暗かった道が、急に開けた。
「来る時はこんな開けた場所なんて無かったわ……」
「エレナ、あそこです!」
ウンディーネさんの指差す先――開けた土地の中心部に、二つの人影があった。一つは悠然と立って杖を持ち……もう一人は血だらけで倒れながらも、手に持った剣は強く握りしめていた。
「う、うそ……ウィルフレッド様……?」
「エレナ、危険です!」
制止するウンディーネさんの声など一切耳に入らなかった私は、急いで倒れているウィルフレッド様の元へと駆け寄った。
い、息は……まだある! でも、あまりにも出血が多すぎて……いつ力尽きてもおかしくない!
「なんだ、この死にぞこないで遊んでいたら、お前が先に戻ってきたとはな」
「アーロイ様……! あなたって人は、なんて酷いことを!!」
「酷いこと? ボクの邪魔をしたこいつが悪い。お前はうざったい虫がいてそれを殺したら、それを酷いことと思うのか?」
「アーロイ様は虫なんかじゃないわ!」
「物の例えを本気で捉えるとか、お前は馬鹿か?」
くぐもった笑い声を漏らしながら、醜悪な顔を手で覆うアーロイ様。その姿は、あまりにもおぞましいものだった。
「ウィルフレッド様、今すぐ治しますから!」
「無駄だ。それだけの深い傷を治せるほど、お前の聖女の力は強くない。俺の愛しい妻の力と並べてからものを言え」
何を言われても関係ない。私の全ての魔力を投げ捨てでも、ウィルフレッド様を救ってみせるわ! だってウィルフレッド様は……こんな所で死んで良い人じゃないのだから!
「お願い、私の癒しの力! 私の大切な人を……ウィルフレッド様を助けて!」
「ウィルちん、何寝てるんだよ~!」
「早く起きやがれ馬鹿野郎!!」
「当主様……当主様ぁ……!」
ぐったりとするウィルフレッド様を抱きあげながら、私は回復魔法を発動させる。魔法によって生まれた光に包まれたウィルフレッド様の体は、ゆっくりだけど傷が塞がっていく。
「もう助からない男の回復なんてしても無駄だ」
確かに傷は少しずつ塞がっているけど、その早さが傷の深さに見合っていない。これでは傷が治る前に、ウィルフレッド様は力尽きてしまう。
もっと……もっと魔力を込めるの! 一秒でも早く傷を治さないと!
「それよりも、そいつがボクにどうやって抵抗したか話してやるから、それを聞くと良い」
「……うるさい……!」
「そいつは、ポンコツの分際で一丁前にボクの魔法を防いできてね。遊びだったとはいえ、良い気になってボクを馬鹿にしてきたから、つい本気になってしまったよ」
「うるさいうるさい!! アーロイ様……いえ、アーロイ! あなたにウィルフレッド様の何がわかるのよ!!」
敵意を込めた目で睨みつけるが、特に効果が無かったようで、アーロイは私を馬鹿にするかのように、鼻で笑った。
「そんな男などどうでもいい。それよりも、俺のジェシーはどうした?」
「ジェシーは死んだわよ!」
「……随分と面白い冗談だな? さすがボクの母を殺した死神の冗談は面白い。せめてもの反発か?」
「ジェシーは泉の魔力を取り込み過ぎて異形の怪物になって、そのまま死んだの! 私だけじゃなくて、みんなその目で見ているわ!」
私と一緒にウィルフレッド様の近くにいた精霊達は、同意するように首を縦に何度も振った。
すると、ずっと余裕そうな態度を取っていたアーロイが、目を泳がせ始めた。明らかに動揺しているというのがわかる。
「……ボクのジェシーが死んだ……? ふざけるな……そんなの信じない……信じるものか!! そうか、お前らがボクへの仕返しとして、ジェシーを捕まえているんだな!?」
「っ……!?」
「あはは……あははははっ! お前らをさっさと殺して、ジェシーを迎えに行かないとな……!」
アーロイが持っている杖が、みるみると怪しい紫色の光を帯びていく。それと同時に、星空に段々と黒くて厚い雲が広がっていった。
「え、エレ……ナ……」
「ウィルフレッド様!? 意識が戻ったんですか!?」
「…………に、げ……ろ……」
今にも消えてしまいそうな声を、なんとか絞り出すウィルフレッド様。
……逃げろ? こんなボロボロのウィルフレッド様を置いて逃げろというの? そんなの、冗談じゃないわ!!
「嫌です! あなたを置いて逃げるなんて、絶対に出来ません!」
「……え、れ……」
私は絶対に離れないという意思と、必ず守り、そして助けるという想いを込めて、ウィルフレッド様に覆い被さって盾となった。精霊達も、その小さな体で守ってくれている。
「友情ごっこもそこまでだ! 雷よ、我が杖に舞い降りて、奴らをこの世から抹殺せよ!!」
「エレナ!!」
アーロイの杖に、空から雷撃が一直線に落ちると、そのまま雷によって強化された雷魔法を使って攻撃してくる。バチバチと甲高い音が鳴るその様は、当たれば一撃でやられるというのを、嫌というほど伝えてくる。
それでも私は逃げない。そう思った瞬間、ウンディーネさんが私の所に来てルナちゃんを降ろすと、また亀の姿になって、雷を正面から受け止め始めた。
「邪魔なんだよ! 亀の分際でボクにたてつくのか! ボクを誰だと思っている!」
「興味……ありません、ね!」
「そうか。なら……さっさとそこを退け!」
更に雷の威力が上がったのか、勢いと音がさらに増していった。その影響か、何とか耐えていたウンディーネさんだったが、押し負けて上空に投げ出され、地面に叩きつけられた。
「ウンディーネさん!!」
「…………」
ウンディーネさんは無言のまま、亀から人間の……ううん、シーちゃん達のような、小さな人間の姿になった。
きっと……力を使い果たしてしまったんだろう。早く助けなきゃいけないんだけど、ウィルフレッド様や他の精霊、それにルナちゃんを放っておくわけにも……!
「邪魔者は消えたな」
「……アーロイ!」
この状況、どうすればいいの!? このままだと、さっきの雷で全員黒焦げにされるのがオチよ!
嫌だ、私の力が足りないせいで……ルナちゃんが、シーちゃんが、サラマンダーさんが、ピグミーさんが、ウンディーネさんが、使用人達が、そして……ウィルフレッド様が……!
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 今度こそ私が助けるんだ!!」
「落ちこぼれで死神のお前に、出来るわけないだろ!」
「出来る出来ないじゃない! 私が……必ずやるの! 絶対に!!」
今までも、私は治したいという想いをもって、治療に励んできた。
でも、今の私の中にある想いは、今までの想いの強さなんか比ではない。心の奥底から大切な人を助けたいという慈愛の心と、絶対的な自信が生まれていた。
そして……それに呼応するように、泉の水が入った革袋が光り始めた。
「水が……もしかして、今なら!?」
ラピア様が言っていた。回復魔法に必要なのは想いだと。あの日からおでこを痛め続けた甲斐あって、それなりに実力はついたはず。もしかしたら、今ならいけるかも……違う、やってみせるの!
「泉の魔力よ、私に力を……!」
触媒にするために、革袋を取り出して掌に乗せてから魔法陣を展開すると、革袋に入っていた水が、魔法陣を通して私の中に入ってきた。
ち、力が凄すぎて、魔力が逆に乱れそう! でも……あの水晶で魔力コントロールを学んだから、きっとなんとかなる!
「魔力は十分。いきますっ!!」
私は潤沢な魔力を使って地面に魔法陣を展開し、回復魔法を発動させて治療を試みる。しかし、それを簡単にさせてくれない者がいる。
「その魔力……落ちこぼれの分際で!」
アーロイは、私に向かって再び雷を真っ直ぐ放ってくる。治療に意識が向いてしまった私は、咄嗟に動くことが出来なかった。
そこに、ピグミーさんがトラの姿になり、魔法で岩を出現させて相殺させる事で、私を守ってくれた。
「ピグミーさん!」
「シー! オレ様達もやるぞ!」
「わかりました……!」
今度はシーちゃんが龍に、サラマンダーさんが炎の鳥になると、空の黒い雲に向かって、シーちゃんは突風を、サラマンダーさんは炎を吹いてぶつけた。
その行動は上手くいった。風によるものと、炎がぶつかって爆発を起こしたのが相まって、黒い雲がどこかに飛んでいってしまったわ。
「いやぁ……いつも以上に無理はするもんじゃないねぇ~……」
「お、オレ様も……もう動けねえや。わりぃなエレナ、ちょっと帰って休むわ……」
精霊達は、みんな元の姿に戻って倒れると、段々と体が消えていっていた。
「え、みんな!?」
「だ、大丈夫です……死んじゃうわけじゃないです……ちょっと休んでくるだけです……しばらくの間、ご主人様のことをお願いしますね……」
シーちゃんの言葉を最後に、精霊達はみんな消えてしまった。
みんな、こんなになるまで頑張ってくれたのに、私は……私は……!
「ちっ、余計なことを。まあいい、お前らを消す程度の力は溜まっている」
「っ……!? きゃあぁぁぁぁ!!」
私達に向けて、アーロイの杖から雷が放たれる。それからウィルフレッド様を守るために、私は自分の体を盾にして庇った。
い、痛すぎて逆に意識がはっきりするわ……で、でも……ウィルフレッド様だって、こんな血まみれなってまで頑張ってくれたんだ。私だって……。
「わ、私だって……みんなを、守るんだ!!」
地面に描かれた魔法陣は、私の声に応えるように徐々に大きくなりながら、更に強い光を放ち始め、ウィルフレッド様の体をどんどんと包み込む。
自分でも感じたことが無いくらい、強い力だけど……こんなんじゃウィルフレッド様を助けることは出来ない! もっと魔力を、もっと力を!!
「私は、あなたとこれから先もずっとずっと……一緒にいたい! 聖女とか、侯爵とか、そんなの関係なく、あなたと一緒に未来を生きたい! 一緒に幸せになりたい! だから……だから!!」
目に沢山の涙を溜めながら、ウィルフレッド様の体を抱き上げた私は、その涙を魔法陣に落とした。
これが最後のトリガーとなった。私の涙に反応して、回復魔法の魔法陣が、眩い光を放ち始めた。
お願い、私の聖女の力! 私の大切な人を……助けて!!
「ちっ……生意気なんだよ! 死神は死神らしく、全員道連れにしながら地獄に落ちやがれぇぇぇぇ!!」
アーロイの雄たけびと共に向かってきた雷に、私達は成す術もなく光に包まれた――
「大丈夫ですか? ボーっとしてますが」
「はい、私は大丈夫です」
「それはよかったです」
……ここでこうしていても仕方ないわね。かなり減ってしまったけど、泉の水はまだ残っている。さっさと回収して、ウィルフレッド様の元に帰らないと。
「ウンディーネさん、ルナちゃん達のことをお願いします。私は泉の水を汲んできます」
「わかりました」
ルナちゃん達を任せてから、私は泉の近くに行って水を汲める革の袋を使って、泉の水を汲む。
よし、目的は達成したわ。あまり多く持って帰っても使いこなせる気がしないし、この程度でいいだろう。
「……ジェシー……」
目の前で消えていった者の名前を、ボソッと呟く。
彼女には酷いことばかりされてきたし、良い思い出なんて何もない。でも、長い付き合いがあった人間が、目の前で悲惨な最後を遂げるのは、見ていて気持ちの良いものではない。
せめて、どうか安らかに……そう思いながら、私は両手を組んで祈った。
「お待たせしました。終わりました」
「では戻りましょう。さっきの馬は……先程の騒ぎで逃げてしまったようですね」
少しの間祈ってから、私はウンディーネさんの所へ戻る。
そうよね、あれだけ大騒ぎになってしまったら、怖くて逃げてしまうわよね……あの子にはかわいそうなことをしてしまったわ。
「彼女のことは私がおんぶしますので、歩いて戻りましょう」
「それしか無さそうですね。ルナちゃんのこと、お願いします」
私は精霊三人を、ウンディーネさんはルナちゃんを担当して泉を後にする。
思った以上に時間が掛かってしまったし、早く戻らないといけないのだけど、疲れのせいで思った以上に足が重くなっている。
その割に、気持ちばかりが焦って、体だけが前に行っている。もしここにラピア様がいたら、祈ってる暇があるなら、さっさと戻ればいいじゃないかって言われそうだ。
「エレナちん、焦ってもしかたないよぉ」
「きっと当主様は無事です……!」
「だな。あいつのことは昔から知ってるオレ様達が言うんだ、安心しな!」
「みんな……ありがとう」
私の腕の中で、精霊達が笑いながら励ましてくれた。そのおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。
そうよね、ウィルフレッド様は幼い頃からずっと鍛えていたんだから、アーロイ様に負けるはずないわよね!
そう思って来た道を戻ると、今まで多くの木で狭くて暗かった道が、急に開けた。
「来る時はこんな開けた場所なんて無かったわ……」
「エレナ、あそこです!」
ウンディーネさんの指差す先――開けた土地の中心部に、二つの人影があった。一つは悠然と立って杖を持ち……もう一人は血だらけで倒れながらも、手に持った剣は強く握りしめていた。
「う、うそ……ウィルフレッド様……?」
「エレナ、危険です!」
制止するウンディーネさんの声など一切耳に入らなかった私は、急いで倒れているウィルフレッド様の元へと駆け寄った。
い、息は……まだある! でも、あまりにも出血が多すぎて……いつ力尽きてもおかしくない!
「なんだ、この死にぞこないで遊んでいたら、お前が先に戻ってきたとはな」
「アーロイ様……! あなたって人は、なんて酷いことを!!」
「酷いこと? ボクの邪魔をしたこいつが悪い。お前はうざったい虫がいてそれを殺したら、それを酷いことと思うのか?」
「アーロイ様は虫なんかじゃないわ!」
「物の例えを本気で捉えるとか、お前は馬鹿か?」
くぐもった笑い声を漏らしながら、醜悪な顔を手で覆うアーロイ様。その姿は、あまりにもおぞましいものだった。
「ウィルフレッド様、今すぐ治しますから!」
「無駄だ。それだけの深い傷を治せるほど、お前の聖女の力は強くない。俺の愛しい妻の力と並べてからものを言え」
何を言われても関係ない。私の全ての魔力を投げ捨てでも、ウィルフレッド様を救ってみせるわ! だってウィルフレッド様は……こんな所で死んで良い人じゃないのだから!
「お願い、私の癒しの力! 私の大切な人を……ウィルフレッド様を助けて!」
「ウィルちん、何寝てるんだよ~!」
「早く起きやがれ馬鹿野郎!!」
「当主様……当主様ぁ……!」
ぐったりとするウィルフレッド様を抱きあげながら、私は回復魔法を発動させる。魔法によって生まれた光に包まれたウィルフレッド様の体は、ゆっくりだけど傷が塞がっていく。
「もう助からない男の回復なんてしても無駄だ」
確かに傷は少しずつ塞がっているけど、その早さが傷の深さに見合っていない。これでは傷が治る前に、ウィルフレッド様は力尽きてしまう。
もっと……もっと魔力を込めるの! 一秒でも早く傷を治さないと!
「それよりも、そいつがボクにどうやって抵抗したか話してやるから、それを聞くと良い」
「……うるさい……!」
「そいつは、ポンコツの分際で一丁前にボクの魔法を防いできてね。遊びだったとはいえ、良い気になってボクを馬鹿にしてきたから、つい本気になってしまったよ」
「うるさいうるさい!! アーロイ様……いえ、アーロイ! あなたにウィルフレッド様の何がわかるのよ!!」
敵意を込めた目で睨みつけるが、特に効果が無かったようで、アーロイは私を馬鹿にするかのように、鼻で笑った。
「そんな男などどうでもいい。それよりも、俺のジェシーはどうした?」
「ジェシーは死んだわよ!」
「……随分と面白い冗談だな? さすがボクの母を殺した死神の冗談は面白い。せめてもの反発か?」
「ジェシーは泉の魔力を取り込み過ぎて異形の怪物になって、そのまま死んだの! 私だけじゃなくて、みんなその目で見ているわ!」
私と一緒にウィルフレッド様の近くにいた精霊達は、同意するように首を縦に何度も振った。
すると、ずっと余裕そうな態度を取っていたアーロイが、目を泳がせ始めた。明らかに動揺しているというのがわかる。
「……ボクのジェシーが死んだ……? ふざけるな……そんなの信じない……信じるものか!! そうか、お前らがボクへの仕返しとして、ジェシーを捕まえているんだな!?」
「っ……!?」
「あはは……あははははっ! お前らをさっさと殺して、ジェシーを迎えに行かないとな……!」
アーロイが持っている杖が、みるみると怪しい紫色の光を帯びていく。それと同時に、星空に段々と黒くて厚い雲が広がっていった。
「え、エレ……ナ……」
「ウィルフレッド様!? 意識が戻ったんですか!?」
「…………に、げ……ろ……」
今にも消えてしまいそうな声を、なんとか絞り出すウィルフレッド様。
……逃げろ? こんなボロボロのウィルフレッド様を置いて逃げろというの? そんなの、冗談じゃないわ!!
「嫌です! あなたを置いて逃げるなんて、絶対に出来ません!」
「……え、れ……」
私は絶対に離れないという意思と、必ず守り、そして助けるという想いを込めて、ウィルフレッド様に覆い被さって盾となった。精霊達も、その小さな体で守ってくれている。
「友情ごっこもそこまでだ! 雷よ、我が杖に舞い降りて、奴らをこの世から抹殺せよ!!」
「エレナ!!」
アーロイの杖に、空から雷撃が一直線に落ちると、そのまま雷によって強化された雷魔法を使って攻撃してくる。バチバチと甲高い音が鳴るその様は、当たれば一撃でやられるというのを、嫌というほど伝えてくる。
それでも私は逃げない。そう思った瞬間、ウンディーネさんが私の所に来てルナちゃんを降ろすと、また亀の姿になって、雷を正面から受け止め始めた。
「邪魔なんだよ! 亀の分際でボクにたてつくのか! ボクを誰だと思っている!」
「興味……ありません、ね!」
「そうか。なら……さっさとそこを退け!」
更に雷の威力が上がったのか、勢いと音がさらに増していった。その影響か、何とか耐えていたウンディーネさんだったが、押し負けて上空に投げ出され、地面に叩きつけられた。
「ウンディーネさん!!」
「…………」
ウンディーネさんは無言のまま、亀から人間の……ううん、シーちゃん達のような、小さな人間の姿になった。
きっと……力を使い果たしてしまったんだろう。早く助けなきゃいけないんだけど、ウィルフレッド様や他の精霊、それにルナちゃんを放っておくわけにも……!
「邪魔者は消えたな」
「……アーロイ!」
この状況、どうすればいいの!? このままだと、さっきの雷で全員黒焦げにされるのがオチよ!
嫌だ、私の力が足りないせいで……ルナちゃんが、シーちゃんが、サラマンダーさんが、ピグミーさんが、ウンディーネさんが、使用人達が、そして……ウィルフレッド様が……!
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 今度こそ私が助けるんだ!!」
「落ちこぼれで死神のお前に、出来るわけないだろ!」
「出来る出来ないじゃない! 私が……必ずやるの! 絶対に!!」
今までも、私は治したいという想いをもって、治療に励んできた。
でも、今の私の中にある想いは、今までの想いの強さなんか比ではない。心の奥底から大切な人を助けたいという慈愛の心と、絶対的な自信が生まれていた。
そして……それに呼応するように、泉の水が入った革袋が光り始めた。
「水が……もしかして、今なら!?」
ラピア様が言っていた。回復魔法に必要なのは想いだと。あの日からおでこを痛め続けた甲斐あって、それなりに実力はついたはず。もしかしたら、今ならいけるかも……違う、やってみせるの!
「泉の魔力よ、私に力を……!」
触媒にするために、革袋を取り出して掌に乗せてから魔法陣を展開すると、革袋に入っていた水が、魔法陣を通して私の中に入ってきた。
ち、力が凄すぎて、魔力が逆に乱れそう! でも……あの水晶で魔力コントロールを学んだから、きっとなんとかなる!
「魔力は十分。いきますっ!!」
私は潤沢な魔力を使って地面に魔法陣を展開し、回復魔法を発動させて治療を試みる。しかし、それを簡単にさせてくれない者がいる。
「その魔力……落ちこぼれの分際で!」
アーロイは、私に向かって再び雷を真っ直ぐ放ってくる。治療に意識が向いてしまった私は、咄嗟に動くことが出来なかった。
そこに、ピグミーさんがトラの姿になり、魔法で岩を出現させて相殺させる事で、私を守ってくれた。
「ピグミーさん!」
「シー! オレ様達もやるぞ!」
「わかりました……!」
今度はシーちゃんが龍に、サラマンダーさんが炎の鳥になると、空の黒い雲に向かって、シーちゃんは突風を、サラマンダーさんは炎を吹いてぶつけた。
その行動は上手くいった。風によるものと、炎がぶつかって爆発を起こしたのが相まって、黒い雲がどこかに飛んでいってしまったわ。
「いやぁ……いつも以上に無理はするもんじゃないねぇ~……」
「お、オレ様も……もう動けねえや。わりぃなエレナ、ちょっと帰って休むわ……」
精霊達は、みんな元の姿に戻って倒れると、段々と体が消えていっていた。
「え、みんな!?」
「だ、大丈夫です……死んじゃうわけじゃないです……ちょっと休んでくるだけです……しばらくの間、ご主人様のことをお願いしますね……」
シーちゃんの言葉を最後に、精霊達はみんな消えてしまった。
みんな、こんなになるまで頑張ってくれたのに、私は……私は……!
「ちっ、余計なことを。まあいい、お前らを消す程度の力は溜まっている」
「っ……!? きゃあぁぁぁぁ!!」
私達に向けて、アーロイの杖から雷が放たれる。それからウィルフレッド様を守るために、私は自分の体を盾にして庇った。
い、痛すぎて逆に意識がはっきりするわ……で、でも……ウィルフレッド様だって、こんな血まみれなってまで頑張ってくれたんだ。私だって……。
「わ、私だって……みんなを、守るんだ!!」
地面に描かれた魔法陣は、私の声に応えるように徐々に大きくなりながら、更に強い光を放ち始め、ウィルフレッド様の体をどんどんと包み込む。
自分でも感じたことが無いくらい、強い力だけど……こんなんじゃウィルフレッド様を助けることは出来ない! もっと魔力を、もっと力を!!
「私は、あなたとこれから先もずっとずっと……一緒にいたい! 聖女とか、侯爵とか、そんなの関係なく、あなたと一緒に未来を生きたい! 一緒に幸せになりたい! だから……だから!!」
目に沢山の涙を溜めながら、ウィルフレッド様の体を抱き上げた私は、その涙を魔法陣に落とした。
これが最後のトリガーとなった。私の涙に反応して、回復魔法の魔法陣が、眩い光を放ち始めた。
お願い、私の聖女の力! 私の大切な人を……助けて!!
「ちっ……生意気なんだよ! 死神は死神らしく、全員道連れにしながら地獄に落ちやがれぇぇぇぇ!!」
アーロイの雄たけびと共に向かってきた雷に、私達は成す術もなく光に包まれた――
16
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
(完結)お荷物聖女と言われ追放されましたが、真のお荷物は追放した王太子達だったようです
しまうま弁当
恋愛
伯爵令嬢のアニア・パルシスは婚約者であるバイル王太子に突然婚約破棄を宣言されてしまうのでした。
さらにはアニアの心の拠り所である、聖女の地位まで奪われてしまうのでした。
訳が分からないアニアはバイルに婚約破棄の理由を尋ねましたが、ひどい言葉を浴びせつけられるのでした。
「アニア!お前が聖女だから仕方なく婚約してただけだ。そうでなけりゃ誰がお前みたいな年増女と婚約なんかするか!!」と。
アニアの弁明を一切聞かずに、バイル王太子はアニアをお荷物聖女と決めつけて婚約破棄と追放をさっさと決めてしまうのでした。
挙句の果てにリゼラとのイチャイチャぶりをアニアに見せつけるのでした。
アニアは妹のリゼラに助けを求めましたが、リゼラからはとんでもない言葉が返ってきたのでした。
リゼラこそがアニアの追放を企てた首謀者だったのでした。
アニアはリゼラの自分への悪意を目の当たりにして愕然しますが、リゼラは大喜びでアニアの追放を見送るのでした。
信じていた人達に裏切られたアニアは、絶望して当てもなく宿屋生活を始めるのでした。
そんな時運命を変える人物に再会するのでした。
それはかつて同じクラスで一緒に学んでいた学友のクライン・ユーゲントでした。
一方のバイル王太子達はアニアの追放を喜んでいましたが、すぐにアニアがどれほどの貢献をしていたかを目の当たりにして自分達こそがお荷物であることを思い知らされるのでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
全25話執筆済み 完結しました
護国の聖女、婚約破棄の上、国外追放される。〜もう護らなくていいんですね〜
ココちゃん
恋愛
平民出身と蔑まれつつも、聖女として10年間一人で護国の大結界を維持してきたジルヴァラは、学園の卒業式で、冤罪を理由に第一王子に婚約を破棄され、国外追放されてしまう。
護国の大結界は、聖女が結界の外に出た瞬間、消滅してしまうけれど、王子の新しい婚約者さんが次の聖女だっていうし大丈夫だよね。
がんばれ。
…テンプレ聖女モノです。
神龍の巫女 ~聖女としてがんばってた私が突然、追放されました~ 嫌がらせでリストラ → でも隣国でステキな王子様と出会ったんだ
マナシロカナタ✨ねこたま✨GCN文庫
恋愛
聖女『神龍の巫女』として神龍国家シェンロンで頑張っていたクレアは、しかしある日突然、公爵令嬢バーバラの嫌がらせでリストラされてしまう。
さらに国まで追放されたクレアは、失意の中、隣国ブリスタニア王国へと旅立った。
旅の途中で魔獣キングウルフに襲われたクレアは、助けに入った第3王子ライオネル・ブリスタニアと運命的な出会いを果たす。
「ふぇぇ!? わたしこれからどうなっちゃうの!?」
「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜
赤紫
恋愛
私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。
絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。
そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。
今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!
【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。
孤島送りになった聖女は、新生活を楽しみます
天宮有
恋愛
聖女の私ミレッサは、アールド国を聖女の力で平和にしていた。
それなのに国王は、平和なのは私が人々を生贄に力をつけているからと罪を捏造する。
公爵令嬢リノスを新しい聖女にしたいようで、私は孤島送りとなってしまう。
島から出られない呪いを受けてから、転移魔法で私は孤島に飛ばさていた。
その後――孤島で新しい生活を楽しんでいると、アールド国の惨状を知る。
私の罪が捏造だと判明して国王は苦しんでいるようだけど、戻る気はなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる