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54 朝食と謀略
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54 朝食と謀略
ダーランから一連の報告を聞いた俺は朝から深い疲労感に襲われていた。
何かしらやるだろうなとは思っていたが、寝起きにおおごと2コンボは痛い。もっと手加減してくれ。
「そんな暢気な事言ってらんないでしょ」
朝食を共に摂りながらダーランはケラケラと笑う。お前は楽しそうだが、俺は心労マックスだよ。ただでさえ夜中に厄介事が来たばかりなのに。
そういえば、ヤロミールの奴はどうしたんだろうか。
「旦那様、ヤロミール・マレク・アスフール様がおいでです」
食事も終わり掛けの頃、申し訳無さそうにアルバートが声を掛けてくる。思った矢先にこれだよ。先触れを出せと何度言ったら理解するんだ。頭空っぽか。
「私が良いと言うまで外で待たせておけ」
「承知致しました」
聞き分けの悪い奴は嫌いだし、話を聞かない奴はもっと嫌いだ。思わず溜め息を零せば、ダーランが軽く首を傾げている。
「……俺がいない間に何かあった?」
「ああ。昨夜、アスフール侯爵家次男が押し掛けてきた。あの怪文書は先触れのつもりだったそうだ」
「ふーん」
ダーランは軽く返してくるが、和やかだった空気が一気にピリつく。ほーら、厄介事が更に面倒くさくなるぞ。
「手は出すなよ。取るに足らないとはいえ相手は腐っても侯爵家だ」
今回ばかりは相手が悪いと先んじて釘を刺しておく。ダーランはロアール商会を引っ張っているし、セイアッドにとって友人であり家族と言っても差し支えない存在だが、あくまでも身分は平民だ。ああいう手合いは間違い無く身分を笠に着て言い掛かりを付けてくる。
「ざーんねん。今回ばかりは表立って手出し出来ないか」
「裏でも手を出すなよ。あの家は面倒だ」
どういう事、と言いたげにダーランがちらりと真紅の瞳を俺に向ける。普通の貴族ならそこまで咎めないが、アスフールだけは今こちらから手を出すのは避けたい。
ダーランとオルテガがレヴォネを離れている間、俺は貴族名鑑を見返していた。怪文書に使われていた小鳥と星の紋章が気になったからなんだが、そこでアスフール侯爵家とミナルチーク伯爵家に血の繋がりを見つけた。
現アスフール侯爵当主の妻は、現ミナルチーク伯爵当主の妹にあたる者だったのだ。
記憶ではアスフール夫人は別の伯爵家の者だったと思っていたが、初めの妻は早逝し、後妻としてミナルチークから妻を迎えていたらしい。そして、次男であるヤロミールはその後妻の子、つまりミナルチーク伯爵の甥という事になる。だから、紋章にアスフールの小鳥とミナルチークの星を使っていたようだ。
掻い摘んで説明すれば、ダーランは何とも苦い顔をする。
「うわぁ、また面倒なのが来たね」
「アスフールはともかくとしてミナルチークに言い掛かりを付けられるような事態は避けたい。動向は見張って欲しいが絶対に手は出すなと部下にも徹底してくれ」
「りょーかい。残念だなぁ、身分が無かったら八つ裂きにしてるのに」
さらりと恐ろしい事を言ってのけるが、割と冗談に聞こえないのが笑えない。良かった、事が起きる前に先に釘を刺せて。今こちらからミナルチーク伯爵家を刺激するのは避けたい。
何故なら今回の断罪騒動の中心にいるのがかの家だからだ。
ライドハルトが如何に愚直で頭が空っぽな男とはいえ、女一人の為に自らの一存で宰相を廃するような度量も知略もないだろう。間違い無く唆した黒幕がいる。
その黒幕こそ、セオドアとセイアッドの政敵であり、この国に居座る最大の膿ラドミール・マチェイ・ミナルチーク伯爵だ。
ミナルチーク家は伯爵ではあるものの、王国建国当時から存在する家の一つだ。長らく存在するからこそ、彼等は王国の凡ゆる所に自らの根を下ろして長い時間を掛けてじっくりと自分達の勢力を拡げてきた。そして、王家の威信が堕ちる程に台頭してきたのだ。彼等が目指すのはこのローライツ王国の乗っ取りだろう。
ミナルチークにとって聖女候補の養女ステラは都合の良い駒なのだ。ステラがライドハルトの妻になり、跡継ぎを産めばミナルチークの地位は確固たるものになるのだから。
そして、ミナルチークがローライツ王国を支配するにはセイアッドが、宰相であるレヴォネ家が邪魔だった。だからこそ、セイアッドを精神的に追い詰め、国王の生誕祭という場で断罪劇を行い追い出した、という訳だ。
本来のゲームシナリオではセイアッドは狂乱し、ステラに攻撃魔法を放つ事で王家に対して害を生した現行犯で追放される。そして、セイアッドが選ぶ結末は湖に身を投げるという自死。恐らくこれも自死に見せ掛けた暗殺だったんじゃないだろうか。
セイアッドが居なくなれば、政治面でミナルチークに勝てる者はほんの一握りとなる。その一握りの者だって消すのは宰相を潰すのよりは容易い筈だ。こうしてローライツ王国はミナルチークの天下となる。
これはきっとゲームでは描かれていなかった裏の部分。セイアッドがルートとして存在するならばこの話も表に出ていたかもしれないが、「俺」の知る限りセイアッドは攻略対象者にはなっていない。
良く考えてみれば、乙女ゲームなのに蓋を開ければドロドロの政治戦争だなんて浪漫もクソもないな。ロビンとオルテガルート以外の高位貴族キャラのトゥルーエンドではステラは攻略対象と婚約あるいは結婚するという幸せな終わり方をするが、その裏では数多の悪意が蠢いていたのだろう。
その辺をこの世界のステラは理解しているのか?いや、してないだろうな。していたらラソワを怒らせるような発言はしないし、もう少し身の振る舞い方に気をつけるだろう。
王都から齎される報せには既に王妃になったつもりなのかあらゆる贅沢と享楽に耽る様しか伝えられていないし、自らの研鑽すらまともに積んでいないようだ。トゥルーエンドにする為には聖女として認められなければならないが、このままではそれも危ういんじゃないか?
彼女はきっとまだ知らないのだ。この世界の本当の恐ろしさを。
安全な現代日本でのうのうと生きてきた「俺」にだって本当に理解出来ているとは言い難いが、それでもカルと対峙する事で絶対的な存在とそれに相対する恐怖を知った。カルに害意がないから怖いくらいで済んだが、聖女として認められる為の過程には魔物退治もある。命のやり取りをするならもっと恐ろしい思いをする筈だ。
ステラの中がどんな奴か知らないが、その恐怖に耐えられるのだろうか。……無理だろうな。
「で、いつまでアスフールの奴を待たせておくの?」
柔らかく掛けられた声に思考を引き戻す。雨が降りそうだよ、とテーブルに肘をつきながらダーランが楽しそうに訊ねてきた。
「とりあえずは手紙の仕分けが終わるまでだな」
食器が下げられるのと同時に手元に運ばれてきた手紙は20通程。今日もそこそこ多いな。
面倒に思いながら一通目を手に取ってゆっくりとペーパーナイフで開封していく。さりさりと紙の切れる感触を楽しみつつもどうしたもんかと思考を巡らせる中、俺はゆっくりと今日の仕事を始めた。
ダーランから一連の報告を聞いた俺は朝から深い疲労感に襲われていた。
何かしらやるだろうなとは思っていたが、寝起きにおおごと2コンボは痛い。もっと手加減してくれ。
「そんな暢気な事言ってらんないでしょ」
朝食を共に摂りながらダーランはケラケラと笑う。お前は楽しそうだが、俺は心労マックスだよ。ただでさえ夜中に厄介事が来たばかりなのに。
そういえば、ヤロミールの奴はどうしたんだろうか。
「旦那様、ヤロミール・マレク・アスフール様がおいでです」
食事も終わり掛けの頃、申し訳無さそうにアルバートが声を掛けてくる。思った矢先にこれだよ。先触れを出せと何度言ったら理解するんだ。頭空っぽか。
「私が良いと言うまで外で待たせておけ」
「承知致しました」
聞き分けの悪い奴は嫌いだし、話を聞かない奴はもっと嫌いだ。思わず溜め息を零せば、ダーランが軽く首を傾げている。
「……俺がいない間に何かあった?」
「ああ。昨夜、アスフール侯爵家次男が押し掛けてきた。あの怪文書は先触れのつもりだったそうだ」
「ふーん」
ダーランは軽く返してくるが、和やかだった空気が一気にピリつく。ほーら、厄介事が更に面倒くさくなるぞ。
「手は出すなよ。取るに足らないとはいえ相手は腐っても侯爵家だ」
今回ばかりは相手が悪いと先んじて釘を刺しておく。ダーランはロアール商会を引っ張っているし、セイアッドにとって友人であり家族と言っても差し支えない存在だが、あくまでも身分は平民だ。ああいう手合いは間違い無く身分を笠に着て言い掛かりを付けてくる。
「ざーんねん。今回ばかりは表立って手出し出来ないか」
「裏でも手を出すなよ。あの家は面倒だ」
どういう事、と言いたげにダーランがちらりと真紅の瞳を俺に向ける。普通の貴族ならそこまで咎めないが、アスフールだけは今こちらから手を出すのは避けたい。
ダーランとオルテガがレヴォネを離れている間、俺は貴族名鑑を見返していた。怪文書に使われていた小鳥と星の紋章が気になったからなんだが、そこでアスフール侯爵家とミナルチーク伯爵家に血の繋がりを見つけた。
現アスフール侯爵当主の妻は、現ミナルチーク伯爵当主の妹にあたる者だったのだ。
記憶ではアスフール夫人は別の伯爵家の者だったと思っていたが、初めの妻は早逝し、後妻としてミナルチークから妻を迎えていたらしい。そして、次男であるヤロミールはその後妻の子、つまりミナルチーク伯爵の甥という事になる。だから、紋章にアスフールの小鳥とミナルチークの星を使っていたようだ。
掻い摘んで説明すれば、ダーランは何とも苦い顔をする。
「うわぁ、また面倒なのが来たね」
「アスフールはともかくとしてミナルチークに言い掛かりを付けられるような事態は避けたい。動向は見張って欲しいが絶対に手は出すなと部下にも徹底してくれ」
「りょーかい。残念だなぁ、身分が無かったら八つ裂きにしてるのに」
さらりと恐ろしい事を言ってのけるが、割と冗談に聞こえないのが笑えない。良かった、事が起きる前に先に釘を刺せて。今こちらからミナルチーク伯爵家を刺激するのは避けたい。
何故なら今回の断罪騒動の中心にいるのがかの家だからだ。
ライドハルトが如何に愚直で頭が空っぽな男とはいえ、女一人の為に自らの一存で宰相を廃するような度量も知略もないだろう。間違い無く唆した黒幕がいる。
その黒幕こそ、セオドアとセイアッドの政敵であり、この国に居座る最大の膿ラドミール・マチェイ・ミナルチーク伯爵だ。
ミナルチーク家は伯爵ではあるものの、王国建国当時から存在する家の一つだ。長らく存在するからこそ、彼等は王国の凡ゆる所に自らの根を下ろして長い時間を掛けてじっくりと自分達の勢力を拡げてきた。そして、王家の威信が堕ちる程に台頭してきたのだ。彼等が目指すのはこのローライツ王国の乗っ取りだろう。
ミナルチークにとって聖女候補の養女ステラは都合の良い駒なのだ。ステラがライドハルトの妻になり、跡継ぎを産めばミナルチークの地位は確固たるものになるのだから。
そして、ミナルチークがローライツ王国を支配するにはセイアッドが、宰相であるレヴォネ家が邪魔だった。だからこそ、セイアッドを精神的に追い詰め、国王の生誕祭という場で断罪劇を行い追い出した、という訳だ。
本来のゲームシナリオではセイアッドは狂乱し、ステラに攻撃魔法を放つ事で王家に対して害を生した現行犯で追放される。そして、セイアッドが選ぶ結末は湖に身を投げるという自死。恐らくこれも自死に見せ掛けた暗殺だったんじゃないだろうか。
セイアッドが居なくなれば、政治面でミナルチークに勝てる者はほんの一握りとなる。その一握りの者だって消すのは宰相を潰すのよりは容易い筈だ。こうしてローライツ王国はミナルチークの天下となる。
これはきっとゲームでは描かれていなかった裏の部分。セイアッドがルートとして存在するならばこの話も表に出ていたかもしれないが、「俺」の知る限りセイアッドは攻略対象者にはなっていない。
良く考えてみれば、乙女ゲームなのに蓋を開ければドロドロの政治戦争だなんて浪漫もクソもないな。ロビンとオルテガルート以外の高位貴族キャラのトゥルーエンドではステラは攻略対象と婚約あるいは結婚するという幸せな終わり方をするが、その裏では数多の悪意が蠢いていたのだろう。
その辺をこの世界のステラは理解しているのか?いや、してないだろうな。していたらラソワを怒らせるような発言はしないし、もう少し身の振る舞い方に気をつけるだろう。
王都から齎される報せには既に王妃になったつもりなのかあらゆる贅沢と享楽に耽る様しか伝えられていないし、自らの研鑽すらまともに積んでいないようだ。トゥルーエンドにする為には聖女として認められなければならないが、このままではそれも危ういんじゃないか?
彼女はきっとまだ知らないのだ。この世界の本当の恐ろしさを。
安全な現代日本でのうのうと生きてきた「俺」にだって本当に理解出来ているとは言い難いが、それでもカルと対峙する事で絶対的な存在とそれに相対する恐怖を知った。カルに害意がないから怖いくらいで済んだが、聖女として認められる為の過程には魔物退治もある。命のやり取りをするならもっと恐ろしい思いをする筈だ。
ステラの中がどんな奴か知らないが、その恐怖に耐えられるのだろうか。……無理だろうな。
「で、いつまでアスフールの奴を待たせておくの?」
柔らかく掛けられた声に思考を引き戻す。雨が降りそうだよ、とテーブルに肘をつきながらダーランが楽しそうに訊ねてきた。
「とりあえずは手紙の仕分けが終わるまでだな」
食器が下げられるのと同時に手元に運ばれてきた手紙は20通程。今日もそこそこ多いな。
面倒に思いながら一通目を手に取ってゆっくりとペーパーナイフで開封していく。さりさりと紙の切れる感触を楽しみつつもどうしたもんかと思考を巡らせる中、俺はゆっくりと今日の仕事を始めた。
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