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最終章

27話——不思議な光景にびっくりですが

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「あなたは女神ミランツェ様ですね? 」

 沈黙の中、互いに視線を合わせたまま私はワサビちゃんと向き合っていた。
 翡翠色の瞳が真っ直ぐ此方へ向けられている。

「こそこそと我等を嗅ぎ回っていたのだろう? 貴様らしい姑息なやり口だな」

 無言を肯定と取ったのか、ルクスが嘲笑を浮かべている。

「…どう言う事だ…?」
「…ワサビが…女神様…?」

 ハワード様とレンくんが信じられないとばかりに驚愕の表情を見せている。他の皆んなも同じ様だ。

「やはり、えみさんが魔王の手に落ちたのは、女神さまの思惑だったと言う事ですか」

 ルクスの予測はルーベルさんの中でも推察されていた様だ。それでも予測の域を出なかった。それがこの状況だ。ルクスの中ではもう既に確信に変わっている事でしょう。それならきっと私の予測も恐らく間違ってはいない筈だ。

 ふぅ

 ワサビちゃんが小さく息を吐き出した。

「私が干渉しなかった場合、どうするつもりだったのですか?」

 姿形はワサビちゃんなのに、声が違っている。
 私がこの世界へやってくる際に出会った白い美女、女神ミランツェの声だった。

「この状況をわざわざ作り出しておいてミスミスえみを見殺しになどする筈が無い」

 黒い笑みを浮かべるルクスの冷たい声が響く。
 女神さまと睨み合うその姿を、マーレが不安気に見つめている。

「ワサビちゃん…」

 ポツリと呟くマーレへ、硬い表情を少しだけ緩めたワサビちゃんの視線が向けられた。

「ワサビは今眠りについています。一時的にこの体を借りているだけです」

 心配するなと、そう言う事なのだろう。
 そしてその視線が今度は此方へと向けられる。

「それで? こうまでして私を引き摺り出した理由を聞かせて貰いましょうか」

 口を開こうかと言うところで、ルクスがバサリと長い裾を翻す音がした。何事かとそちらを向けば、観音開きの扉へと歩を進めていく。

「ルクス?」

「場所を変える。客人共を、もてなしてやらんとな」

 そう言ってさっさと歩き出す。その後ろへマフィアスが続き、間をおいて女神さまもついていく。
 皆んなは行くべきか、罠なのか、判断がつかないまま戸惑いの表情だ。
 私は隣のアルクさんを見上げる。

「行きましょう」

 彼の手をぎゅっと握った。

「私を信じて下さい」

 此方に向けられる青灰色を真っ直ぐに見つめた。

「分かった」



 ルクスが向かったのは大テーブルのある部屋だ。
 私達が足を踏み入れた時、ルクスが正面の席へ入り口側を向いて座るところだった。その少し後ろにマフィアスが立つ。
 ルクスから少し離れた場所へ女神さまが座り、その反対側へシャルくんが、隣へハワード様が座った。ハワード様の両脇にはルーベルさんとレンくんが立ち、プラーミァさんとマーレが席に着く。
 そして、ルクスの正面に立つ私の隣にアルクさんが並んだ。
 ルクスと目が合う。片眉をピクリと動かし、何をしている? とばかりに眼差しで訴えてくる。

 あー、はいはい。
 茶は私が淹れるのね。

「じゃぁ、お茶淹れて来ますね!」
 
 その場を動こうとした私の腕をアルクさんが掴んだ。

「ダメだ。我々から離れるな」
 
「今更とって喰いやせぬぞ? …今は、な…」

 そう言ってルクスが楽しそうに喉を鳴らした。
 案の定アルクさんの手に力がこもる。
 そういう冗談はまだ通用しないってば 。
 仕方がないので、張り詰めた空気の中湯を沸かし茶を淹れた。
 うん。やりづらいコトこの上なし。

 茶葉を蒸らしている間、改めてぐるりと見渡してみる。
 こうして見ると不思議な光景だ。
 なんせ魔王と勇者、女神さままで同じ席に着いているのだ。ついさっきまで全力の戦いをしていたのに。
 ……違和感しかない。
 でも、もし此れが当たり前の世界になったとしたら…

 全員にお茶と作り置きしておいたマフィンを配って回った。
 パーティの皆んながルクスの動向を探る中、当の本人は悠々とカップを傾けている。

「何とも信じ難い光景だな……」

 その様子を見て、ハワード様がポツリと零す。

「本当に。頭が混乱しています」

 その呟きにシャルくんが同感だと頷き、プラーミァさんとマーレも無言で頷いていた。
 
 お茶とお茶菓子を配り終え、周りを片付けると、私はようやく本題を切り出す為に再び皆んなへと視線を向けた。

「聞きたい事も言いたい事もたくさんあると思うけど、その前に私からひとつ提案があります」

 皆んなの視線が一斉に向けられる。

「この戦いを止めましょう」

 ルクスは相変わらずカップを傾けたまま。女神様は微動だにしない。何を思っているか分からない表情のまま此方を見ている。
 対照的に、パーティメンバーが驚いたように息を呑んでいる。
 
「この世界について、皆んなは何処まで知っていますか?」

 私の問いに答えてくれたのは、隣に立つアルクさんだ。

「シャガールから大体は聞いた。此処へ来る前に四聖獣のレーヴェにも会ったし、シャルナンドの事も聞いている」

 シャルナンド。
 千年前、ルクス達と戦った勇者の名前だ。

「じゃぁ、この世界がルクスと歴代勇者の犠牲の上で成り立っている事も知ってるんだね」

 重い沈黙が流れた。
 私はシャルナンドの最期を知らない。それでも、皆んなの表情を見れば、望まれたもので無かったのだと分かる。握り締めていた手に自然と力が入った。

「私はこの歯車を止めたい! これはルクスの考えでもあるの。そして…女神さま。貴女もそうなんですよね?」

「………」

 私の元へソラを寄越したのも、きっと私の力の性質を分かっていたから。
 ルクスとシャルくんが対峙するこのタイミングで、私とルクスを引き合わせたのが思惑だったのなら、女神さま自身が変革を望んでいたと言う事なのだろう。

「ルクスとシャルくんがぶつかれば、世界はまた零に戻ってしまう。だから戦いを止めれば…二人が力を失わなければ、歯車は止まると思ったの!」

「それで、力を解放して戦う魔王と勇者の間に飛び出したと?」
「よく無事で済んだな」
「私なら絶対にやりませんね」

 ハワード様の溜め息を皮切りに、レンくんとルーベルさんの乾いた眼差しが突き刺さる。

「はい本当にゴメンナサイ」

 それに関してはルクスに唆されたとはいえ、自分でも無謀だったと思ってます。
 深く深く反省しておりますので、そんな目で見ないで下さい……。

「私は…シャルくんに犠牲になんてなって欲しくない」

 充分過ぎる程たくさん傷付いて来た筈だ。ここにいる仲間達と、大切に思っている人達と一緒に、幸せになってもらいたい。

「共存の道を、私達で作れないかな?」

 プラーミァさんとマーレが視線を落として俯いてしまった。そんな二人に胸が締め付けられる。
 プラーミァさんは魔族のせいでご両親を亡くしてる。マーレも住んでいたイーリスの街を魔族に襲撃されている。怖い思いも辛い思いもたくさんして来たと思う。当然受け入れられない提案だと思う。それは分かってるつもりだ。

「直ぐには、無理だと思う。私も魔族との戦いで、家や家族を失った人をたくさん見てきた。レンくんもアルクさんも大怪我させちゃったし……ハワード様やルーベルさんも……忘れるなんて絶対出来ない…」

 種族も性質も全然違う。分かり合える日なんてもしかしたら来ないのかもしれない。

「でも、長い時間を掛ければ……少しずつでもいいから何かが変われば!! もしかしたら、千年後の世界は、今より笑って過ごせる人が増えてるかもしれない!」

 お互いを理解する事は無理かもしれない。でも共感なら出来るかもしれない。
 この瞬間が一歩になれば…
 その一歩を皆んなで踏み出せれば…

 耳に痛い程の沈黙が部屋を覆っている。
 その沈黙を破ったのはハワード様だ。長く息を吐き出して口を開く。

「…我々だけで決める事は難しい…」

「そうですね…陛下と教皇さまのお耳にもいれなければなりません」

 ハワード様の意にルーベルさんも同意する。
『魔王のいる世界』を維持する。その事を人間側がどう受け止めるのか。それも課題だし、何より時間を必要とする所以である。

「その後は?」

「え?」

 口を閉ざし静観していた女神様が静かに言葉を紡ぐ。

「ルクスヴァーンとシャガールの力は拮抗しています。今はまだ良いですが、やがてシャガールは歳を重ね力を失う事でしょう」

 ミランツェの眼差しが向けられる。此方を見据える瞳はワサビちゃんの翡翠色だ。
 でも私には、全体的に白い印象を受けるあの無機質な表情が重なって見えた。

「シャガールを失えば、この世界は急激にバランスを失う事になる。…その事実を、貴女はどうするおつもりですか?」

「それを、ソラに補って欲しいの」

 私がソラヘ視線を移した時、黄金色の瞳は既に此方にあった。

「残念だが、そやつと我では力の差があり過ぎるな」

 そう口を挟むのはルクスだ。

「なら、四聖獣全てならどうですか?」

「「「え?」」」
「は?」
「なっ!?」
「えみ…まさか…」


「私が四聖獣全員の契約者になります」
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