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第四十一話 望まぬ結末
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何かするわけでもなく、ボーっと消えたジェシーがいた場所を眺めていると、ウンディーネさんが、私の肩に手を乗せた。
「大丈夫ですか? ボーっとしてますが」
「はい、私は大丈夫です」
「それはよかったです」
……ここでこうしていても仕方ないわね。かなり減ってしまったけど、泉の水はまだ残っている。さっさと回収して、ウィルフレッド様の元に帰らないと。
「ウンディーネさん、ルナちゃん達のことをお願いします。私は泉の水を汲んできます」
「わかりました」
ルナちゃん達を任せてから、私は泉の近くに行って水を汲める革の袋を使って、泉の水を汲む。
よし、目的は達成したわ。あまり多く持って帰っても使いこなせる気がしないし、この程度でいいだろう。
「……ジェシー……」
目の前で消えていった者の名前を、ボソッと呟く。
彼女には酷いことばかりされてきたし、良い思い出なんて何もない。でも、長い付き合いがあった人間が、目の前で悲惨な最後を遂げるのは、見ていて気持ちの良いものではない。
せめて、どうか安らかに……そう思いながら、私は両手を組んで祈った。
「お待たせしました。終わりました」
「では戻りましょう。さっきの馬は……先程の騒ぎで逃げてしまったようですね」
少しの間祈ってから、私はウンディーネさんの所へ戻る。
そうよね、あれだけ大騒ぎになってしまったら、怖くて逃げてしまうわよね……あの子にはかわいそうなことをしてしまったわ。
「彼女のことは私がおんぶしますので、歩いて戻りましょう」
「それしか無さそうですね。ルナちゃんのこと、お願いします」
私は精霊三人を、ウンディーネさんはルナちゃんを担当して泉を後にする。
思った以上に時間が掛かってしまったし、早く戻らないといけないのだけど、疲れのせいで思った以上に足が重くなっている。
その割に、気持ちばかりが焦って、体だけが前に行っている。もしここにラピア様がいたら、祈ってる暇があるなら、さっさと戻ればいいじゃないかって言われそうだ。
「エレナちん、焦ってもしかたないよぉ」
「きっと当主様は無事です……!」
「だな。あいつのことは昔から知ってるオレ様達が言うんだ、安心しな!」
「みんな……ありがとう」
私の腕の中で、精霊達が笑いながら励ましてくれた。そのおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。
そうよね、ウィルフレッド様は幼い頃からずっと鍛えていたんだから、アーロイ様に負けるはずないわよね!
そう思って来た道を戻ると、今まで多くの木で狭くて暗かった道が、急に開けた。
「来る時はこんな開けた場所なんて無かったわ……」
「エレナ、あそこです!」
ウンディーネさんの指差す先――開けた土地の中心部に、二つの人影があった。一つは悠然と立って杖を持ち……もう一人は血だらけで倒れながらも、手に持った剣は強く握りしめていた。
「う、うそ……ウィルフレッド様……?」
「エレナ、危険です!」
制止するウンディーネさんの声など一切耳に入らなかった私は、急いで倒れているウィルフレッド様の元へと駆け寄った。
い、息は……まだある! でも、あまりにも出血が多すぎて……いつ力尽きてもおかしくない!
「なんだ、この死にぞこないで遊んでいたら、お前が先に戻ってきたとはな」
「アーロイ様……! あなたって人は、なんて酷いことを!!」
「酷いこと? ボクの邪魔をしたこいつが悪い。お前はうざったい虫がいてそれを殺したら、それを酷いことと思うのか?」
「アーロイ様は虫なんかじゃないわ!」
「物の例えを本気で捉えるとか、お前は馬鹿か?」
くぐもった笑い声を漏らしながら、醜悪な顔を手で覆うアーロイ様。その姿は、あまりにもおぞましいものだった。
「ウィルフレッド様、今すぐ治しますから!」
「無駄だ。それだけの深い傷を治せるほど、お前の聖女の力は強くない。俺の愛しい妻の力と並べてからものを言え」
何を言われても関係ない。私の全ての魔力を投げ捨てでも、ウィルフレッド様を救ってみせるわ! だってウィルフレッド様は……こんな所で死んで良い人じゃないのだから!
「お願い、私の癒しの力! 私の大切な人を……ウィルフレッド様を助けて!」
「ウィルちん、何寝てるんだよ~!」
「早く起きやがれ馬鹿野郎!!」
「当主様……当主様ぁ……!」
ぐったりとするウィルフレッド様を抱きあげながら、私は回復魔法を発動させる。魔法によって生まれた光に包まれたウィルフレッド様の体は、ゆっくりだけど傷が塞がっていく。
「もう助からない男の回復なんてしても無駄だ」
確かに傷は少しずつ塞がっているけど、その早さが傷の深さに見合っていない。これでは傷が治る前に、ウィルフレッド様は力尽きてしまう。
もっと……もっと魔力を込めるの! 一秒でも早く傷を治さないと!
「それよりも、そいつがボクにどうやって抵抗したか話してやるから、それを聞くと良い」
「……うるさい……!」
「そいつは、ポンコツの分際で一丁前にボクの魔法を防いできてね。遊びだったとはいえ、良い気になってボクを馬鹿にしてきたから、つい本気になってしまったよ」
「うるさいうるさい!! アーロイ様……いえ、アーロイ! あなたにウィルフレッド様の何がわかるのよ!!」
敵意を込めた目で睨みつけるが、特に効果が無かったようで、アーロイは私を馬鹿にするかのように、鼻で笑った。
「そんな男などどうでもいい。それよりも、俺のジェシーはどうした?」
「ジェシーは死んだわよ!」
「……随分と面白い冗談だな? さすがボクの母を殺した死神の冗談は面白い。せめてもの反発か?」
「ジェシーは泉の魔力を取り込み過ぎて異形の怪物になって、そのまま死んだの! 私だけじゃなくて、みんなその目で見ているわ!」
私と一緒にウィルフレッド様の近くにいた精霊達は、同意するように首を縦に何度も振った。
すると、ずっと余裕そうな態度を取っていたアーロイが、目を泳がせ始めた。明らかに動揺しているというのがわかる。
「……ボクのジェシーが死んだ……? ふざけるな……そんなの信じない……信じるものか!! そうか、お前らがボクへの仕返しとして、ジェシーを捕まえているんだな!?」
「っ……!?」
「あはは……あははははっ! お前らをさっさと殺して、ジェシーを迎えに行かないとな……!」
アーロイが持っている杖が、みるみると怪しい紫色の光を帯びていく。それと同時に、星空に段々と黒くて厚い雲が広がっていった。
「え、エレ……ナ……」
「ウィルフレッド様!? 意識が戻ったんですか!?」
「…………に、げ……ろ……」
今にも消えてしまいそうな声を、なんとか絞り出すウィルフレッド様。
……逃げろ? こんなボロボロのウィルフレッド様を置いて逃げろというの? そんなの、冗談じゃないわ!!
「嫌です! あなたを置いて逃げるなんて、絶対に出来ません!」
「……え、れ……」
私は絶対に離れないという意思と、必ず守り、そして助けるという想いを込めて、ウィルフレッド様に覆い被さって盾となった。精霊達も、その小さな体で守ってくれている。
「友情ごっこもそこまでだ! 雷よ、我が杖に舞い降りて、奴らをこの世から抹殺せよ!!」
「エレナ!!」
アーロイの杖に、空から雷撃が一直線に落ちると、そのまま雷によって強化された雷魔法を使って攻撃してくる。バチバチと甲高い音が鳴るその様は、当たれば一撃でやられるというのを、嫌というほど伝えてくる。
それでも私は逃げない。そう思った瞬間、ウンディーネさんが私の所に来てルナちゃんを降ろすと、また亀の姿になって、雷を正面から受け止め始めた。
「邪魔なんだよ! 亀の分際でボクにたてつくのか! ボクを誰だと思っている!」
「興味……ありません、ね!」
「そうか。なら……さっさとそこを退け!」
更に雷の威力が上がったのか、勢いと音がさらに増していった。その影響か、何とか耐えていたウンディーネさんだったが、押し負けて上空に投げ出され、地面に叩きつけられた。
「ウンディーネさん!!」
「…………」
ウンディーネさんは無言のまま、亀から人間の……ううん、シーちゃん達のような、小さな人間の姿になった。
きっと……力を使い果たしてしまったんだろう。早く助けなきゃいけないんだけど、ウィルフレッド様や他の精霊、それにルナちゃんを放っておくわけにも……!
「邪魔者は消えたな」
「……アーロイ!」
この状況、どうすればいいの!? このままだと、さっきの雷で全員黒焦げにされるのがオチよ!
嫌だ、私の力が足りないせいで……ルナちゃんが、シーちゃんが、サラマンダーさんが、ピグミーさんが、ウンディーネさんが、使用人達が、そして……ウィルフレッド様が……!
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 今度こそ私が助けるんだ!!」
「落ちこぼれで死神のお前に、出来るわけないだろ!」
「出来る出来ないじゃない! 私が……必ずやるの! 絶対に!!」
今までも、私は治したいという想いをもって、治療に励んできた。
でも、今の私の中にある想いは、今までの想いの強さなんか比ではない。心の奥底から大切な人を助けたいという慈愛の心と、絶対的な自信が生まれていた。
そして……それに呼応するように、泉の水が入った革袋が光り始めた。
「水が……もしかして、今なら!?」
ラピア様が言っていた。回復魔法に必要なのは想いだと。あの日からおでこを痛め続けた甲斐あって、それなりに実力はついたはず。もしかしたら、今ならいけるかも……違う、やってみせるの!
「泉の魔力よ、私に力を……!」
触媒にするために、革袋を取り出して掌に乗せてから魔法陣を展開すると、革袋に入っていた水が、魔法陣を通して私の中に入ってきた。
ち、力が凄すぎて、魔力が逆に乱れそう! でも……あの水晶で魔力コントロールを学んだから、きっとなんとかなる!
「魔力は十分。いきますっ!!」
私は潤沢な魔力を使って地面に魔法陣を展開し、回復魔法を発動させて治療を試みる。しかし、それを簡単にさせてくれない者がいる。
「その魔力……落ちこぼれの分際で!」
アーロイは、私に向かって再び雷を真っ直ぐ放ってくる。治療に意識が向いてしまった私は、咄嗟に動くことが出来なかった。
そこに、ピグミーさんがトラの姿になり、魔法で岩を出現させて相殺させる事で、私を守ってくれた。
「ピグミーさん!」
「シー! オレ様達もやるぞ!」
「わかりました……!」
今度はシーちゃんが龍に、サラマンダーさんが炎の鳥になると、空の黒い雲に向かって、シーちゃんは突風を、サラマンダーさんは炎を吹いてぶつけた。
その行動は上手くいった。風によるものと、炎がぶつかって爆発を起こしたのが相まって、黒い雲がどこかに飛んでいってしまったわ。
「いやぁ……いつも以上に無理はするもんじゃないねぇ~……」
「お、オレ様も……もう動けねえや。わりぃなエレナ、ちょっと帰って休むわ……」
精霊達は、みんな元の姿に戻って倒れると、段々と体が消えていっていた。
「え、みんな!?」
「だ、大丈夫です……死んじゃうわけじゃないです……ちょっと休んでくるだけです……しばらくの間、ご主人様のことをお願いしますね……」
シーちゃんの言葉を最後に、精霊達はみんな消えてしまった。
みんな、こんなになるまで頑張ってくれたのに、私は……私は……!
「ちっ、余計なことを。まあいい、お前らを消す程度の力は溜まっている」
「っ……!? きゃあぁぁぁぁ!!」
私達に向けて、アーロイの杖から雷が放たれる。それからウィルフレッド様を守るために、私は自分の体を盾にして庇った。
い、痛すぎて逆に意識がはっきりするわ……で、でも……ウィルフレッド様だって、こんな血まみれなってまで頑張ってくれたんだ。私だって……。
「わ、私だって……みんなを、守るんだ!!」
地面に描かれた魔法陣は、私の声に応えるように徐々に大きくなりながら、更に強い光を放ち始め、ウィルフレッド様の体をどんどんと包み込む。
自分でも感じたことが無いくらい、強い力だけど……こんなんじゃウィルフレッド様を助けることは出来ない! もっと魔力を、もっと力を!!
「私は、あなたとこれから先もずっとずっと……一緒にいたい! 聖女とか、侯爵とか、そんなの関係なく、あなたと一緒に未来を生きたい! 一緒に幸せになりたい! だから……だから!!」
目に沢山の涙を溜めながら、ウィルフレッド様の体を抱き上げた私は、その涙を魔法陣に落とした。
これが最後のトリガーとなった。私の涙に反応して、回復魔法の魔法陣が、眩い光を放ち始めた。
お願い、私の聖女の力! 私の大切な人を……助けて!!
「ちっ……生意気なんだよ! 死神は死神らしく、全員道連れにしながら地獄に落ちやがれぇぇぇぇ!!」
アーロイの雄たけびと共に向かってきた雷に、私達は成す術もなく光に包まれた――
「大丈夫ですか? ボーっとしてますが」
「はい、私は大丈夫です」
「それはよかったです」
……ここでこうしていても仕方ないわね。かなり減ってしまったけど、泉の水はまだ残っている。さっさと回収して、ウィルフレッド様の元に帰らないと。
「ウンディーネさん、ルナちゃん達のことをお願いします。私は泉の水を汲んできます」
「わかりました」
ルナちゃん達を任せてから、私は泉の近くに行って水を汲める革の袋を使って、泉の水を汲む。
よし、目的は達成したわ。あまり多く持って帰っても使いこなせる気がしないし、この程度でいいだろう。
「……ジェシー……」
目の前で消えていった者の名前を、ボソッと呟く。
彼女には酷いことばかりされてきたし、良い思い出なんて何もない。でも、長い付き合いがあった人間が、目の前で悲惨な最後を遂げるのは、見ていて気持ちの良いものではない。
せめて、どうか安らかに……そう思いながら、私は両手を組んで祈った。
「お待たせしました。終わりました」
「では戻りましょう。さっきの馬は……先程の騒ぎで逃げてしまったようですね」
少しの間祈ってから、私はウンディーネさんの所へ戻る。
そうよね、あれだけ大騒ぎになってしまったら、怖くて逃げてしまうわよね……あの子にはかわいそうなことをしてしまったわ。
「彼女のことは私がおんぶしますので、歩いて戻りましょう」
「それしか無さそうですね。ルナちゃんのこと、お願いします」
私は精霊三人を、ウンディーネさんはルナちゃんを担当して泉を後にする。
思った以上に時間が掛かってしまったし、早く戻らないといけないのだけど、疲れのせいで思った以上に足が重くなっている。
その割に、気持ちばかりが焦って、体だけが前に行っている。もしここにラピア様がいたら、祈ってる暇があるなら、さっさと戻ればいいじゃないかって言われそうだ。
「エレナちん、焦ってもしかたないよぉ」
「きっと当主様は無事です……!」
「だな。あいつのことは昔から知ってるオレ様達が言うんだ、安心しな!」
「みんな……ありがとう」
私の腕の中で、精霊達が笑いながら励ましてくれた。そのおかげで、少しだけ気持ちが楽になった。
そうよね、ウィルフレッド様は幼い頃からずっと鍛えていたんだから、アーロイ様に負けるはずないわよね!
そう思って来た道を戻ると、今まで多くの木で狭くて暗かった道が、急に開けた。
「来る時はこんな開けた場所なんて無かったわ……」
「エレナ、あそこです!」
ウンディーネさんの指差す先――開けた土地の中心部に、二つの人影があった。一つは悠然と立って杖を持ち……もう一人は血だらけで倒れながらも、手に持った剣は強く握りしめていた。
「う、うそ……ウィルフレッド様……?」
「エレナ、危険です!」
制止するウンディーネさんの声など一切耳に入らなかった私は、急いで倒れているウィルフレッド様の元へと駆け寄った。
い、息は……まだある! でも、あまりにも出血が多すぎて……いつ力尽きてもおかしくない!
「なんだ、この死にぞこないで遊んでいたら、お前が先に戻ってきたとはな」
「アーロイ様……! あなたって人は、なんて酷いことを!!」
「酷いこと? ボクの邪魔をしたこいつが悪い。お前はうざったい虫がいてそれを殺したら、それを酷いことと思うのか?」
「アーロイ様は虫なんかじゃないわ!」
「物の例えを本気で捉えるとか、お前は馬鹿か?」
くぐもった笑い声を漏らしながら、醜悪な顔を手で覆うアーロイ様。その姿は、あまりにもおぞましいものだった。
「ウィルフレッド様、今すぐ治しますから!」
「無駄だ。それだけの深い傷を治せるほど、お前の聖女の力は強くない。俺の愛しい妻の力と並べてからものを言え」
何を言われても関係ない。私の全ての魔力を投げ捨てでも、ウィルフレッド様を救ってみせるわ! だってウィルフレッド様は……こんな所で死んで良い人じゃないのだから!
「お願い、私の癒しの力! 私の大切な人を……ウィルフレッド様を助けて!」
「ウィルちん、何寝てるんだよ~!」
「早く起きやがれ馬鹿野郎!!」
「当主様……当主様ぁ……!」
ぐったりとするウィルフレッド様を抱きあげながら、私は回復魔法を発動させる。魔法によって生まれた光に包まれたウィルフレッド様の体は、ゆっくりだけど傷が塞がっていく。
「もう助からない男の回復なんてしても無駄だ」
確かに傷は少しずつ塞がっているけど、その早さが傷の深さに見合っていない。これでは傷が治る前に、ウィルフレッド様は力尽きてしまう。
もっと……もっと魔力を込めるの! 一秒でも早く傷を治さないと!
「それよりも、そいつがボクにどうやって抵抗したか話してやるから、それを聞くと良い」
「……うるさい……!」
「そいつは、ポンコツの分際で一丁前にボクの魔法を防いできてね。遊びだったとはいえ、良い気になってボクを馬鹿にしてきたから、つい本気になってしまったよ」
「うるさいうるさい!! アーロイ様……いえ、アーロイ! あなたにウィルフレッド様の何がわかるのよ!!」
敵意を込めた目で睨みつけるが、特に効果が無かったようで、アーロイは私を馬鹿にするかのように、鼻で笑った。
「そんな男などどうでもいい。それよりも、俺のジェシーはどうした?」
「ジェシーは死んだわよ!」
「……随分と面白い冗談だな? さすがボクの母を殺した死神の冗談は面白い。せめてもの反発か?」
「ジェシーは泉の魔力を取り込み過ぎて異形の怪物になって、そのまま死んだの! 私だけじゃなくて、みんなその目で見ているわ!」
私と一緒にウィルフレッド様の近くにいた精霊達は、同意するように首を縦に何度も振った。
すると、ずっと余裕そうな態度を取っていたアーロイが、目を泳がせ始めた。明らかに動揺しているというのがわかる。
「……ボクのジェシーが死んだ……? ふざけるな……そんなの信じない……信じるものか!! そうか、お前らがボクへの仕返しとして、ジェシーを捕まえているんだな!?」
「っ……!?」
「あはは……あははははっ! お前らをさっさと殺して、ジェシーを迎えに行かないとな……!」
アーロイが持っている杖が、みるみると怪しい紫色の光を帯びていく。それと同時に、星空に段々と黒くて厚い雲が広がっていった。
「え、エレ……ナ……」
「ウィルフレッド様!? 意識が戻ったんですか!?」
「…………に、げ……ろ……」
今にも消えてしまいそうな声を、なんとか絞り出すウィルフレッド様。
……逃げろ? こんなボロボロのウィルフレッド様を置いて逃げろというの? そんなの、冗談じゃないわ!!
「嫌です! あなたを置いて逃げるなんて、絶対に出来ません!」
「……え、れ……」
私は絶対に離れないという意思と、必ず守り、そして助けるという想いを込めて、ウィルフレッド様に覆い被さって盾となった。精霊達も、その小さな体で守ってくれている。
「友情ごっこもそこまでだ! 雷よ、我が杖に舞い降りて、奴らをこの世から抹殺せよ!!」
「エレナ!!」
アーロイの杖に、空から雷撃が一直線に落ちると、そのまま雷によって強化された雷魔法を使って攻撃してくる。バチバチと甲高い音が鳴るその様は、当たれば一撃でやられるというのを、嫌というほど伝えてくる。
それでも私は逃げない。そう思った瞬間、ウンディーネさんが私の所に来てルナちゃんを降ろすと、また亀の姿になって、雷を正面から受け止め始めた。
「邪魔なんだよ! 亀の分際でボクにたてつくのか! ボクを誰だと思っている!」
「興味……ありません、ね!」
「そうか。なら……さっさとそこを退け!」
更に雷の威力が上がったのか、勢いと音がさらに増していった。その影響か、何とか耐えていたウンディーネさんだったが、押し負けて上空に投げ出され、地面に叩きつけられた。
「ウンディーネさん!!」
「…………」
ウンディーネさんは無言のまま、亀から人間の……ううん、シーちゃん達のような、小さな人間の姿になった。
きっと……力を使い果たしてしまったんだろう。早く助けなきゃいけないんだけど、ウィルフレッド様や他の精霊、それにルナちゃんを放っておくわけにも……!
「邪魔者は消えたな」
「……アーロイ!」
この状況、どうすればいいの!? このままだと、さっきの雷で全員黒焦げにされるのがオチよ!
嫌だ、私の力が足りないせいで……ルナちゃんが、シーちゃんが、サラマンダーさんが、ピグミーさんが、ウンディーネさんが、使用人達が、そして……ウィルフレッド様が……!
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! 今度こそ私が助けるんだ!!」
「落ちこぼれで死神のお前に、出来るわけないだろ!」
「出来る出来ないじゃない! 私が……必ずやるの! 絶対に!!」
今までも、私は治したいという想いをもって、治療に励んできた。
でも、今の私の中にある想いは、今までの想いの強さなんか比ではない。心の奥底から大切な人を助けたいという慈愛の心と、絶対的な自信が生まれていた。
そして……それに呼応するように、泉の水が入った革袋が光り始めた。
「水が……もしかして、今なら!?」
ラピア様が言っていた。回復魔法に必要なのは想いだと。あの日からおでこを痛め続けた甲斐あって、それなりに実力はついたはず。もしかしたら、今ならいけるかも……違う、やってみせるの!
「泉の魔力よ、私に力を……!」
触媒にするために、革袋を取り出して掌に乗せてから魔法陣を展開すると、革袋に入っていた水が、魔法陣を通して私の中に入ってきた。
ち、力が凄すぎて、魔力が逆に乱れそう! でも……あの水晶で魔力コントロールを学んだから、きっとなんとかなる!
「魔力は十分。いきますっ!!」
私は潤沢な魔力を使って地面に魔法陣を展開し、回復魔法を発動させて治療を試みる。しかし、それを簡単にさせてくれない者がいる。
「その魔力……落ちこぼれの分際で!」
アーロイは、私に向かって再び雷を真っ直ぐ放ってくる。治療に意識が向いてしまった私は、咄嗟に動くことが出来なかった。
そこに、ピグミーさんがトラの姿になり、魔法で岩を出現させて相殺させる事で、私を守ってくれた。
「ピグミーさん!」
「シー! オレ様達もやるぞ!」
「わかりました……!」
今度はシーちゃんが龍に、サラマンダーさんが炎の鳥になると、空の黒い雲に向かって、シーちゃんは突風を、サラマンダーさんは炎を吹いてぶつけた。
その行動は上手くいった。風によるものと、炎がぶつかって爆発を起こしたのが相まって、黒い雲がどこかに飛んでいってしまったわ。
「いやぁ……いつも以上に無理はするもんじゃないねぇ~……」
「お、オレ様も……もう動けねえや。わりぃなエレナ、ちょっと帰って休むわ……」
精霊達は、みんな元の姿に戻って倒れると、段々と体が消えていっていた。
「え、みんな!?」
「だ、大丈夫です……死んじゃうわけじゃないです……ちょっと休んでくるだけです……しばらくの間、ご主人様のことをお願いしますね……」
シーちゃんの言葉を最後に、精霊達はみんな消えてしまった。
みんな、こんなになるまで頑張ってくれたのに、私は……私は……!
「ちっ、余計なことを。まあいい、お前らを消す程度の力は溜まっている」
「っ……!? きゃあぁぁぁぁ!!」
私達に向けて、アーロイの杖から雷が放たれる。それからウィルフレッド様を守るために、私は自分の体を盾にして庇った。
い、痛すぎて逆に意識がはっきりするわ……で、でも……ウィルフレッド様だって、こんな血まみれなってまで頑張ってくれたんだ。私だって……。
「わ、私だって……みんなを、守るんだ!!」
地面に描かれた魔法陣は、私の声に応えるように徐々に大きくなりながら、更に強い光を放ち始め、ウィルフレッド様の体をどんどんと包み込む。
自分でも感じたことが無いくらい、強い力だけど……こんなんじゃウィルフレッド様を助けることは出来ない! もっと魔力を、もっと力を!!
「私は、あなたとこれから先もずっとずっと……一緒にいたい! 聖女とか、侯爵とか、そんなの関係なく、あなたと一緒に未来を生きたい! 一緒に幸せになりたい! だから……だから!!」
目に沢山の涙を溜めながら、ウィルフレッド様の体を抱き上げた私は、その涙を魔法陣に落とした。
これが最後のトリガーとなった。私の涙に反応して、回復魔法の魔法陣が、眩い光を放ち始めた。
お願い、私の聖女の力! 私の大切な人を……助けて!!
「ちっ……生意気なんだよ! 死神は死神らしく、全員道連れにしながら地獄に落ちやがれぇぇぇぇ!!」
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