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最終章

30話——いよいよです…!!

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 極秘会談当日。
 私はシャルくんとハインヘルトさんと一緒に用意された馬車に揺られていた。
 乗っているのはいつも使っているような王国の刻印の入った豪奢なものではなく、街の寄り合いで使用されるようなごく一般的なものだ。
 今日の会談が機密性の高いものであることから、極力目立たないようにという配慮なんだと思う。
 こっちの方がしっくりくるなんて言おうものなら、目の前に座るハワード様の悪友に睨まれてしまいそうなので黙っておりますが。
 ハワード様に「いい加減慣れろ」って言われそうです。

 向かう先は王城から離れた場所にある旧離宮だ。
 昔々、国王様に側室がいた頃は使われていたようだが、現在はもぬけの殻らしい。久しく手入れもされていなかったようだが、今日のこの日の為に人の手が入ったのだと聞いた。
 しばらく街道を進み、深い森を抜け、目的地へと辿り着く。
 馬車を降り、目の前に立つ豪邸を眺めた。城と比べたら怒られそうだけど、貴族が住まいにしている邸宅とは比べるべくもなく……。

 でか……

 さすが王族仕様の館。廃墟だったくせに見事にあちこち光ってますね。きっとこれもこの人の手腕なのでしょう。
 此方へなんて言いながら先導してくれるハインヘルトさんの背中を眺めながら、大きな扉を潜り無駄に広い通路を歩いた。

「みんなもう来てんのかな?」

 隣を歩くシャルくんに前を向いたまま歩を止めないハインヘルトさんが答えてくれる。

「陛下はつい先程ご到着されました。皆様到着時間をずらしてのお越しですので、お二人が最後です」

 陛下よりも重役出勤とかひえっっっっっ…ですが。

 幾つもの扉の前を通り越し、やってきたのは一際大きな扉の前。
 心の準備をする時間が欲しかったのに、ハインヘルトさんがさっさと開けてしまったので、シャルくんの後から中に入った。
 いくつかの美術品や大きな肖像画、花の生けてある高そうな花瓶が飾られた大広間に、巨大な楕円形の円卓が鎮座している。
 此方から見て右手側の半円部分の席の一つに陛下が座り、後ろに宰相様と王国騎士団総隊長のローガンさんが立っている。シャルくんと礼の姿勢を取ってから足を踏み入れた。
 もう一つの席には教皇様が座っており、その一つ左隣に枢機卿が座っていた。その二人の後ろには聖騎士団の制服に身を包んだ第一から第三までの団長が立っている。教会側から参加しているのはこの五名のようだ。
 対して王国側は陛下の右隣の席にハワード様が座り、後ろにウォルフェンさん、ルーベルさんが立ち、更に右隣にプラーミァさんとマーレが座っている。彼女達の後ろにアルクさんとレンくんが立っていた。少し離れた席ではワサビちゃんが全員に出すお茶と茶菓子の準備をしてくれている。
 ふと陛下と教皇様の正面に用意された席を眺める。ここに座る人物(?)はまだ姿を見せていない。
 シャルくんが教会側の末席に座った。
 こうしてみると錚々たる顔ぶれに若干腰が引けてしまう。マーレもきっと同じ思いをしているのだろう。顔がとても緊張している。
 すごくわかるよその気持ち!! と、心の中で盛大に同意し、私も王国側の末席へ座った。

 そういえばソラはどこかとキョロキョロしてみる。
 探されているのが分かったのだろう。「ここにおる」と上から声が降ってきた。
 え? と声のした先へ視線を向けると、頭上から大きな白い塊が落ちてきた。一体どこから現れたのか巨体に似合わずふわりと軽やかに私の側へ着地した。流石風の聖獣ですね!

「何処に居たの?」

 いつもは私の部屋で過ごすか、お気に入りの場所(主に庭や屋根の上)にいることが多いのに、今朝から今まで姿が見えなかったのだ。

「うむ。少しな。それより、おでましだ」

 言い終えてソラがクルリと向きを変えた。え? とそちらへ視線を移した時、突如円形の魔法陣が発現した。中心から花開くように黄色い光が外へ向かって走り抜けたかと思うと、魔法陣の上部に幾つもの火の玉が現れた。熱さを微塵も感じない不思議な火の玉に、初見の私は驚いたし、おじ様方はどよめいている。反対にパーティメンバーは、あ! とか、おっ! なんて声をあげていた。シャルくんの契約精霊であるイグニスは、嬉しそうに火の玉の方へ躍り出ると、ふよふよと舞を舞うように飛び回っている。この光景も経験済みらしい。どうやら最初の到着は、噂に聞く火の聖獣レーヴェのようだ。
 魔法陣の中心で黄色い光が濃いオレンジ色の炎を交えながら一際大きく強く輝きを放つ。その光と炎が徐々に獣の形へと変化していき、次の瞬間内側からかき消されるように炎が散って行く。
 魔法陣が消え光が止むと、陣のあったその場所には一体の大きな獅子が佇んでいた。夕日のような鮮やかな毛色は艶やかで、燃えるような立派な立て髪を揺らし、ソラと同じ金色の瞳が此方へ向けられたのだ。その雄々しい姿に思わず

「……うわぁ……ライオンだぁ……」

 パーティメンバーからは失笑を頂きました。何で? と思っていたら、フフっと見た目では全然わからない笑みと共にレーヴェの瞳が細められる。

「ちあきと全く同じ反応とはな」

 ああ、なるほど。でもそりゃそうだと思う。だってライオンなんだもの。こんな間近でライオン見られる機会なんてないんだもの。
 心の中で言い訳をしていると、レーヴェが側までやってきてお座りの姿勢になった。

「お主に会ってみたいと思っていた。よもや機が訪れようとは、長生きはしてみるものだ」

「こっこちらこそ! お会い出来て光栄です。ソラにはいつもお世話になってます」

「うむ。して、スペアリブとやらは…」

「…………え?」

 余程楽しみにしていたのか、まるでワンコよろしく尻尾がふさりふさりと大忙しだ。猫科の動物も興奮するとこんなふうに尻尾振るんだっけ? もしや会いたかったのもそれが楽しみだったからかな? などと喜んでいいのか悲しめばいいのか何なのかわからず、とりあえず笑みを貼り付けておくことにした。

 和やかに会話をしていると、シャルくんの契約精霊であるレーゲンとベルクが反応を示す。マーレの精霊とプラーミァさんの精霊も同じく反応した。
 次の瞬間、空と床に同時に別の魔法陣が発現する。空中に白い光と共に水流が発生し、徐々に大きく渦巻きと化す。一方、床に現れた魔法陣は濃い茶と金色が入り混じったような光を放ちながら広がると、次の瞬間土の地面が隆起するようにモリモリと膨れ上がっていった。同時に内側から破られるかのように、渦巻きと土の塊が霧散すると、大きなニ体の聖獣が姿を現したのだ。
 光をキラキラと反射する真っ白な両翼を大きく広げ渦巻の中から現れたのは、白鳥のような体躯の神々しい鳥型の精霊だった。人々は彼を『ヴァーダ』と呼んでいる。
 一方、盛り上がった土の塊が立ち上がるように姿を見せたのは、黒っぽい艶やかな毛を纏ったクマのような大きな巨体を持つ獣型の精霊だった。野生味に溢れ猛々しい姿に、思わず後退りしてしまいそうだ。こちらは『ディムシャーフ』と呼ばれている。
 一体でも一生の間に邂逅する事が稀な四聖獣が、四体全てひと所に集結した。
 私はもちろん初めて目にする光景だが、陛下や教皇様でさえも経験したことのない状況だ。誰もが口を開く事なく、目の前の奇跡に唯々見入っていた。


「よう。いつぶりだ?」

 口を開いたのはディムシャーフ。声色は太く低くずっしり……が、想像と違う軽い口調にビックリですね。

「念話はあったが直接顔を合わせるのは最初に魔王が誕生した時以来でしょうか」

 応えたのはヴァーダ。清廉なイメージにそぐわない口調だけど、声が女性っぽい。……そもそも性別あるのかな? というか、あなた達一体何歳ですか?

「我らが揃う時は世界の危機だったからな。致し方のない事」

 ライオンとクマが並んでんな。迫力ヤバいな……。サファリパークもビックリだなぁ。

 はぁというため息と共にソラの呆れを含む眼差しが向けられた。ただでさえ迫力のある金色の眼光が更に細められるとちょっと怖い。

「えみ。思考がうるさいぞ」

「あ! ごめん」

 ソラには動揺と興奮でバグっていた心の声がバッチリ聞こえていたようでした。
 そして『『して、スペアリブとやらは?』』と、タイミングバッチリに寄越されたデジャブに、再び何とも言えない顔で二体を見つめ返した時だ。
 突如、空いていた席のすぐ後ろでパリパリという音と共に黒い稲妻のような小さな光が走り、次の瞬間真っ黒な魔法陣が発現した。

「「「!!」」」

 団長クラスの男性陣が即座に反応するが、ハワード様の静止によって剣に手を掛ける事はなかった。
 四聖獣は全員がすでに其方へ視線を向けている。
 闇が立ち上るように、真っ黒な植物の根が地表を突き破り周囲へ張り巡らされていくかのように、漆黒の輝きと共に魔法陣を埋め尽くしていく。毛色の違う魔力にその場に一気に緊張が走る。
 徐々に収束した闇の中から姿を見せたのは、見た目は子供だが湾曲した角と紅い瞳を持つ魔族の王ルクスヴァーンと、同じく角と瞳を持ち背中に蝙蝠のような翼を折り畳んでいる配下のマフィアスだった。プレッシャーを放っている訳ではなかったが、その身に纏う陰の魔力は魔力を持たない唯人へ畏怖を抱かせるには十分だ。
 真っ赤な双眸が正面の陛下と教皇様へ向けられ、シャルくんを経由して私で止まる。初お目見えの聖騎士の皆さんと宰相様は緊張を濃くしていたが、国のトップであるお二人は表情ひとつ変えず穏やかな空気を纏ったままだ。流石です。

 私はその場を立つとルクスの側へと進み出た。

「お久しぶりですね」

 ひと月以上ぶりだったのでそう挨拶したのだが、ルクスははて? と言わんばかりに首を僅かに動かした。

「久しいのか?」

 言われてはたと気付く。
 ……確かに彼のように千年単位で目覚める人からしたら、ひと月なんて数えるうちにも入らないのでしょう。

「あー……」

 どう説明しようかと思いあぐねていると、ふとマフィアスの視線が私の後方に縫い止められているのが気になった。
 視線の先には勢揃いした四聖獣の姿がある。互いに視線を交えたまま、しかし明らかな敵意などでなく、少しの警戒と困惑を滲ませる。

「どうしたの?」

 別に、と無関心に言い捨てられるかと思ったら、意外にもすんなり口を開く。

「女神の犬共が揃っている所を初めて見たと思ってな……」

 言い方。
 この人にはもう少し物事の言い回しと言うものを学んで頂かねばなりませんね。
 私も大概ですが。

「初めてと言うなら我と勇者が二度も顔を合わすこともそうだ」

 ルクスの細められた紅い双眸がシャルくんへと向けられる。口元には不適な笑みを浮かべて挑戦的な表情だ。シャルくんは何も言わないままルクスの眼差しを受け止める。
 因縁の二人の無言の対峙におじ様方を取り巻く空気の緊張感が跳ね上がった。
 剣呑な雰囲気を払拭したくて慌てて口を開く。

「そんな事言ったら、私だって魔族にご飯作ったのも、こんな異色のお茶会に参加するもの初めてですよ!」
「……お茶会は違うけどな」

 すかさずレンくんからツッコミを頂きましたけれども。

「あ、ほら! みんな初めてだから緊張しちゃうのも無理ないですけど、それを共有出来るって凄い事じゃないですか?」

「その通り」

 声を上げたのはハワード様だ。その場に立ち、そこに集まった多種多様な種族をぐるりと見回した。

「人にとって、魔族にとって、精霊にとっての『初』を、今我々が共有している事に意味がある。光栄な事だ」

 ルクスのように唇の端を持ち上げて見せる。悪戯を思いついた子供のような、悪事を企む時に見せるような、自信と傲慢さを含む不適な笑みだ。
「ここにいる者たちはみな後の歴史書に名を刻まれる事になるかもしれんな」などと言いながら、張り詰めていた空気を消し去ってしまった。いつもの調子のハワード様に、緊張を滲ませていたおじ様方の空気が解けていく。
 緊張が緩んだ事に安堵の息を吐き、私は改めてルクスへと視線を向けた。

「さぁ、ルクスも此方へどうぞ。お茶の準備は出来てます!」


 こうしてハワード様主導の元、四聖獣に見守られながらついに異種族間協議が幕を開けた。
 共存関係を築くと言っても、基本的には今までと変わらず、必要以上の干渉を行わない、ただし魔王と勇者双方が積極的な闘争行為を行わない旨の協定が無事に結ばれた。
 長い長い歴史の第一歩を、ついに踏み出す事が出来たのだった。
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