112 / 126
最終章
26話——別の意味で不穏ですが……?
しおりを挟む
「えみ!!」
「無事か!?」
「みんな!!」
光が止んだその場所には、シャルくんを筆頭に討伐隊のメンバーが立っている。緊張が色濃く表情に表れていたが、私がピンピンしているところを見て安心した様子だ。
「待たせてすまなかった」
シャルくんの後ろから姿を見せたアルクさんの声が、安心感のハンパない大好きな声が、私の鼓膜を静かに揺らす。
たったそれだけの事なのに、まるで何年も会えなかった彼と久しぶりに再会を果たしたかの様な錯覚を覚えた。
胸の奥がぎゅっと握られるみたいに苦しくなって、目の奥が熱くなってくる。
言葉が出て来ないまま、ゆるゆると首を振った。
アルクさんが一歩踏み出し、私が彼に向かって立ちあがろうとしたその時
「動くな」
たった一言、発せられたその言葉で、その場がピシリと凍りつく。
二の腕が掴まれるとぐいっと無理矢理引き立たされた。見上げると側に立つのはマフィアスだ。此方に目もくれず、眼前に立ちはだかる彼らを睨みつけている。
「…あ…」
多分、マフィアスはいつまでも床にへばりついている私を邪魔だからと言う理由で立たせてくれただけ。
のだけれど、流れから察するに討伐隊の皆んなにはそうは見えていないのだろう。
その証拠に彼等の纏う空気が変わった。
マズイ…このままでは説得どころの話じゃない。
なんとか…なんとかしなくては…
そこでふとソラと視線が交わった。
黄金色の瞳が真っ直ぐ此方へ向けられている。その瞳をじっと見つめ返し、どうか心の声が届きます様にと願った。
「えみから手を離せ」
シャルくんが聖剣の柄へ手を掛ける。
「断る。この女は既に魔王様の餌だ」
おい、コラ、マフィアス。
そんな言い方したらどうなるか分かってるんでしょうね?
言ってる側からシャルくんとレンくん、アルクさんの魔力量が爆上がりしてますけども。
怖い怖い怖い!!
敵意を剥き出して立つシャルくんの正面ホントに怖いから!!
早くそっち側行きたいから、マジで手離して欲しい!
プラーミァさん、強力な結界お願いします!
シャルくんが鞘から聖剣を抜き放つ。ゆっくりと引き抜くその刀身は、既に煌々と光を放ち、濃密な魔力を蓄えているのが分かる。
レンくんの姿も真っ白な獣人へと変貌しており臨戦態勢だ。マーレが補助魔法を唱え、プラーミァさんが結界を構築していく。
ハワード様とアルクさんの手元にはそれぞれ魔力で作り出された水のボーガンと土の拳銃が握られている。
ますます空気が険悪になっていく中、今まで玉座から動かなかったルクスが立ち上がると、マフィアスに二の腕を掴まれたままの私の元へとやってくる。その顔には悪い笑みが浮かんでいる。
あー…嫌な予感がするな。
案の定、マフィアスから私を奪い取るように引き寄せると、ワザとらしく顎を掴んでくる。極悪人が何かを企んでいる時のようなわっるい顔をしながら、頬に唇が掠めるくらい距離を詰めてきた。
「確かに…こいつは美味かった」
…作ったご飯の事かな?
おかしいな。味分からんって言ってたよね?
……てか、煽り過ぎじゃないですか?
明らかに別の意図を含み耳朶へ注ぎ込まれた台詞に悪意と艶が混じり、思わず背筋がブルリと震えた。
そんな青ざめた私の姿を見て、彼等は更に悪い方へ悪い方へ想像力が働いてしまった事でしょう。
突然ルクスに突き飛ばされ、バランスを崩してしまう。
倒れ込みながらも、彼の手に出現した真っ黒な魔剣を見た。漆黒の電気を帯びているみたいにバチバチと高濃度の魔力が取り巻いている。
と思えば、瞬きの間に二人が一合目を撃ち合っていた。
私が倒れ込んでいるこの一瞬の間に、ルクスとシャルくんの剣が交わったのだ。
剣と剣がぶつかった瞬間、金属がぶつかる甲高い音と、爆風と衝撃波が巻き起こる。相反する魔力同士がぶつかった事による反動が周囲を巻き込んでいく。
反動を諸に受けた当の本人達もまた、衝撃によってそれぞれ後方へ押し返され、二人の間には距離が生まれた。
私はと言うと、床に倒れる前にその爆風に巻き込まれ吹き飛ばされそうになっておりました。
枯葉のごとく体を持っていかれて、床か壁に叩きつけられるかと思ったのに、吹き飛ばされたところを、まさかのマフィアスに受け止められてビックリしてます。
「……」
信じがたい出来事に驚いて呆けていると「阿保みたいな顔を向けるな」と小声で言われました。
悪かったな。
「それより次だ。覚悟はいいな」
良くないよ!!
だけどやるしかない!
意を決してお互いを睨み合うルクスとシャルくんへ視線を向けた。
声までは聞こえていないものの、マフィアスが吹き飛ばされたえみを助ける様な仕草を見せたところをルーベルは見逃さなかった。
同じく機を見てマフィアスからえみを奪還しようと狙っていたレンもまた、彼の行動に違和感を抱いていたのだ。
「今日ここで決着をつけてやる!」
「出来るものならやってみよ」
シャガールとルクスヴァーンの剣が魔力を纏いその力を増大させてゆく。
シャガールの周りには四人の精霊が浮遊し、彼の魔力が高まるのに比例して各々魔力を練り上げていく。
精霊達の力と彼自身の力が混ざり合い、真っ白な眩い光となって足元から渦を巻く様に立ち上がっていく。
ルクスヴァーンもまた、自身の魔力を解放した。何も無かった背がむくむくと盛り上がると、バリッと服を突き破り蝙蝠に似た翼が形成されたのだ。それを大きく広げた瞬間、足元から発せられた禍々しい魔力が、彼を球状に包みこんだ。
二人が構えの姿勢を取った時、マフィアスの目の前に居た筈のえみの姿が消えた。
「シャル待て!!」
異変に気が付いたレンが叫ぶのとシャガールの踏み込みが同時だった。
互いに渾身の一撃を放とうかというその瞬間、シャガールの目の前に両手を広げたえみの姿が現れたのだ。
「!!??」
止まって…——
力と力がぶつかり合う轟音がつん裂き、加えて凄まじい衝撃波が生まれる。
粉塵が辺りを包み込むと一変して静寂に包まれた。
パラパラと細かな瓦礫が降り注ぐ音の中、ゆっくりと粉塵が晴れていく。
「た、すかっ…た…?」
目を開けて驚いた。
床へ座り込む私に、覆い被さる様にして結界を張っていたのがソラとまさかのマフィアスだったのだ。
互いを牽制するように睨み合ったまま動かない。
更にその周りに強力な結界が張られている。
その結界がシャルくんとルクスの攻撃を防いでくれていた様だった。攻撃が止んだ事でスッと消えていく。
ソラとマフィアスがその場を立ち、ソラは私の隣へお座りの格好に、マフィアスは私の後方に立つルクスの元へと移動していく。
ルクスへ警戒を解かないまま、シャルくんが慌てた様に駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 怪我は? 何でこんな無茶な事…——」
シャルくんが言い終わらない内にレンくんも駆け寄ってくる。
「何考えてんだ!! 一度放った魔力は止まんないんだぞ!!」
レンくんの怒った顔を見て、やっぱり無茶苦茶だったのだと実感した。
「ご、ごめん…」
腰はしっかり抜けており、立ち上がる事は出来ないが、ルクスとシャルくんの衝突を止めるという作戦はどうやら上手くいったようだ。
ルクスが魔剣を収めて敵意を解き、マフィアスもまた攻撃してくる素振りがなかった事でシャルくんもレンくんも困惑していたが、まだ警戒は解いていない。
「ごめんねシャルくん。レンくんも。でも、どうしても聞いて欲しい事があるの」
「そうだったとしても、今のは自殺行為だろうが」
私の前にしゃがむ様にしている二人の後ろに、怒らせた表情のハワード様が立つ。
「えみ!!」
「えみさん!」
マーレとプラーミァさんも駆け寄って来てくれた。
「無事で本当に良かった」
「でも…何が起こったのかしら?」
困惑する二人の間からアルクさんの手が差し出された。
揺れる青灰色の瞳を見つめながら今度こそその手を握る。握り返されると同時に引き寄せられた。ふらりと倒れ込むと、硬い胸板と逞しい腕に包まれる。
「…っ…」
無意識にしがみついていた。
ぎゅっと体が締め付けられると、途端に涙が溢れてくる。
「うー…怖かったー……」
「だったら自重してくれ。…こっちの心臓が持たない」
「本当に、ごめんなさい…」
「無事で良かった…」
耳元に聞こえた声が震えていた。本当に沢山心配させてしまっていたのだと痛感した。
申し訳ない気持ちと、迎えに来てくれた嬉しさと、会いたくて堪らなかった寂しさと、もう会えなかったらという不安と、色んな感情がないまぜになっている。それが涙となって言葉の代わりに後から後から溢れてきた。
「再会をもっと喜びたいところですが、そろそろこの状況を説明して頂きましょうか」
後から歩み寄ってきたルーベルさんの言葉で場に緊張感が戻った。
何故私がこんなことをしたのか。
ルクス達に戦闘の意思が無い訳は何なのか。
聞きたい事は沢山ある筈だ。
「今何が起こった?」
困惑を深めるハワード様がルクスを見据える。
「その女が、えみが、我と勇者の戦闘を止めたいと言ったのだ。その機会をやったまで」
「んだと…——」
「レン!!」
不敵に笑うルクスへ怒りを露わにするレンくんを止めたのはルーベルさんだ。
「気持ちは分かる。が、今は収めろ」
レンくんを制し、ルーベルさんが再びルクスを見据える。
「わざわざえみさんにそうさせた理由は? 一歩間違えば彼女は死んでいた筈だ」
私の肩を抱くアルクさんの手に力がこもる。
「危険とリスクを承知でえみさんを手に入れた貴方が、こんな無謀な事をする理由を教えて頂きたい」
ルクスがスッと右手を持ち上げた。
以前に一度その状態で攻撃を受けたパーティメンバーが一斉に身構える。
しかし、手のひらが此方へ向けられる事は無く、彼の人差し指が私を指し示した。
「えみが知っている」
ルーベルさんと視線が交わり静かに頷くと、それを確認した彼が再びルクスへと視線を戻した。
「ではそれはえみさんから聞くとしてもう一つ。今二人の攻撃を防いだ結界を張ったのは貴方ですか?」
間違いなく今の一撃はシャガールにとって渾身の一撃だった。
自分には目視出来ないが、上位精霊まで進化を遂げていた筈の彼の契約精霊達が、此処へ侵入する際の結界の破壊と今の一撃で力を使い果たしたらしく、最初の姿へ戻ってしまったとプラーミァとマーレが教えてくれた。
精霊が力を使い果たす程の桁外れな一撃が総裁されたのだ。
それを防ぐだけの力がルクスヴァーンに、もしくはマフィアスにあるのだとしたら…。
ルーベルのこめかみに汗が垂れた。
「我ではない」
「「え…?」」
何人かの疑問符が被り、その視線がプラーミァさんへと向けられる。
「勇者様の力を御する事など、私には不可能ですわ」
プラーミァさんが首を振るのを見て、更にその奥に立っていたワサビちゃんへと視線が集まった。何も言わないまま、翡翠色の瞳が真っ直ぐにシャルくんとルクスへ注がれている。
「え…ワサビちゃんが…?」
マーレの驚きに信じられないと言葉を重ねるのはハワード様だ。
「強力と言う次元を超えている。いち精霊に魔王と勇者の攻撃を防ぐだけの結界が張れる筈が無い!」
そう。
そんな事が出来るのは唯一人だけだ。
「だから言っただろうえみ。あの女がわざわざ手の込んだ茶番で我とえみを会わせておいて、この機を逃す筈がないと」
目が全く笑っていないルクスの視線の先で、黙ったままその場に立つワサビちゃんへ歩み寄る。
その翡翠色の瞳を見つめた。
「あなたは女神ミランツェ様ですね? 」
言葉を発しないまま、澄んだ眼差しが私を真っ直ぐに見つめていた。
「無事か!?」
「みんな!!」
光が止んだその場所には、シャルくんを筆頭に討伐隊のメンバーが立っている。緊張が色濃く表情に表れていたが、私がピンピンしているところを見て安心した様子だ。
「待たせてすまなかった」
シャルくんの後ろから姿を見せたアルクさんの声が、安心感のハンパない大好きな声が、私の鼓膜を静かに揺らす。
たったそれだけの事なのに、まるで何年も会えなかった彼と久しぶりに再会を果たしたかの様な錯覚を覚えた。
胸の奥がぎゅっと握られるみたいに苦しくなって、目の奥が熱くなってくる。
言葉が出て来ないまま、ゆるゆると首を振った。
アルクさんが一歩踏み出し、私が彼に向かって立ちあがろうとしたその時
「動くな」
たった一言、発せられたその言葉で、その場がピシリと凍りつく。
二の腕が掴まれるとぐいっと無理矢理引き立たされた。見上げると側に立つのはマフィアスだ。此方に目もくれず、眼前に立ちはだかる彼らを睨みつけている。
「…あ…」
多分、マフィアスはいつまでも床にへばりついている私を邪魔だからと言う理由で立たせてくれただけ。
のだけれど、流れから察するに討伐隊の皆んなにはそうは見えていないのだろう。
その証拠に彼等の纏う空気が変わった。
マズイ…このままでは説得どころの話じゃない。
なんとか…なんとかしなくては…
そこでふとソラと視線が交わった。
黄金色の瞳が真っ直ぐ此方へ向けられている。その瞳をじっと見つめ返し、どうか心の声が届きます様にと願った。
「えみから手を離せ」
シャルくんが聖剣の柄へ手を掛ける。
「断る。この女は既に魔王様の餌だ」
おい、コラ、マフィアス。
そんな言い方したらどうなるか分かってるんでしょうね?
言ってる側からシャルくんとレンくん、アルクさんの魔力量が爆上がりしてますけども。
怖い怖い怖い!!
敵意を剥き出して立つシャルくんの正面ホントに怖いから!!
早くそっち側行きたいから、マジで手離して欲しい!
プラーミァさん、強力な結界お願いします!
シャルくんが鞘から聖剣を抜き放つ。ゆっくりと引き抜くその刀身は、既に煌々と光を放ち、濃密な魔力を蓄えているのが分かる。
レンくんの姿も真っ白な獣人へと変貌しており臨戦態勢だ。マーレが補助魔法を唱え、プラーミァさんが結界を構築していく。
ハワード様とアルクさんの手元にはそれぞれ魔力で作り出された水のボーガンと土の拳銃が握られている。
ますます空気が険悪になっていく中、今まで玉座から動かなかったルクスが立ち上がると、マフィアスに二の腕を掴まれたままの私の元へとやってくる。その顔には悪い笑みが浮かんでいる。
あー…嫌な予感がするな。
案の定、マフィアスから私を奪い取るように引き寄せると、ワザとらしく顎を掴んでくる。極悪人が何かを企んでいる時のようなわっるい顔をしながら、頬に唇が掠めるくらい距離を詰めてきた。
「確かに…こいつは美味かった」
…作ったご飯の事かな?
おかしいな。味分からんって言ってたよね?
……てか、煽り過ぎじゃないですか?
明らかに別の意図を含み耳朶へ注ぎ込まれた台詞に悪意と艶が混じり、思わず背筋がブルリと震えた。
そんな青ざめた私の姿を見て、彼等は更に悪い方へ悪い方へ想像力が働いてしまった事でしょう。
突然ルクスに突き飛ばされ、バランスを崩してしまう。
倒れ込みながらも、彼の手に出現した真っ黒な魔剣を見た。漆黒の電気を帯びているみたいにバチバチと高濃度の魔力が取り巻いている。
と思えば、瞬きの間に二人が一合目を撃ち合っていた。
私が倒れ込んでいるこの一瞬の間に、ルクスとシャルくんの剣が交わったのだ。
剣と剣がぶつかった瞬間、金属がぶつかる甲高い音と、爆風と衝撃波が巻き起こる。相反する魔力同士がぶつかった事による反動が周囲を巻き込んでいく。
反動を諸に受けた当の本人達もまた、衝撃によってそれぞれ後方へ押し返され、二人の間には距離が生まれた。
私はと言うと、床に倒れる前にその爆風に巻き込まれ吹き飛ばされそうになっておりました。
枯葉のごとく体を持っていかれて、床か壁に叩きつけられるかと思ったのに、吹き飛ばされたところを、まさかのマフィアスに受け止められてビックリしてます。
「……」
信じがたい出来事に驚いて呆けていると「阿保みたいな顔を向けるな」と小声で言われました。
悪かったな。
「それより次だ。覚悟はいいな」
良くないよ!!
だけどやるしかない!
意を決してお互いを睨み合うルクスとシャルくんへ視線を向けた。
声までは聞こえていないものの、マフィアスが吹き飛ばされたえみを助ける様な仕草を見せたところをルーベルは見逃さなかった。
同じく機を見てマフィアスからえみを奪還しようと狙っていたレンもまた、彼の行動に違和感を抱いていたのだ。
「今日ここで決着をつけてやる!」
「出来るものならやってみよ」
シャガールとルクスヴァーンの剣が魔力を纏いその力を増大させてゆく。
シャガールの周りには四人の精霊が浮遊し、彼の魔力が高まるのに比例して各々魔力を練り上げていく。
精霊達の力と彼自身の力が混ざり合い、真っ白な眩い光となって足元から渦を巻く様に立ち上がっていく。
ルクスヴァーンもまた、自身の魔力を解放した。何も無かった背がむくむくと盛り上がると、バリッと服を突き破り蝙蝠に似た翼が形成されたのだ。それを大きく広げた瞬間、足元から発せられた禍々しい魔力が、彼を球状に包みこんだ。
二人が構えの姿勢を取った時、マフィアスの目の前に居た筈のえみの姿が消えた。
「シャル待て!!」
異変に気が付いたレンが叫ぶのとシャガールの踏み込みが同時だった。
互いに渾身の一撃を放とうかというその瞬間、シャガールの目の前に両手を広げたえみの姿が現れたのだ。
「!!??」
止まって…——
力と力がぶつかり合う轟音がつん裂き、加えて凄まじい衝撃波が生まれる。
粉塵が辺りを包み込むと一変して静寂に包まれた。
パラパラと細かな瓦礫が降り注ぐ音の中、ゆっくりと粉塵が晴れていく。
「た、すかっ…た…?」
目を開けて驚いた。
床へ座り込む私に、覆い被さる様にして結界を張っていたのがソラとまさかのマフィアスだったのだ。
互いを牽制するように睨み合ったまま動かない。
更にその周りに強力な結界が張られている。
その結界がシャルくんとルクスの攻撃を防いでくれていた様だった。攻撃が止んだ事でスッと消えていく。
ソラとマフィアスがその場を立ち、ソラは私の隣へお座りの格好に、マフィアスは私の後方に立つルクスの元へと移動していく。
ルクスへ警戒を解かないまま、シャルくんが慌てた様に駆け寄ってくる。
「大丈夫か!? 怪我は? 何でこんな無茶な事…——」
シャルくんが言い終わらない内にレンくんも駆け寄ってくる。
「何考えてんだ!! 一度放った魔力は止まんないんだぞ!!」
レンくんの怒った顔を見て、やっぱり無茶苦茶だったのだと実感した。
「ご、ごめん…」
腰はしっかり抜けており、立ち上がる事は出来ないが、ルクスとシャルくんの衝突を止めるという作戦はどうやら上手くいったようだ。
ルクスが魔剣を収めて敵意を解き、マフィアスもまた攻撃してくる素振りがなかった事でシャルくんもレンくんも困惑していたが、まだ警戒は解いていない。
「ごめんねシャルくん。レンくんも。でも、どうしても聞いて欲しい事があるの」
「そうだったとしても、今のは自殺行為だろうが」
私の前にしゃがむ様にしている二人の後ろに、怒らせた表情のハワード様が立つ。
「えみ!!」
「えみさん!」
マーレとプラーミァさんも駆け寄って来てくれた。
「無事で本当に良かった」
「でも…何が起こったのかしら?」
困惑する二人の間からアルクさんの手が差し出された。
揺れる青灰色の瞳を見つめながら今度こそその手を握る。握り返されると同時に引き寄せられた。ふらりと倒れ込むと、硬い胸板と逞しい腕に包まれる。
「…っ…」
無意識にしがみついていた。
ぎゅっと体が締め付けられると、途端に涙が溢れてくる。
「うー…怖かったー……」
「だったら自重してくれ。…こっちの心臓が持たない」
「本当に、ごめんなさい…」
「無事で良かった…」
耳元に聞こえた声が震えていた。本当に沢山心配させてしまっていたのだと痛感した。
申し訳ない気持ちと、迎えに来てくれた嬉しさと、会いたくて堪らなかった寂しさと、もう会えなかったらという不安と、色んな感情がないまぜになっている。それが涙となって言葉の代わりに後から後から溢れてきた。
「再会をもっと喜びたいところですが、そろそろこの状況を説明して頂きましょうか」
後から歩み寄ってきたルーベルさんの言葉で場に緊張感が戻った。
何故私がこんなことをしたのか。
ルクス達に戦闘の意思が無い訳は何なのか。
聞きたい事は沢山ある筈だ。
「今何が起こった?」
困惑を深めるハワード様がルクスを見据える。
「その女が、えみが、我と勇者の戦闘を止めたいと言ったのだ。その機会をやったまで」
「んだと…——」
「レン!!」
不敵に笑うルクスへ怒りを露わにするレンくんを止めたのはルーベルさんだ。
「気持ちは分かる。が、今は収めろ」
レンくんを制し、ルーベルさんが再びルクスを見据える。
「わざわざえみさんにそうさせた理由は? 一歩間違えば彼女は死んでいた筈だ」
私の肩を抱くアルクさんの手に力がこもる。
「危険とリスクを承知でえみさんを手に入れた貴方が、こんな無謀な事をする理由を教えて頂きたい」
ルクスがスッと右手を持ち上げた。
以前に一度その状態で攻撃を受けたパーティメンバーが一斉に身構える。
しかし、手のひらが此方へ向けられる事は無く、彼の人差し指が私を指し示した。
「えみが知っている」
ルーベルさんと視線が交わり静かに頷くと、それを確認した彼が再びルクスへと視線を戻した。
「ではそれはえみさんから聞くとしてもう一つ。今二人の攻撃を防いだ結界を張ったのは貴方ですか?」
間違いなく今の一撃はシャガールにとって渾身の一撃だった。
自分には目視出来ないが、上位精霊まで進化を遂げていた筈の彼の契約精霊達が、此処へ侵入する際の結界の破壊と今の一撃で力を使い果たしたらしく、最初の姿へ戻ってしまったとプラーミァとマーレが教えてくれた。
精霊が力を使い果たす程の桁外れな一撃が総裁されたのだ。
それを防ぐだけの力がルクスヴァーンに、もしくはマフィアスにあるのだとしたら…。
ルーベルのこめかみに汗が垂れた。
「我ではない」
「「え…?」」
何人かの疑問符が被り、その視線がプラーミァさんへと向けられる。
「勇者様の力を御する事など、私には不可能ですわ」
プラーミァさんが首を振るのを見て、更にその奥に立っていたワサビちゃんへと視線が集まった。何も言わないまま、翡翠色の瞳が真っ直ぐにシャルくんとルクスへ注がれている。
「え…ワサビちゃんが…?」
マーレの驚きに信じられないと言葉を重ねるのはハワード様だ。
「強力と言う次元を超えている。いち精霊に魔王と勇者の攻撃を防ぐだけの結界が張れる筈が無い!」
そう。
そんな事が出来るのは唯一人だけだ。
「だから言っただろうえみ。あの女がわざわざ手の込んだ茶番で我とえみを会わせておいて、この機を逃す筈がないと」
目が全く笑っていないルクスの視線の先で、黙ったままその場に立つワサビちゃんへ歩み寄る。
その翡翠色の瞳を見つめた。
「あなたは女神ミランツェ様ですね? 」
言葉を発しないまま、澄んだ眼差しが私を真っ直ぐに見つめていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
3,128
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる