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n+1周目

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 抱き上げた身体は思った以上に小さく、軽かった。とはいえ、体力をかなり消耗している今の俺にとって楽とは言えない行為だった。抱き上げる腕はだるいし、前へと踏み出す足も重い。だが、不思議とイリアを下ろそうとは思わなかった。
 イリアは未だぐずぐずと泣きながら、俺の首周りにぎゅうとしがみついていた。他人とこれほどの距離で触れ合ったことは物心ついてから一度もない。腕の中から伝わってくるイリアの体温や心臓の鼓動、首筋に感じる吐息、耳元で聞こえるすすり泣く声、肩を濡らす涙の温度、何もかもが奇妙だった。それだけでなく、どことなく恐ろしくも感じていた。
 もし俺がここに探しに来ていなかったら。途中で引き返していたら。羞恥心に負けて呼びかけられずにいたら。少しでもイリアを見つけるのが遅れていたら、この体温も吐息も今この腕の中にはなかったのかもしれない。

(無事で、よかった)

 あの時思わず口に出した言葉が心の中にぽつりと浮かぶ。どれほどらしくなかろうと、やはりあれは間違いなく俺の本心だったのだと思い知る。

「ユージンさま、いたくない? だいじょぶ?」
「へ、いきだ」

 耳元で怖々と問いかけてくるイリアにうまく答えられない。胸の奥がぞわぞわして熱くて、落ち着かないのに、それが嫌ではなかった。



 森を出たところで、俺は予想外の人物に出くわした。ジェイドだ。
 まあ、奴もイリアを探しに出ていたのだし、本来であれば予想外でもなんでもないのだが、何故か俺はイリアを見つけたあとのことというのを全く考えていなかったのだ。だから、こうしてイリアと一緒にいるところを、もっと言えばイリアを抱きながら歩いているところを誰かに見られることも想定していなかった。
 俺とイリアを見るなり血相を変えて駆け寄ってきたジェイドに対して、俺は何ともばつの悪い心地になった。

「ユージン様! イリア! こんなところで一体何を……、その血は!?」
「……うるさいな、どうでもいいだろ」
「どうでもいいわけないでしょう!」

 畳みかけられる質問が鬱陶しくてぞんざいに返すと、予想外に強い口調で怒鳴り返された。そのことにムッとして言い返そうとすると、そのタイミングで俺の首に抱き着いていたイリアが顔を上げた。

「ジル……」
「イリア! 一体何があったんだ? 怪我はないか? アンナもテレサもすごく心配してる」
「ごめんなさい……。ぜんぶイリアがわるいの、ユージンさまのことしからないで」

 せっかく泣き止んでいたのに、イリアの声がまた涙で湿る。ジェイドは若干勢いを削がれた様子で「どういうことですか」と俺に尋ねた。というか「叱らないで」ってなんだ。俺は叱られていない、こいつが勝手に吠えているだけだ。
 イラっとして俺はジェイドの質問は無視して、奴にイリアを押し付けた。ジェイドは戸惑いながらもイリアをしっかりと抱き止めた。

「あとのことはお前がやれ。俺は帰る」

 それだけ言って、俺は二人を置いて歩き出した。ジェイドがまだ何か言い募ろうとしていたが、聞く気はなかった。そんな俺の背中にイリアの涙声がかかる。

「ユージンさま、ありがとう」

 顔だけで微かに振り返ると、イリアのくしゃくしゃな泣き顔が目に入る。俺はやはり何も答えず、その場を立ち去った。



 家に着くと、俺は傷口を水で洗った。固まっていた血が流されると傷口からは新たな血が滲み出てきたが、タオルで傷口を抑えておくとすぐに止まったので、手当てをするのが面倒だった俺はそのまま自室へと戻った。
 汚れた衣服を着替え、ベッドに倒れ込むようにして横たわった。疲労で身体全体がだるい。
 目を閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。そうして意識が曖昧になっていく中、俺の頭にはイリアのことが勝手に思い出されていた。抱き上げた身体の温かさ、力いっぱいしがみついてくるか細い腕、不格好な泣き顔と涙に滲んだ「ありがとう」の言葉。
 胸に温かい何かが注ぎ込まれるような感覚がする。それはこの果てしない繰り返しが始まるより以前の俺でさえ味わったことのないものだった。憤りや虚しさ以外の感情が削げ落ちていた俺にとって、その温もりは微かな痛みを伴っていた。だが、決して不快ではない。
 その不思議な感覚に身を寄せながら、俺は意識を手放した。
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